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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~三年生~

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第百三十二話 4月25日 見上げる景色、見下ろす景色


 四月二十五日、土曜日。


 前日の金曜日、教室では、こんな一幕があった。

 みおが席に着こうとした時、椅子の高さが合わず、脚を折りたたむようにして座る羽目になっていた。


「その椅子、また、合ってないですよね」


 央がそう指摘すると、みおは苦笑いを浮かべた。


「学校の椅子は、規格品なので。……仕方ないです」


「後で、調整用の脚、借りてきましょうか。用務員さんに頼めば」


 央がそう提案すると、みおは少し驚いたように、目を丸くした。


「そんなこと、できるんですか」


「試してみないと、分かりません」


 央がそう言って休み時間に、実際に用務員室まで足を運んだ。

 用務員は少し驚いた様子だったが、快く対応してくれた。


「こんな相談、初めてだけど、面白いね。ちょっと待ってて」


 そう言いながら、用務員は工具箱を取り出し、手際よく金具を用意してくれた。


 戻ってきた央の手には、椅子の脚に取り付ける、延長用の金具が握られていた。


「これで、少しはマシになると思います」


 央がそう言いながら、みおの椅子に、その金具を取り付けていく。

 座り直したみおは、これまでよりもいくらか楽な姿勢で、机に向かうことができた。


「ありがとうございます……こんなにすぐに、対応してもらえるとは」


 みおがそう言うと、央は少し照れくさそうに、頬を掻いた。


「大したことじゃないです」


 その様子を見ていた太秦が通りかかりに、声をかけてきた。


「おうくん、そういう気配り、いつの間に覚えたんだよ」


「別に、普通のことだと思いますが」


 央がそう答えると、太秦は感心したように頷いた。


「まあ、葛城さんも、頼れる相手ができて、良かったな」


 太秦がそう言うと、みおは少し照れくさそうに微笑んだ。


「はい。……ありがたいです」



 その日のことを思い出しながら、土曜日の朝、駅前で待ち合わせをした央とみおは、電車に乗り込もうとしていた。


 ホームに滑り込んできた電車のドアが開く。

 みおが乗り込もうとした、その時。


「危ないです、頭」


 央がそう言いながら、さりげなく、みおの前に手を伸ばした。

 ドアの上部にある注意書きの縁が、ちょうどみおの頭の高さと、ぶつかりそうな位置にあった。


「あ……ありがとうございます」


 みおがそう言いながら、少し身をかがめて、電車に乗り込んだ。


「危なかったですね、今の」


「はい。……何度か、ぶつけたことがあって」


 みおがそう言うと、央は少し心配そうに、眉を寄せた。


「大丈夫でしたか」


「大丈夫です。……もう、慣れてしまいました」


 みおがそう言いながら、小さく笑った。

 けれどその笑顔の裏には、これまで積み重ねてきた、数えきれない小さな痛みが、透けて見えるようだった。



 電車内は、休日らしくそれほど混んでいなかった。

 みおは吊り革を持たずとも、天井に手が届く高さで立っていた。


「みおは、座らなくて大丈夫ですか」


 央がそう尋ねると、みおは頷いた。


「はい。……座席は、正直、少し窮屈で。膝が、前の方に当たってしまうので」


 みおがそう答えると、央は申し訳なさそうな顔をした。


「そうですよね……すみません、気づかなくて」


「謝ることじゃないです。……央さんは、悪くありません」


 みおがそう言いながら、優しく微笑んだ。


 電車が揺れるたびに、みおは屈んだ姿勢を保つのに、少し苦労している様子だった。


「天井、低いですよね、この車両」


 央がそう言うと、みおは頷いた。


「はい。……普通の車両だと、頭上、ぎりぎりで」


「新幹線とか高速バスは、もっと大変そうですね」


 央がそう言うと、みおは少し困ったように笑った。


「新幹線は、実は一番辛いです。……座席の間隔が、狭くて」


「今度、旅行に行く機会があったら、事前に座席の広い車両を調べておきますね」


 央がそう言うと、みおは驚いたように、目を丸くした。


「そこまで、考えてくれるんですか」


「当然です」


