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「――あいつはいつだって優しいやつで、人を思うことのできる人だったよ」
今関は遠い目をして語り続けた。
土屋はその言葉を、ひとつひとつ胸に刻むように聞いている。
「だからこそ、あいつは背負いすぎてしまったんだ」
今関は少し目を伏せた。
「僕も自分のことで手一杯でね。結局、手を差し伸べられなかった。それを今でも後悔してるよ」
手に力が入り、眉間に皺が寄る。
その顔を見て、土屋の表情も歪んだ。
語られているのは――
英雄でも、悪人でもない。
ただ一人の人間の話。
その事実が、土屋の胸を締め付ける。
呼吸が少し荒くなった。
「おっと、ごめんね」
今関はふっと笑った。
「話し込んじゃったな。そろそろ行くよ」
腕時計を確認する。
「また会おうか。大斗くん」
少し視線を旅人へ向ける。
「それと、お友達も」
「は、はい。また話を聞かせてください」
土屋が言うと、今関は小さく頷いた。
笑みを残したまま、墓地の奥へと去っていく。
風が吹いた。
空気が静かに流れる。
体の奥が、わずかに冷えた。
「――何なんですかね。家族って……」
今関の背中を見送りながら、土屋が呟いた。
「血は繋がっていないのに、今関さんは……誰よりも父を思っていた」
少し俯く。
「ああいう人がもっと近くにいれば……何か変わったんじゃないかって」
それは仮定でしかない。
土屋自身も、それは分かっていた。
そして――
今さら考えても意味がないことも。
「父の存在は……自分にとって何なのか」
旅人は黙って土屋を見ていた。
そして口を開く。
「それは……」
少し間を置く。
「希望にも、呪いにもなり得ます」
言葉は続かなかった。
だが土屋は答えを求めるように旅人を見た。
その視線に、旅人も目を合わせる。
ひび割れたガラスの奥から――
何かが漏れ出す。
「……私の父も」
旅人は静かに言った。
「きっと、土屋さんのお父さんと同じように……居場所を失っていたんだと思います」
ついに口にした。
これまで避け続けてきた過去を。
土屋との会話の中で、心のひびは広がっていく。
「けれど」
旅人は続けた。
「たとえすべての人の記憶から消えたとしても」
墓石を見る。
「私たちが覚えている限り、その人は残り続けます」
まるで自分に言い聞かせるようだった。
逃げないように。
戒めのように。
心へ楔を打ち込むように。
「それをどう生かすかは……あなた次第です」
旅人の声は、少し強くなっていた。
「そのために」
ゆっくり言う。
「――一人で背負おうとしないこと」
土屋を見る。
「それが、あなたの父から学ぶことだ」
第2の父にはなりたくない。
それでも、父の影は残る。
「それが……父を生かして、自分のために……」
土屋の声が震える。
「はい」
旅人は言った。
「きっと」
断言はしない。
それでも――
土屋の中で何かが変わったことだけは、分かった。
「時には、友達を頼ってみてください」
旅人は続ける。
「ただ一緒にいるだけでも、何かは変わります」
それは――
土屋の父と今関が、きっと持っていた世界。
「ええ……」
土屋は小さく頷いた。
そして一人の友人の話を始める。
高校から大学まで一緒の友人。
よく出かける相手。
きっと今、土屋の頭に浮かんでいるのだろう。
旅人は何も言わず、その言葉を待った。
「今まで……ずっと」
土屋が口を開く。
「家族のせいにして生きていくのが……怖かったんです」
顔を上げる。
もう目を逸らしていない。
その目は、まっすぐ墓石を見ていた。
「でも……分かりました」
静かに言う。
「自分は父じゃないし、父も自分じゃない」
そして。
「ただ父を心に留めて、自分の道を進もうと」
土屋は忘れたわけではない。
刻んだのだ。
その瞳には、確かな意思が宿っていた。
「ありがとうございます。空韻さん」
振り向く。
「ようやく……何か掴んだ気がします」
「その一歩を踏み出したのは、土屋さんですよ」
「そうですかね」
土屋は照れたように頭をかいた。
その時、強い風が吹いた。
花が揺れる。
土屋の髪も揺れた。
土屋は少しくすぐったそうに笑う。
「それじゃあ、自分は行きます」
「依頼料は、最初の説明通り振り込みます」
そして少し言葉を止めた。
「――空韻さんも」
わずかに迷う。
「頑張ってください」
そう言って背を向けた。
似た立場。
きっと何か感じ取ったのだろう。
それでも二人は違う。
立ち止まった者と。
先へ進んだ者。
その距離は決して同じではない。
「土屋さん!」
旅人は思わず声を上げた。
振り返る土屋。
旅人は大きく息を吸う。
「俺が――!」
言葉が詰まる。
これまで何度も見てきた。
依頼人の背中。
送り出してきた。
そしてこれからも――
きっと。
旅人は、言葉を飲み込んだ。
――
帰りの夜。
事務所には旅人一人だけが残っていた。
明かりはついていない。
タバコの火だけが小さく光る。
夜の淡い光が、ガラス越しに部屋を照らしていた。
流れている曲が耳を撫でる。
『俺が――好きな曲は』
土屋へ伝えた言葉。
BUMP OF CHICKEN『銀河鉄道』。
旅人は目を閉じた。
ただ静かに聞き入る。
かつて咲が教えてくれた曲。
胸の奥に、ゆっくり染みていく。
「まだ俺は……」
小さく呟く。
「自分を、許せていない」
その声は、虚空に溶けた。
目の奥が熱くなる。
閉じていた目を――
『俺』は、ゆっくり開いた。
ガラス越しの夜景。
煙が揺れる。
その向こうの世界が。
ほんのわずかに、近くなった気がした。
6章これにて終了です。いかがでしたか?
だいぶ長くなってしまったような気もしますが...
次回からは7章です。お楽しみに




