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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

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第百十八話 2月28日 四年に一度ではない、今年の誕生日


 二月二十八日、土曜日。

 (おう)の誕生日は本来、二月二十九日。

 四年に一度しか本来の日付が巡ってこない、うるう年生まれだった。


 うるう年でない年は、二十八日に繰り上げてお祝いをするのが、恒例になっている。


 朝、央がリビングに降りると、祖父がいつも通り新聞を読んでいた。


「……おはようございます」


「おう、誕生日おめでとう。……とはいえ、今年は本当の日じゃないんだったな」


 祖父がそう言いながら、新聞から顔を上げる。


「はい。うるう年が来るまで、あと二年です」


「気の長い話だな、まったく」


 祖父はそう言って、小さく笑った。


「まあ、日付がどうであれ、お前が生まれた日には変わりない。今日も、大事に過ごせ」


「……はい。ありがとうございます」


 央はそう答えながら、朝食の準備を始めた。

 いつもと変わらない、静かな誕生日の朝だった。



 同じ頃、みおの部屋では、みおが朝から鏡の前で、身支度を整えていた。

 鞄の中には、昨夜ようやく編み終えたマフラーが、丁寧に包まれて入っている。


(……喜んでくれるといいんですけど)


 みおは鞄の中身をもう一度確認してから、家を出た。

 朝の空気はまだ冷たかったが、どこか春の気配を感じさせる、柔らかな光が差していた。



 放課後、教室に残っていた七人に加えて、ことねと(さく)も顔を見せていた。


「わざわざ来てくれなくても、良かったのに」


 央がそう言うと、ことねは小さく肩をすくめた。


「央の誕生日、毎年欠かさず来てるんだから、今年も来るに決まってるでしょ」


「無理はしないでください。二次試験、終わったばかりなんですから」


「大丈夫、大丈夫。今日くらいは、ちゃんとお祝いに専念する」


 ことねはそう言って、笑ってみせた。

 その顔には、まだうっすらと疲労の色が残っていたが、以前よりは確かに肩の力が抜けているように見えた。


「毎回思うけど、おうくんの誕生日、暦がややこしいよな」


 太秦が、ケーキの箱を机に置きながら、そう言った。


「四年に一度しか本当の日が来ないとか、レアすぎるだろ」


「そのレアさ、俺も正直、扱いに困ってます」


 央が、苦笑しながら、そう答える。


「でも毎年、こうやってみんなに祝ってもらえるので。……悪いことばかりでもないです」


「おうくん、そういう前向きなとこ、嫌いじゃないぜ」


 太秦がそう言って、央の肩を軽く叩いた。


「うちとしては、毎年お祝いできる口実が増えて、むしろ嬉しいけどね」


 さやかが、そう言いながら紙皿を配り始めた。


「ひなっちも、写真、撮る?」


「もちろん。……勢多くんの誕生日シリーズ、毎年撮るから」


 ひなが、そう言って、スマホを構える。


「僕も、今日はゆっくりお祝いさせてください」


 朔が静かにそう言って、小さな箱を差し出した。


「……ありがとうございます」


 央がそれを受け取ると、朔は珍しく、少しだけ口元を緩めた。


「中身、開けてから驚かないでくださいね」


 朔がそう付け加えると、央は少し身構えながら、箱を開けた。

 中には、押し花のしおりが丁寧に納められていた。


「……朔さんの手作り、ですか」


「はい。趣味の延長ですが。……本を読む時にでも、使ってもらえたら」


 朔がそう言うと、央はそのしおりをじっと見つめた。

 花びらの一枚一枚が、丁寧に押し固められている。


「大切に使わせてもらいます」


「勢多先輩、お誕生日おめでとうございます」


「勢多先輩、これ、ほのかと一緒に選びました」


 慧とほのかも、それぞれ小さな包みを差し出す。


「二人で選んだんですか」


 央がそう尋ねると、慧とほのかは顔を見合わせて、少し照れくさそうに頷いた。


「文房具屋で、一緒に悩んで選びました」


「……なんか、こういうの、一人で選ぶより、楽しかったです」


 ほのかがそう付け加えると、慧は小さく頷いた。

 二人のその様子に、さやかとひなが意味ありげに、そっと目配せを交わしていた。


