2-4 この宇宙では花火が咲く
〇これまでの登場人物(主に二話登場)
・朝尾秀一
この物語において、概ね視点人物である少年。
両親の逝去後、冥加学園理事長である澪河に引き取られる。
聖剣に選ばれたが、異世界に行く気はなし。恋愛に忌避感を抱いている。
『新支配者の饗宴』で狙われているらしい。その身には、世界を意のままに操れる力が埋め込まれているというが……?
宇宙人に埋め込まれた『自由』で自在に妄想を駆使して宇宙人と戦う。
・イガ
高い身長をすすきのように揺らすお調子者の殺し屋で、秀一の戦友。秀一を兄弟と呼ぶほか、支離滅裂で適当な言動が目立つが、その実力は本物。
・ローズ
中央教会の大司教の男。少し老いた見た目と反して、規格外の戦闘能力を見せる。
・オレノン
『新支配者の饗宴』参加者の一人。イタリア出身の殺し屋で『ヴェネツィアの葉脈』に所属している。主に衛星に侵入することで標的を追い詰める。
・ミス・バードフェイス
『新支配者の饗宴』参加者の一人。鳥を自在に使役し、標的を追い詰める。
・宇宙人
地球の言語では表現不能な名前らしい侵略者。『自由』と呼ぶ未知の物質の使い方を探して、文明を滅ぼして回っている。
・青枝桧希
衒いのない、感じの良い青年。その正体は、休暇中の殺し屋。その狙いは秀一のようだ。
・ボリス
桧希の連れ。シャーマンみたいな服を着た女。モニと呼ぶ存在と話しているようだ。
・澪川冥加
冥加学園の学園長。年齢は不詳だが、若見えする方である。この世界がフィクションなら、確実に悪役だと訝しまれすぎて、最近は言葉遣いを寄せているらしい。
曇り空を裂いて、流れ星のように赤い光が落ちてくる。オレノンは、波状に艦隊を展開すると予想していたが、三次元空間では、ドーム状に散開しているようだ。まだまだ指揮官と呼ぶには頼りない男だ。
甲板から空を見上げる僕のところに、無遠慮な足音が近づいてくる。足音は消さないくせに、隣に立ったイガは、静かに同じ空を見上げた。
「もう準備はいいのか」
「いいや、まだ一番大事なのが残ってる」
気楽そうに笑ったイガに、僕は思わず視線を向けた。からかうように肩をすくめた相棒に、僕はまた冗談のつもりかと頭をかく。
「兄弟は、これから、あの空の向こうに行っちまうんだろ?」
「わざわざ死ぬみたいな言い方をするな。少し、宇宙に出るだけだ」
「変わんねぇさ。どっちにしろ、オレサマには届かねえ場所だ」
イガは、恥ずかしがるように僕に背を向けた。涼しい風が吹き抜けて、僕は、彼とも彼女ともつかない戦友にかける言葉を見失う。
「なぁ、兄弟。背中を貸してくれないか」
「借りるなら普通、胸じゃないのか」
「オレサマたちは、戦友なんだ。預け合うのは、背中だろ?」
少し奇妙な理論だが、反論するほど僕も意固地ではない。おずおずと背中を向けているイガに、僕も背を向けた。西部劇のガンマンが対決するような、むずむずした緊張感が漂う。背中を貸すったって、これで合っているのか?
