第百十九話 3月1日 映える一日、7人で
三月一日、日曜日。
御所ひなの誕生日。
朝、駅前に集まった七人を前に、ひなは、鼻息荒く宣言した。
「今日は、うちの趣味に、とことん付き合ってもらうから」
「毎年思うけど、ひなの誕生日、体力勝負だよな」
太秦が、そう言いながら、肩をすくめた。
「うちの誕生日くらい、うちの趣味に付き合ってよ。文句言わない」
ひなは、そう言い切ると、スマホの地図アプリを開いて、今日巡る店のリストを見せた。
どれも、写真映えすることで評判のカフェやスポットばかりだった。
「今日は、勢多くんとみお、太秦くんとさやか、慧くんとほのかちゃん。七人で、思い出をたくさん残す日だから」
央のスマホには、朝のうちに、グループLINEでメッセージが届いていた。
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ことね:ひなちゃん、誕生日おめでとう! 行けなくてごめんね
朔 :合格発表が近いので、今回は失礼します。楽しんできてください
ことね:写真、あとで見せてね!
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「ことねちゃんたちからも、お祝いのメッセージ来てる」
央が、そう言うと、ひなは、画面を覗き込んで、嬉しそうに笑った。
「二人とも、律儀だね。合格発表、あと五日か……」
ひなは、少し感慨深げに呟いてから、すぐに、いつもの調子を取り戻した。
「よし、行くよ! まずは、駅裏の新しいカフェ」
歩き出す一同の後ろで、央は、みおに、そっと耳打ちした。
「実は、みんなで相談して、ひなさんに、ちょっとした色紙を用意してあるんです」
「本当ですか。……いつの間に」
「先週、太秦とさやかさんが、こっそり動いてくれて」
央が、そう説明すると、みおは、嬉しそうに頷いた。
「最後に渡すタイミング、合わせましょうね」
「はい。……ひなさん、喜んでくれるといいんですけど」
「絶対、喜びます。今日という日を、これだけ楽しみにしていたひなですから」
「はい」
二人は、小さく頷き合ってから、先を行くひなたちを追いかけた。
朝の駅前は、日曜日らしい、のんびりとした空気に包まれていた。
これから始まる一日への期待が、七人それぞれの足取りを、心なしか軽くしていた。
最初に訪れたカフェは、天井から吊るされた花々が特徴の、フォトジェニックな内装の店だった。
「わあ、これは映える」
ひなが、真っ先にスマホを構える。
「花の天井、こんなに綺麗だと、注文する前に写真撮りたくなるよね」
さやかが、そう言いながら、メニューを開く手を止めた。
「太秦くん、そこの席、光の入り方いいから、座って」
「え、俺、ただの被写体要員?」
「今日は、みんな被写体要員だよ」
ひなが、そう言い切ると、太秦は、諦めたように、指定された席に座った。
「せめて、飲み物頼んでからにしてくれよ」
「贅沢言わない。まずは撮影」
ひなの容赦のない仕切りに、太秦は、肩を落としながらも、素直に従った。
「みお、こっち向いて」
「……わたし、写真、あんまり得意じゃないんですけど」
みおが、少し困ったように、そう答えた。
「知ってる。でも、今日はうちの誕生日だから、我慢して」
ひなが、そう言うと、みおは、諦めたように、小さく頷いた。
「みお先輩、意外と写真苦手なんですね」
ほのかが、そう言うと、みおは、少し照れくさそうに笑った。
「昔から、レンズを向けられると、緊張してしまって」
「大丈夫、うちが上手く撮るから」
ひなは、そう言いながら、何枚も角度を変えて、みおを撮っていく。
その粘り強さに、みおも、次第に、自然な表情を見せるようになっていった。
「ほら、こっちの方が、全然自然」
ひなが、撮った写真をみおに見せると、みおは、意外そうな顔をした。
「……本当だ。こんな風に撮れるんですね」
「うちの腕、信用してよ」
ひなが、得意げに、そう言った。
注文したドリンクが届くと、今度は、ドリンク単体の撮影が始まった。
太秦は、その様子を眺めながら、こっそり、先にストローへ口をつけている。
「太秦くん、写真撮る前に飲まないでよ」
「腹減ってたんだよ、悪いか」
「悪い。……もう一杯頼んで」
ひなが、真顔で、そう言い渡す。
太秦は、渋々、追加注文のボタンを押した。
