↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~三年生~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
136/145

第百三十六話 5月20日 シャッターを切る責任


 五月二十日、水曜日。

 放課後の教室に、ひなが少し浮かない顔で、机に頬杖をついていた。

 いつもなら真っ先に、皆を笑わせる話題を探すひなが、今日は珍しく、口数が少ない。


「なんか、悩んでるの?」


 さやかがそう声をかけると、ひなは小さく息をついた。


「写真部の部長のこと。……そろそろ、返事しなきゃいけなくて」


 みおもまた、心配そうに、ひなの様子を見つめていた。


「まだ、迷ってるんだ」


 みおがそう尋ねると、ひなは頷いた。


「うん。……昨日の夜も、ずっと考えてて」


 ひながそう付け加えると、さやかは心配そうに、眉を寄せた。


「今まで、好きなように、撮ってただけだったけど。……部長になったら、そういうわけにもいかないよね」


 ひながそう漏らすと、さやかとみおは、顔を見合わせた。


「そんなに、思い詰めなくてもいいと思うけど」


 さやかがそう言いながら、優しくひなの肩に手を置いた。


「顧問の先生には、いつまでに返事すればいいの?」


 さやかがそう尋ねると、ひなは少し力なく答えた。


「今週中に。……もう、あんまり時間残ってなくて」


「そっか」


 さやかがそう相槌を打ちながら、隣の椅子をひなの方へ引き寄せた。


「具体的に、何が不安なの?」


 さやかがそう尋ねると、ひなは指折り数えるように、話し始めた。


「後輩をまとめたり、コンクールの応募とか、部の予算のこととか。……今まで、考えたこともなかったことが山積みで」


「大変そうですね、それは」


 みおがそう相槌を打つと、ひなはうんうんと頷いた。


「特に、後輩をまとめるの、自信ない。……うち、あんまりリーダーとか、向いてないタイプだと思うし」


 ひながそう続けると、さやかは首をかしげた。


「そう? 結構、面倒見いいと思うけど」


「面倒見るのと、まとめるのって、また違う気がして」


 ひながそう反論すると、みおが静かに口を挟んだ。


「不安に思うこと自体が、真剣に考えている証拠だと思います」


 みおがそう言うと、ひなは少し虚を突かれたように、口をつぐんだ。


「そんな風に、考えたことなかったな」


 ひながそう呟くと、さやかが優しく続けた。


「不安がないまま、何かを始める人の方が少ないと思うよ」


 さやかがそう言うと、ひなはその言葉を、心の中で繰り返し噛みしめた。


「ありがと。……なんか、少し気が楽になった」



「でも、さ」


 さやかが、ふと、そう切り出した。


「ひなって、後輩の面倒見るの、得意でしょ。前も、構図のアドバイス丁寧にしてたし」


「それは、まあ、好きでやってるだけだけど」


 ひながそう答えると、みおが静かに口を開いた。


「好きでやっていることが、そのまま、部長としての強みになるんだと思います」


 みおがそう言うと、ひなは瞬きを繰り返しながら、みおを見つめた。


「みお、いいこと言うね」


「本当のことです」


 みおがそう言い切ると、ひなは小さく笑った。


「不安なことも、皆で分担すればいいと思う。……ひな一人で、全部背負う必要ないよ」


 さやかがそう続けると、ひなはその言葉を、噛みしめるように目を伏せた。


「それに、ひななら、大丈夫だよ」


 さやかがそう言葉を重ねると、ひなはしばらくの間、黙り込んだ。


「大丈夫、かな」


 ひながぽつりと、そう呟いた。


「大丈夫。……うちらが、保証する」


 さやかがそう言い切ると、みおも深く頷いた。

 その二人の様子に、ひなの胸の奥で何かが、すとんと落ち着いた気がした。


「分かった。……引き受けてみる」


 ひながそう決意を口にすると、さやかとみおは揃って拍手を送った。


「よし、決まりだね」


 さやかがそう言うと、ひなは面映ゆさを感じながらも、確かな手応えを胸の内に感じていた。


 その日の帰り際、教室に残っていた(おう)太秦(うずまさ)にも、ひなは決意を報告した。


「二人とも、聞いて。……写真部の部長、正式に、引き受けることにした」


 ひながそう切り出すと、央は静かに頷いた。