「行くぜ、兄弟」
気配がそよいで、定められた運命のように僕たちの背は吸い寄せられる。
その瞬間、火花が弾けるような衝撃が走り、全身に電流が流れたように錯覚する。シャクティマットに初めて乗った時みたいな鋭い刺激。しかし、痛いと思った時には、その先端はすでに駆け抜けていた。無限大に感覚が発散されていくような、宇宙との接続を彷彿とさせる開放感は、相棒の体と溶け合うかのように錯覚させる。
不思議と、全身の弁が開いているかのように調子がいい。風は僕をすり抜けているようで、光は僕と共にあるようだ。最新のゲームのグラフィックに感動した時のように、世界が鮮明に見える。心なしか、明度が上がったみたいだ。
「な、何をした?」
あまりにも軽すぎる、しかし制御が取れないわけではない、まさしく絶好調としかいえない体の変化に、僕は思わず手のひらを見つめた。イガは満足そうに僕を見つめながら、そっと右手の小指を差し出した。
「契約だよ、兄弟。あの宇宙人は、この時間が終わっちまったら、何もかも消えるって言ったが、オレサマ、兄弟のことを忘れたくはねぇ。『自由』が体に居着くってんなら、記憶を残すやり方だってあるはずだ。違うか?」
「言いたいことは分かるが、今の刺激はなんだ。ショック療法は、記憶を失ってからするものだろ」
「効いただろ? 全身のツボを刺激する、オレサマの棘だ………まぁ、厳密にいえばオレサマのものではないんだが、細かいことは抜きにしようぜ」
「イガって、栗のイガのことか………」
教会側という割に、忍者の末裔みたいな名前は、以前聞いていた植物の法則からは外れていると思っていたが、ずいぶんとニッチなところから取るものだ。
「きっと兄弟とは、またどこかで出会う。オレサマは、そう確信してる。そして、きっとその時も、オレサマと兄弟は戦友になるに違いねぇ。だから、その時また、兄弟と背中を合わせて戦うときに、今日のことを思い出せる契約を結んだ。俺と兄弟の命彫りってこった」
「………その小指は?」
「決まってるだろ? また会おうぜのおまじないだ」
「ははっ————」
世界を救う戦いだというのに、三千隻の艦隊が迫っている危機的状況だというのに、ずいぶんと女々しい殺し屋がいたものだ。
だがそれは、僕もまた同じである。
僕は、イガと小指を絡ませると、互いに硬く結んだ。きっと、このおまじないも、今日戦ったことも、勝敗に関わらず僕は忘れてしまうのだろう。だけれど、この傍迷惑で軽薄な口調の、快活な裏に繊細な心を覗かせる殺し屋に、僕はどうしてか、運命を感じてしまうのだった。
「また会おう」
「ああ、必ずだぜ」
仮面越しに、僕は確かな絆を感じる。それは、普段の僕なら馬鹿らしいと背を向けるような、青春みたいに涼やかな友情だった。体感でもほんの数時間の関係が、今は不思議と誇らしい。
いざ、最終決戦へ。晴れやかな気持ちで再び空に目をやったが、感動的な約束を終えたにもかかわらず、イガは居心地が悪そうに立ち尽くしている。何度か視線で合図を送っても、戦友は出発しそうにない。
「………なぁ、兄弟。ちょっとばかし恥ずかしいから、先に出発してくれねえか?」
「何を言ってるんだ。この母艦ごと変形させるんだから、最後のお前が出るまで、僕は出発できないと、さっき伝えたところだろう」
「ああ、そういえばそうだったな」
とぼとぼと歩き去ろうとするイガを不審に思って、僕はその後をついていく。どこかそわそわとしたイガは、僕に気づくこともなく、甲板の端までやってきた。
「おおい、兄弟! なんでついてきてるんだ!」
「大事な作戦の前に、様子がおかしいからだろうが。俺に、針治療したせいか?」
「関係ねぇ! その、あれだ。兄弟だから言うが、オレサマ、変身するところを人に見られたくないんだよ!」
やけに言い慣れた様子の変身という言葉に、僕は艦載機でのイガの様子を思い出す。お嬢、と呼ぶ別人格のようなものと、一瞬だけ入れ替わっていたイガは確か————。
「Phase1、だったか?」