 央がそう答えると、みおの頬がわずかに赤く染まった。


「実は、修学旅行の時も、バスの座席、かなり辛かったんです」


 みおがそう打ち明けると、央は申し訳なさそうな顔をした。


「気づいてあげられなくて、すみませんでした」


「あの時はまだ、央さんに、こういうこと、話せていなかったので」


 みおがそう言うと、央は静かに頷いた。


「これからは、事前に聞くようにします」


「はい。……次はきっと、大丈夫だと思います」


 みおがそう言いながら、優しく微笑んだ。



 目的地の商店街に着くと、二人はいくつかの店を、ゆっくりと見て回った。

 道行く人々の視線が時折、みおの方へ向けられるのを、央はさりげなく察していた。


「気になりますか、視線」


 央がそう尋ねると、みおは小さく首を振った。


「昔ほどは。……央さんが隣にいてくれると、あまり、気にならないです」


 みおがそう答えると、央は少し安心したように、表情を緩めた。


 靴屋の前を通りかかった時、みおがふと、足を止めた。


「この靴、可愛いですね」


 みおがそう言いながら、ショーウィンドウに飾られた、一足のパンプスを見つめた。


「買わないんですか」


 央がそう尋ねると、みおは少し寂しそうに、首を振った。


「サイズが、既製品には、まずないんです。……三十五センチとか、その辺りになると、特注になってしまって」


 みおがそう言うと、央は少し考え込むような顔をした。


「そうなんですね……大変ですね」


「制服の靴も、体育館シューズも、全部特注です。……値段も、普通のものの、何倍もします」


 みおがそう続けると、央は静かに頷いた。


「知らなかったです。……そういう、日常の細かいところにまで」


「言う機会が、あまりなかったので」


 みおがそう言いながら、小さく笑った。


「他にも、色々あるんですか。困っていること」


 央がそう尋ねると、みおは少し考えるように、視線を上げた。


「傘とか、レインコートも、大きいサイズがなくて。……雨の日は大抵、濡れながら帰っています」


「それは、大変ですね」


「大きい傘を一本、持ってはいるんですけど。……風が強い日は、逆に扱いづらくて」


 みおがそう続けると、央は少し考えるように、顎に手を当てた。


「今度、大きめの傘、一緒に選びに行きましょうか。俺も、傘は詳しくないですが」


「ふふ、それは、心強いような、心強くないような」


 みおがそう言うと、央は少し照れくさそうに笑った。


「あとは、既製品の服も、丈が合わなくて。袖や裾が、いつも短くなってしまいます」


 みおがそう言いながら、少し困ったように、自分の袖口を見つめた。


「オーダーメイドの店、探してみましょうか。今度、一緒に」


 央がそう提案すると、みおは少し驚いたように、瞬きをした。


「一緒に、探してくれるんですか」


「はい。……俺にできることなら」


 央がそう答えると、みおは嬉しそうに頬を緩めた。


「今まで、母と一緒に探すことが多かったんですけど。……央さんが一緒だと、なんだか、心強いです」


 みおがそう言うと、央は少し照れくさそうに、視線を逸らした。


「そんな、大したことは、できないと思いますが」


「それでも、です」


 みおがそう言い切ると、央は観念したように、小さく笑った。



 喫茶店で休憩することになり、二人は窓際の席に座った。

 椅子に腰を下ろすと、みおの膝が、テーブルの下で窮屈そうに折り曲げられている。


「テーブル、高さ、合ってますか」


 央がそう尋ねると、みおは苦笑いを浮かべた。


「正直、ちょっと、低いです。……でも、これくらいは、慣れているので」


「店員さんに、聞いてみましょうか。他に、高めの椅子とか」


 央がそう言って、立ち上がろうとすると、みおは慌ててそれを止めた。


「大丈夫です。……そこまで、してもらわなくても」


「遠慮しないでください」


 央がそう言いながら、店員に声をかけ、事情を説明した。

 しばらくして、店員がバックヤードから、来客用の高い椅子を、わざわざ運んできてくれた。


「これで、少しは楽になりましたか」


 央がそう尋ねると、みおは驚いたように、目を丸くした。


「はい……こんなにあっさり、対応してもらえるとは、思っていませんでした」


「言ってみるものですね」


 央がそう言いながら、店員に丁寧に頭を下げた。


「わざわざ、ありがとうございます」


