↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~三年生~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
134/145

第百三十四話 5月9日 先に歩いていた人


 五月九日、土曜日。

 太秦(うずまさ)は、休日の昼下がり、実家のリビングで姉と二人きりになっていた。


「今日、暇?」


 姉がそう尋ねると、太秦は頷いた。


「まあ、特に予定ないけど」


「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。買い物」


 姉がそう言いながら、財布を手に取った。


「珍しいな、姉ちゃんが俺を誘うの」


 太秦がそう言うと、姉は少し肩をすくめた。


「たまにはいいでしょ。……一人で行くの、なんか気が乗らなくて」


「そうなんだ」


 太秦は少し面倒くさそうにしながらも、結局、腰を上げた。

 両親は今日も店の方に出ているらしく、家には二人きりだった。


 玄関で靴を履きながら、太秦はふと、姉の様子がいつもと少し違うことに気づいた。

 普段より口数が少なく、どこか考え込んでいるような雰囲気がある。


「なんか、今日静かだな、姉ちゃん」


 太秦がそう指摘すると、姉は少し驚いたように、顔を上げた。


「そう、見える?」


「まあ、なんとなく」


 太秦がそう答えると、姉は小さく苦笑いを浮かべた。


「後で、話すよ。……歩きながらでも」



 二人は駅前の商店街を、ゆっくりと歩いていた。

 姉は就職活動用の証明写真を撮るため、写真館に立ち寄る予定だという。


「証明写真って、まだ早くない?」


 太秦がそう尋ねると、姉は少し困ったように笑った。


「インターンの応募に、必要でさ。……まだ、志望業界もはっきりしてないのに」


「そうなんだ」


「周りはもう、やりたいこと決めてる子も、多いんだけどね」


 姉がそう言いながら、視線を、少し落とした。

 その横顔に、太秦はいつもの明るい姉とは、少し違う色を見た気がした。


 商店街の途中、二人の通っていた小学校が見えてきた。

 放課後、よく姉に連れられて、この道を歩いた記憶が太秦の中に、ふと蘇る。


「懐かしいな、この道」


 太秦がそう言うと、姉も頷いた。


「よく拓海のこと、迎えに行ってたね。あたしたちがまだ、小学生だった頃」


「あの頃から、姉ちゃんは面倒見良かったよな」


 太秦がそう言うと、姉は少し照れくさそうに笑った。


「姉ちゃんでも、そういうの悩むんだな」


 太秦がそう言うと、姉は苦笑いを浮かべた。


「そりゃ悩むよ。……大学、なんとなく入っちゃったし、これといって得意なことも、思いつかなくて」


 姉がそう続けると、太秦は少し驚いたように姉の顔を見た。


「意外だな。姉ちゃんは、なんでも器用にこなすタイプだと思ってた」


「器用貧乏、ってやつかもね。……何でもそこそこできるけど、これっていう決め手がないんだよね」


 姉がそう言いながら、少し寂しそうに笑った。


「大学の友達は、もう就活の軸、決めてる子も多くて。……焦る気持ちと、まだいいかって気持ちが、半々くらいかな」


「大変そうだな」


「まあ、拓海には、まだ早い話かもね」


 姉がそう言いながら、太秦の肩を軽く小突いた。


「俺だって、もう三年だぞ。他人事じゃない」


 太秦がそう言い返すと、姉は目を丸くした。


「そっか、拓海ももう、進路のこと考える時期なんだね」


「まあな」


 太秦がそう答えながら、少し照れくさそうに、視線を逸らした。


 商店街を歩きながら、二人は写真館の看板を見つけ、中に入った。

 受付を済ませ、姉が撮影室へと呼ばれていく間、太秦は待合室の椅子で順番を待った。

 壁に飾られた、様々な家族写真や、証明写真の見本を、なんとなく眺めながら。


(姉貴も、こうして、少しずつ大人になっていくんだな)


