表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~一年生~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/69

第十八話 7月18日 夏の、手前で


 七月十八日。


 球技大会の翌日は、なんとなく教室の空気が軽かった。


 テストが終わり、球技大会が終わり、あとは終業式を待つだけ。

 そういう、宙吊りのような数日間が始まっていた。


 窓から射し込む光の角度が夏になっていた。

 セミが鳴いている。

 授業の声よりも、外の音の方が少し大きい気がした。


 (おう)はプリントの端に日付を書いた。

 七月十八日。

 夏休みまで、あと数日だった。



 昼休み。


 さやかが弁当の蓋を閉めながら言った。


「夏休み、何か予定ある?」


 みおは少し考えた。


「……特には。料理の本を読もうとは思ってる」


「読む、ね。休みも本」


「休みだから読める」


「まあそうか」


 さやかが納得したように言った。

 ひなのことを思い出したのか、続けた。


「ひなは絶対コラボグッズ狙ってる。限定のやつ。もう情報収集してたよ」


「……ひならしい」


「そう、ひならしい」


 みおは窓の外を少し見た。

 夏の光の中に、ゆっくりした時間の感触があった。


(夏休み、か)


 長い。

 四十日以上ある。

 その間、学校に来ない。


 教室に来ない。

 隣の席に、誰も来ない。


(……別に)


 みおは視線を戻した。

 弁当の残りをまとめた。



 午後の授業が終わった頃、廊下のホワイトボードに笠置(かさぎ)先生が書き足した。


 「終業式 7月22日(火)」


 来週の火曜日だ、と太秦(うずまさ)が言った。


「あっという間だったな、一学期」


「……そうか」


「そう感じない?」


 央は少し考えた。


「長かった気もする。最初の頃と今とで、全然違うから」


「まあな」


 太秦が頭の後ろを掻いた。

 それから、ちらりと視線を向けた。

 隣のみおのところを。


 央はそれに気づいたが、何も言わなかった。



 放課後。


 図書委員の当番は週替わりだった。

 この週、当番は央とみおだった。


 図書室に向かう廊下は、放課後の人通りが少なかった。

 階段を上がって、廊下の突き当たりの扉を開ける。


 宇陀(うだ)さんが本の補修をしていた。


「来てくれたね」


「……今日は蔵書の確認でしたか」


「そう。あと夏期開放の準備も少し。夏休み中は週に三日、午前中だけ開けるから」


 みおが荷物を置いて、当番作業に入った。


 新着本のラベル確認。返却棚の整理。

 いつも通りの手順だった。


 央も同じように作業を始めた。


 図書室は静かだった。

 七夕の笹はもうなかった。

 先週のうちに宇陀さんが片づけていた。

 あった場所に何もないのが、少しだけ広く見えた。


(笹がなくなった)


 央はそう思っただけで、特には何も思わなかった。


 ただ、なくなった場所を一度だけ見た。



 作業が一段落した頃、みおが棚の整理から戻ってきた。


 央は貸出カードの並べ直しをしていた。


「……貸出のカード、増えてますね」


「期末テスト前に借りた人が返してきたみたいで」


「参考書のたぐい?」


「いくつかは。あとは小説も」


 みおが少し手を止めた。

 カードの一枚を見た。


「……これ、うちのクラスの人ですね」


「どれ」


「太秦さん」


 央が少し目を細めた。


「太秦が、本を」


「借りてたみたいです」


「……なんの本を借りたんだろう」


「自転車の整備の本です」


「……まあ、そうか」


 央は納得した。

 太秦らしかった。


(小説じゃなくて整備書か)


 みおは少し口元を動かした。

 笑いかけて、やめた、という感じだった。


 央はそれを横目で見た。


(笑いかけた)


 思っただけで、続けなかった。



 窓の外が少し赤くなりかけた頃、作業がほとんど終わった。


 宇陀さんが奥から出てきた。


「お疲れさま。今日はここまでにして」


「夏期開放の準備、追加でやることありますか」


「今日は大丈夫。あとは月曜日にやるから」


 宇陀さんが少し目を細めた。


「夏休み、どこか行く予定はある?」


「……未定です」と央が答えた。


「みおさんは?」


「……まだ何も」とみおが言った。


「そっか。ゆっくりしてね、たまには」


 宇陀さんがそう言って、また奥に戻った。



 荷物をまとめていると、央は少し手が止まった。


 夏休みまで、あと数日。

 終業式が来たら、次にここに来るのは夏期開放の日になる。

 その時は、当番があれば来ることになる。

 でも、当番がなければ。


(別に、特に何か連絡することもない)


 そうは思った。


 ただ、少し引っかかった。


 図書委員のグループLINEはある。

 夏期開放の連絡や、急ぎの共有はそこで流れる。

 だから連絡先がないわけではない。


 ただ、グループLINEを通じて連絡するのと、そうでないのとでは。


(……なにを考えている)


 央は自分の考えに少し止まった。


 荷物を持って、立ち上がった。



 図書室の扉を出ると、廊下にみおがいた。

 荷物を持って、靴の踵を直していた。


 背が高い。

 廊下の蛍光灯の下で、みおの影が床に長く伸びていた。


「……お疲れ様でした」


「お疲れ様です」


 みおが体を起こした。


 二人並んで廊下を歩き始めた。

 階段の方に向かう。


 少しの間、何も言わなかった。

 沈黙は特に重くはなかった。

 図書室ではいつもそういう間があった。


 央は歩きながら、少し考えていた。


(言うか、言わないか)


