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透き通ったガラス越しに  作者: 湘南乃炎


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26/36

6-4


 ――


 高校二年の、ある日。


 父宛てに届いた手紙。


 父は胡座をかきながら、それを何度も読み返していた。


 足は小刻みに震え、手紙を握る手には、今にも紙を引き裂きそうなほどの力がこもっている。


 沈黙が続く。


 そして――


「――あああぁぁ! クソがっ!」


 突然、父が叫んだ。


 手紙を破り捨て、辺りの物へ当たり散らす。


 酒瓶が床に叩きつけられ、甲高い破裂音が部屋に響いた。


 俺と母は、ただ震えながらその様子を見ていた。


「あの野郎どもが……畜生っ!」


 父をここまで狂わせた手紙。


 そこに書かれていたのは、父の両親の死を知らせる知らせと――


 その遺産を、父には一切渡さず、兄弟たちで分けるという通達だった。


 すでに勘当された身の父。


 それでも、どこかで家族の繋がりを期待していたのだろうか。


 怒りの奥にあるものは、俺には分からなかった。


「もう、やめて……恒一(こういち)さん。これ以上は――」


「うるせえぇ!」


 父は母の腕を振り払った。


 止めようとしがみついた母の体が、床へ投げ出される。


 普段以上の荒れ方に、胸の奥で警鐘が鳴った。


「やめろ! 親父!」


 母の前に立つ。


 けれど――


 いくら野球で鍛えていようと、完全に暴れ回る成人の男を止めるには、力が足りなかった。


 腕を振り払われ、頬に鈍い痛みが走る。


 次の瞬間、父の体がのしかかった。


 血走った父の目と、真正面から合う。


「なんだァ……その目は」


 酒臭い息。


「調子に……乗んなよ」


「ぐっ……あぁ……」


 骨に響く鈍い音。

 視界が揺れる。


 狭くなる視界の中で――母と目が合った。


 母は怯えた目をしていた。


 ――逃げて。


 声にはならなかった。


 それでも、何かを感じ取ったのか。

 母は震える足でキッチンへ向かった。


 戻ってきた時、母の手には銀色の刃があった。


「旅人、から……離れて」


 ナイフを持つ手は震えている。


 それでも父へ向けて差し出されていた。

 父はそれを見て――


 笑った。


「二人して……なんだぁ、その目はよぉ」


「……母さん」


 俺と母は、父を怯えた目で見つめていた。


 父は何かに気づいたように笑い出す。


「はっ……はは」


 乾いた笑い。


「そうか」


 父は呟いた。


「結局、俺は何者にもなれなかったんだな」


 ゆっくりと目を伏せる。


「ここでも……俺は邪魔者か」


 その声は、怒りというより――


 どこか、壊れた音だった。


「――もう、いい」


 父がそう言った瞬間。


 母へ襲い掛かった。


「いやぁあ!」


 母のナイフを持つ腕を、父が掴む。


 必死に振り上げようとするが――力の差は歴然だった。


 母は床へ投げ飛ばされる。

 ナイフが手から離れ、床を滑った。


 父は母を押さえつけた。


 パシッ。


 平手打ちの音が響く。


「澄……」


 父は呟いた。


「やっぱ俺には……まともな人間は務まらねぇみたいだ」


 母の顔を見つめる。


「結局、お前も……そういう顔するんだな」


 俺は立ち上がろうとした。

 全身が痛む。


 それでも、母を助けようと。


 手をついた先に――


 ナイフがあった。


 銀色の刃が、鈍く光る。


 視界は揺れていた。

 暗闇の中に立っているみたいだった。


 それでも――柄を握った。


 立ち上がる。


 父へ向ける。


「母さんを……離せ」


 口の中に血の味が広がる。


 父が振り向いた。


「はぁ……」


 呆れたように息を吐く。


「お前のせいでもあるんだぜ、旅人」


 一歩、近づく。


「お前みたいなのが……俺に楯突くのか」


 父は倒れた母を気にも留めず、こちらへ歩いてきた。


 腕が振り上げられる。


 何度も見てきた動き。

 何度も恐怖した動き。


 ――力が、入らない。


 ナイフを握る手が震える。


 動かない。


 まるで最初から分かっていたように、父は笑った。


 そして――襲い掛かる。


「がっ!」


 衝撃。


 ナイフが手から離れた。


「お前も俺と一緒だ!」


 父が叫ぶ。


「最後までうまくいかねぇ!」


 また殴られる。


「大事な場面で!」


 視界が歪む。


「いつも選択を間違うんだよ!」


 俺は床へ投げ飛ばされた。

 見下ろす父。


 その目には、もう俺は映っていない。


 まるで別の何かを通して、世界を見ているようだった。


 その目を見て――


 俺は、目を閉じた。


 ――また、逃げた。


 その時だった。


「――やぁあああああ!」


 母の叫び。

 目を開く。


 そこには――


 母が、父の脇腹へナイフを突き刺す姿があった。


「がっ……あ……澄……」


 血が床へ落ちる。


 母の目も、もう普通じゃなかった。

 ナイフを引き抜く。


 そして――


 また刺した。


 父のうめき声。


 血が溢れる。


「く、そがぁ!」


 父は母を振り払った。


 母の頭が机の角へぶつかる。


 鈍い音。

 血が流れた。


 ふらつきながら、父はナイフを自分の体から引き抜く。


 その目は――

 母だけを見ていた。


「やめろ!」


 俺は叫ぶ。


「やめろぉ!」


 届かない。


 逃げた俺の声には――何も止める力がなかった。


 その瞬間。


 何かが、俺の中で音を立てて割れた。

 外の音が遠ざかる。


 父の怒号も。

 母の呼吸も。

 血の滴る音も。


 全部――遠い。


 まるで。


 透明な壁が、世界と俺の間に降りたみたいだった。


 触れられない。


 声も届かない。

 何も感じない。


 ただ、向こう側で世界が壊れていく。


 俺は、そこから目を逸らした。


 もう二度と傷つかないように。

 もう何も触れないように。


 ――世界を、ガラスで覆った。


同時並行で、なにか執筆したいものですが中々アイデアが浮かびませんね。

今ってどのジャンルが人気なんですかね

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