第三十二話 10月31日 仮装と、素の顔
LINEが来たのは、三日前だった。
───────────────────────
ひな :え、聞いて聞いて
ひな :渋谷のハロウィン行こ
ひな :みんな来れる?
───────────────────────
既読が、順番についた。
太秦が「行く行く」、さやかが「いいよ」と答えた。
───────────────────────
みお :……行きます
───────────────────────
───────────────────────
ひな :みおが来るなら絶対楽しい
ひな :みお仮装何する?
───────────────────────
───────────────────────
みお :……しません
───────────────────────
───────────────────────
ひな :なんで
───────────────────────
───────────────────────
みお :……わたしが目立つのは
みお :種類が違います
───────────────────────
───────────────────────
ひな :……たしかに
───────────────────────
央のところにも確認が来た。
「行きます」「仮装の予定はないです」と返すと、「当日なんか渡す」と返ってきた。
「何を」という返信は打たなかった。
聞いても教えてくれないだろうと判断した。
渋谷に着いたのは、夕方前だった。
改札を出た瞬間に、音と人が増えた。
ハロウィン当日の渋谷は、いつもとは別の場所のようだった。
仮装した人が、あちこちにいた。
凝ったものから即席のものまで、密度が高かった。
集合場所のハチ公前で、ひなが待っていた。
小さいのに、存在感があった。
黒と金のゴシックドレスを着ていた。
普段の巻き髪が、編み込みに変わっていた。
小道具のステッキを持っていた。
右目尻の泣きぼくろが、この格好だと更に映えた。
「来た来た!」
ひなが両腕を広げた。
「うち、どう?」
「……よく似合っていると思います」
みおが答えた。
ひなが「でしょ!」と笑った。
太秦が「すごいな」と言った。
さやかが「可愛い」と言った。
央は少し頷いた。
ひなが「勢多くんは?」と言いながらスマホを横持ちにした。
「少し待っといて」
ひながそう言って、グループLINEを開いた。
何かが送られてきた。
───────────────────────
ひな :ことねさんが持ってくるって言ってたよ
───────────────────────
ことねが来たのは、それから五分後だった。
「遅れた!ごめん!」
ことねが手を振りながら、人混みの中から現れた。
私服のままだったが、帽子をかぶっていた。
三角形の黒い帽子だった。
手には紙袋を持っていた。
「央」
「……はい」
「はい、これ」
紙袋から取り出されたのは、マントだった。
黒い、膝丈くらいの布だった。
子供用ではなく、大人が羽織るサイズだった。
「……これは」
「吸血鬼のやつ。去年の文化祭のときに知り合いが持ってたやつを思い出して、借りた」
ことねが答えた。
「……これをつけると」
「つけると吸血鬼っぽくなる。って言っても央だからたぶん普通の人に見えるけど」
「……そうですか」
「つけてみてよ」
央はマントを受け取った。
首の後ろにクリップ式の留め具があった。
そのまま羽織った。
ひながスマホを向けた。
「あ、思ったよりいい」
「……そうですか」
「みお!みお見て!」
ひなが言った。
みおが振り向いた。
央がマントを着ているのを見た。
少し、目を細めた。
「……似合っています」
央は腕時計のあたりに手が行きかけて、止めた。
マントに隠れていた。
「ありがとうございます」
ひながまたスマホを向けて、今度はふたりを画角に収めた。
何枚か撮った。
何も言わなかった。
さやかの仮装はゼロだった。
「仮装はいい。食べ歩き係として参加する」
最初から断言していた。
スマホのメモに「行きたい店リスト」があった。
「さすが」と太秦が言い、「さすが」とひなも言った。