その一部始終を見ていたさやかが、堪えきれずに笑い出す。
「太秦くん、誕生日でもないのに、なんでこんな扱い受けてるの」
「理不尽すぎる……」
太秦が、そう零すと、ひなは、悪びれもせずに、次の写真を撮り始めた。
二軒目のカフェへ向かう道すがら、慧とほのかは、少し遅れて歩きながら、写真の話をしていた。
「さっきの、ひな先輩の撮り方、参考になったな」
「うん。……そういえば、朔先輩も、この前、構図の話してたよね」
「ああ、勢多先輩の誕生日の時な」
慧は、そう言いながら、スマホのカメラを構えて、道端の花を撮ってみた。
「植物とか撮る時、光の当たり方が大事らしい」
「……なんか、けいくん、本気で興味持ってるの?」
ほのかが、そう尋ねると、慧は、少し照れくさそうに、頭を掻いた。
「まあ、それなりに。……ほのかが撮る写真、いつも良いなって思ってたし」
その言葉に、ほのかは、一瞬、言葉を詰まらせた。
「……そういうこと、さらっと言うの、ずるいと思う」
「え、なんで」
「別に。……なんでもない」
ほのかは、そう言って、先を歩き出した。
慧は、その背中を、少し不思議そうに見つめながら、後を追った。
「……もしかして、怒った?」
「怒ってない」
「じゃあ、なんで、早歩き」
「……気のせい」
ほのかは、そう言いながらも、歩調を、いつも通りに戻した。
その横顔には、まだ、少しだけ、赤みが残っていた。
慧は、それ以上、深くは聞かずに、隣に並び直した。
二人の間に流れる沈黙は、以前とは違う、少しだけ甘い質感を持っていた。
昼過ぎ、七人は、公園のベンチに腰掛けて、遅めの昼食を取っていた。
それぞれが買ってきたパンやおにぎりを広げながら、午前中の写真を見返す。
「みお先輩、さっきの写真、本当に良い表情でしたよ」
ほのかが、スマホの画面を見せながら、そう言った。
「……ありがとうございます。自分では、まだ、信じられませんけど」
みおが、そう答えると、央が、隣から、その画面を覗き込んだ。
「本当だ。……すごく自然な笑顔です」
「央さんまで、そんな」
みおが、少し照れくさそうに、視線を逸らす。
その様子を見ていたひなが、すかさず、シャッターを切った。
「今の表情も、良かった」
「……ひな、油断も隙もないですね」
みおが、そう零すと、周囲から、小さな笑い声が上がった。
太秦が、おにぎりを頬張りながら、ふと、空を見上げる。
「今日、天気良くて良かったな。ひなちゃんの誕生日、毎年こんな感じか?」
「去年は雨だったよ、覚えてない?」
「……ああ、あったな、そんなこと」
太秦が、そう言いながら、頭を掻いた。
少し離れたベンチで、みおとひなが、並んで座っていた。
「みお、中学の頃から、変わらないよね。写真は苦手なままだけど」
ひなが、そう言いながら、空になった紙コップを、くるくると回した。
「……ひなは、変わりましたよね。あの頃より、ずっと、写真、上手になりました」
「そりゃ、三年もやってれば、上達するでしょ」
ひなが、そう言って、笑う。
「みおと、さやかと、こうやって、ずっと一緒にいられるの、地味に嬉しいんだよね」
ひなが、ふと、そう漏らした。
「わたしもです。……高校で、央さんたちとも知り合えて、世界が、随分広がりました」
「うちらの青春、なかなか悪くないよね」
ひなが、そう言うと、みおは、静かに頷いた。
午後の光が、公園の木々を、優しく照らしていた。
七人は、それぞれの時間を、ゆっくりと過ごしながら、次のスポットへ向かう準備を始めた。
三軒目のフォトスポットは、街の外れにある、壁一面が花で彩られた通りだった。
「うわ、ここすごい」
さやかが、思わず声を上げる。
「花の絨毯みたい。……ここは、写真部の活動でも、一度来てみたかったんだよね」
ひなが、そう言いながら、周囲を見渡した。
「今日、下見も兼ねてる感じ?」
太秦が、そう茶化すと、ひなは、悪びれもせずに頷いた。
「一石二鳥ってやつ」
「太秦くん、そこ立って。撮るから」
「え、俺?」
「せっかくだから、みんなで撮ろうよ」
さやかの提案で、七人揃っての記念撮影が始まった。
三脚を立てて、タイマーをセットする。
「もうちょっと、寄って」
「ひなちゃん、指示、細かすぎ」
太秦が、そう突っ込みながらも、素直に、輪の中央に寄っていく。