「おめでとうございます。……ひなさんなら、きっと、良い部長になると思います」


 央がそう言うと、太秦も続けて口を開いた。


「まあ、俺もそう思う。頑張れよ」


 太秦がそう言うと、ひなは鼻の頭を掻きながら、視線を逸らした。


「なんか、二人とも、あっさりだね」


 ひながそう言うと、央は少し首をかしげた。


「あっさりというより……ひなさんなら、当然だと思っていたので」


「え、そんな風に、思われてたの?」


 ひなが驚いたように、声を上げると、太秦は笑いながら頷いた。


「まあ、俺らの中では、割とそういう認識だったよ」


「知らなかった……」


 ひながそう呟きながら、少しくすぐったそうに、頬を緩めた。


「あっさりって、応援してるんだって」


 太秦がそう言い返すと、皆は揃って笑い合った。


「何かあったら、いつでも、相談してね」


 みおがそう付け加えると、ひなは深く頷いた。


「うん。……その時は、遠慮なく、頼らせてもらう」


 ひながそう答えると、さやかが明るく笑った。


「それでこそ、うちらの部長だね」


 さやかがそう言うと、教室に、また皆の笑い声が広がった。



 放課後、写真部の部室で、ひなは顧問の先生に、正式に部長を引き受ける意思を伝えた。


「先生、少し、お時間いいですか」


 ひながそう切り出すと、顧問の先生は手を止めて、向き直った。


「写真部の部長のこと、正式に、引き受けようと思います」


 ひながそう告げると、顧問の先生は口元に、柔らかな笑みを浮かべた。


「引き受けてくれて、嬉しいわ。御所さんなら、きっと良い部長になれると思う」


 顧問の先生がそう言うと、ひなはまだ実感の湧かない面持ちで、頭を下げた。


「正直、まだ自分に務まるか、不安なんですけど」


 ひながそう本音を漏らすと、顧問の先生は穏やかに微笑んだ。


「最初から、完璧にできる人なんて、いないわよ。少しずつ、覚えていけばいいの」


「至らないところも、多いと思いますが。……頑張ります」


 ひながそう挨拶を返した。


「困ったことがあれば、いつでも、相談してね。一人で抱え込まなくていいから」


 顧問の先生がそう付け加えると、ひなはその言葉に、静かに胸を撫で下ろした。


「あと、御所さん。……前に、将来、写真を仕事にできたらって、言ってたわよね」


 顧問の先生がふと、そう切り出すと、ひなは少し気恥ずかしそうに頷いた。


「はい。……まだ、漠然とした夢ですけど」


「部長としての経験は、そういう夢にも、きっと繋がっていくと思うわ。人をまとめる力も、責任感も、この先どんな形で写真に関わるにしても、必要になるものだから」


 顧問の先生がそう言うと、ひなはその言葉を、じっくりと噛みしめるように目を閉じた。


「はい。……この経験、大切にします」


 ひながそう改めて、決意を口にした。


 部室を出る足取りは、来た時よりも、いくらか、軽くなっていた。



 数日後、部室では、一年生の部員たちに、ひなが構図の指導をしている場面があった。


「ここ、もう少し、被写体を左に寄せてみようか。空の余白が、もっと活きると思うよ」


 ひながそう助言すると、後輩は素直に、カメラの角度を調整した。


「部長、そういうの、すぐ分かるんですね」


「経験だよ、経験」


 ひながそう答えながら、後輩の写真を、確認していく。


「うちも最初は、全然分かんなかったし。撮って撮って、少しずつ感覚掴んでいく感じかな」


 ひながそう付け加えると、後輩は真剣な表情で、頷いた。


「あと、この写真、光の当たり方がすごく綺麗。ここ、もう少し早い時間に撮ったの?」


 ひながそう尋ねると、後輩は嬉しそうに、頷いた。


「朝、部活行く前に、ちょっと寄り道して」


「その工夫、いいね。今度、皆にも共有しよう」


 ひながそう提案すると、後輩は照れくさそうに頬を掻いた。


「部長になって、変わったことってありますか」


 別の後輩がそう尋ねてくると、ひなは少し考えてから、答えた。


「うーん……前より、後輩の写真、よく見るようになったかな。責任感、ってやつなのかも」


 ひながそう答えながら、小さく笑った。


「それ、部長っぽいです」


 後輩がそう茶々を入れると、ひなは苦笑いを浮かべた。


「かもね」


 ひながそう短く答えながら、次の写真の確認へと意識を移した。

