第百二十九話 4月12日 持ち寄りの下で
四月十二日、日曜日。
河川敷の桜並木は、まだ、見頃の盛りを保っていた。
朝早く、太秦とさやかは、レジャーシートを抱えて、待ち合わせ場所に立っていた。
「太秦、集合、九時半だったよね?」
「そのはずだけど……あれ、待ち合わせ場所、ここで合ってたか?」
太秦がそう言いながら、スマホの画面を確認する。
「え、まさか、間違えた?」
さやかがそう言うと、太秦は少し焦ったように、周囲を見回した。
「いや、待って、グループLINE見返す。……あ、ごめん、橋の向こう側だったわ」
「太秦、しっかりしてよ、場所取り担当なのに」
さやかがそう言いながらも、苦笑いを浮かべた。
二人は慌てて、橋を渡り、目当ての桜の木の下へと向かった。
「ここのはずなんだけど……」
太秦がそう言いながら、スマホの地図アプリと、目の前の景色を、何度も見比べる。
「もう、しっかりしてよ。九人分の場所、確保しなきゃなのに」
「悪い悪い。……あ、あそこだ、あの大きい木の下」
太秦がそう言って、少し先を指差した。
ちょうど、他のグループも、同じ木を目指して歩いてくるのが見えた。
「太秦、急いで! あっちのグループも狙ってる!」
さやかがそう言うと、二人はレジャーシートを抱えたまま、慌てて駆け出した。
幸い、良い場所はまだ空いていた。
二人でレジャーシートを広げ、荷物で場所を確保する。
「ふう、間に合った」
太秦がそう言いながら、額の汗を拭った。
「危なかったね、ほんとに」
さやかがそう言って、桜を見上げた。
満開の枝が、風に揺れて、花びらを、はらはらと落としている。
しばらくすると、央とみお、そしてひなが、連れ立ってやってきた。
「お待たせしました」
「お疲れさん、いい場所、確保できたよ」
さやかがそう言うと、みおは頷いた。
「良い場所ですね。桜も、綺麗です」
みおがそう言いながら、桜を見上げた。
その視線の高さは、他の誰よりも、桜の枝に近かった。
「葛城さん、そんな上見て、首、疲れないの」
太秦がそう尋ねると、みおは小さく笑った。
「今日は、皆さんと同じ景色を、見ているだけで、十分です」
みおがそう答えると、太秦は少し考えるように、頷いた。
「ひな、今日も、カメラ持ってきたの?」
さやかがそう尋ねると、ひなは首から下げたカメラを、軽く掲げてみせた。
「もちろん。……こんな綺麗な桜、撮らな損だからね」
ひながそう言うと、皆は小さく笑った。
「そういえば、席替え、いつになったんですか」
太秦がそう尋ねると、央とみおが、一瞬、視線を交わした。
「来週みたいです」
央がそう答えると、太秦は興味深そうに、二人を見比べた。
「へえ、楽しみだな」
太秦がそう言うと、央は曖昧に微笑むだけで、それ以上何も言わなかった。
やがて、大学生になったことねと朔も、少し遅れて合流した。
「お待たせー! 電車、ちょっと混んでてさ」
ことねがそう言いながら、手を振りながら駆けてくる。
「久しぶりですね、皆さん」
朔がそう言って、静かに頭を下げた。
「ことね先輩、朔先輩、お久しぶりです」
太秦がそう言うと、ことねは嬉しそうに笑った。
「太秦くん、久しぶり! みんな元気そうで良かったわ」
ことねがそう言いながら、皆の顔を、一人ずつ見渡した。
「大学生活、どうですか」
さやかがそう尋ねると、ことねは肩をすくめた。
「まだバタバタしとるけど、なんとかやってるよ。……ね、朔くん」
「はい。少しずつ、慣れてきました」
朔がそう答えると、ことねは満足そうに笑った。
「こうして集まると、なんか、変わってへんなあって思う。制服着てないのに」
ことねがそう呟くと、朔が静かに頷いた。
「僕も、同じことを思っていました」
「高校生の頃と、変わらないメンツで、花見できてるの。……地味に、幸せなことなんかもな」
ことねがそう言うと、皆がそれぞれに笑い合った。
「あ、慧くんとほのかちゃんは、まだですかね」
みおがそう言いながら、辺りを見回した。
ちょうどその時、少し離れたところから、賑やかな声が聞こえてきた。
「先輩方ー! お待たせしましたー!」
慧が大きく手を振りながら、駆け寄ってくる。
その後ろから、ほのかが、少し息を切らせながら、追いかけてきた。