シャッター音とともに、七人全員の笑顔が、写真に収まった。
「これ、今日の中でも、一番良い一枚かも」
ひなが、撮れた写真を確認しながら、満足げに頷いた。
「みんなで見てみようよ」
ひなが、そう言って、スマホの画面を、輪の中央に向ける。
七人全員の、飾らない笑顔が、そこに写っていた。
「……こうして見ると、みんな、良い顔してますね」
みおが、しみじみと、そう呟いた。
「みお、さっきまで写真苦手とか言ってたのに」
さやかが、そう茶化すと、みおは、少し恥ずかしそうに笑った。
「今日一日で、少し克服できたかもしれません」
「うちの手腕、恐るべし」
ひなが、胸を張って、そう言い放つ。
その様子に、また、笑いが起きた。
最後の店は、夕方の柔らかな光が差し込む、落ち着いた雰囲気のカフェだった。
七人は、テーブルを囲んで、今日一日の写真を、順番に見返していく。
「これ、朝一番のカフェの写真だ。もう、随分前のことみたい」
さやかが、そう言いながら、画面をスクロールする。
「一日で、こんなに枚数撮ったんですね」
みおが、驚いたように、そう呟いた。
「うちの本気、なめないでよ」
ひなが、そう言って、胸を張る。
その仕草に、また、笑いが起きた。
「これ全部見返すの、今夜だけじゃ終わらなそうだね」
ほのかが、そう言いながら、スマホの容量を心配するように、画面を眺めた。
ひなは、今日撮った写真を、一つのアルバムにまとめながら、そう宣言した。
「今日撮った写真、非公開アカウントの、永久保存版にする」
「大袈裟すぎない?」
さやかが、そう突っ込むと、ひなは、真剣な顔で首を振った。
「大袈裟じゃない。……こういう写真、何年後かに見返すと、絶対、価値が出るから」
「ひなっちの、そういうところ、嫌いじゃないよ」
さやかが、そう言うと、ひなは、少し照れくさそうに、笑った。
「ひなさん、実は、みんなから、もう一つ」
央が、そう言いながら、鞄から、色紙を取り出した。
七人それぞれが、思い思いのメッセージを書き込んだものだった。
「……え、いつの間に、こんなの」
ひなが、驚いたように、色紙を受け取る。
「先週、こっそり準備してたの」
さやかが、悪戯っぽく笑いながら、そう明かした。
「太秦くんの字、相変わらず汚いね」
「うるさい、気持ちは込めた」
太秦が、そう言い返すと、ひなは、色紙を胸に抱えながら、しばらく、黙り込んだ。
「……ありがと、みんな」
その声は、いつもの快活さの中に、わずかに、震えを帯びていた。
「みんな、今日は付き合ってくれて、ありがとう」
ひなが、七人を見渡しながら、そう言った。
「来年も、再来年も、こうやって、みんなで祝えたらいいな」
その言葉に、誰からともなく、頷きが返された。
「三年生になっても、ちゃんと集まろうね」
さやかが、そう付け加えると、慧とほのかが、顔を見合わせて頷いた。
「俺たちも、来年は先輩ですもんね」
「なんか、変な感じ。まだ、実感湧かないけど」
ほのかが、そう言いながら、少し不思議そうに笑った。
「実感なくても、時間は進むから、心の準備だけはしといてよ」
太秦が、そう茶化すと、慧は、苦笑いを浮かべた。
夕暮れの帰り道、七人は、今日撮った写真を見返しながら、笑い声を交わしていた。
少し遅れて歩くひなは、スマホの画面に並んだ、今日一日の写真を、一枚一枚、確かめるように見ていた。
(……うち、こういう時間を切り取るの、本当に好きなんだよな)
写真部での活動も、こうして友人を撮ることも、ひなにとっては、同じ延長線上にあるものだった。
将来、これを仕事にできたら。
そんな漠然とした思いが、ふと、頭をよぎる。
まだ、誰にも話したことのない考えだったが、今日という日を通して、その気持ちは、少しだけ、輪郭を持ち始めていた。
誰かに話す日が来るとすれば、それは、もう少し先のことになるのかもしれない。
それでも、今日という一日は、ひなにとって、その最初の一歩になった気がした。
春の気配が、少しずつ、街に近づいてきている。
新しい季節の始まりを、七人はまだ知らないまま、今日という一日を、大切に、心に刻んでいた。
ご一読いただきありがとうございます。
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次回もよろしくお願いします。




