表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
122/131

第百二十二話 3月19日 送り出す言葉


 三月十九日、木曜日。

 ことねと(さく)、二人の卒業式。


 体育館には在校生と保護者、そして卒業生が静かに並んでいた。

 式は粛々と進行していく。

 卒業証書授与、校長の式辞、在校生代表による送辞、卒業生代表による答辞。


 一つ一つの儀式が、いつも通りの春の空気の中で丁寧に積み重ねられていった。


 体育館の窓の外では、まだ蕾のままの桜の木が、静かに、式の様子を見守っているようだった。


 在校生席の(おう)は、壇上で卒業証書を受け取ることねの姿をじっと見つめていた。

 その隣でみおも、同じように静かにその様子を見守っている。


 卒業生代表の答辞を読んだのは、隣のクラスの生徒だった。

 それでも央には、その言葉の一つ一つが、ことねや朔の一年間とも、どこか重なって聞こえた。


(……あの二人も、今、同じ気持ちで、この言葉を聞いているんだろうか)


 央は、そんなことを思いながら、ことねと朔が座る、卒業生席の方向へ、そっと視線を向けた。

 二人とも、まっすぐ前を向いたまま、静かに、その時間を過ごしていた。


 式が終わり、体育館を出た卒業生たちの周りには、後輩や友人たちの輪がいくつもできていた。


 保護者席では、ことねの母が、涙を拭う様子が見えた。

 朔の母も、少し離れた場所で、静かに、その様子を見守っていた。



「ことねさん、朔さん、卒業おめでとうございます」


 央たちも、ことねと朔を囲むようにして校庭の隅に集まっていた。


「二人とも、卒業証書、しっかり見せてもらいましたよ」


 みおがそう言うと、ことねは卒業証書の入った筒を少し誇らしげに掲げた。


 筒の表面には、すでに小さな傷がついていた。

 式の直後から、何度も、皆に見せて回っていた証だった。


「これで、あたしも晴れて卒業生」


「実感、湧きます?」


 太秦(うずまさ)がそう尋ねると、ことねは少し考えてから首を傾げた。


「うーん、正直まだ、あんまり」


「僕も同じです。……今はまだ、いつもの延長線上にいるような感覚です」


 朔がそう続けた。


「多分、これから、少しずつ実感してくるんだと思います」


 朔が、そう付け加えると、ことねは、深く頷いた。


「ことねさんにも、朔さんにも、たくさん助けてもらいました」


 央がそう切り出すと、ことねと朔は揃って央の方を見た。


「進路のこと、勉強のこと。……この一年、二人の姿を見て、俺も色々考えさせられました」


「大袈裟だって、央」


 ことねがそう言いながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。


「……朔さんの『ことねさん』、ちゃんと聞けてよかったです」


 みおがそう続けると、朔は少し照れくさそうに視線を逸らした。


「その呼び方に変わった時のこと、覚えてますか」


「……覚えています。クリスマスイブの、あの日ですね」


 朔がそう答えると、ことねは懐かしそうに笑った。


「あの頃はまだ、ぎこちなかったよね、お互い」


「今は、ずいぶん自然になりました」


 朔がそう言うと、ことねは満足そうに頷いた。


「太秦くんは、何か言うことないの」


 さやかがそう水を向けると、太秦は頭を掻きながら少し考え込んだ。


「……特には、ないっすけど。まあ、強いて言うなら」


「言うなら?」


「二人がいたから、俺たちの一年も、賑やかだったなって。それだけです」


 太秦がいつもの軽い口調の中に、素直な感謝を滲ませながらそう言った。

 その言葉に、ことねは少しだけ目を潤ませた。


「さやかちゃんは、何か、言うことないの」


 ことねが、そう水を向け返すと、さやかは、少し考えてから、口を開いた。


「弟の受験の時、二人とも、私のことまで、気にかけてくれたよね。……あれ、地味に、嬉しかった」


「そりゃ、気になるでしょ、家族みたいなもんだし」


 ことねが、そう答えると、さやかは、照れくさそうに、笑った。


「これからも、家族みたいな付き合い、続けてよ」


 さやかが、そう言うと、ことねは、大きく頷いた。


「ことね先輩、朔先輩。……一年間、本当にお世話になりました」


 (けい)がそう言って深く頭を下げる。


