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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~一年生~

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第三十五話 11月11日 帰ってきた人たち


 日曜の夜、グループLINEが動いた。


───────────────────────

ことね:ただいま!!!

ことね:修学旅行たのしすぎた

ことね:来年も行きたいくらい

───────────────────────


 既読が順番についた。

 太秦(うずまさ)が「おかえり!」と返した。

 さやかが「おかえりなさい。ご飯食べました?」と返した。


───────────────────────

ひな :あ、やっぱり

───────────────────────


 それだけだった。


───────────────────────

ことね:ひなちゃん「やっぱり」って何が??

───────────────────────


───────────────────────

ひな :なんでもない

ひな :おかえり!

───────────────────────


 (おう)はそのやりとりを画面の中で見た。

 (察しが速い)

 また、そう思った。



 月曜の朝、2年生が戻ってきた。


 廊下の空気が、先週と変わった。

 人数が増えた。

 声が増えた。

 上履きの音が、一週間ぶりに本来の密度に戻った。


 央は昇降口で靴を替えながら、それを体感として感じた。

 静かすぎた先週が、基準になっていた。

 戻ってきたものの多さで、なくなっていたものの大きさが分かった。


 さやかが一時限目の前に言った。


「なんか、学校が元に戻った」


 みおが少し頷いた。


「……戻ってきましたね」


「うん。なんか変な感じがしてたんだよね、先週。静かすぎて」


「……静かでした」


「ことね先輩は? 今日来てる?」


「……来ていると思います」


「会ったの?」


「……まだです」


 さやかが少し頷いた。

 それ以上は聞かなかった。


 チャイムが鳴った。

 一時限目が始まった。



 ことねと会ったのは、昼休みだった。


 購買前の廊下を歩いていると、向こうから来た。


「央!」


 ことねが手を振った。

 先週より、少し軽い。

 歩き方が弾んでいた。

 ポニーテールが、動くたびに揺れた。


「……おかえりなさい」


「ただいま! 土産話いっぱいあるで。奈良の鹿がめちゃくちゃやばくて」


「……そうですか」


「煎餅持ってたら問答無用で突撃してくるやつ。班の子が逃げ惑って」


「……無事でしたか」


「煎餅だけ全部奪われた」


 ことねが笑った。

 えくぼが出た。


「……京都は」


「京都はよかった。お寺の夕方、みおちゃんにも送ったんやけど」


「……聞いています」


「そっか」


 ことねが少し声を落とした。

 廊下の端に寄った。


「……あのさ」


「はい」


「うまくいった」


 央は少し止まった。


「……そうですか」


「うん」


 ことねが少し笑った。

 それ以上は言わなかった。

 それで十分だった。


「……よかったです」


「ありがとう」


 ことねがまた歩き始めた。

 すぐに人混みの中へ消えた。


 央は少し、そこに立った。


 (うまくいった)


 静かに繰り返した。

 それで、十分だった。



 みおがことねに会ったのは、午後の少し後だった。


 廊下の角で鉢合わせた。


「みおちゃん!」


「……ことね先輩、おかえりなさい」


「ただいま! 写真、見てくれてた?」


「……はい」


 みおが少し頷いた。


「……お寺の、夕方の」


「そうそう。きれいじゃなかった?」


「……きれいでした。光が」


「でしょ。みおちゃんにも見せたくて」


 ことねが少し笑った。

 えくぼが出た。


「……京都、行ってみたいと思いました」


「来年行けるじゃん、修学旅行で」


「……そうですね」


「うちはもう行けないけど」


 ことねが少し笑ったまま言った。

 寂しいというより、その笑いには何か満たされたものがあった。


「……修学旅行、楽しかったですか」


 みおが聞いた。


「うん」


 ことねが頷いた。

 少し間があった。


「……すごく」


 それだけで、伝わった。

 みおは何も聞かなかった。

 でも、分かった。


「……よかったです」


「うん。……ありがとね」


 ことねがまた歩いた。

 みおはその背中を少し見た。


 (いつもより、軽い)


 そう思った。

 何か変わったのだと、みおには分かった。

 でも何も言わなかった。



 図書室に(さく)が戻ってきたのは、放課後だった。


 いつもの窓際の席に、いつも通りに文庫本があった。

 眼鏡のレンズが、夕方の光を受けていた。

 修学旅行前と同じ座り方だった。

 でも、何かが少し違った。


 言葉にするのは難しかった。

 背筋の角度か、本のページを繰る速さか。

 あるいは、何でもないのかもしれなかった。


 央が近くの席に鞄を置いた。

 朔が顔を上げた。


「……勢多(せた)くん」


「お疲れ様です。おかえりなさい」


「……ただいまです」


 少しの間があった。

 央は文庫本を取り出した。

 朔もページに目を戻した。


 しばらく、ふたりで本を読んだ。


 宇陀(うだ)さんが新着本の整理をしていた。

 外から、部活の声が遠く聞こえた。

 いつもの図書室だった。


 少しして、央が口を開いた。


「……うまくいきましたか」


 朔がページから目を上げた。


「……はい」


 静かな声だった。

 それだけだった。


 央は頷いた。


「……そうですか」


 本に目を戻した。

 朔も目を戻した。


 それで十分だった。


 図書室は静かだった。

 いつも通りの静けさに、戻っていた。


 ページが、一枚動いた。

 また一枚、動いた。


 外の光が少し傾いた。

 夕方の図書室に、ふたりの時間が静かに続いた。



 帰り道、みおと並んで歩いた。


 11月の夕方は短かった。

 街灯が早い時間から点いていた。

 銀杏が、もうほとんど葉を落としていた。

 枝だけになった木が、街灯の下で細く見えた。


「……ことね先輩と話しましたか」


 みおが聞いた。


「……昼に少し」


「……わたしも」


「……そうですか」


 少しの間があった。


「……なんか、変わりましたね」


 みおが言った。


「……何がですか?」


「……うまく言えないですけど」


 みおが少し考えた。


「……軽い、感じがします。ことね先輩」


 央は少し頷いた。


「……そうですね」


「……いいことがあったんだと思います」


「……そうですね」


 みおの観察は、いつも正確だった。

 少ない言葉で、芯を捉えていた。


 ふたりで少し歩いた。


 街灯の下を通るたびに、少しずつ明るくなって、また暗くなった。


「……サクさんも」


 央が言った。


「……帰ってきました」


「……戻ってきましたね」


 みおが言った。

 それで、話が終わった。


 でも、歩くのは続いた。


 11月の夜が、静かに始まっていた。

 ふたりの足音だけが、同じペースで続いた。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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