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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~一年生~

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30/63

第三十話 10月28日 伝わっていたこと


 文化祭が終わって、四日が経った。


 月曜日の教室は、先週と同じように始まった。

 出席番号順に席が並んでいた。

 前の黒板に、今週の予定が書かれていた。


 何も変わっていなかった。

 でも、一つだけ変わっていた。


 (おう)の隣の席に、みおがいた。

 それは最初からそうだった。

 でも、今日はその意味が少し違った。



 朝のホームルームが終わって、一時限目が始まる前の短い時間だった。


「……言わなくてもいいですか」


 みおが言った。

 声は低く、周囲には届かない音量だった。


 央は少し考えた。


「……構いません」


 それから付け足した。


「でも、気づく人は気づくと思います」


 みおが少しの間を置いた。


「……そうですね」


 チャイムが鳴った。

 一時限目が始まった。



 さやかが気づいたのは、昼休みだった。


 みおが弁当の蓋を開けるのと同じタイミングで、さやかが隣の席の向きを変えて座った。

 腕を組んだ。


「……ねえ」


 さやかが言った。


 みおが少し間を置いた。


「……うん」


 それだけだった。


 さやかが腕組みを解いた。

 前を向いた。

 弁当の箸を取った。


 聞けばよかったかな、と少し思った。

 でも、みおは言うべきときに言う子だ。


 さやかはそれを知っていた。



 太秦(うずまさ)が央に声をかけてきたのは、放課後の廊下だった。


 並んで歩きながら、太秦がなんとなく前を向いたまま言った。


「なあ、おうくん」


「……なんですか」


「いや、なんか」


 太秦が頭の後ろを掻いた。


「……まあいっか」


「何がですか」


「なんでもない」


 それだけで、太秦は別の方向へ曲がっていった。

 「またな」とだけ言い残した。


 央は少し止まった。


 (分かっているのだ)


 先週と同じことを思った。

 今日もそれは変わらなかった。



 ことねへのLINEを送ったのは、帰宅してからだった。


 珈琲を入れて、机の前に座った。

 スマホを開いた。

 少し考えた。

 考えるほどのことでもなかった。


 送った。


───────────────────────

央  :付き合うことになりました

───────────────────────


 既読がついた。


 三秒だった。


───────────────────────

ことね:はやっっっ!!!

───────────────────────


 央はそれを見た。


───────────────────────

央  :はやいですか

───────────────────────


───────────────────────

ことね:やっと!!!

ことね:おめでとう!!!!

───────────────────────


 スタンプが三つ届いた。

 色とりどりの、にぎやかなものだった。


───────────────────────

央  :ありがとうございます

───────────────────────


 少し間が空いた。


───────────────────────

ことね:みおちゃんにも伝えといて

ことね:おめでとうって

───────────────────────


 央はそれを読んだ。

 腕時計を一度だけ、撫でた。


───────────────────────

央  :はい

───────────────────────



 ひなからのLINEが届いたのは、その十分後だった。


 送信者名を見て、少し意外だった。

 ひなとのやりとりはあまり多くなかった。


───────────────────────

ひな :え、聞いて聞いて

───────────────────────


 央はスマホを持ったまま、続きを待った。


───────────────────────

ひな :……やっぱ聞いて

───────────────────────


 央はそれをもう一度読んだ。

 それから少し考えた。


───────────────────────

央  :……何を察しましたか

───────────────────────


───────────────────────

ひな :なんとなく

ひな :え待って既読ついてる

ひな :おめでとう!!!!写真撮ってよかった

───────────────────────


 央はしばらく、画面を見た。


 (……写真)


 廊下の光の中に立っていたみおの後ろ姿が、少しだけ頭に戻ってきた。


───────────────────────

央  :ありがとうございます

───────────────────────


 それだけ返した。

 スマホを置いた。


 窓の外、銀杏がまだあった。

 もう半分ほど、葉が落ちていた。



 翌日の昼休み、図書室に行った。


 いつもより人が少なかった。

 文化祭明けの週は、図書室の来室者が減る。

 宇陀(うだ)さんが返却棚を整理していた。


 奥の席に、(さく)がいた。


 窓際のひとり用の席だった。

 文庫本を開いていた。

 眼鏡の奥の目が、静かにページの上を動いていた。


 央が近くの席に鞄を置くと、朔が顔を上げた。


「……勢多(せた)くん」


「お疲れ様です」


「図書委員の当番は今日でしたか」


「……いえ、今日は当番ではないです」


 朔が少し頷いた。

 そのまま、本に目を戻しかけた。


 央が言った。


「……サクさん、文化祭では」


 朔が、止まった。


 ページの上で目が動かなくなった。

 それからゆっくりと、顔を上げた。


「……言えました」


 朔が言った。


「ありがとう」


 央は少し考えた。


「何も言っていないですが」


「……見ていてくれていたので」


 央はそれを聞いた。

 「見ていた」という言葉が、少しだけ止まった。


「……そうですか」


 少しの間があった。


「……ことね先輩は」


「……考えてくれています」


 朔が静かに言った。

 焦っていない声だった。

 待てる、ということが、その声の中に最初からあった。


「それで十分です」


 央は何も言わなかった。


 朔が文庫本に目を戻した。

 ページを静かにめくった。


 (気を紛らわせるのが速い人だ)


 最初にそう思ったのは、いつだっただろうか。

 朔が図書室で本を開くたびに、その言葉が浮かんでいた。


 でも今日は、少し違って見えた。


 「気を紛らわせている」のではなかった。

 「言うべきことを言って、今は本の前にいる」のだった。

 それは同じ行動でも、意味が違った。


 ページが一枚、また動いた。


 央は自分の鞄から文庫本を取り出した。

 開いた。


 ふたりで、しばらく本を読んだ。


 図書室は静かだった。

 外からかすかに、風の音がした。

 銀杏の葉が落ちている音かもしれなかった。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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