 みおもそう言って、頭を下げると、店員はにこやかに笑った。


「いえいえ、またいつでも、いらしてくださいね」


 店員がそう言って、カウンターへと戻っていく。

 その温かい対応に、みおはしばらくの間、言葉を失っていた。


「今まで、こういうこと、全部、自分一人で我慢するものだと思っていました」


 みおがそう言いながら、少し声を震わせた。


「小学生の頃から、ずっとそうでした。……机も、椅子も、服も、靴も。誰かに頼るより、自分で我慢する方が、早いと思っていて」


 みおがそう続けると、央は静かに、その言葉に耳を傾けた。


「一人で抱え込まなくても、いいと思います。これからは、遠慮しないでください。……俺にできることは、なんでも言ってほしいです」


 央がそう言うと、みおは小さく頷いた。


「ありがとうございます」



 喫茶店を出て、川沿いの道を、二人はゆっくりと歩いた。

 夕方の風が、心地よく、頬を撫でていく。


「今日、色々、気づかせてもらいました」


 央がそう言うと、みおは首をかしげた。


「気づく、って?」


「みおが普段、どれだけ色々なことに、気を遣いながら生活しているか。……ちゃんと、考えたことがなかったので」


 央がそう言いながら、少し反省するように、視線を落とした。


「央さんが、気にすることじゃないです」


 みおがそう言うと、央は首を振った。


「いえ。……これから、もっと、気づけるようになりたいです」


「不便なことも、多いですけど」


 みおがそう言いながら、央の方を、そっと見た。


「央さんがいると、少し、楽になります」


 その一言に、央は少し照れくさそうに頬を掻いた。


「そう言ってもらえると、嬉しいです」


「本当のことです」


 みおがそう言いながら、小さく微笑んだ。


「これまでは、コンプレックスだと思っていたことも、央さんと一緒だと、少しずつ、違う風に見えてくる気がします」


 みおがそう続けると、央は静かに、みおの横顔を見つめた。


「どんな風に、ですか」


「隠すものじゃなくて……ただ、工夫すればいいものなんだって、思えるようになってきました」


 みおがそう言うと、央は優しく頷いた。


「それは、いい変化だと思います」


「はい。……央さんのおかげです」


 みおがそう言いながら、少し照れくさそうに、視線を落とした。


 橋の上に差し掛かったところで、みおはふと、足を止めた。


「央さん、ありがとうございます。今日、一日」


 みおがそう言うと、央は首をかしげた。


「まだ、何も大したことはしていませんが」


「ううん。……ちゃんと、隣で、見ていてくれたことが、嬉しかったです」


 みおがそう言うと、央は静かに微笑んだ。


「これからも、隣にいます」


 央がそう言うと、みおは幸せそうに、目を細めた。


 二人はまた、橋を渡り、歩き出した。

 これから先も、不便なことは、きっとたくさんあるだろう。

 けれど、その一つ一つを、一人で抱え込むのではなく、誰かと分かち合えることが、みおにとって何より大きな変化だった。


 見上げる景色も、見下ろす景色も、隣に誰かがいれば、少しだけ違って見える。

 そのことを、みおは今日、あらためて実感していた。


 夕陽が、川面をオレンジ色に染めていく。

 その光の中を、二人はそれぞれの歩幅で、けれど、同じ速さで、並んで歩いていった。


「今度から電車に乗る時は、俺が先に。ドアの高さ、確認しますね」


 央がそう言うと、みおは小さく笑った。


「なんだか、過保護になってきていませんか」


「過保護じゃなくて、気配りです」


 央がそう言い返すと、みおは声を上げて笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えて、これからも、よろしくお願いします」


「はい。……こちらこそ」


 央がそう答えると、二人はどちらからともなく、歩調を合わせて、また歩き出した。


 二百二十センチという数字は、これからも日常の中で、様々な不便さを運んでくるだろう。

 けれど、その隣に気づいてくれる誰かがいることが、みおにとって、何より心強い支えになっていた。


ご一読いただきありがとうございます。

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次回もよろしくお願いします。

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