第百三十八話 6月3日 隣で迎える、この日
六月三日、水曜日。
みおの誕生日の朝はスマホの通知音で、静かに始まった。
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太秦 :葛城さん、誕生日おめでとう!
ひな :おめでとう! 良い一年になりますように
さやか:おめでとう。今日も一日、楽しんでね
慧 :葛城先輩、おめでとうございます!
ほのか:おめでとうございます!
ことね:みおちゃん、誕生日おめでとう! 大学生活、バタバタだけど、
忘れずにメッセージ送ったよ
朔 :おめでとうございます。素敵な一年になりますように
みお :皆さん、ありがとうございます! 今日も頑張ります
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みおはその一つ一つに、丁寧に目を通していった。
離れていても、こうして、忘れずにいてくれる人たちがいる。
その事実だけで、朝から胸の奥が、じんわりと温かくなった。
特にことねと朔からのメッセージに、みおはしばらくの間、見入っていた。
大学生活で忙しいはずなのに、こうして時間を作ってくれる。
その心遣いが、何より嬉しかった。
返信を打ち込みながら、みおはこれまでの一年を、ふと振り返った。
入学した頃は、自分の身長を誰かに知られることが、何より怖かった。
けれど今はこうして、たくさんの人に、素直に祝ってもらえている。
その変化を噛みしめながら、みおは身支度を整えた。
制服に着替えながら、みおは鏡に映る自分の姿を、まっすぐに見つめた。
もう、猫背になって目立たないようにする必要はない。
その事実をあらためて、実感する朝だった。
鞄を手に玄関を出ると、初夏の爽やかな風が、頬を撫でていった。
今日という一日が、どんな一日になるのか。
みおは胸の高鳴りを感じながら、学校への道を歩き出した。
学校では、朝のホームルームの前から、皆が代わる代わる、声をかけてきた。
「おめでとう、みお」
さやかがそう言いながら、小さなキャンディの包みを、そっと手渡した。
「ありがとうございます」
「今日、勢多くんと何か予定あるの?」
さやかがそう尋ねると、みおは頬を染めながら、頷いた。
「はい。……放課後、少し、付き合ってもらう予定です」
「良い一日になるといいね」
さやかがそう言いながら、優しく微笑んだ。
「今日まで、色々、ありがとうございました」
みおがそう言うと、さやかは首をかしげた。
「急に、どうしたの」
「この一年、皆さんに、支えてもらってばかりだったので」
みおがそう続けると、さやかは優しく笑った。
「それは、お互い様だよ」
みおがそう答えると、続けて太秦も声をかけてきた。
「おめでとう。今日、良い日になるといいな」
「ありがとうございます、太秦さん」
みおがそう返すと、太秦は少し照れくさそうに、頭を掻いた。
「にしても、この一年、色々あったよな。俺の進路のこととか、皆の……」
太秦がそう漏らすと、みおは頷いた。
「はい。……皆さん、それぞれ、大きく変わりましたよね」
「葛城さんの、その堂々とした感じも、随分変わったと思うぞ」
太秦がそう指摘すると、みおは意外そうに、瞬きをした。
「そう、でしょうか」
「うん。……前よりずっと、自分らしくいる感じがする」
太秦がそう言うと、みおは嬉しそうに、目を細めた。
みおがそう答えると、ひなもカメラを構えながら、駆け寄ってきた。
「はい、記念に一枚」
ひながそう言って、シャッターを切った。
「うちの部長仕事、誕生日にも、しっかり活用させてもらうから」
ひながそう冗談を言うと、みおは小さく笑った。
「部長らしくなりましたね、ひな」
みおがそう言うと、ひなは得意げに胸を張った。
「でしょ? うちも、この一年で、色々成長したんだよ」
「ありがとうございます」
みおがそう答えると、廊下から、慧とほのかも駆け寄ってきた。
「葛城先輩、おめでとうございます!」
慧がそう言うと、ほのかも、続けて頭を下げた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます、二人とも」