「だああああっ!! 聞いてたのかよ、兄弟!? クソッ、お嬢の奴、なんでこんなかっこつけた合言葉を設定してるんだ!!」
「いいじゃないか。かけ声なんて、かっこつけてなんぼだろう」
イガは、不服そうな表情を頭部モニターに浮かべる。実際、ヒーローのかけ声だって、一歩引いてみればダサく聞こえたりするものだ。十分な強さがあるのだから、恥じることもあるまい。
「はぁ………嫁入り前にこんな恥をかくこともないぜ。まぁ、兄弟が婿に迎え入れてくれるんなら、それも悪くねぇか」
男なのか女なのか分からないが、ともかく、覚悟をようやく決めたのか、イガは深く息を吸うと、まっすぐに立ったまま、右手を顔のモニターに当てた。きっと、今はモニターがあるからスワイプのような動作だが、本来は仮面を外すような動きなのだろう。
「————Phase2/Unlimited Beast————」
世界の終わりみたいな赤い彗星の降る空を背景に、イガは静かにそう呟いた。
溶け落ちるようにその体から力が抜け、前のめりに倒れていく。刹那、全身に電撃が駆けたように筋肉が強張ると、人間の手とは思えない膂力で指が甲板を抉る。頭部のモニターが犬のような縦長に変形し、四足歩行になったイガは、むしろそれが自然と思えるほどの、液体のような柔軟さで、体を大きく奮い立たせた。オオカミのような遠吠えを上げて、その背から翼が生える。さっきまで、バードフェイスに教わっていた鳥の羽の構造を応用して創造したのだろう。
「AwoooOOO————!」
虎に、というか鵺のようになってしまった戦友を、僕は呆気にとられたまま眺める。今度会った時、僕は声だけでイガと見抜けるだろうか。いや、ボイスチェンジャーを使っていたやつを見抜けるわけがないだろう。僕はアイツの故郷すら知らないのだ。
今度会った時問い詰めてやりたいが、残念ながら、その頃には忘れているのだろう。
ともあれ、ようやく一人になった僕は、改めて空を仰ぐ。果てしない空に手を伸ばすと、武者震いに近い笑いがこぼれた。
イガには「かっこつけてなんぼだろう」とすかしたが、実際、僕が今からすることも、ここまでしてきたことも、平和という日常のコンテキストの上では、ダサいことなのかもしれない。だが、この夢が、ロマンが、憧憬が、バカらしいと笑われる世界というのは、普段僕が思っているよりもずっと、良い世界なのだ。
誰も苦しむことがないのなら、誰も傷つかないのなら、どこまでもダサくあろう。煤けた背中を、誰も見ることがないとしても、全力で燃え尽きてみよう。
「ふぅ………」
口に出す前に、一度考えていた言葉を整理する。壁に耳あり障子に目あり、この世界には神が在る。誰も見ていないと思っても、運命はいつだって嘲笑う準備を万端にしているものだ。見てろよ、運命。今、お前に追いついてやる————。
僕は、白い大盾を作り出し目前に浮遊させる。いくらなんでも作れる『自由』でも、重力を変えたりできるものだろうか。その辺はきっと、聖剣の魔法だ。気力を集中させれば突風も吹く。事実として、どんな現実の技術を集めても、宇宙戦艦には敵わない。魔法も、異世界も、宇宙人のテクノロジーも、すべてを力に変えなければいけない。
「汝の名は、プリドゥエン。其は王の盾、其の名は、我を守護する聖母の吉相のみにあらざれば、我を運ぶ箱舟となれ————。アンヌンへと我を導き、広き空の旅路を紡げ————!!」
白き大盾は、丸い舵となって伸ばした手に収まる。足元の巨大船はその形状を崩しながら、新たな船へと変わっていく。竜巻のように部品が組み代わり、聖剣を砲座に収めて、整頓された管制室が完成した。同じ部品だったとしても、これは宇宙人の船ではない。勇者を星海の向こう、伝説へと運ぶ白亜の船だ。
宇宙人は初め、『自由』について、僕にこう言った。「望めば、どんなものにでも変化する」と。しかし、その一方で、イガも、バードフェイスも(ローズは論外として)、自分の得意とする一品に囚われていた。僕もそうだ。勇者アーサーとして、盾と鞘を作るので精一杯、スーツのこまごまとした性能は、都度必要に駆られてのことでしかない。
