第百八話 1月1日 9人で引く、今年の運勢
近所の神社の参道は、元旦らしい人出で賑わっていた。
鳥居の前で、央とみおが待っていると、
太秦、さやか、ひなが、揃って歩いてくるのが見えた。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます」
それぞれの挨拶が交わされる中、遅れて慧とほのか、
そしてことねと朔も合流した。
「全員揃ったな」
太秦が、そう言って、行列の先を見やった。
「初詣って、毎年どこもこんなに並ぶんだな」
「並ぶって知ってて来たんでしょ」
さやかが、呆れたように突っ込むと、太秦は、肩をすくめた。
「分かってても、来たくなるんだよ、こういうのは」
「太秦くん、去年は初詣来てなかったんだっけ」
ひなが、ふと思い出したように聞いた。
「姉ちゃんが帰るタイミングと、店の初売り準備が重なっててな。それどころじゃなかった」
「じゃあ、こうやってみんなで来るの、初めてなんだ」
「そうなるな」
太秦が、そう言うと、ひなは、さっそくスマホを構えた。
「じゃあ、記念すべき一枚目、撮っとかなきゃ」
「気が早いな、まだ鳥居もくぐってないぞ」
太秦が、そう突っ込みながらも、まんざらでもなさそうに、少しだけポーズを取った。
みおは、その様子を見ながら、隣の央に小さく囁いた。
「みんな、集まると賑やかですね」
「……ああ。こうして全員で来るのは、今年が初めてだな」
央が、そう言うと、みおは、少し驚いたような顔をした。
「そうなんですか?」
「去年は、みんなそれぞれ別々に過ごしてた。太秦とも、初詣は一緒に行けなかった」
「……そう考えると、不思議ですね。今年は、こんなに賑やかなのに」
みおは、その言葉に、少しだけ、あたたかい気持ちになった。
「来年も、こうして集まれるといいですね」
「うん。……そうだな」
央が、そう言うと、みおは、嬉しそうに微笑んだ。
九人での参道は、いつも以上に賑やかだった。
露店の匂いに誘われて、ひなが早速スマホを構える。
「甘酒の湯気、いい絵になりそう」
「ひな、写真撮る前に並ぼうよ」
さやかが、そう言って、ひなの背中を押した。
行列に並びながら、それぞれの近況が交わされる。
「ことねさんたち、勉強の方はどうですか」
央が、そう聞くと、ことねは、少し疲れたように笑った。
「まあ、ぼちぼち。……朔くんの方が順調そう」
「そんなことないです」
朔が、静かにそう言うと、ことねは、小さく笑った。
「共通テスト、あと二週間ちょっとですね」
さやかが、心配そうに言うと、ことねは、大きく伸びをした。
「今日くらいは、忘れることにしてる」
「その切り替え、見習いたい」
太秦が、そう言って、感心したように頷いた。
「太秦くんは、進路とか決まった?」
さやかが、ふと聞いた。
「まだ、ぼんやりとは考えてる」
「珍しいね、太秦くんがそういう顔するの」
さやかが、そう言って、興味深そうに太秦を見た。
「別に、大したことじゃない」
太秦は、そう言って、話をはぐらかした。
「気になるけど、まあ、いいや。今日は初詣楽しもう」
さやかが、そう言って、あっさり話を切り替えた。
慧とほのかは、その少し後ろで、いつも通りの調子で話していた。
「今年、部活の後輩、増えるといいな」
「けいくんの代、後輩少ないもんね」
「勧誘、頑張らないとな」
「けいくんが頑張るの、想像つかない」
「失礼だな」
慧が、そう言い返すと、ほのかは、くすくすと笑った。
二人のやり取りに、時折、隣を歩く央たちが、微笑ましそうな視線を送っていた。
行列は、思ったよりゆっくりと進んだ。
賽銭箱の前に立つ頃には、日はすっかり高くなっていた。
一人ずつ、順番に手を合わせていく。
みおは、目を閉じて、静かに祈った。
(進みたい方向に、ちゃんと進めますように)
まだ、はっきりとした形にはなっていないけれど、
自分の中に、少しずつ育ってきている気持ちがある。
その方向へ、迷わず進めますように。
央も、その隣で、同じように手を合わせていた。
(まだ、ぼんやりしているものが、少しでも形になりますように)
進路のことも、将来のことも、まだ何も定まっていない。
それでも、この一年で、少しずつ輪郭が見えてくる予感があった。
ことねと朔は、並んで、いつもより真剣な横顔で祈っていた。
二人分の受験の無事を、それぞれが、心の中で強く願っている。