「ありがとうございます。……嬉しいです、二人で選んでくれたの」


 央が包みを開けながらそう言うと、中にはシンプルな革製のペンケースが入っていた。


「勉強、頑張ってください、これで」


「はい。……大事に使います」


 央がそう答えると、ほのかは満足そうに笑った。


「ありがとう。……こういうの、毎年、嬉しいです」


 央がそう言うと、九人の間にあたたかい空気が広がった。


「そういえば、おうくん、来年はどんな誕生日になるんだっけ」


 太秦がケーキを頬張りながら、そう尋ねる。


「来年もうるう年じゃないので、また二十八日です。……本当の誕生日が来るのは、再来年」


「マジで気の長い話だな」


「毎年、その話するよね、二人とも」


 さやかが呆れたように、そう突っ込んだ。


「うちは何回聞いても面白いから、別にいいと思う」


 ひなが、そう言いながら、スマホのシャッターを切る。


「ひなさん、その角度、良かったです」


 朔が静かに、ひなの構図を覗き込みながら、そう呟いた。


「え、朔先輩、写真詳しいんですか」


「……多少は。植物の写真を撮る時、構図には気を遣うので」


 朔がそう答えると、ひなは意外そうな顔をしながらも、嬉しそうに頷いた。


 ケーキを切り分け、それぞれが思い思いに近況を話す。


「ことねさん、大学生活が決まったら、何かやりたいこと、あるんですか」


 央がそう尋ねると、ことねは少し考えてから、答えた。


「うーん、まだ合格してもないのに気が早いけど。……サークルとか、バイトとか、いろいろ挑戦してみたいかな」


「僕はまず、落ち着いて、これまで手が回らなかった本を、たくさん読みたいです」


 朔が、そう続けると、ことねが、呆れたように笑った。


「朔くんらしいね、それ」


「……ことねさんは、賑やかなことを。僕は、静かなことを。バランスが取れてて、良いと思っています」


 朔がそう言うと、ことねは少し照れたように、視線を逸らした。


 受験を終えたことねと朔の、少し気の抜けた笑顔。

 太秦の、いつも通りの軽口。

 さやかとひなの、変わらない掛け合い。

 慧とほのかの、以前より少しだけ近くなった距離感。


 その全てが、この一年で積み重ねてきたものの、確かな証だった。



 夕方、皆が帰ったあと、央とみおは二人きりで、近所の公園を歩いていた。

 場所も、贈り物も、あえて控えめにしようと、二人で決めていた。

 特別なことをしなくても、今日という日を二人で過ごせること自体が、もう十分だったから。


 実は、みおはこの日のために、一週間前からこっそりマフラーを編み進めていた。

 不器用な自分の手つきに、何度もやり直しながら、ようやく完成させたものだった。

 その苦労は、央にはまだ、伝えていない。


「今日、みんな来てくれて、良かったですね」


 みおがそう言うと、央は静かに頷いた。


「はい。……ことねさんと朔さんまで、無理して来てくれて」


「二人とも、央さんのこと、本当に大切に思ってるんだと思います」


 みおはそう言いながら、鞄から小さな紙包みを取り出した。


「これ、今年のプレゼントです。……大したものじゃ、ないんですけど」


 央が包みを開けると、中には手編みのマフラーが入っていた。

 紺色の、シンプルなデザイン。


「……ありがとうございます。すごく、あたたかそうです」


「不器用なので、ちょっと、歪んでるところもあるんですけど」


 みおが、少し恥ずかしそうにそう付け加える。


「歪んでるところも、含めて、気に入りました」


 央がそう言って、マフラーをその場で首に巻いてみせた。


 公園のベンチに、二人並んで腰掛ける。

 二月の夕方はまだ肌寒かったが、マフラーの温かさが、少しだけその寒さを和らげていた。


 しばらく、二人は、他愛のない話を続けた。


「ことねさんと朔さん、疲れてるはずなのに、ちゃんと来てくれて、嬉しかったです」


 央が、そう言うと、みおも、頷いた。


「朔さんが、ひなに写真の構図の話をしてたの、意外でした」


「ええ。……朔さんの新しい一面が見られた気がします」


 央がそう答えると、みおは小さく笑った。


「太秦さんの暦の話、毎年聞いてる気がします」


「あれはもう、恒例行事みたいなものですから」


 央がそう言うと、みおはくすくすと笑い声を漏らした。


 特別な話題ではなくても、こうして並んで話す時間そのものが、二人にとってはかけがえのないものだった。