ある意味で、叙述トリックのようなものなのかもしれない。『自由』は、どんなものにでもなれるが、それは僕たちの想像の範疇を超えられない。強くなるための武具を欲した宇宙人たちは、それ以外の用途に目を向けられなかった。そして、その盲目さに、僕たちも騙されてしまったのだ。
『自由』は、想像することさえできれば、宇宙だって創れる。もちろん、僕たちは宇宙の存続メカニズムのひとかけらだって、きっと分かってはいないから、作ってもすぐに消滅してしまうだろう。だけど、その事実は、より簡単で分かりやすい事実を証明する。
「発進————!」
夢を見る限り、憧れを追う限り、例え宇宙人であろうと、僕たちを止めることは、誰にもできない。僕たちが運命のその先を求めるなら、どんな窮地でも勝利をこの手で創り出せる。
「どわああああっ!!」
大地震のような揺れに、僕は船内の壁に叩きつけられる。重力が入れ替わったような………いや、実際に変わっているのだ。船は宇宙を目指して上っている。僕はなんとか急斜面となった床を這って、中央の席に座った。
「おい、どうしたアーサー、進路がガタガタだぞ。大型船の操縦は初めてか?」
「当たり前だ!」
オレノンと繋げた雑音だらけの通信は、まるで墜落間近のようだ。
豪華客船だって、パーティーを楽しんだり、潜入したりするもので、操縦なんて考えもしない。殺し屋だって、標的を仕留めたら、座礁しても知らん顔のくせに、よく言いやがる。
そんな泣き言も文句も、現状を打開してくれはしない。どこかの研究では、男性の半分以上は、飛行機の墜落事故をとっさに上手く処理できると自負しているらしい。僕だって、何かいけるかもしれないと思ってしまう。やるかやれないかなら、やるしかない。
「やってやる! 頼むぞ、管制室————!」
「誰が管制室だっ! 大気圏を越えたら、通信も繋がらねぇぞ!」
「繋ぐんだよ! 気合で繋げっ!」
あっという間に空の色が変わり、雲も遥か真下に見える。いくら夢のような大型船だとしても、搭載エンジンだけでは大気圏を超えることは難しい。大型船にした故のトレードオフの部分だ。
「聖剣炉心、逆噴射………大気圏を超える! 総員、衝撃に備えろ————!」
聖剣のエネルギーを下方に放出し、揚力も重力もねじ伏せて突き進む。山をも割る聖剣の出力に耐えられる素材はそうないだろう。『自由』だって、耐えられているわけではない。多層の障壁が順番に壊れては再生成を繰り返している、なんとも非効率な機構だ。だが、人類による再現性なんて、今は知ったことではない。
「ぐおおおおおおっ!!!」
舵をしっかりと握ったが、上へと進んでいくだけの道のりに、舵取りはほとんど必要ない。悲しい夜の抱き枕のように、しっかりと体を支えられながら、僕は激しい重力に抗う。宇宙で駆け回ることだけを考えていたせいで忘れていたが、どんな乗り物にだって、シートベルトは必要なのだ。
不意に、叩きつけるような圧力が軽くなる。地球の重力圏を抜け、船体は真っ暗な宇宙の海へと潜航する。はるか遠くに真っ白な太陽が見える。その間に見える蟻のような黒い粒は、宇宙人たちの艦隊だろう。
「……おいおい、マジで宇宙まで行ったのか!?」
「ああ、どうやらな!」
勝ち誇りたいが、自分でも非現実感に言葉を失ってしまう。画面越しにも心を奪われるあの宇宙に、窮屈な空の向こうに、僕は飛び出したのだ。手を伸ばしても触れられそうにない漆黒と、今なら到達できそうに思える星々の輝きが一面に広がっている。
「それで、どうするつもりだ、アーサー。通信は何とかつないだ。地上も頑張ってくれてるものの、まさか、その船で体当たりでもする気か?」
「馬鹿言え。宇宙で戦争って言ったら、決まっているだろ」
僕は、航行中にやる予定だった機器の調整を、鬼神のように進ませる。まさか、重力と言うやつが、これほどに強敵だったとは思わなかった。だんだんと船のレーダー圏内に、敵船が接近し始め、急かすようにサイレンが鳴る。