長い時間、手を合わせたままの二人を見て、
周りの後輩たちは、そっと静かに見守っていた。
太秦は、少し照れくさそうに、それでも真剣に手を合わせた。
(父さんの店みたいに、続けられる何かを見つけられますように)
まだ言葉にするのは気恥ずかしいけれど、
自分の中で、少しずつ固まりつつある思いがあった。
さやかとひなも、それぞれの願いを込めて、静かに祈った。
さやかは、弟のこと、部活のこと、家族のことを、順に思い浮かべながら祈った。
(今年も、みんなが元気に過ごせますように)
誰か一人のためというより、周りの大切な人たち全員のための願いだった。
ひなは、今年も、みんなの笑顔をたくさん写真に残せますように、と願った。
(この九人の時間を、ちゃんと記録していけますように)
カメラを構える理由は、いつも、そこにあった。
慧とほのかも、隣同士で手を合わせ、しばらく目を閉じていた。
二人が何を願ったのかは、お互いにも、まだ分からなかった。
参拝を終えると、参道の屋台が、香ばしい匂いを漂わせていた。
「たこ焼き食べたい」
ひなが、真っ先にそう言った。
「朝ごはん食べてきたばかりじゃないの」
「これとそれとは、別腹」
ひなが、そう言い返すと、さやかは、呆れたように笑った。
「俺も小腹減った。りんご飴でも見てくる」
太秦が、そう言って、屋台の方へ歩き出した。
「太秦くん、りんご飴子供っぽくない?」
「うるさい、毎年の楽しみなんだよ」
太秦が、むきになって言い返すと、周りから、小さな笑いが起きた。
結局、九人は、それぞれ好きな屋台の品を手に、境内の隅に集まった。
「みお、たこ焼き味見する?」
ひなが、そう言って、パックを差し出した。
「いいの? ありがとう」
みおが、一つつまむと、ひなは、満足そうに頷いた。
「央さんも、どうですか」
みおが、今度は央に差し出した。
「……いただきます」
央が、少し照れくさそうに、一つ受け取った。
その様子を、ことねが、にやにやしながら見ていた。
「初々しいなあ、二人とも」
「ことねさん、その言い方、さやかさんたちと同じです」
央が、そう言い返すと、ことねは、声を上げて笑った。
「みんなでこうやって食べると、なんか特別な感じがしますね」
みおが、そう言うと、央も、静かに頷いた。
境内の一角に、おみくじの授与所があった。
「引いていこう」
太秦の提案に、全員が頷いた。
「今年は、いい運勢だといいな」
「太秦、おみくじとか引くタイプなんだ」
さやかが、少し意外そうに聞いた。
「馬鹿にしてるだろ、それ」
「してない、してない」
さやかが、笑いながら、そう言った。
一人ずつ、木箱を振り、番号を確認していく。
「大吉!」
最初に声を上げたのは、みおだった。
「わたし……大吉です!」
「本当か。すごいな」
央が、そう言って、みおの手元を覗き込んだ。
「その調子で、今年もお願いします」
「……はい」
みおが、嬉しそうに、そう答えた。
周りで見ていたさやかとひなが、顔を見合わせて笑った。
「相変わらず、初々しいですね、あの二人」
「見てるこっちが照れるよね」
「聞こえてます」
央が、少し赤くなりながら、そう言い返すと、二人は、さらに笑った。
続いて、さやかが、几帳面な手つきで、おみくじの文面を読み込んでいく。
「うーん、中吉か。悪くないけど、良くもない、絶妙なライン」
「さやか、そんな真剣に分析しなくても」
ひなが、そう言って、笑った。
「こういうのは、ちゃんと読んでこそでしょ」
「そう言うひなは、もう結んじゃってるじゃん」
さやかが、そう突っ込むと、ひなは、悪びれもせず笑った。
ひな自身は、小吉。
「まあまあ、って感じかな」
軽い調子で、そう言うと、ひなは、さっさとおみくじを結び所に結んだ。
問題は、太秦だった。
「……凶」
太秦が、無言でおみくじを見つめていた。
「え、凶なんてあるんだ」
さやかが、驚いたように言った。
「毎年これくらいの引きの強さで生きてる」
太秦が、そう言って、微妙な顔で笑った。
「元旦から凶とか、逆に貴重ですよ」
慧が、そう言って、太秦の肩を叩いた。
「慰めになってない」
太秦が、そう言い返すと、周りから、小さな笑いが起きた。
「凶引いた人、今年一番幸運になるって聞いたことあります」
ほのかが、フォローするように言うと、太秦は、少しだけ表情を緩めた。
「その情報、本当か?」
「さあ、どうでしょう」