「けいくん、そんな走らないでも……」
「早く合流したかったんだよ!」
慧がそう言い返すと、ほのかは呆れたように、肩をすくめた。
「太秦先輩、さやか先輩、場所取り、ありがとうございます」
ほのかがそう言って、丁寧に頭を下げた。
「ほのかちゃん、律儀だなあ。ま、座って座って」
太秦がそう言うと、ほのかははにかむように笑った。
「二人とも、去年よりちょっと背、伸びた?」
ひながそう尋ねながら、二人を見比べた。
「あ、分かります? 俺、この一年で三センチ伸びたんですよ」
慧がそう言って、得意げに胸を張った。
「あたしは、全然、変わってないですけどね」
ほのかがそう言うと、皆は小さく笑った。
持ち寄ったお菓子やお弁当が、シートの上に、次々と並べられていく。
誰かの手作りのおにぎり、誰かが買ってきたポテトチップス、ペットボトルのお茶やジュース。
シンプルな品揃えではあったけれど、九人分となると、それなりに賑やかな眺めになった。
「これ、私が作ったおにぎり。梅と昆布があるから、好きな方どうぞ」
さやかがそう言いながら、包みを開いた。
「さやか先輩の手作り、嬉しいです」
ほのかがそう言って、早速、梅のおにぎりに手を伸ばした。
「あたしは、ポテチと、あと、これ、大学近くの店で買った洋菓子」
ことねがそう言いながら、小さな箱を取り出した。
「わあ、美味しそう」
みおがそう言うと、ことねは嬉しそうに頷いた。
「みおちゃん、相変わらず、背、高いなあ。眩しいわ」
ことねがそう言いながら、みおを見上げた。
「そう、でしょうか」
みおがそう答えると、ことねは笑った。
「うん。羨ましいくらい」
レジャーシートの上に様々な飲食物が並べられる。
「未成年だけだから、酒類なしの花見って、逆に新鮮やな」
ことねがそう言うと、朔が頷いた。
「その分、皆で食べ物を持ち寄る楽しさが、際立っている気がします」
「朔先輩、相変わらず、丁寧な物言いっすね」
慧がそう言って、笑った。
「これが、僕の話し方なので」
朔がそう答えると、慧は感心したように、目を丸くした。
「慧くんは、なんか持ってきたの?」
太秦がそう尋ねると、慧は少し得意げに、大きな袋を掲げた。
「唐揚げ、大量に揚げてきました! 母さんに手伝ってもらって」
「気合い入ってるね、慧くん」
ひながそう言って、笑った。
「腹が減っては花見できないんで」
慧がそう答えると、その場に、また小さな笑いが起きた。
「そういえば、ひな先輩、写真部の部長になるって噂、聞きましたよ」
慧がそう言うと、その場の空気が一瞬、止まった。
「え、なんで、それ知ってるの?」
ひなが慌てたように、身を乗り出した。
「あ、いや、後輩の子から、ちらっと聞いただけで……まだ、確定はしてないんですよね?」
慧がそう言いながら、少し気まずそうに、頭を掻いた。
「……うん、まだ、確定はしてない。だから、皆にも、まだちゃんと話せてなくて」
ひながそう言うと、さやかが優しくその肩に手を置いた。
「大丈夫、無理に聞かないから。決まったら、ちゃんと聞かせてね」
さやかがそう言うと、ひなはほっとしたように、表情を緩めた。
「ありがと。……もうちょっとだけ、待ってて」
その様子を見ていた央が、静かに口を開いた。
「ひなさんが、どんな決断をしても、俺たちは、ちゃんと応援します」
央がそう言うと、皆がそれぞれに頷いた。
その温かい空気に、ひなは少しだけ、目を潤ませた。
「なんか、しんみりさせちゃったな。……ごめんね」
ひなが涙をごまかすように、明るく笑った。
「謝ることちゃうよ。それだけ、真剣に考えてる証拠やろ」
ことねがそう言うと、ひなは小さく頷いた。
「ありがと、ことね先輩」
「せっかくだし、慧くんとほのかちゃん、桜の下で写真、撮らせてもらっていい?」
ひながカメラを構えながら、そう尋ねた。
「え、うちらだけっすか?」
慧がそう言うと、ひなは軽く肩をすくめた。
「うん。若い二人の、青春の一枚、みたいなね」
ひながそう言いながら、悪戯っぽく笑った。
「か、からかわないでください」
ほのかが慌てたように、頬を赤らめた。
「まあまあ、いいから、いいから」
太秦がそう言いながら、二人を、桜の木の下へと、軽く押し出した。