「まさか、レーザー砲でも撃つつもりか? アーサー、ここはおままごとの世界じゃないぞ。いくら宇宙人の船だとしても、自分の熱で焼け焦げて終わりだ。万一、上手く当たっても、敵の破片でお前の船だって————」
「うるさいっ! 現実が非情だって言うなら、夢なんて無いって言うなら、いくらでも僕がご都合を敷いてやる!!」
宇宙人たちは、一列に船団をまとめ、こちらへと高速航行を始めた。おそらくは、初めて宇宙に出た田舎者が立ち往生していると思っているのだろう。
聖剣の鼓動が熱く僕の胸に重なり、再充填の完了を悟る。砲身はすでに、目前の船団を捉えている。ジェットコースターの頂上で一瞬止まったように思えた世界が、再び動き出す瞬間のように、宇宙人船団の激しいジェット音が、聖剣のエネルギーを収束させる機構の変形音が、過集中の思考に流れ込んでくる。
「いいか! 僕の宇宙では!! 花火だって咲くんだよ————!!!」
撃てという号令は、もはや駆動音にかき消され、体内の骨伝導でしかその存在を確かめられない。そもそも、この船には僕しか乗っていないわけで、僕が撃つと思った時、すでにその行動は終了しているのだ。
宇宙から音が消える。宇宙から光が消える。すぐにそれは、衝撃波と呼ぶ方が正しい轟音によって、感覚が吹き飛ばされたからだと気が付く。船窓は、真っ白な光に覆われている。姿勢制御のジェット噴射が、主砲の反動に一瞬負けて船体が揺らぐ。じりじりと後退しながら、聖剣の最大出力は星のような艦隊のきらめきを闇に葬った。
宇宙人たちの通信を利用した遠距離レーダーから、反応が一つ、また一つと消えていく。光が収束していき、窓の外が再び果て無き星空に包まれた。遠くに見える船団に円形の穴が開き、躱し損ねた船が遅れて爆発する。三割ほどは撃墜できたが、劣勢には変わりない。
「プリドゥエン、発進する!」
再充填中の主砲に代わり、宇宙人の船に標準装備されていた副砲で狙撃しつつ、微速前進を開始する。宇宙戦争もののフィクションを見るたびに、射撃精度が悪いと思っていたが、自分で操縦してみると難しさがよく分かる。そもそも、距離が遠すぎるのだ。かといって、近づき過ぎればハチの巣になるのは僕の方だ。
敵の弾幕が掠める船体の衝撃にも、だんだん体が慣れてきた。『自由』で船体は自動修復されるとはいえ、悠長にはしていられない。ある程度目視可能な距離まで接近したものの、敵の数はまだまだ数えきれないほどだ。
「アーサー、地上の敵は片付いた。そっちから半数が離脱して、地上に降りてくるはずだから、それまで持ちこたえろ!」
「悪い、任せた!」
鶴翼の陣を展開する宇宙人船団から、翼が飛び出して後方の地球へと降下していく。母星を背にして戦う守護者だとした場合、僕は大失態を犯しているが、今は一人ではないのだ。地上を守る仲間たちを信じて、目前の敵と向かい合う。
宇宙人たちの副砲も、バカにできない威力があり、弾頭を『自由』で補完するだけで、焼け石に水のように思えるが、一隻ずつなら撃墜していける。とはいえ、何とかかすり傷に抑えている被弾が、いつ致命傷になるかも分からない状況は、主砲の充填が終わったところでひっくり返せそうにも無かった。
「——対象が星系規模の障害に認定されました。イレギュラー個体の排除を優先。全遊撃隊に通達、殲滅機構の展開を開始します」
傍受した船団の信号が不穏なアナウンスを告げる。鳴り響いた危険信号に操縦桿を握ると、機体は緊急回避のトリルを行い、前方から飛来した触手のような光線をなんとか避ける。回転の余韻が落ち着き、改めて窓の外を見ると、まるで蝶の羽のように、光線でつながれた船団が脈打ちながら集合していくところだった。
「殲滅機構………? オレノン、何か情報はないか!?」
「分からん! 少なくとも、通常のサーバーには保管されてなかったぞ!」
