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透き通ったガラス越しに  作者: 湘南乃炎


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7-7 ひび割れた世界の、その先へ

7章、終幕ー。


です。

 父の叫びも。


 自分が逃げ出した夜も。


 全部。


 忘れたわけじゃない。


 許せたわけでもない。


 きっとこれから先も、一生消えることはないのだろう。


 それでも――。


「それでも……生きていくしか、ないんだな」


 旅人の声は、静かに風へ溶けていった。


 吹き抜ける風が、線香の煙を揺らす。


 白い煙は細く空へ伸び、そのまま青空へ溶けていく。


 旅人は初めて、墓石から目を逸らさなかった。


 父と母の名を、真正面から見つめていた。


 胸の奥が、軋む。


 痛みはまだ残っている。


 傷は塞がってなどいない。


 けれど――。

 これまで旅人を閉じ込めていたガラスに、音が走った。


 これまでのヒビが瞬く間に広がっていく。


 幼い頃から閉じ込めてきた恐怖。


 後悔。


 罪悪感。


 「自分は逃げた」という呪い。


 誰にも触れられないよう、自分すら触れないよう閉ざしてきた世界。


 その透明な殻が、内側から軋み始める。


 旅人は、目を閉じなかった。


 逃げなかった。


 父の過去を知った。


 母の想いを知った。


 叔父の遺言と向き合い。


 旬に再会し。


 三枝に背中を押され。


 そして――咲が、ずっと手を伸ばし続けていた。


 ガラスの向こうから。


 何度拒まれても。

 何度離れても。


 ずっと。


 旅人の世界を、叩き続けていた。


 だから。


 今度は、自分の番だった。


 旅人は息を吸う。


 胸の奥に溜まり続けていた何かが、熱となって込み上げる。


 そして――。


 ガラスが、砕け散った。


 乾いた破砕音が、世界へ響く。


 視界を覆っていた透明な膜が、光を反射しながら崩れていく。


 飛び散った破片の一つ一つには、過去の自分が映っていた。


 怯えていた子供。

 逃げ出した少年。

 感情を閉ざした青年。


 その全てが砕け、光の中へ溶けていく。


 けれど、不思議と痛みはなかった。


 ガラスは旅人を傷つけるためのものではなく。


 ただ――守るために存在していたのだと、今なら分かった。


「……はっ」


 張り詰めていた呼吸が、ようやく吐き出される。


 肩が震える。


 熱いものが込み上げ、視界が滲む。


「俺は……これまで……こんな、何もない幻に……縋っていたのか……」


 あの日の風景が脳裏を過ぎる。


 血の匂い。

 怒号。


 泣き声。

 壊れた家。


 けれど、それはもう過去だった。


 旅人は、その瞬間に閉じ込められたまま、生きることを止めていた。


 今あるものから目を逸らし。


 隣に立ってくれる人たちにも触れず。


 ただ、壊れた記憶だけを抱えていた。


 旅人はゆっくりと振り返る。


 そこには、咲がいた。


 昔と変わらない瞳。


 まっすぐで、暖かくて。


 けれど今はもう、そこに隔てるガラスはない。


 歪みのない世界。


 自分の目で見る景色。


 そこに、咲がいた。


「どう? 旅人くん」


 咲が一歩、旅人へ近づく。


 風が髪を揺らした。


「あなたの目に、世界はどう映ってる?」


 その言葉に、叔父の声が重なる。


『道に迷ってもいい。だが、自分の目だけは持てよ』


 旅人は、目を閉じない。


 逃げない。


 痛みも、後悔も、全部抱えたまま。


 それでも前を向いて――世界を見る。


「俺の世界は――」


 言葉が途切れる。


 けれど。


 もう答えは、分かっていた。


 光が、旅人の瞳へ差し込む。


 ガラス越しではない。


 自分自身の目で。


『俺』は、ようやく世界を見つめていた。

これにて最終章、終了となります。


ちなみに7章、7話で終わりにしたのは、完全さ。

1-6は不完全さを表した中で、ようやく旅人が成ったというのを意味してます。

まぁ完全な人なんていないですけど、何をそれと定義するかは人にもよります。自分らしさが自分にとってはそうだと思ってます。


長くなりましたが、ラストはエピローグ。

お楽しみに。

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