「うちも、色々勉強させてもらいました。ありがとうございます」


 ほのかも慧に続いて丁寧に頭を下げた。


「一年生の二人も、しっかり成長したよね」


 ことねがそう言いながら目を細めた。


「まだまだ、これからです」


 慧がそう答えると、ほのかも隣で小さく頷いた。


「二人も、来月には、二年生かあ」


 ことねが、そう言いながら、感慨深げに、二人を見つめた。


「先輩たちみたいに、うまくやれるか、正直、不安です」


 慧が、少し弱気に、そう零す。


「大丈夫。……けいくんなら、きっと、うまくやれる」


 ほのかが、そう言って、慧の肩を、軽く叩いた。


 その一言に、慧は、少し驚いたように、ほのかの顔を見た。

 いつもは軽口ばかりのほのかが、こういう時に、まっすぐな言葉をかけてくれることに、慧は、毎回、少しだけ、戸惑う。

 それでも、その戸惑いは、不思議と、悪い感覚ではなかった。


 その様子を、ことねが、興味深そうに、見つめていた。


「……あの二人、なんか、良い感じじゃない?」


 ことねが、朔に、こっそり耳打ちする。


「……そのようですね」


 朔が、そう答えると、ことねは、満足そうに、小さく笑った。


「あたしら卒業しても、ちょいちょい戻ってくるからな」


 ことねがそう言って、いたずらっぽく笑った。


「戻ってきたら、ちゃんと連絡してくださいね。皆で集まりますから」


 さやかがそう言うと、ことねは、力強く頷いた。


「約束する。……そっちこそ、あたしらのこと、忘れないでよ」


「忘れるわけないでしょ」


 ひなが、すかさず、そう突っ込んだ。


「うちの永久保存版アカウント、卒業しても、更新し続けるつもりだから」


「そのアカウント、俺らも入ってるの、地味に光栄だよね」


 太秦がそう言うと、ひなは、得意げに、胸を張った。


「当然でしょ。うちの一年の記録、皆のおかげで、こんなに充実したんだから」


 ひなが、そう言い切ると、周囲から、あたたかい笑いが起きた。


「……本当に、お世話になりました」


 朔がそう言って、皆に向かって深く頭を下げた。


 その姿に、七人はそれぞれの形で頷きを返した。


 ひなは、皆の様子を、こっそりスマホで写真に収めていた。


「うちの永久保存版アカウント、また一枚、追加ね」


 ひながそう言うと、ことねは、少し照れくさそうに笑った。


「うちらの写真、そんなに溜まってるの」


「一年分、しっかり」


 ひながそう答えながら、画面をことねに見せる。

 そこには、これまでの一年で撮り溜めた、九人での思い出の写真が、ずらりと並んでいた。


「……こんなに、あったんだ」


 ことねが画面をスクロールしながら、しみじみと呟いた。


「これ全部、うちの宝物だから。大事にする」


 ひなが、そう言うと、ことねは、優しく、目を細めた。


「ひなちゃんのそういうところ、本当に、良いところだと思う」


 ことねがそう言うと、ひなは少し照れくさそうに、頬を掻いた。



 夕方、閉室間際の図書室で、央とみおは最後にもう一度、ことねと朔を見送りに来ていた。


「今日で、図書委員としての活動も最後ですね」


 みおがそう言うと、朔は静かに書架を見渡した。


「三年間、ここで色々なことがありました」


 朔はそう言いながら、窓際のいつもの席に、目をやった。

 図書委員として、これまで何度も使ってきた、馴染み深い場所だった。


「あの窓際の席、今度は、央たちの後輩が使うんだろうね」


 ことねがそう言いながら、その席を懐かしそうに見つめた。


「はい。……図書委員として、大切に、使わせてもらいます」


 みおがそう答えると、ことねは優しく笑った。


 カウンターの向こうから宇陀が、静かにその様子を見ていた。


「卒業、おめでとうございます。二人とも」


「宇陀さんにも、お世話になりました。……本の相談、いつも丁寧に聞いてもらって」


 朔がそう言うと、宇陀はいつもの穏やかな調子で小さく笑った。


「あなたたちのおかげで、この図書室も賑やかでしたよ」


「宇陀さん、これからも、ここにいるんですよね」


 ことねがそう尋ねると、宇陀は少し意味ありげに目を細めた。


「さあ、どうでしょう。……わたしにも、色々ありますから」


 その答えに、ことねは首を傾げながらも、それ以上深くは聞かなかった。


「宇陀さんとの、この図書室での日々も、いい思い出です」


 朔が、そう付け加えると、宇陀は、少し驚いたように、目を見開いた。