小さな星空のように輝いた船団は、蛇に呑まれるように中央の巨大船に吸収されていく。他の船を食らいながら崩壊するように再形成された母艦は、土星の輪のような層を持った円環に変わる。樹枝のような光線が消えていくと、円環はねじれ、その両側に巨大質量の歪みが発生する。
「ブラックホール………」
「いや、本物じゃない。要は高エネルギーの塊ってだけだ」
「ははっ、まるで金た————!」
一瞬、歪みの真ん中が閃いた直後、とっさに旋回した船体の側方を、紫電のようなレーザーが掠めた。ほとんど当たっていないにもかかわらず、船体のバランスが崩れ、直撃すればひとたまりもないことは考えるまでもない。
「何だあれはっ!」
「蛇口の先端に指を突っ込んだら勢いよく噴き出したりするだろう。あれだ」
「それで納得できるわけがないだろっ! もっと詳しく言え!」
「ああ、はいはい。俺だって勘でしかねぇんだ。おそらくだが、あの高出力の空間ねじれが干渉しあって、圧力の少ない方へエネルギーの余波が噴き出してる。幸い、お前が躱しても、地球までには消滅するだろうよ」
「簡単に躱す前提にしやがる………!」
上等だ、と舵を取り、集中線のように放たれるエネルギー波を避ける。アクションゲームは得意な方だが、ライフが一つしかないのは冷や汗どころではない。僕たちには、コンティニューすら許されないのだ。
謎の物体XにもHPという概念があるのなら、チクチクと減らせないだろうかと副砲を放ってみるも、豆鉄砲のように小さくなった弾丸は、景色に何の変化ももたらさない。
仕方なく、サーチライトのような光線をかいくぐり、じりじりと暗黒を携える双球の輪へ距離を詰める。こちらも射程圏内ではあるが、遠間で火力も相応だ。最大出力と安全な回避行動を両立できるポイントを探し、狙いを定める。
「クソっ、このままじゃいつ撃ち落とされるか分からん。何か、何かないか………」
思いつく限りのフォルダを開き、思いつく限りの知識と組み合わせを考える。とはいえ、ここは宇宙。ひったくりや放火みたいに、叫び声を上げたら誰かが駆けつけてくれるわけではない。
「次元横断通信………? 俺たちの戦闘データを送っていたアレか。多少無茶でも、可能性に賭けるしかない! 誰か、この状況を打破できる場所へ——!」
そんなものがあるとすれば、それは新たな脅威ではないのか、とすら思えるが、明らかにパブリックエネミーとなってくれそうな螺旋睾丸ブラックホールが目の前にいるのだから、多少の悪役も仲間をしてくれるに違いない。少しでも可能性があるならばと、僕は通信を空間の向こうへと放つ。まぁ、心配するのは救援が来てくれたらの話ではある————。
「————答。通信応答。こちら、アトラス・ヘイヴンより、未定エレメントへ返答願う。通信間違いであれば、三十秒の沈黙を以て断定する」
「つ、繋がっ!? い、いや、通信間違いじゃないっ! 助けてくれないか、あ、アトラス・ヘイヴン!」
すっかり日常的な平衡感覚が麻痺している僕は、意味が分からなくても相手の名前くらいは拾い取れる。オレノンのように、一々、言語を合わせたことに恩着せがましくはないあたり、優しい相手だと推測できた。
通信の向こう、イガよりも硬質に思える電子的な加工の応答に、驚きこそすれど何とか救助要請を出す。次元を隔てた向こう側なのか、通信が不安定で応答にも時間がかかるらしい。乱射される光線を躱しながら、じれったい気持ちが募る。通信相手の波形は、戦場にいるような雑音ばかりを傍受している。
「————救助要請を確認。未定世界座標を特定………申し訳ないが、当方はグレイブリベイロスの征伐中につき、手を貸すことは困難である」
「なっ………ど、どうにかできないのか! なんでもいい、少しでも助けてくれ!」
「————情報を確認。貴艦より得たデータから推察するに、すでに貴艦は該当の脅威を排除するに十分な出力を保持している。だが、砲撃ではその出力を生かし切れていない。より撃——たちは————」
通信は砂上のオアシスのように霞み、ついには途絶えてしまった。結局、どこの誰だったのだろう、なんてことを考えている場合では無く、最後に言いかけていた助言を咀嚼してみる。