 別に大したことではない、と思った。

 夏休み中に何かあれば、図書委員の連絡先で。

 そう言えばいい。


 それは実際に正しい話だった。


 夏期開放の予定や急ぎの連絡はグループLINEで来る。

 図書委員として連絡を受け取れる体制は、すでにある。


(ただ)


 央は腕時計の縁を、無意識に指でなぞった。


 階段の踊り場に来た。

 窓から夏の夕方の光が差している。

 外は少し赤みを帯びていた。


「あの」


 央が言った。


 みおが足を止めて、こちらを見た。


「夏休み中に、図書委員の用件があれば」


「はい」


「グループLINEで連絡が来ると思います。夏期開放の確認とか」


「……確認しておきます」


「それとは別に」


 央は少し間を置いた。


「LINEで、連絡しても構いませんか」


 声に出してから、少し自分で驚いた。

 「図書委員の連絡先で」と言いかけて、全然違う言葉が出ていた。


 みおが一拍、止まった。


 反応を確認するより先に、央は視線を窓の外に向けた。

 外の光は相変わらず赤かった。


「……はい」


 みおが言った。


 小さかった。

 でも、聞こえた。


「……ありがとうございます」


「いえ」


 みおが少し前を向いた。


 また、二人で歩き始めた。



 太秦は少し離れた廊下の端で、下駄箱に向かうふりをしながら、そのやりとりを見ていた。


(……ついにきた)


 頭の中でそれだけ思った。


 声には出さなかった。

 出したら全部終わる。


 央がみおに何かを言って、みおが少し止まって、それから小さく答えた。

 内容までは聞こえなかったが、流れは分かった。

 分かりすぎた。


(小学生の頃から「背の高い子が好き」とか言ってたくせに、ここまで時間かかってんのか)


 太秦は頭の後ろを掻いた。

 誰かに見られていたら、怪しまれる動きだった。


 央とみおは並んで階段を下りていった。

 特に何かが変わったわけではない、という顔をして歩いている。


(変わってんだよ、十分に)


 太秦は一人で小さく息を吐いた。

 それから、何事もなかったように昇降口へ向かった。



 昇降口で、案の定、央が待っていた。


「遅かったな」と央が言った。


「そっちも遅かったじゃん」


「図書委員の当番があった」


「知ってる」


 太秦は靴を履き替えながら、さりげなく央の様子を見た。

 特に表情は変わっていなかった。

 変わっていないのが、また分かりやすかった。


葛城(かつらぎ)さんは?」


「先に行った。みおは電車だから、早めに出た方がいいって」


「そっか」


 外に出た。

 夕方の光が斜めに伸びている。

 セミがまだ鳴いていた。


「なあ、花火大会って行く?」


 太秦が言った。


「花火大会?」


「来月。毎年わりと近場でやってるやつ。去年は行ってないけど、今年は行こうかなと思って」


 央が少し考えた。


「いつ?」


「まだ日程調べてないけど、八月の中頃。さやかさんたちに声かけてもいいと思ってさ」


「……あれば、行く」


「珍しくはっきり言うじゃん」


「どうせお前が来いと言うだろうから」


「まあな」


 太秦が笑った。

 少し歩いて、また口を開いた。


「……葛城さんも来るかな」


「さあ」と央が言った。


「声、かけてみれば?」


「……グループで声をかけるなら、さやかさんか太秦の方が自然だろう」


「俺、葛城さんに直接連絡するほど親しくはないんだけど」


「……さやかさんを通じて」


「それは遠回りすぎ」


 太秦が横目で央を見た。


(一応、聞いてみるか)


「おうくん、LINEとか」


「……ない話ではない」


「え」


「と言っておく」


 太秦が足を止めた。


「え、今なんか言った?」


「言ってない」


「言った。言ってないっていう顔じゃなかった」


「……歩け」


 央が先を歩き出した。


 太秦は一瞬止まって、それからまた歩き出した。


(やっぱ、ついにきた)


 二度目の確信だった。


「まあ花火は楽しみにしとく」


「……そうしろ」


 夕方の光の中を、二人で歩いた。



 みおは電車の中で、窓を見ていた。


 田園都市線の窓から、夕焼けの空が切り取られて流れていく。

 建物と、電線と、光。


 手の中にスマホがあった。

 画面はついていない。


(……はい、と言った)


 思い出した。

 なぜか、それだけを何度も確認していた。


 央が「LINEで連絡しても構いませんか」と言った。

 自分は「……はい」と答えた。

 それだけのことだった。


 それだけのことだったが、電車に乗ってから、ずっと手の中のスマホを握っていた。


(図書委員の用件で、でしょう)


 思った。

 当然そうだと思った。

 夏期開放の確認や、急な連絡があれば。


(でも)


 みおは少し唇を噛んだ。


 央が最初に「グループLINEで連絡が来ると思います」と言った。

 それで終わりにする話だった。

 「それとは別に」と、続いた。


(……それとは別に)


 みおは窓から視線をずらした。

 電車の中は冷えていた。

 外の光はまだ赤かった。


(夏休み、か)


 長い。

 四十日以上。

 その間に、連絡が来るかもしれない。


 来ないかもしれない。


(来なくても、別に)


 思いかけて、止まった。


 来なくてもいい、と本当に思っているかどうか。

 少し、分からなかった。


 電車が駅に近づいた。

 アナウンスが流れた。

 みおは荷物を持ち直した。


 ホームに下りながら、さっき「はい」と言ったときの間のことを、もう一度だけ思い出した。


 一拍、止まった。

 それから答えた。


 なぜ一拍かかったのかを、みおはまだ自分でよく分かっていなかった。


 夏の夕方が、駅のホームに降りていた。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