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透き通ったガラス越しに  作者: 湘南乃炎


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6-6


「――あいつはいつだって優しいやつで、人を思うことのできる人だったよ」


 今関は遠い目をして語り続けた。


 土屋はその言葉を、ひとつひとつ胸に刻むように聞いている。


「だからこそ、あいつは背負いすぎてしまったんだ」


 今関は少し目を伏せた。


「僕も自分のことで手一杯でね。結局、手を差し伸べられなかった。それを今でも後悔してるよ」


 手に力が入り、眉間に皺が寄る。

 その顔を見て、土屋の表情も歪んだ。


 語られているのは――


 英雄でも、悪人でもない。


 ただ一人の人間の話。


 その事実が、土屋の胸を締め付ける。

 呼吸が少し荒くなった。


「おっと、ごめんね」


 今関はふっと笑った。


「話し込んじゃったな。そろそろ行くよ」


 腕時計を確認する。


「また会おうか。大斗くん」


 少し視線を旅人へ向ける。


「それと、お友達も」


「は、はい。また話を聞かせてください」


 土屋が言うと、今関は小さく頷いた。


 笑みを残したまま、墓地の奥へと去っていく。


 風が吹いた。

 空気が静かに流れる。


 体の奥が、わずかに冷えた。


「――何なんですかね。家族って……」


 今関の背中を見送りながら、土屋が呟いた。


「血は繋がっていないのに、今関さんは……誰よりも父を思っていた」


 少し俯く。


「ああいう人がもっと近くにいれば……何か変わったんじゃないかって」


 それは仮定でしかない。

 土屋自身も、それは分かっていた。


 そして――

 今さら考えても意味がないことも。


「父の存在は……自分にとって何なのか」


 旅人は黙って土屋を見ていた。

 そして口を開く。


「それは……」


 少し間を置く。


「希望にも、呪いにもなり得ます」


 言葉は続かなかった。

 だが土屋は答えを求めるように旅人を見た。


 その視線に、旅人も目を合わせる。


 ひび割れたガラスの奥から――

 何かが漏れ出す。


「……私の父も」


 旅人は静かに言った。


「きっと、土屋さんのお父さんと同じように……居場所を失っていたんだと思います」


 ついに口にした。

 これまで避け続けてきた過去を。


 土屋との会話の中で、心のひびは広がっていく。


「けれど」


 旅人は続けた。


「たとえすべての人の記憶から消えたとしても」


 墓石を見る。


「私たちが覚えている限り、その人は残り続けます」


 まるで自分に言い聞かせるようだった。


 逃げないように。


 戒めのように。


 心へ楔を打ち込むように。


「それをどう生かすかは……あなた次第です」


 旅人の声は、少し強くなっていた。


「そのために」


 ゆっくり言う。


「――一人で背負おうとしないこと」


 土屋を見る。


「それが、あなたの父から学ぶことだ」


 第2の父にはなりたくない。

 それでも、父の影は残る。


「それが……父を生かして、自分のために……」


 土屋の声が震える。


「はい」


 旅人は言った。


「きっと」


 断言はしない。


 それでも――

 土屋の中で何かが変わったことだけは、分かった。


「時には、友達を頼ってみてください」


 旅人は続ける。


「ただ一緒にいるだけでも、何かは変わります」


 それは――

 土屋の父と今関が、きっと持っていた世界。


「ええ……」


 土屋は小さく頷いた。


 そして一人の友人の話を始める。

 高校から大学まで一緒の友人。

 よく出かける相手。


 きっと今、土屋の頭に浮かんでいるのだろう。


 旅人は何も言わず、その言葉を待った。


「今まで……ずっと」


 土屋が口を開く。


「家族のせいにして生きていくのが……怖かったんです」


 顔を上げる。


 もう目を逸らしていない。

 その目は、まっすぐ墓石を見ていた。


「でも……分かりました」


 静かに言う。


「自分は父じゃないし、父も自分じゃない」


 そして。


「ただ父を心に留めて、自分の道を進もうと」


 土屋は忘れたわけではない。

 刻んだのだ。


 その瞳には、確かな意思が宿っていた。


「ありがとうございます。空韻さん」


 振り向く。


「ようやく……何か掴んだ気がします」


「その一歩を踏み出したのは、土屋さんですよ」


「そうですかね」


 土屋は照れたように頭をかいた。


 その時、強い風が吹いた。

 花が揺れる。

 土屋の髪も揺れた。


 土屋は少しくすぐったそうに笑う。


「それじゃあ、自分は行きます」


「依頼料は、最初の説明通り振り込みます」


 そして少し言葉を止めた。


「――空韻さんも」


 わずかに迷う。


「頑張ってください」


 そう言って背を向けた。


 似た立場。


 きっと何か感じ取ったのだろう。

 それでも二人は違う。


 立ち止まった者と。

 先へ進んだ者。


 その距離は決して同じではない。


「土屋さん!」


 旅人は思わず声を上げた。


 振り返る土屋。

 旅人は大きく息を吸う。


「俺が――!」


 言葉が詰まる。


 これまで何度も見てきた。

 依頼人の背中。


 送り出してきた。


 そしてこれからも――


 きっと。


 旅人は、言葉を飲み込んだ。


 ――


 帰りの夜。


 事務所には旅人一人だけが残っていた。

 明かりはついていない。


 タバコの火だけが小さく光る。


 夜の淡い光が、ガラス越しに部屋を照らしていた。


 流れている曲が耳を撫でる。


『俺が――好きな曲は』


 土屋へ伝えた言葉。


 BUMP OF CHICKEN『銀河鉄道』。


 旅人は目を閉じた。

 ただ静かに聞き入る。


 かつて咲が教えてくれた曲。

 胸の奥に、ゆっくり染みていく。


「まだ俺は……」


 小さく呟く。


「自分を、許せていない」


 その声は、虚空に溶けた。

 目の奥が熱くなる。


 閉じていた目を――

 『俺』は、ゆっくり開いた。


 ガラス越しの夜景。


 煙が揺れる。


 その向こうの世界が。


 ほんのわずかに、近くなった気がした。


6章これにて終了です。いかがでしたか?

だいぶ長くなってしまったような気もしますが...

次回からは7章です。お楽しみに

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