「……そう言ってもらえると、こちらとしても、報われます」


 宇陀はそう言いながら、珍しく、少しだけ表情を緩めた。


「二人とも、大学生活、楽しんでください」


 宇陀がそう言って、静かに頭を下げた。


 図書室の窓から差し込む夕陽が、書架の間をあたたかく照らしていた。



 図書室を出て正門へと向かう道すがら、央とみおはことねと朔と並んで歩いていた。


「これからも、連絡、ちゃんとしてくださいね」


 みおがそう言うと、ことねは力強く頷いた。


「もちろん。……大学生になっても、あたしらはあたしらだから」


 その言葉に、みおは少しほっとしたように、微笑んだ。


「新生活、大変なことも、多いと思いますけど」


「なんとかなるよ、きっと。……朔くんも、一緒だし」


 ことねがそう言って、隣の朔を見た。


「はい。……できる限り、支え合っていくつもりです」


 朔がそう答えると、ことねは嬉しそうに頷いた。


「僕たちも、時々ここに戻ってくると思います。……あの約束も、まだ果たしていませんし」


 朔がそう言うと、ことねは小さく笑った。


「そういえば、あのカフェ、二人で行ったんですか」


 央がそう尋ねると、朔は静かに頷いた。


「先日、行ってきました。……次は、皆さんとも、一緒に行けたらと思っています」


「楽しみにしてます」


 みおがそう答えると、ことねは満足そうに頷いた。


「大学、始まったら、そう頻繁には会えなくなるかもしれないけど」


 ことねが少し寂しそうに、そう漏らした。


「それでも、機会があれば、必ず顔を出してください」


 央がそう言うと、ことねは少し驚いたように、央の顔を見てから、優しく笑った。


「もちろん。……央も、みおちゃんのこと、ちゃんと大事にしなよ」


「言われなくても、そのつもりです」


 央がそう答えると、ことねは満足そうに頷いた。


 正門で、四人はしばらく立ち止まった。


「じゃあ、また」


 ことねがそう言って手を振る。


「はい。……また、近いうちに」


 央がそう答えると、ことねと朔は並んで校門を出ていった。


 その後ろ姿を、央とみおはしばらく見送っていた。


「寂しく、なりますね」


 みおが、ぽつりとそう漏らした。


「はい。……でも、終わりじゃなくて、始まりなんだと思います。二人にとっても、俺たちにとっても」


 央がそう言うと、みおは静かに頷いた。


「わたしたちも、いつか、こうして送り出される日が来るんですね」


「はい。……その時までに、俺たちも、胸を張れる一年間を、積み重ねていきたいです」


 央がそう言うと、みおは少し驚いたように顔を上げてから、嬉しそうに微笑んだ。


「わたしも、そう思います。……今日という日を、しっかり、覚えておきたいです」


 みおがそう付け加えると、央は静かに頷いた。


 三月の夕暮れが、正門の桜の蕾を優しく照らしていた。

 来年、この場所に立つのは央たちの番になる。

 その日が来るまで、まだ少し時間があった。



 その夜、央の家では、祖父がリビングで卒業式の話を聞きたがっていた。


「ことねの奴、ちゃんと、立派な顔してたか」


「はい。……すごく、誇らしげでした」


 央がそう答えると、祖父は満足そうに、目を細めた。


「あの子ももう、大学生か。……時間が経つのは、早いもんだな」


「じいちゃんも、ことねちゃんの成長、見てきたんですもんね」


「小さい頃から、知ってるからな。……お前と、よく庭で遊んでた頃が、ついこの間のことのようだ」


 祖父はそう言いながら、遠い目をした。


 央はその横顔を見ながら、家族としてことねの成長を見守ってきた祖父の思いに、あらためて、あたたかい気持ちになった。


「今度、ことねちゃんが帰ってきたら、皆で、食事でもしましょうか」


「そうだな。……それは、良い考えだ」


 祖父はそう言って、嬉しそうに頷いた。


 央はリビングの窓から、夜空を見上げた。

 今日という日の余韻が、まだ胸の中に、静かに残っていた。


 ことねと朔が卒業しても、こうして、思い出話をできる相手がいる。

 その事実だけで、寂しさは少しずつ、あたたかいものへと変わっていく気がした。


 窓の外の夜空には、春の訪れを告げるように、星がいくつも瞬いていた。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