 その様子を部室の入り口から、太秦が覗き込んでいた。


「おお、様になってるじゃん」


 太秦がそう茶化すと、ひなは振り返って、口を尖らせた。


「からかいに来たの?」


「いや、素直に、感心してるんだって」


 太秦がそう言い返すと、ひなは口元を緩めながらも、満更でもない様子で笑った。


「まあ、ちょっとずつ、部長らしくなってきたかなって、自分でも思う」


 ひながそう言うと、太秦は頷いた。


「様子見てて、安心したわ」


「安心って、うちのこと、心配してたの?」


 ひながそう聞き返すと、太秦は少し慌てたように、手を振った。


「いや、そこまでは、言ってないけど……まあ、多少はな」


 太秦がそう答えると、ひなは意外そうに、目を丸くした。


「珍しいじゃん、太秦がそういうこと言うの」


「うるさいな。素直に受け取れよ」


 太秦がそう言い返すと、ひなはくすくすと笑った。


 太秦がそう言いながら、部室を後にしようとすると、ひながその背中に声をかけた。


「太秦、進路のこと、先生に言ったんだって?」


「ああ、聞いたのか」


 太秦がそう答えながら、少し照れくさそうに、頭を掻いた。


「みおから聞いたよ。……ちゃんと、自分の言葉で伝えられたんだね」


 ひながそう言うと、太秦は照れ隠しのように、早口で答えた。


「まあ、姉貴のおかげ、みたいなとこもあるけどな」


「うちも、負けてられないなって思ったよ」


 ひながそう言うと、太秦は軽く手を挙げて、応えた。



 その夜、ひなは自分の部屋で、これまで撮り溜めた写真を、一枚ずつ見返していた。

 入部したばかりの頃の、拙い一枚。

 少しずつ、上達していった過程が見える、何枚もの試行錯誤。

 そして最近撮った、桜の下での、慧とほのかの一枚。


(あの頃は、まさか部長になるなんて、思ってもみなかったな)


 ひなは机の引き出しから、初めて手にした一眼レフのカメラを取り出した。

 入学祝いに、両親から贈られた、思い出の一台。

 シャッターボタンに触れると、あの日の高揚感が鮮明に蘇ってくる。


 あの頃は、ただ目の前の景色を、綺麗だと思う気持ちだけで、シャッターを切っていた。

 今は、その一枚一枚の裏に、後輩たちの成長や、部全体の在り方まで、考えるようになっている。

 それは、写真そのものへの向き合い方が、少しずつ、変わってきた証なのかもしれない。


(うちも、いつか、写真を仕事にできたらいいな)


 ひなはそう思いながら、スマホで部活のグループチャットを開いた。


───────────────────────

ひな :正式に部長、引き受けることにしました。至らないところも

    多いと思うけど、みんなでいい部活にしていきましょう

後輩A:部長、よろしくお願いします!

後輩B:ひな先輩について行きます!

後輩C:楽しみです!

───────────────────────


 その温かい返信の数々に、ひなは目頭が、じんわりと熱くなるのを感じた。


 スマホを置いて、ひなはもう一度、部屋の壁に飾った、これまでの受賞歴や部活の集合写真を見渡した。

 一年生の頃、右も左も分からないまま、シャッターを切っていた自分。

 その延長線上に、今の自分がいる。


(うちなりのやり方で、やってみよう)


 ひなはそう心の中で呟きながら、机の上のカメラを、そっと手に取った。

 ファインダーを覗き込むと、そこにはいつもと変わらない、見慣れた自分の部屋の景色が広がっていた。

 けれど、その景色を見る自分の心持ちは、今日を境に、確かに変わり始めている。

 シャッターを切るという、これまで当たり前にしてきた行為に、今、初めて確かな責任の重みが、静かに加わっていた。


 窓の外、夜空には、星がいくつも瞬いていた。

 明日から、また、新しい部長としての一日が、始まる。

 ひなはそう思いながら、カメラをそっと机の上に戻した。

 それでも、今夜はもう少しだけ、この気持ちの余韻に浸っていたい気がした。

 カメラのレンズ越しに見る世界が、明日から、どんな風に変わっていくのか。

 その予感は、不安よりも、確かな期待の方が、少しだけ勝っていた。

 ひなはそんな気持ちを胸に、静かに電気を消した。

 明日から始まる新しい日々に、少しの緊張と、それ以上の楽しみを感じながら。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。