「ほら、二人とも、もっと近づいて」
ひながそう指示すると、慧とほのかは、ぎこちなく、半歩ずつ、距離を詰めた。
「近い、近いって」
ほのかが小さく呟くと、慧は少し慌てたように答えた。
「い、言われた通りにしてるだけだろ」
「もう少しだけ、笑顔で」
ひなの声に、二人はぎこちない笑顔を作った。
満開の桜を背景に、慧とほのかが、並んで立つ。
どこか気まずそうに、けれど、隣同士の距離感は、不思議と自然だった。
「はい、笑って」
ひながそう言って、シャッターを切った。
慧がほのかの方をちらりと見る。
ほのかも、同じタイミングで、慧の方を見た。
二人の視線が、一瞬、絡み合って、すぐに、互いに、慌てて逸らされた。
その様子を少し離れたところから見ていたみおが、央に、そっと耳打ちした。
「なんだか、あの二人、雰囲気、変わりましたね」
「そうですね。……俺も、そう思います」
央がそう答えると、みおは微笑ましそうに、二人を見つめた。
「撮れた写真、後で送るね」
ひながカメラの画面を確認しながら、そう言った。
「あ、ありがとうございます」
ほのかがそう言いながら、まだ少し、頬が赤いままだった。
花見も終盤に差し掛かった頃、誰からともなく、桜の下に集まって、円になろうという流れになった。
「せっかくだから、今年一年の抱負、一言ずつ、言っていきませんか?」
みおがそう提案すると、皆は頷いた。
「じゃあ、俺から。……最上級生として、後輩たちの手本になれるように、頑張ります」
太秦がそう言うと、皆が小さく拍手をした。
「わたしは、進路のことも含めて、自分の得意なことを、まっすぐ伸ばしていきたいです」
みおがそう続けると、央が静かに口元を緩めた。
「俺は、俺なりのペースで、進路を、しっかり見つめていきたいと思います」
「私は、弟のことがあったから、教育系の仕事を、もう少し具体的に考えてみようと思う」
さやかがそう言うと、ひなが少し考えてから、口を開いた。
「うちは……まだ言えないことも、あるんだけど。今年は、ちゃんと、前に進む一年にしたい」
ひなの言葉に、皆が温かい拍手を送った。
「あたしは、大学生活、まだヘトヘトやけど。それでも、新しい場所で、自分らしくやっていきたいわ」
ことねがそう言うと、朔が続いた。
「僕は、急がず、けれど、着実に。……自分のペースを大事にしていきたいと思います」
「あたしは、部活も勉強も、両方頑張りたいです!」
ほのかがそう言うと、慧が最後に口を開いた。
「俺は……今年は、ちゃんと、大事なことを、ちゃんと言葉にできるように、頑張りたいと思います」
慧がそう言いながら、ちらりと、ほのかの方を見た。
ほのかは、その視線に気づかないふりをしながらも、耳がわずかに赤くなっていた。
「慧くん、なんか、今の、意味深じゃない?」
太秦がそう茶化すと、慧は慌てて、首を振った。
「べ、別に、そういう意味じゃ……!」
「うちには、なんとなく、分かる気がするけどね」
ひながカメラを構えたまま、意味ありげに笑った。
「ひな先輩まで……!」
慧がそう言いながら、顔を赤くした。
その様子に、皆が揃って声を上げて笑った。
九人それぞれの言葉が、桜の下に、静かに重なっていく。
同じ場所にいても、それぞれの一年は、少しずつ違う形をしている。
けれど、こうして集まって、笑い合える時間があることだけは、誰にとっても、変わらない支えだった。
風が吹き、桜の花びらが、九人の上に、静かに舞い落ちた。
誰かが、その花びらを一枚、手のひらで受け止めて、小さく笑った。
帰り際、レジャーシートを畳みながら、太秦がふと呟いた。
「来年も、再来年も、こうして集まれたらいいよな」
「そうですね。……卒業しても、続けられたら、いいと思います」
央がそう答えると、ことねが横から口を挟んだ。
「大丈夫、うちら大学生組が、率先して声かけるから。……年に一回でも、こうして集まる日、作ろな」
ことねがそう言うと、皆はそれぞれに頷いた。
太秦がレジャーシートを畳み終えると、九人は、それぞれの荷物を手に、河川敷を後にした。
春の一日は、そうして、穏やかに過ぎていった。
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