6-4
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高校二年の、ある日。
父宛てに届いた手紙。
父は胡座をかきながら、それを何度も読み返していた。
足は小刻みに震え、手紙を握る手には、今にも紙を引き裂きそうなほどの力がこもっている。
沈黙が続く。
そして――
「――あああぁぁ! クソがっ!」
突然、父が叫んだ。
手紙を破り捨て、辺りの物へ当たり散らす。
酒瓶が床に叩きつけられ、甲高い破裂音が部屋に響いた。
俺と母は、ただ震えながらその様子を見ていた。
「あの野郎どもが……畜生っ!」
父をここまで狂わせた手紙。
そこに書かれていたのは、父の両親の死を知らせる知らせと――
その遺産を、父には一切渡さず、兄弟たちで分けるという通達だった。
すでに勘当された身の父。
それでも、どこかで家族の繋がりを期待していたのだろうか。
怒りの奥にあるものは、俺には分からなかった。
「もう、やめて……恒一さん。これ以上は――」
「うるせえぇ!」
父は母の腕を振り払った。
止めようとしがみついた母の体が、床へ投げ出される。
普段以上の荒れ方に、胸の奥で警鐘が鳴った。
「やめろ! 親父!」
母の前に立つ。
けれど――
いくら野球で鍛えていようと、完全に暴れ回る成人の男を止めるには、力が足りなかった。
腕を振り払われ、頬に鈍い痛みが走る。
次の瞬間、父の体がのしかかった。
血走った父の目と、真正面から合う。
「なんだァ……その目は」
酒臭い息。
「調子に……乗んなよ」
「ぐっ……あぁ……」
骨に響く鈍い音。
視界が揺れる。
狭くなる視界の中で――母と目が合った。
母は怯えた目をしていた。
――逃げて。
声にはならなかった。
それでも、何かを感じ取ったのか。
母は震える足でキッチンへ向かった。
戻ってきた時、母の手には銀色の刃があった。
「旅人、から……離れて」
ナイフを持つ手は震えている。
それでも父へ向けて差し出されていた。
父はそれを見て――
笑った。
「二人して……なんだぁ、その目はよぉ」
「……母さん」
俺と母は、父を怯えた目で見つめていた。
父は何かに気づいたように笑い出す。
「はっ……はは」
乾いた笑い。
「そうか」
父は呟いた。
「結局、俺は何者にもなれなかったんだな」
ゆっくりと目を伏せる。
「ここでも……俺は邪魔者か」
その声は、怒りというより――
どこか、壊れた音だった。
「――もう、いい」
父がそう言った瞬間。
母へ襲い掛かった。
「いやぁあ!」
母のナイフを持つ腕を、父が掴む。
必死に振り上げようとするが――力の差は歴然だった。
母は床へ投げ飛ばされる。
ナイフが手から離れ、床を滑った。
父は母を押さえつけた。
パシッ。
平手打ちの音が響く。
「澄……」
父は呟いた。
「やっぱ俺には……まともな人間は務まらねぇみたいだ」
母の顔を見つめる。
「結局、お前も……そういう顔するんだな」
俺は立ち上がろうとした。
全身が痛む。
それでも、母を助けようと。
手をついた先に――
ナイフがあった。
銀色の刃が、鈍く光る。
視界は揺れていた。
暗闇の中に立っているみたいだった。
それでも――柄を握った。
立ち上がる。
父へ向ける。
「母さんを……離せ」
口の中に血の味が広がる。
父が振り向いた。
「はぁ……」
呆れたように息を吐く。
「お前のせいでもあるんだぜ、旅人」
一歩、近づく。
「お前みたいなのが……俺に楯突くのか」
父は倒れた母を気にも留めず、こちらへ歩いてきた。
腕が振り上げられる。
何度も見てきた動き。
何度も恐怖した動き。
――力が、入らない。
ナイフを握る手が震える。
動かない。
まるで最初から分かっていたように、父は笑った。
そして――襲い掛かる。
「がっ!」
衝撃。
ナイフが手から離れた。
「お前も俺と一緒だ!」
父が叫ぶ。
「最後までうまくいかねぇ!」
また殴られる。
「大事な場面で!」
視界が歪む。
「いつも選択を間違うんだよ!」
俺は床へ投げ飛ばされた。
見下ろす父。
その目には、もう俺は映っていない。
まるで別の何かを通して、世界を見ているようだった。
その目を見て――
俺は、目を閉じた。
――また、逃げた。
その時だった。
「――やぁあああああ!」
母の叫び。
目を開く。
そこには――
母が、父の脇腹へナイフを突き刺す姿があった。
「がっ……あ……澄……」
血が床へ落ちる。
母の目も、もう普通じゃなかった。
ナイフを引き抜く。
そして――
また刺した。
父のうめき声。
血が溢れる。
「く、そがぁ!」
父は母を振り払った。
母の頭が机の角へぶつかる。
鈍い音。
血が流れた。
ふらつきながら、父はナイフを自分の体から引き抜く。
その目は――
母だけを見ていた。
「やめろ!」
俺は叫ぶ。
「やめろぉ!」
届かない。
逃げた俺の声には――何も止める力がなかった。
その瞬間。
何かが、俺の中で音を立てて割れた。
外の音が遠ざかる。
父の怒号も。
母の呼吸も。
血の滴る音も。
全部――遠い。
まるで。
透明な壁が、世界と俺の間に降りたみたいだった。
触れられない。
声も届かない。
何も感じない。
ただ、向こう側で世界が壊れていく。
俺は、そこから目を逸らした。
もう二度と傷つかないように。
もう何も触れないように。
――世界を、ガラスで覆った。
同時並行で、なにか執筆したいものですが中々アイデアが浮かびませんね。
今ってどのジャンルが人気なんですかね