無限に見える敵影から、勝手に相手は無尽蔵の耐久を持つのだと思ってしまっていたが、火力そのものとしては足りているらしい。まぁ、聖剣を核にしているのだから当然だろう。
………いや、待てよ。宇宙だからと、艦隊戦を想像していたが、強大な敵との一騎打ちであれば、より適した結末があるのかもしれない。
「そうか、つまりはそういう————」
「おい、アーサー! なにか解決策が思いついたのか!」
「ああ、多分な! だが、これで無理ならお手上げだ!」
「はははっ! そりゃあ、きれいな花火を期待しているぜ!」
アトラスなんちゃらが言っていた、出力の減衰。その原因はおそらく、マクルワリオンだ。現状、聖剣のエネルギーをより遠距離に飛ばすために、一度砲身への接続を必要としているため、実際に敵に放出されているのは二次エネルギーなのだ。それでも、山一つくらいなら壊せるはずなのだが、ブラックホールとなると厳しい。
つまりは、発想の転換をしなければならない。聖剣を主砲にするのではない。主砲を、そして、この船全てを、聖剣にするのだ。
できる限り、巨大質量の敵に接近し、地球から見て上方に進行した。管制室を離れた僕は、二重扉を抜け、減圧室を越えて宇宙へ飛び出す。僕のスーツは最初から宇宙仕様だ。とはいえ、無重力に慣れているわけもなく、敵の方を向くのも精一杯である。
艦船は今や巨大な聖剣となり、その先端にマクルワリオンの刃が覗いている。カッターナイフのように頼りない大きさの刀身だが、それはコンロの種火を侮るのと同じだ。燃え上がれば、その力は宇宙をも切り裂くビッグバンとなる。
船尾の少し細くなった部分を掴もうとしたとき、頑張って柄を伸ばしたのか、マクルワリオンの先っちょが顔を出す。まったく、それはそれで薙刀みたいになって重心が難しいだろ、とは思うが仕方ない。健気な愛剣に、義理を通してやることにしよう。
柄と触れ合った指先に青い電流が走り、吸い付くように握りしめた聖剣の温度は、運命的な勝利を予感させる。こんな大剣、ハジメテだが、不思議とできないとは思わなかった。
艦船の予備エンジンを独立させ、加速機構として足元を落ち着かせる。本体の動力も過熱を終え、攻撃態勢は万端となった。自然と上がった口角は、覚悟が決まった合図だ。
目標に向けて急降下した僕たちは、まるで流星だ。日常からは考えもしなかっただろう、天文学的な距離の先にすら、今は手が届くと確信している。この瞬間の運命に、ただ目の前の敵のために全霊を込め、身体ごと透き通るような感覚で振りかぶる。
艦船の何倍もの、惑星直列を思わせる直線は、宇宙を裂きながら、ブラックホールへと加速する。狙いは確かだ。裂け目から放たれる光線も、より強大な光の剣に呑み込まれて消えていく。
この宇宙で小さな、ほんの小さなけし粒の生命でも、僕たちは魂を燃やして瞬いている。今だけは太陽よりも眩しい光芒が、光の矢のように吸い込まれていく。
「これが僕たちの、星間飛行だぁぁぁっ————!!!」
爆発的な加速力で、空間ごと裂く高エネルギーがメビウスの輪を斬り潰す。捻じれは崩壊し、蝶の羽のように分かたれた構造体が自壊していく。循環によって保たれていた均衡と創造は瓦解する。
————残身。僕は無重力に身を預ける。磁力のように手元に吸い付く柄の方へ、刀身が戻ってきた。戦艦は崩壊し、散り散りにデブリとなっていく。
惑星規模の大きさと、星をも断つ凶暴な攻撃に反して、静かに、波のように穏やかに、ブラックホールはエネルギーとなって霧散していった。その中心から、一筋の光が逃げ帰っていく。その光を追う力は、もう僕には残っていなかった。
荒い息で蒸れるマスクの熱で、朦朧とした意識を何とか保ちながら、小さな光が消えるまで眺めていた。僕たちは、勝ったのだ。未知の宇宙人の襲撃を退けたのだ。
2-5『エクスドリーマー』
宇宙人を撃退した秀一。日常に戻った彼の裏で、新たな脅威が彼を狙うのであった。
「一つだけ、お願いがあるの」