 太秦はそんなことを、ぼんやりと考えていた。


 しばらくして、撮影を終えた姉が少し疲れた顔で、待合室に戻ってきた。


「お疲れ、どうだった」


 太秦がそう声をかけると、姉は大きく息を吐いた。


「なんか、無事に撮れたと思う。……写真、緊張すると変な顔になるタイプだから、心配だったけど」


「心配しすぎだって」


 太秦がそう言うと、姉は苦笑いを浮かべながら、荷物をまとめた。



 写真館での撮影を終えると、二人は近くの喫茶店に立ち寄った。

 注文を済ませ、しばらくの間、二人は黙って窓の外を眺めていた。


「証明写真、思ったより、時間かかったな」


 太秦がそう言うと、姉は頷いた。


「何回か、撮り直しになっちゃって。……表情、硬すぎるって言われたから」


「まあ、それだけ、真剣に向き合ってたってことじゃない」


 太秦がそう言うと、姉は少し驚いたように、太秦を見た。


「たまに、まともなこと言うよね、拓海」


「たまには、な」


 太秦がそう返すと、姉はくすりと笑った。


「なあ、姉ちゃん」


「なに?」


「俺、店継ごうかなって、最近思ってて」


 太秦がそう切り出すと、姉は目を見開いた。


「本気で?」


「うん。……この間、親父にも聞いてみた。継いでくれるなら嬉しいって、言われて」


 太秦がそう言うと、姉は静かに頷いた。


「拓海らしい選択だと思うよ。……昔から、自転車いじるの好きだったもんね」


「小さい頃、親父の手伝いしながら、パンク修理覚えたのが、始まりだったな」


 太秦がそう言いながら、懐かしそうに目を細めた。


「あの頃から、拓海、手先器用だったもんね」


 姉がそう言うと、太秦は少し照れくさそうに頬を掻いた。


「店に立つ親父の姿、格好いいなって、ずっと思ってた。……口には、出したことなかったけど」


 太秦がそう打ち明けると、姉は意外そうな顔をした。


「初めて聞いた、それ」


「今更、恥ずかしくて、言えなかったんだよ」


 太秦がそう言うと、姉は優しく笑った。


「でも、本当にそれでいいのか、正直、分からなくて」


 太秦がそう続けると、姉は少し考えるように、視線を宙に浮かせた。


「他に、やりたいこと、あるの?」


「スニーカーとか好きだし、そっち方面も考えた。……ただ、好きだけで決めた、って感じで、いいのかなって」


 太秦がそう言うと、姉は小さく笑った。


「あたしなんて、それすら、決まってないよ」


 姉がそう言いながら、コーヒーカップを、両手で包んだ。


「大学入る時は、なんとなく周りに合わせて、なんとなくこの学部選んで。……気づいたら、二年生になってた」


「そうなんだ」


「今更こんなこと言うの、情けないけどさ。……拓海の方が、よっぽど、先、進んでるよ」


 姉がそう言うと、太秦は首を振った。


「そんなこと、ないと思うけど」


「ううん、本当に。……なんとなく決めたでも、決められただけ、拓海はすごいよ」


 姉がそう言いながら、優しく微笑んだ。


「決められただけ、って言うけど。……姉ちゃんだって、いつかは決めるんだろ」


 太秦がそう言うと、姉はじっと、太秦を見つめた。


「拓海、なんか、頼もしいこと言うようになったね」


「柄にもなく、悪い?」


 太秦がそう言い返すと、姉は声を上げて笑った。


「悪くない。……むしろ、ちょっと安心した」


 姉がそう続けると、太秦は少し照れくさそうに、視線を逸らした。



「あたしも、まだ全然決まってないから。焦らなくていいと思うよ」


 姉がそう言うと、太秦は少しの間、黙り込んだ。

 その一言は、想像していたよりも、ずっと太秦の胸にまっすぐ響いた。


「姉ちゃんも、迷ってるんだな」


 太秦がそう呟くと、姉は頷いた。


「うん。……ずっと迷ってる。でも、それでいいのかなとも、最近は思ってて」


「どういうこと?」


 太秦がそう尋ねると、姉は少し考えながら、言葉を選んだ。


「迷ってる時間も、無駄じゃないんだと思う。……色々考えて、悩んで、それで少しずつ、自分のことが、分かっていく気がするから」


 姉がそう言うと、太秦は静かに、その言葉を心の中で反芻した。


「なんか、深いな、それ」


「でしょ? 姉として、たまにはいいこと言わないとね」


 姉がそう言いながら、得意げに笑った。


「就活の面接とかでも、それ、そのまま言えばいいんじゃないの」


 太秦がそう提案すると、姉は少し考えるように、顎に手を当てた。


「それ、案外、いいアイデアかも。……メモしとこう」


 姉がそう言いながら、スマホを取り出して、何かを打ち込み始めた。

