第百二十四話 4月5日 新しい制服と、変わらない祝い方
四月五日、日曜日。
ことねの誕生日。
卒業してから、初めて迎える誕生日だった。
朝、央がリビングに降りると、祖父が、すでに和菓子の包みを、テーブルの上に用意していた。
「今日、ことねの誕生日だろう。これ、渡してきてくれ」
「はい。……わざわざ、ありがとうございます」
央がそう答えると、祖父は満足そうに頷いた。
「あの子が、大学生になるとはな。……時が経つのは、早いもんだ」
「じいちゃんにとっても、感慨深いですよね」
「そりゃそうだ。小さい頃から、よく庭で遊んでたんだからな」
祖父はそう言いながら、遠い目をした。
「おこづかいも、少し渡しておくか」
「そこまでしなくても」
「いいんだ。……たまには、じいさんらしいこと、させてくれ」
祖父がそう言って、財布から小さな封筒を取り出した。
央はその封筒を、丁寧に受け取ると鞄の中にしまった。
朝、央のスマホに、グループLINEが賑わい始めた。
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みお :ことね先輩、お誕生日おめでとうございます
太秦 :ことね先輩、おめでとうございます! 大学生初の誕生日ですね
さやか:おめでとう! 良い一年になりますように
ひな :おめでとうございます! 今度写真撮らせてください
慧 :ことね先輩、おめでとうございます!
ほのか:おめでとうございます!
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メッセージを送り終えた央は、みおと連れ立って、ことねの家へ向かっていた。
道端には、桜の花びらがちらほらと舞い始めている。
「今年は、大学生としての誕生日ですね」
みおがそう言いながら、鞄の中の小さな包みを、確かめるように触れた。
「はい。……なんだか、去年までとは違う感じがします」
央がそう答えると、みおは小さく頷いた。
「央さんのお祖父様、朝から、和菓子を用意されてたんですね」
みおがそう言うと、央は小さく頷いた。
「はい。……祖父にとっても、ことねちゃんは、特別な存在みたいです」
央はそう言いながら鞄の中の、祖父から預かった小さな包みに、そっと触れた。
ことねの家に着くと、玄関先で朔がちょうど到着したところだった。
「あ、勢多くんたちも来てたんだ」
「はい。……ことねさんの誕生日ですから」
央がそう言うと、朔は静かに頷いた。
ことねが、玄関のドアを開ける。
「みんな、わざわざありがとう。入って入って」
ことねに促されて、四人はリビングへと通された。
テーブルの上には、大学の入学案内や、新生活用の雑貨が、いくつも並んでいる。
「これ、誕生日プレゼントです」
央が包みを差し出すと、ことねは嬉しそうに受け取った。
「わあ、ありがとう。……開けていい?」
「もちろんです」
包みの中身は、大学のキャンパスでも使いやすい、シンプルなペンケースだった。
「これ、めちゃくちゃ良い。……新生活、これで頑張れる気がする」
ことねがそう言うと、みおも嬉しそうに微笑んだ。
「気に入ってもらえて良かったです」
「あ、それとこれ。祖父から預かってきました」
央が、もう一つの小さな包みを差し出す。
「え、おじいちゃんから?」
ことねが、驚いたように包みを受け取った。
中には、上品な和菓子の詰め合わせが入っていた。
「今朝、必ず渡すように念を押されました」
央がそう言うと、ことねは少し涙ぐみそうな顔で、笑った。
「……相変わらず、優しいなあ、おじいちゃん」
ことねはそう呟きながら、包みを大切そうに、胸に抱えた。
「これ、私服。入学式用に、新しく買ったやつ」
ことねが、ハンガーにかけた服を皆に見せる。
落ち着いた色合いの、大人びたコーディネートだった。
「制服じゃなくなるの、なんかまだ実感ないんだよね」
ことねがそう言いながら、少し照れくさそうに笑った。
「似合ってると思います」
みおがそう言うと、ことねは満足そうに頷いた。
「みおも、これ、私からのプレゼント」
ことねはそう言いながら、小さな紙袋をみおに差し出した。
「え、わたしがですか」
「誕生日会に付き合ってくれたお礼」
ことねがそう言うと、みおは戸惑いながらも、紙袋を受け取った。
中には、上品なデザインのヘアアクセサリーが入っていた。
「こんな、いただいてしまって……」
「気にしない気にしない。あたしがあげたかっただけだから」
ことねがそう言うと、みおはありがたそうに、それを受け取った。
「ノートパソコンも、新調したんだ。講義でレポート書くのに使うから」
ことねはそう言いながら、テーブルの上の箱を軽く叩いた。
「大学生活、着々と準備進んでますね」
央がそう言うと、ことねは苦笑いを浮かべた。
「準備してるように見えて、実は結構バタバタしてる。……新しい生活って、想像以上に色々やることあるんだね」
ことねはそう言いながら、テーブルの上に広げられた入学手続きの書類の束を、ちらりと見た。
「大丈夫です。……ことねさんなら、きっとうまくやれます」
朔がそう言うと、ことねは少し照れくさそうに、朔の方を見た。
「朔くんに言われると、なんか、説得力ある」
「僕も、まだ手探りですけどね」
朔がそう答えると、ことねは小さく笑った。
その時、央のスマホが、また震えた。
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太秦:ことね先輩、部屋の写真もっと見たい!
