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透き通ったガラス越しに  作者: 湘南乃炎


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22/36

5-6


「今回は本当に、ありがとうございます」


あの現場から離れて、元の場所へと戻っていく。


二人は一度車から降りて、短い別れの挨拶を交わした。


互いの指先には、火のついたタバコが一本ずつ。


「いえ、きっと浅尾さんの中でも、もう答えはあった。ただそれを掘り起こしただけです」


「……そう、ですかね。あ、料金は……」


苦笑いで返す浅尾。まだ自信のない表情は残っている。


けれど、煙に巻かれるその姿は、最初に出会った頃とはどこか違って見えた。

 

迷いの中にあったはずの視線は、今は遠くを見据えている。


「あなた自身の思う、価値で」


旅人は煙を吐き出しながら答えた。


すでに高速代やガソリン代などは出してもらっている。その先——。

 

この人が背負ってきたものに、金額などつけられるはずがない。


そう分かっていながら、あえて曖昧な言葉で返す自分を、旅人は少しだけ意地悪だと思った。


「空韻さん、らしいですね」


浅尾はそう言って封筒を差し出した。

 

旅人は受け取る。


だが、浅尾の背負ってきた時間に比べれば、それは驚くほど軽い。


「では、浅尾さん。お元気で」


「はい。空韻さんも」


そうして一度交わった道は、再び分かれる。


互いの背中を見送ることなく、二人はそれぞれの道を進んでいった。



別れた後、旅人は寄り道をし、車を別の道へと走らせた。


砂利道に揺られながら車を止め、降りる。


並ぶ墓石の間を縫うように進み、やがて一つの前で足を止めた。


「三枝さん、来てたんですね」


「旅人くんも、仕事お疲れ様」


すでに夕暮れ時。


カラスの鳴き声が、けたたましく響く。

 

その声は、どこかこの世のものではないようで、旅人の胸の奥をざらつかせた。


花とタバコを供え、線香に火をつける。


鼻を刺す匂いに包まれ、静かに手を合わせた。


胸の奥に溜まったままの感情が、言葉にならず、形だけを伴って滲み出す。

 

答えるのは、叔父ではない。


ただ、カラスの声だけが、空虚に耳を打った。


心の中で問いかける。

返事は、ない。


「上手くはいったようね」


旅人が立ち上がると同時に、三枝が静かに声をかけた。


「……さあ。結局、自分でも分からないですよ。ただ、俺とは別の道を……進んで行ったとは思います」


浅尾の最後の目。


あれはもう、旅人のものではなかった。

 

誰かに縋る視線でも、答えを求める目でもない。


自分で選び、自分で背負う覚悟を宿した目だった。


——あれが、叔父さんの言う「自分の目」なんですか。


答えは返ってこない。


逃げたことも、向き合ったことも、その両方を抱えた末に立つ場所。

 

そこに至った人間だけが持つ眼差しなのだと、旅人は痛いほど理解していた。


「その横顔、兼親さんに似てるわね」


「……え?」


唐突な言葉に、思わず息を飲む。


「私が、兼親さんに初めて会った時も、そんな顔してたわ」


叔父が、自分と同じ。


耳を疑うその言葉に、旅人は視線を伏せたまま、黙って聞き入った。


「叔父さんは……何がきっかけで変わったんですか……?」


気づけば、食い気味に問いかけていた。


知らなければ、前に進めない気がした。


「さあ、そこまでは。でも、一度故郷に帰ってからだったかしらね」


故郷。


その響きが、胸の奥を鋭く刺す。


逃げてきたあの場所に、答えがある。


そう告げられたような気がして、旅人は無意識に息を詰めた。


その瞬間、強い風が吹き抜ける。


髪が揺れ、頬を叩くような衝撃が走る。


まるで——

叔父が「自分で考えろ」と一喝したかのように。


「……随分、強い風だったわね。帰りましょうか、旅人くん」


「……はい」


旅人は、三枝の背を追うように歩き出す。


墓石に背を向け、吹き続ける風に押されるようにして。


あの日から、世界は止まったままだ。


けれど、世界は無情にも、確実に動き続ける。


ポケットの中で、スマートフォンが震える。


新たな依頼者からの通知。


次の「物語」の始まりを告げる合図だった。

 

5話はこれみて終了です

少し重いパートが続きましたが、まだまだこれから

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