 その様子に、太秦は思わず笑ってしまった。


「姉ちゃんって、意外と、しっかり考えてるんだな」


 太秦がそう言うと、姉は悪戯っぽく笑った。


「意外とは、余計だから」


 姉がそう言い返すと、太秦は声を上げて笑った。



 喫茶店を出て、二人はまた、駅前の道を並んで歩いた。

 夕方の風が少しずつ、涼しさを増している。


「今日、証明写真だけのつもりだったのに、なんか、色々話しちゃったな」


 姉がそう言うと、太秦は頷いた。


「たまには、いいんじゃない、こういうのも」


「そうだね」


 姉がそう答えながら、髪を耳にかけた。


「姉ちゃん、今日、話せて良かった」


 太秦がそう言うと、姉は少し照れくさそうに、頬を掻いた。


「なに、急に」


「いや、なんか、姉ちゃんも同じように、迷ってるって知って。……ちょっと、気が楽になった」


 太秦がそう言うと、姉は優しく微笑んだ。


「弟の背中押すのも、姉の仕事だからね」


「さっきも、似たようなこと、言ってたよな」


 太秦がそう指摘すると、姉は悪びれもせずに笑った。


「本当のことだから、しょうがないでしょ」


 姉がそう言い返すと、太秦も、つられて笑った。


「でも正直、押されてるの、俺の方じゃなくて、姉ちゃんの方な気もするけどな」


 太秦がそう言うと、姉はふっと立ち止まった。


「……そうかもね」


 姉がそう認めると、二人は揃って、小さく笑った。


「姉ちゃんも、俺も、まだ模索中ってことでいいんだな」


 太秦がそう言うと、姉は頷いた。


「うん。……それで、いいと思う」


 姉がそう答えると、太秦は静かに、前を向いた。


 その時、太秦のスマホが小さく震えた。

 グループLINEに、央からのメッセージが届いていた。


───────────────────────

央  :太秦、進路のこと、もし相談したいことがあれば、いつでも聞きます

太秦 :ちょうど今、姉貴と、その話してたとこ

央  :タイミングいいですね

───────────────────────


 その短いやり取りに、太秦は小さく笑った。


「友達から?」


 姉がそう尋ねると、太秦は頷いた。


「おうくんから。……なんか、いいタイミングで連絡くれた」


「いい友達、持ってるじゃん」


 姉がそう言うと、太秦は少し誇らしげに頷いた。

 姉の背中は、いつも少し先を歩いていた気がする。

 けれど、今日初めて、その背中が自分と、そう遠くない場所にあるのだと気づけた気がした。


 夕陽が商店街のアーケードの隙間から、二人の足元に長い影を落としていた。

 その影を踏みながら、太秦はこれからのことを、少しずつ自分の言葉で整理していこうと思った。


 家に着くと、姉は玄関先で、太秦の肩を軽く叩いた。


「今日、付き合ってくれて、ありがとね」


「別に、暇だったし」


 太秦がそう素っ気なく答えると、姉はくすりと笑った。


「そういうところ、素直じゃないの、相変わらずだね」


「うるさいな」


 太秦がそう言い返しながらも、その口元は少しだけ緩んでいた。


 姉が先に家の中へ入っていくのを見送りながら、太秦はしばらく、玄関先に立っていた。

 空には少しずつ、星が瞬き始めている。


(俺も、俺なりのペースで、決めていけばいいんだよな)


 太秦はそう心の中で呟きながら、静かに家の中へと入っていった。


 夜、自分の部屋に戻った太秦は机に向かい、ノートを一冊取り出した。

 進路について、まだ何かを書き記したことは一度もなかった。

 けれど、今日という日をきっかけに、少しずつ、自分の考えを、言葉にしていこうと思った。


「店を継ぐ、っていうのが、今の、俺の第一候補」


 太秦はそう小さく声に出しながら、ノートの一ページ目に、その言葉を書き記した。

 まだ、模索の途中ではある。

 けれど、その一行が確かな、最初の一歩になった気がした。


 窓の外、夜空には星が、いくつも瞬いていた。

 姉も、今頃同じ空の下で、自分の言葉を、探しているのかもしれない。

 そんなことを思いながら、太秦は静かに、ノートを閉じた。


 明日は、また店の手伝いがある。

 自転車のスポークを直す時の、あの静かな集中の時間を、太秦は嫌いではなかった。

 姉の言葉通り、迷いながらでも、少しずつ前へ進んでいけばいい。

 そう思うと、不思議と、心が軽くなった。

 太秦は、ノートを閉じて、机の引き出しにそっとしまった。

 次に開く時には、きっと、もう少し、言葉が増えているはずだった。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。