ほのかが、悪戯っぽく笑うと、太秦は、諦めたように肩をすくめた。
ことねと朔は、二人揃って、末吉と小吉。
「うちらそろって、パッとせんな」
「一位じゃないだけマシです」
朔が、そう言うと、ことねは、噴き出すように笑った。
「なんか、お似合いな運勢の並びだね、二人とも」
さやかが、微笑ましそうに言うと、ことねと朔は、顔を見合わせた。
「……そうですか?」
「毎年こんな感じになりそうだな、これは」
太秦が、そう言って、感心したように頷いた。
慧とほのかは、それぞれ吉と中吉。
「まあまあ、って感じ」
「けいくんと同じくらいだね」
二人は、そう言い合いながら、並んでおみくじを結んだ。
「今年も、色々あるかもね」
ほのかが、大晦日の言葉を繰り返すように、そう言った。
「またそれか」
「言っておきたかったの」
ほのかが、そう言って、悪戯っぽく笑うと、慧は、小さくため息をついた。
それでも、その顔は、まんざらでもなさそうだった。
「二人とも、何の話?」
ひなが、興味津々に割り込んできた。
「別に、なんでもない」
慧が、そう言って、話を切り上げた。
「怪しいなあ」
ひなが、そう言いながらも、それ以上は追及せず、笑って引き下がった。
境内の隅にある甘酒の屋台で、九人は、それぞれ湯気の立つ紙コップを手にした。
「あったかい」
「元旦って感じがするな、これ」
太秦が、そう言って、甘酒を一口すすった。
「今年も、受験生二人は大変そうだけど」
さやかが、ことねと朔を見ながら、そう言った。
「まあ、なんとかする」
ことねが、そう言って、力強く笑った。
「僕も、精一杯やります」
朔が、静かにそう続けると、周りから、応援するような声が上がった。
「二人とも、無理しすぎないでくださいね」
みおが、心配そうに言うと、ことねは、優しく笑った。
「ありがとう、みおちゃん」
「太秦先輩は、凶引いたし、今年は謙虚にいかないとですね」
慧が、そう言ってからかうと、太秦は、苦笑した。
「うるさい。……でも、まあ、地道にやるよ」
「みんな揃って初詣、来年もできるといいね」
さやかが、ふとそう言うと、全員が、それぞれ頷いた。
「来年は、受験終わった二人も、もっとゆっくりできるといいですね」
みおが、そう言うと、ことねと朔は、少し照れくさそうに笑った。
「集合写真、撮ろう」
ひなが、そう提案すると、通りすがりの参拝客に、撮影を頼んだ。
九人が、境内の鳥居を背に、横一列に並ぶ。
「はい、チーズ」
シャッター音とともに、九人分の笑顔が、写真に収まった。
みおは、その写真を、その場で確認しながら、央の方をちらりと見た。
「いい写真ですね」
「うん。……いい一年になりそうだ」
央が、そう言うと、みおは、嬉しそうに頷いた。
ひなが、さっそくグループLINEに、集合写真を投稿した。
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ひな :今年最初の集合写真!
太秦 :俺の顔、微妙な表情してないか
ひな :してる。凶引いた直後だから
太秦 :そういうのは黙っといてくれ
さやか :いい写真だと思うよ
ひな :みんなでこの写真、来年も撮ろうね
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「そういえば、年賀状、まだ出せてなくて」
みおが、少し申し訳なさそうに言うと、央は、首を振った。
「急がなくていいですよ。……気持ちは、もう十分伝わってます」
「……はい」
みおが、少し照れたように、そう答えた。
九人は、それぞれの土産物を手に、参道をゆっくりと戻り始めた。
鳥居をくぐる時、央は、ふと後ろを振り返った。
太秦、さやか、ひな、慧、ほのか、ことね、朔。
一年前には、まだこの九人という組み合わせは、存在していなかった。
クラス替えのなかった二年生になり、隣の席にみおが座り、
少しずつ、この輪は広がっていった。
その積み重ねの結果が、今、目の前にある。
「央さん、どうかしましたか」
みおが、振り返らない央に、そう声をかけた。
「……いえ、なんでもないです」
央は、そう答えて、みおの隣に並び直した。
新しい一年の始まりを、九人は、それぞれの形で、静かに噛みしめていた。
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