さやか:新生活楽しみだね、羨ましい
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「太秦とさやかさんも、盛り上がってます」
央がそう言って、画面をことねに見せる。
「あの二人、相変わらず、賑やかだね」
ことねがそう言って、嬉しそうに笑った。
こういう何気ないやり取りの積み重ねこそが、これまでの一年を支えてきたのだと、ことねはあらためて感じていた。
「そういえば、朔くんからのプレゼントは?」
さやかたちからのLINEを確認していたことねが、期待半分意地悪半分といった表情でそう尋ねた。
「それは、また今度、二人の時に」
朔がそう答えると、ことねは少し頬を赤らめながら、頷いた。
「そういうことにしとく」
その様子に央たちは、揃って小さく笑った。
「照れなくても」
みおがそう茶化すと、ことねは慌てて話題を変えた。
「そ、それより、皆でお茶しよう。ケーキ買ってあるから」
ことねがそう言って、キッチンへと向かう。
その背中を見送りながら、央のスマホが、また小さく震えた。
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ひな :ことね先輩の誕生日会、写真、撮ってきてください!
ひな :非公開アカウント用に
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央は、思わず苦笑した。
「ひなさんが、写真を撮ってきてほしいそうです」
央がそう言うと、みおも、くすりと笑った。
「相変わらず、抜かりないですね」
戻ってきたことねにそのメッセージを見せると、ことねは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、記念に一枚、撮ろっか」
ことねの提案で、四人はリビングで記念写真を撮ることになった。
スマホのタイマーをセットして、皆で画面に収まる。
「はい、チーズ」
シャッター音とともに、四人の笑顔が写真に収まった。
「これ、ひなちゃんに送っとくね」
ことねがそう言いながら、写真を非公開アカウントへと送信した。
画面の向こうで、ひながすぐにスタンプを返してきた。
リビングのテーブルを囲みながら、皆でケーキを分け合う。
ケーキは、ことねの好きなフルーツたっぷりのショートケーキだった。
「もうすぐあたしも、大学生かあ」
ことねが、紅茶のカップを両手で包みながら、しみじみと呟いた。
「実感、湧いてきましたか」
央がそう尋ねると、ことねは少し考えてから答えた。
「うーん、半分くらい。……でも、こうやって皆に祝ってもらうと、ちゃんと一つ歳を取ったんだなって、実感する」
「もう十分、立派な大人ですよ」
央がそう言うと、ことねは驚いたように目を見開いてから、照れくさそうに笑った。
「……そういうこと言うようになったんだ、央も」
「これでも、色々学ばせてもらいましたから。ことねさんにも、朔さんにも」
央がそう答えると、ことねは目を細めた。
「高校の三年間、振り返ると、あっという間だったな」
ことねが、そう続けながら窓の外を見た。
「入学した時は、まさかこんな風に、皆に囲まれて誕生日を迎えることになるなんて、思ってなかった」
「わたしたちも、ことね先輩と知り合えて、本当に良かったです」
みおがそう言うと、ことねは少し目を潤ませながら、頷いた。
「あたしも、みおちゃんと出会えて、本当に良かった。……央の彼女が、みおちゃんで良かったって、心から思ってる」
その言葉に、みおは驚いたように、目を見開いた。
「ことね先輩……」
「これからも、仲良くしてね」
ことねがそう言うと、みおは嬉しそうに、大きく頷いた。