「……央さんの誕生日、毎年、迎えるたびに思うんです」


 みおが、ふと、そう切り出した。


「何を、ですか」


「入学時は、こんな風に、二人で誕生日を過ごすことになるなんて、想像もしていませんでした」


「……俺もです。あの頃はまだ、ぎこちなかったですし」


 央がそう言うと、みおは懐かしそうに、小さく笑った。


「……央さん」


 みおが、少し改まった様子で、そう切り出した。


「はい」


「今日は、二十九日ではないですけど。……それでも、わたしにとっては、特別な日です」


 その言葉に、央は隣に座るみおの横顔を、じっと見つめた。


「暦の上では、今日は、ただの二十八日かもしれません。……でも、央さんが生まれた日を、こうして毎年、一緒に祝えることが、わたしにとっては、何よりも大切なことなので」


 みおはそう言い切ると、少しだけ頬を赤らめながら、視線を落とした。


 央は、しばらく何も言えなかった。

 この一年、少しずつ積み重ねてきた言葉と時間が今、みおの一言に静かに結晶しているのが分かった。


 クラスで隣の席になった、あの日のこと。

 図書委員での活動、文化祭、修学旅行、クリスマス、そしてバレンタイン。

 一つ一つの記憶が、走馬灯のように、央の頭の中を巡っていく。


「……俺も、同じです」


 央は、そう言ってから、一呼吸置いて、続けた。


「二十九日が来る年も、来ない年も。……これから先、ずっと、みおと一緒に、この日を迎えたいです」


 その言葉は、これまでの央にしては珍しく、はっきりとした、踏み込んだものだった。


 みおは驚いたように目を見開いてから、ゆっくりと、けれど確かに、笑った。


「……はい。わたしも、そう思います」


 二人は、それ以上何も言わずに、しばらく並んで座っていた。

 公園の街灯が、少しずつ、灯り始める。

 二月の終わりの、静かな夜だった。


 みおは、隣に座る央の肩に、そっと頭をもたせかけた。

 央も、それを自然に受け止める。

 言葉を交わさなくても通じ合うものが、確かにそこにあった。


「……このマフラー、一週間前から、編んでたんです」


 みおが少し照れくさそうに、そう打ち明けた。


「……そうだったんですか。全然、気づきませんでした」


「不器用なので、何度もやり直して。……でも、央さんの反応を見て、頑張って良かったと思いました」


 みおがそう言うと、央は首に巻いたマフラーに、そっと手を添えた。


「毎日、これを巻くたびに、今日のことを、思い出すと思います」


 央が、肩に置かれたみおの頭にそっと手を当てる。


「以前の俺だったら、こんな風に誰かが自分のために時間をかけてくれることに、どう応えればいいか、分からなかったと思います」


「……今は?」


「今は、ちゃんとありがとうと言えます。それにこれからも、みおのために何かできる自分でいたいと、思っています」


 央がそう言うと、みおは嬉しそうに、けれど、少し泣きそうな顔で、笑った。


「……大袈裟です、央さん」


「大袈裟でも、本当のことなので」


 央がそう返すと、みおは小さく声を立てて笑った。


 その笑い声が、静かな公園に、優しく響いた。


 この一年で積み重ねてきたものが、今日という日に、確かな形を持った。

 それはまだ、始まりに過ぎないのかもしれない。

 それでも、二人にとっては、十分すぎるほどの、一つの節目だった。


 帰り道、央はマフラーの温かさを感じながら、みおと並んで夜の道を歩いた。


「……来年の誕生日も、また、こうして一緒に過ごせたら嬉しいです」


 みおがそう言うと、央は迷わず頷いた。


「もちろんです。……再来年、本当の誕生日が来る年も、一緒に迎えましょう」


「はい。……約束です」


 みおがそう言って、小指をそっと差し出す。

 その仕草の子供っぽさに、二人は思わず、顔を見合わせて笑った。


 それでも、央はその小指に、自分の小指をそっと絡めた。


「約束します」


 二人はそのまましばらく、指を絡めたまま、夜の道を歩き続けた。


 うるう年でない、今年の誕生日は、こうして静かに、けれど確かに、幕を閉じようとしていた。


ご一読いただきありがとうございます。

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次回もよろしくお願いします。

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