みおがそう返すと、慧が少し得意げに付け加えた。
「実は俺たち、朝のうちに、部室でお祝いのメッセージカード、書いておいたんです」
「後で、渡しますね」
ほのかがそう言うと、みおは目を細めた。
「楽しみにしています」
「二人とも、随分、仲良くなったよね」
みおがそう言うと、慧とほのかは揃って、頬を赤らめた。
「そ、そんなことないですよ」
ほのかがそう否定すると、慧も、慌てたように頷いた。
「な、なんの話ですか」
その反応に、みおはくすりと笑った。
「隠さなくても、いいと思います」
放課後、教室に残っていたのは、央とみおの二人だけだった。
「今日、少し、付き合ってもらえますか」
央がそう切り出すと、みおは頷いた。
「はい。……もちろんです」
二人はそのまま、学校の近くにある、小さな公園へと向かった。
夕方の光が、木々の間から柔らかく差し込んでいる。
「今日、随分、緊張してますね」
みおがそう指摘すると、央は頷いた。
「はい。……正直、朝からずっと」
「珍しいですね、央さんが、そんな風になるの」
みおがそう言うと、央は深呼吸を一つした。
「今日は、どうしても、失敗したくなくて」
央がそう本音を漏らすと、みおは優しく、その手にそっと触れた。
「大丈夫です。……央さんの気持ちは、もう、十分、伝わっていますから」
みおがそう言うと、央は少し安心したように、表情を緩めた。
「これ、みおに」
央がそう言いながら、小さな箱を差し出した。
「わあ……」
みおがその箱の丁寧な包装に、思わず声を漏らした。
「開けても、いいですか」
みおがそう尋ねると、央は頷いた。
箱を開けると、中には繊細な作りの、シルバーのブレスレットが入っていた。
細やかな細工が、夕方の光を受けて、控えめに輝いている。
「これ……」
みおがその美しさに、思わず、息を呑んだ。
「実はあの日、みおが言っていたオーダーメイドの店、一人で探しに行ったんです」
央がそう打ち明けると、みおは驚いたように、目を見開いた。
「一人で、ですか」
「はい。……サプライズにしたかったので」
央がそう続けると、みおはブレスレットを、そっと手に取った。
「みおの手首のサイズ、こっそり、さやかさんに聞いて。……既製品だと、どうしても、サイズが合わないと思ったので」
央がそう説明すると、みおの目にじわりと、涙が滲んだ。
「店員さんに、事情を説明するの、少し、緊張しましたけど」
央がそう付け加えると、みおは小さく笑った。
「どんな風に、説明したんですか」
みおがそう尋ねると、央は少し考えるように、視線を上げた。
「大切な人の手首に、ぴったり合うものを作りたいって、正直に伝えました。……店員さんも、丁寧に相談に乗ってくれて」
「央さんが、そんな風に、言ってくれていたなんて」
みおがそう言いながら、頬を染めた。
「央さんが、一人で、そこまでしてくれたなんて」
「ちゃんと、みおに合うものを、用意したかったんです」
央がそう言うと、みおは震える手で、そのブレスレットをそっと身に着けた。
シルバーの輪が、みおの手首に、ぴったりと収まる。
「サイズ、合ってますか」
央がそう尋ねると、みおは頷きながら、涙を拭った。
「はい。……ぴったりです」
公園のベンチに、二人は並んで腰を下ろした。
「身長のこと、これまでずっと、みおを悩ませてきたと思います」
央がそう切り出すと、みおは静かに、その言葉に耳を傾けた。
「入学した頃のみおは、いつも、少し俯きがちでした。……覚えていますか」
央がそう続けると、みおは頷いた。
「はい。……あの頃は、なるべく目立たないようにって、そればかり考えていました」
「今は、随分、変わりましたよね」
央がそう言うと、みおは頷いた。
「はい。……央さんのおかげです」
「俺は、何もしていませんよ」
央がそう謙遜すると、みおは首を振った。
「いいえ。……央さんが、隣にいてくれたから、変われたんです」
「でも、俺にとっては、それも含めてみおなんです。……隠さなくていい、そのままのみおが、俺は、好きです」
央がそう言い切ると、みおの頬を涙が、静かに伝った。
「その言葉、何度聞いても、胸がいっぱいになります」
みおがそう言いながら、涙を指先でそっと拭った。