その様子を見ていた朔が、静かに目を細めた。
「ことねさんがそうやって、素直に気持ちを言えるようになったの、僕は嬉しく思います」
朔がそう言うと、ことねは少し照れくさそうに、頬を掻いた。
「な、なに、急に」
「朔さんが事実を言ったまでしょう」
央がそう返すと、周囲から、あたたかい笑いが起きた。
「あたしこそ、央には、色々助けられてる。……小さい頃から、ずっと」
その一言に、朔が少し興味深そうに、二人のやり取りを見つめた。
「小さい頃の話、今度、詳しく聞きたいです」
朔がそう言うと、ことねは慌てて手を振った。
「い、いや、そんな大した話じゃないから」
ことねがそう言い訳するのを見て、央は密かに、安堵の息をついた。
幼い頃の、約束めいた話まで、朔の前で持ち出されてはたまらない。
「二人とも、やけに慌ててません?」
みおが、不思議そうにそう尋ねる。
「な、なんでもない。それより、ケーキ、まだあるよ」
ことねがそう言って、強引に話題を変えた。
その様子を見ていた朔が、小さく笑いながら、それ以上は追及しなかった。
夕方、央とみおは、ことねの家をあとにした。
朔はもう少し残って、ことねの荷造りを手伝うとのことだった。
「じゃあ、また」
央がそう言うと、ことねと朔は、玄関先まで二人を見送ってくれた。
「今日は、本当にありがとう。……央、みおちゃん、また来てね」
ことねがそう言うと、みおも笑顔で頷いた。
「はい。……また、遊びに来ます」
「今日、良い誕生日になったみたいですね」
みおがそう言うと、央は静かに頷いた。
「はい。……大学生になっても、ことねちゃんらしさは変わらないなと、安心しました」
「わたしも、そう思います」
二人はそう言葉を交わしながら、夕暮れの道を並んで歩き始めた。
「お祖父様からの和菓子、ことね先輩、すごく喜んでましたね」
みおがそう言うと、央は小さく笑った。
「はい。……祖父にとってことねちゃんは、本当に、娘みたいな存在なんだと思います」
「素敵な関係ですね」
みおがそう言うと、央は頷いた。
「来年の誕生日は、どんな一年を過ごしたことね先輩に、会えるんでしょうね」
みおがそう言うと、央は少し考えてから答えた。
「きっと、今よりもっと、頼もしくなってると思います。……ことねちゃんなら」
その言葉に、みおは小さく笑った。
「央さんは来年、どんな一年を過ごしていると思いますか」
みおがそう尋ねると、央は、少し考え込んだ。
「三年生になって、進路のことも、もっと具体的に決まってると思います。……みおと一緒に」
「わたしと、一緒に」
みおがそう繰り返すと、央は少し照れくさそうに、頷いた。
「はい。……これからの一年も、みおと一緒に、色々なことを、決めていきたいです」
その言葉に、みおは嬉しそうに、微笑んだ。
四月の風はまだ少し肌寒かったが、桜並木の下を歩く二人の足取りは、どこか軽やかだった。
新しい季節が、静かに、始まろうとしていた。
その夜、ことねは一人になった部屋で、今日撮った写真を見返していた。
高校時代の仲間たちと過ごした、変わらない時間。
それでいて、確かに少しずつ変わっていく、皆それぞれの日常。
(……これからも、こうやって、繋がっていけたらいいな)
ことねはそう思いながら、スマホの画面をそっと閉じた。
窓の外には、四月の夜空が、静かに広がっていた。
明日からは、また、新しい環境での日々が始まる。
それでも、こうして積み重ねてきた繋がりが、確かな支えになってくれることを、ことねはあらためて実感していた。
スマホを充電器に繋ぎながら、ことねは小さく伸びをした。
新しい一年が、静かに始まろうとしていた。
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