第四十話 12月24日 きれいなもの、そばに
朔が計画を立てたのは、一週間前だった。
路線図とマップを何度も確認した。
混雑しにくい時間帯を調べた。
夕食を予約できる店を三つ選んで、一つに絞った。
「こういう準備は好きです」と言われたら、少し困るところだった。
準備が好きというより、当日に失敗したくないのだった。
12月24日、集合はことねの最寄り駅だった。
朔が先に着いていた。
ことねが改札前の広場にやってきた。
コートの下に、少し光のある素材のワンピースが見えた。
ポニーテールをほどいて、今日は髪を下ろしていた。
朔は一秒、止まった。
「……お待たせしました」
「ちょっとだけ待ってた」
ことねが笑った。えくぼが出た。
「……今日は、少し寒くなるようです。大丈夫ですか」
「うん、インナー重ね着してきた。朔くんは?」
「……大丈夫です」
「じゃあ行こか」
ことねが先に歩き始めた。
朔が少し後ろからついていって、自然に隣に並んだ。
最初に行ったのは、公園だった。
冬のイルミネーションが設置されていた。
街路樹に光が巻かれていた。
地面から光が上に向かっていた。
空の低いところが、少し明るかった。
人はそれなりにいた。
カップルが多かった。
朔は特に気にしなかった。
ことねは少し気にした。
「……なんかすごいとこ選んだな」
「……大丈夫でしたか。もう少し静かな場所の方がよかったですか」
「ううん、好きよこういうの」
ことねが光の方を向いた。
青と白が混じった光が、木の枝の間から漏れていた。
足元の石畳が、光を反射していた。
「きれい」
ことねが独り言のように言った。
朔は、その横顔を見た。
光がことねの右頬に当たっていた。
えくぼのあたりが、やわらかく光っていた。
見ていた。
今度は、何も隠さずに。
「……また見てる」
ことねが言った。
気づいていた。
「……はい」
朔が答えた。
認めた。それだけだった。
ことねが少し、前を向いた。
右の頬が、光のせいではなく、少し赤かった。
朔はまた光の方を見た。
光は変わらず続いていた。
公園を出て、少し歩いた。
夕食の予約の時間まで、まだ少しあった。
朔がルートを確認しながら、ことねと並んで歩いた。
道が少し広くなった場所で、ことねが立ち止まった。
「……朔くん、ちょっと」
小声だった。
前方の人の流れの中に、背の高い人物がいた。
その隣に、少し背の低い……とはいえ周囲から頭半分程度長身の人物がいた。
ことねがその輪郭を一瞬で認識した。
「……来て来て」
朔の袖を引いた。
建物の柱の影に入った。
「……なぜ隠れているんですか」
朔が小声で聞いた。
「向こうは気づいてないから静かにして」
「……ですが」
「なんか恥ずかしいじゃん!」
ことねが小声のまま、でも勢いよく言った。
朔は少し考えた。
確かに「デート中に偶然会う」は、どちらの側からも少し間が悪い。
「……分かりました」
ふたりで柱の影に立った。
前方を、央とみおが歩いていた。
ふたりは話しながら、人の流れを避けていた。
こちらには気づいていなかった。
通り過ぎた。
ことねが少し肩の力を抜いた。
「……行ったか」
「……行きました」
ことねがこらえきれずに笑った。
「なんやろ、急に恥ずかしくなった」
「……デートをしていると改めて意識したのかもしれないですね」
朔が静かに言った。
ことねが少し止まった。
「……そういう分析するんや」
「……間違ってましたか」
「間違ってないけど」
ことねが少し顔を赤くしたまま、前を向いた。
「……行こか」
「……はい」
夕食は、予約していた店だった。
小さな和食の店だった。
窓際の席だった。
外の光が少し見えた。
他の席との間に適度な間隔があって、静かだった。
「ちゃんと予約してくれたんや」
「……外せると思ったので。12月24日は混みますから」
「頼りになる」
朔が少し間を置いた。
「……そう見えますか」
「朔くんって、こういうこと得意やんな。下調べとか段取りとか」
「……好きか嫌いかで言うと、好きです。当日に困りたくないので」
「分かる気がする。うちは逆に飛び込んでから考えるタイプやから」
「……それはそれで強みだと思います」
「そう言ってくれる?」
「……はい」
料理が来た。
出汁の香りがした。
食べながら、ことねが言った。
「今日、緊張してる?」
「……少し」
「うちもや」
朔が少し首を傾けた。
「……波多野さんが緊張しているとは思いませんでした」
「うちだって緊張するよ。朔くんの前やと特に」
「……そうですか」
「……ちゃんと聞いてる?」
「……聞いています」
少しの間があった。
ことねが少し前に身を乗り出した。
「ね、聞いていい?」
「……はい」
「朔くんって、うちのどこが好きなの」
朔が少し止まった。
ことねが「急に聞いてごめんな」と言いかけた。
「……笑うと、えくぼが出るところです」
朔が先に答えた。
「……最初に気づいたところです」
ことねが少し黙った。
「……他には?」
「……人の感情をよく見ているところです。でも自分のことは少し後回しにする」
「……うち、そんなとこあるかな」
「……あると思います」
「……ちょっと悔しいな」
ことねが笑った。
えくぼが出た。
「……言えた」
朔が小さく言った。
「え」
「……言えてよかったです」
ことねは少し止まって、また笑った。
「朔くんって、そういうこと言うんや」
「……言いたかったので」
「……正直やな」
「……そうですか」
ことねが少し考えた。
「……うちは、朔くんのそういうとこが好きかもしれない」
言ってから、少し自分で驚いた顔をした。
「……自分で言って気づいた」
「……ありがとうございます」
「また言う」
「……嬉しいので」
ことねが笑ったまま料理に戻った。
朔も、少し口の端を動かした。
帰り道、駅の前まで来た。
12月の夜風が、少し強かった。
ことねがコートの前を合わせた。
「今日、ありがとう」
「……こちらこそ」
「楽しかった」
「……よかったです」
少しの間があった。
「……また、ね」
ことねが言った。
「……はい」
朔が答えた。
今度は、少しだけ笑った。
ことねがそれを見た。
「あ」と思った。
笑った朔は、思ったより良かった。
「……じゃあね」
「……また」
ことねが改札に入った。
朔はその背中を少し見た。
人混みの中に消えた。
それから、少し立っていた。
12月の夜が、駅の外で続いていた。
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