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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~一年生~

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第四十一話 12月24日 選んだもの、渡したもの


 珈琲を一杯飲んでから、家を出た。


 豆を挽く音が台所に響いた。

 窓の外はまだ薄暗かった。

 12月24日の朝は、いつもより少し静かだった。


 珈琲を飲みながら、今日のことを確認した。

 行き先は決めてあった。

 プレゼントは鞄の中に入れてあった。


 準備は終わっていた。


 でも、少し待った。

 もう一口、飲んだ。



 集合は駅の改札前だった。


 みおが先に来ていた。

 コートを着ていた。

 今日は髪をシュシュでまとめていなかった。

 少し下ろしていた。


 (おう)が近づくと、みおが気づいた。


「……おはようございます」


「おはようございます」


 少し間があった。


「……珈琲、飲んでみました」


 みおが言った。


「一昨日、もらったやつを」


「……そうですか」


「……苦かったです」


「そうです」


「……でも、悪くなかったです」


 央は少し、口の端が動いた。


「……また飲みますか」


「……たぶん、飲みます」


「……そうですか」


 歩き始めた。



 今日のルートは、央が決めた。


 初デートのとき、みおが場所を選んだ。

 今日は央が選んだ。


 選ぶ基準は一つだった。

 人が少なくて、静かであること。


 最初の場所は、川沿いの通りだった。

 イルミネーションが設置されていたが、繁華街からは離れていた。

 人の流れが穏やかだった。


 歩きながら、みおが少し首を動かした。


「……さっき」


「はい」


「……遠くに、ことね先輩に似た人影が見えた気がしました」


 央は振り返り、少し考えた。


「……誰か、一緒でしたか」


「……確かめませんでしたか」


「確かめませんでした」


 みおが少し頷いた。


「……わたしも」


 それで終わりだった。


 川面が、冬の光を受けていた。

 葉を落とした木が並んでいた。

 遠くから、子どもの声が聞こえた。



 イルミネーションの通りに入った。


 昼間だったが、光はついていた。

 木々に巻かれた白い光が、昼の光と混じって淡く見えた。

 夜より控えめで、でも確かにそこにあった。


 みおが少し立ち止まった。

 光の方を見ていた。


 央は、その横顔を見た。


 みおが気づいた。


「……見ていましたか」


「……はい」


 隠さなかった。


 みおが少し、目を細めた。

 それだけだった。

 でも、それで十分だった。


 また歩き始めた。



 昼は、路地の奥にある小さな和食の店だった。


 予約をしていた。

 二人掛けの席で、他の席との間に少し距離があった。

 静かだった。


 料理が来るまでの間、みおが言った。


「……央さんが選んだんですか、この店」


「はい」


「どうやって探しましたか」


「……静かで、人が少ない場所を調べました」


 みおが少し頷いた。


「……そうですか」


「好きではないですか」


「……好きです」


 みおが少し間を置いた。


「……駒沢公園のとき、聞いてくれましたよね。静かですか、と」


「……はい」


「覚えていてくれたんですね」


「そうです」


 みおが少し、唇を動かした。

 こちらから見えないくらいの動き方だったが、分かった。


 料理が来た。

 出汁の香りがした。


 食べながら、ことねの話をした。

 昨日、うまくいったはずだと言った。

 みおが「……そうですね」と言った。


 それだけで、ふたりには十分だった。



 食事が終わったところで、プレゼントを渡した。


 小さな包みだった。

 みおが受け取って、開けた。


 革製の栞が入っていた。

 薄くて、細くて、落ち着いた色をしていた。


「よく、本を読むので」


 央が言った。


「本に挟むと、ちょうどいいものを探しました」


 みおが栞を手に取った。

 ページに差し込んでみるように、指で挟んだ。

 少し確かめてから、丁寧に包みに戻した。


「……ありがとうございます」


「……使えますか」


「使います。大事にします」


 みおが鞄から、少し大きな包みを取り出した。


「……これ、央さんへ」


 央が受け取って、開けた。


 セラミック製のドリッパーが入っていた。

 手に取ると、重みがあった。

 形が丁寧で、縁の処理が細かかった。


「……これは」


「珈琲用のドリッパーです。今持っているものより少し良いものだと思って」


 央は少し、止まった。


「……ありがとうございます。よく分かりましたね」


「お祖父さんと飲むものだと聞いたので、いいものがよいと思いました」


 央はまた少し、止まった。


 (聞いていてくれていた)


 ブックカフェで話した、あの朝の話が、みおの中にあった。

 それがこういう形で返ってくるとは、思っていなかった。


「……そうですか」


 ゆっくりと包みに戻した。


「大事に使います」


「……はい」


 みおが頷いた。


 ふたりで少しの間、テーブルの上を見ていた。


「……あのとき」


 みおが言った。


「告白のとき、もっとちゃんと言えばよかったと、思うことがあります」


 央はみおを見た。


「……『わたしも』しか言えなかったので」


「……十分でした」


 央が言った。


「あれで、伝わりました」


 みおが少し目を動かした。


「……そうですか」


「……そうです」


 みおが少し、息を吐いた。


「……よかったです」


 そう言って、緑茶を一口飲んだ。



 帰り道は、行きと違う道を歩いた。


 日が傾き始めていた。

 12月の夕方は短かった。


 みおが少し顔を上に向けた。


「……きれいですね、夕方の空」


「……はい」


「12月の空は、色が違う気がします」


「澄んでいるので」


「……央さんって、こういうこと知ってるんですね」


「……空気が乾燥しているときの方が、空の色が濃くなります」


「……なんで知っているんですか」


「……本で読みました」


 みおが少し頷いた。


「……そうですか」


 ふたりで少し歩いた。


 夕方の光が、街路に斜めに差し込んでいた。

 影が長くなっていた。



 駅の改札前まで来た。


「また、学校で」


 央が言った。


「はい、また学校で」


 みおが答えた。


 いつもの別れ言葉だった。

 でも今日は、少し違った。


 どこが違うか、と言われると分からなかった。

 でも確かに違った。


 みおが改札に入った。


 央はその背中を少し見た。

 人混みの中でも、頭ひとつ分、すぐに見えた。

 それからゆっくりと、見えなくなった。


 央は少しだけ、そこに立っていた。


 12月の夜が、駅の外で始まろうとしていた。

 今年も、残りあと六日だった。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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