みおが少し頷いた。和菓子の文字が見えたからかもしれなかった。
太秦の仮装はお面だった。
コンビニで買ったカボチャのお面を額に乗せていた。ほとんど顔に乗っていなかった。
「意味あるの」とひなが聞いた。「雰囲気」と太秦が答えた。「まあいっか」とひなが言った。
渋谷の人混みを、六人で歩いた。
道幅が狭くなる場所では縦になった。
広い場所では横に広がった。
みおにとっては人が多かった。
文字通り、群衆の中でも頭ひとつ抜けていた。
それが目立ちたくない理由の一つでもあることを、近くにいる人間は全員知っていた。
みおは歩きながら、人の流れと自分の体積を同時に計算するような動き方をしていた。
以前から、そうだった。
人が多い場所で、みおはいつも少し緊張していた。
今日は、少し違った。
央がいた。
隣にいた。
特に何かをしたわけではなかった。
声をかけるわけでも、手を引くわけでもなかった。
ただ隣にいた。
それだけで、みおの動き方が少し変わっていた。
計算が、少し軽くなっていた。
ひなはそれを、少し後ろから見ていた。
スマホを横持ちにしていたが、撮らなかった。
(変わった)
思った。
でも、何も言わなかった。
さやかのリストに従って、屋台を回った。
大判焼き、揚げ饅頭。
みおが揚げ饅頭を受け取った瞬間、目が少し輝いた。
さやかがそれを横から見た。
口の端が上がった。何も言わなかった。
ことねが央の隣に来た。
「楽しんどる?」
「……はい」
「みおちゃん、よかったね」
「……何がですか」
「ここに来たこと」
央は少し考えた。
「……そうですね」
ことねが笑って、えくぼを出して、人混みの方へ戻っていった。
太秦が横に来た。
「なあ、あのふたり」
少し声を下げた。
さやかたちが少し先にいた。みおがその端にいた。
「……分かってます」
央が先に言った。
「何が」
「……何でもないです」
太秦が頭の後ろを掻いた。
「……まあいっか」
それだけ言って、先に歩いていった。
日が落ちた。
渋谷の明かりが、夕方より濃くなった。
人はまだ多かった。
仮装した人々の間を、光が流れていた。
六人で、少し広い場所に出た。
ひながスマホを横持ちにして、全員が収まる角度を探した。
「ここで撮ろ」
少し横並びになった。
端にみおがいて、その隣に央がいた。
普通の並びだった。
でも、ひなはファインダー越しに少し止まった。
(距離が違う)
文化祭の前と、変わっていた。
具体的に何が変わったか、言葉にするのは難しかった。
でも、変わっていた。
ひなはそのまま、シャッターを切った。
何枚か撮った。
「撮れた」
それだけ言った。
何も言わなかった。
央がマントを外しかけた。
「まだつけてて」
ひなが言った。
「……なぜですか」
「いい感じだから」
央はマントをまた留めた。
みおが少し、央を見た。
それから前を向いた。
ひなはその一秒を、画角の端に収めた。
撮ったことは、言わなかった。
帰り道、ハチ公前で解散した。
ことねが「じゃあね」と手を振って渋谷駅の方へ消えた。
太秦とさやかが同じ方向だったので連れ立って歩いていった。
ひなが「楽しかった」とLINEを全員に送りながら改札の中へ入った。
央とみおが、改札の前に残った。
「……楽しかったですか」
みおが聞いた。
「……はい」
「わたしも」
少しだけ間があった。
「……マント、ことね先輩に返しましたか」
「……あ」
央は手に持っていた黒いマントを見た。
ことねはもう改札の中だった。
「……持って帰ります」
「……そうですね」
みおが少し、口の端を動かした。
今日、何度か見た。
「……また、学校で」
「はい。また、学校で」
みおが改札の中へ入った。
振り向かなかった。
央は少し、そこに立った。
マントを手に持ったまま、みおの背中を見た。
人混みの中でも、頭ひとつ分、見えた。
それから見えなくなった。
央は折りたたんだマントを脇に抱えた。
改札に入った。
渋谷の明かりが、後ろに残った。
ご一読いただきありがとうございます。
ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。
次回もよろしくお願いします。