「……ありがとうございます」
みおがそう答えるのが精一杯だった。
「二月に、俺の誕生日を祝ってもらった時。……これから先ずっと、みおと一緒に、この日を迎えたいって、伝えましたよね」
央がそう続けると、みおは頷いた。
「はい。……覚えています。……29日じゃなくても、わたしにとっては特別な日ですって、伝えた日ですよね」
みおがそう返すと、央は少し驚いたように、目を見開いた。
「よく、覚えていますね」
「忘れるはずないです。……あの日のこと」
みおがそう言うと、央は静かに頷いた。
「あの約束、今日、こうして果たせて、良かったです」
央がそう言うと、みおは小さく笑いながら、涙を拭った。
「来年も、再来年も……この先も、ずっと。俺は、みおの隣にいたいと思っています」
央がそう言うと、みおは大きく頷いた。
「はい。……わたしも、同じ気持ちです」
みおがそう答えると、二人はどちらからともなく、手を重ねた。
ブレスレットの冷たい感触が、少しずつ、体温に馴染んでいく。
夕陽が、公園の景色を、オレンジ色に染めていく。
その光の中で、二人はしばらくの間、言葉もなく寄り添っていた。
「これからも、色々なことが、変わっていくと思います」
央がそう言うと、みおは頷いた。
「はい。……進路のことも、これから本格的に、考えていかないといけませんし」
「大学も、別々になるかもしれません」
央がそう続けると、みおは少し不安そうに、視線を落とした。
「それは、少し、寂しいですね」
「同じ大学を、目指すという選択肢も、もちろんあると思います」
央がそう言うと、みおは驚いたように、顔を上げた。
「そんな風に、考えてくれていたんですか」
「はい。……まだ、はっきりとは決めていませんが」
央がそう答えると、みおは嬉しそうに目を細めた。
「一緒に、頑張れたら、心強いです」
みおがそう言うと、央は優しく頷いた。
「それでも」
央がそう言葉を継いだ。
「みおの隣にいることだけは、変わらないつもりです」
央がそう言い切ると、みおはその言葉を深く、噛みしめるように目を閉じた。
「わたしも、です」
みおがそう答えると、央は優しく微笑んだ。
「離れていても、繋がっていられる。……ことねちゃんたちを見ていて、それはよく分かりました」
央がそう言うと、みおは小さく頷いた。
「そうですね。……離れていても、心配いらないんですね」
みおがそう言うと、央は頷いた。
「今日という日を、ずっと、忘れないと思います」
みおがそう言うと、央は静かに微笑んだ。
「俺も、同じです」
央がそう答えると、みおはブレスレットに、そっと指先を添えた。
夕暮れの光を受けて、シルバーの輪が、控えめに、輝いている。
「これから毎年、この日を、一緒に過ごしていけたらいいですね」
みおがそう言うと、央は深く頷いた。
「はい。……来年も、その先も、ずっと」
六月の風が、二人の間を、心地よく吹き抜けていく。
二百二十センチという数字も、これまでの積み重ねも、全てを含んだ「今のみお」を、隣で、まっすぐに肯定してくれる人がいる。
その事実が、みおにとって何より、確かな支えだった。
誕生日という特別な一日は、こうして、二人だけの静かな約束と共に、暮れていった。
この一年、それぞれの場所で、それぞれの一歩を踏み出してきた仲間たちのことを、みおはあらためて思い浮かべた。
誰もが、少しずつ前へ進んでいる。
その中で、自分もまた、確かな一歩を踏み出せたのだと、みおは静かに実感していた。
空には、星が一つ、また一つと、瞬き始めていた。
この一年の始まりに立つ、特別な一日の記憶を、みおはそっと胸に刻んだ。
隣を歩く央の存在が、これから先も変わらず、そこにあり続けることを、みおは静かに確信していた。
二人の物語は、これからもこうして、一日一日、積み重なっていく。
誕生日という節目を越えて、また新しい一年が、静かに、始まろうとしていた。
みおは、ブレスレットにもう一度、そっと触れながら、家路についた。
今日という特別な一日の温もりを、胸に抱えたまま。
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