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どうやら僕の運命は、まだ終わらずに続いていくらしい  作者: 錆井
第二話『宇宙戦艦というやつは、思っている数倍は巨大』
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2-3 知らない人アベンジャーズ

〇これまでの登場人物(主に二話登場)

・朝尾秀一(あさお しゅういち)

 この物語において、概ね視点人物である少年。

 両親の逝去後、冥加学園理事長である澪河に引き取られる。

 聖剣に選ばれたが、異世界に行く気はなし。恋愛に忌避感を抱いている。

 『新支配者の饗宴』で狙われているらしい。その身には、世界を意のままに操れる力が埋め込まれているというが……?


・イガ

 高い身長をすすきのように揺らすお調子者の殺し屋。秀一を兄弟と呼ぶほか、支離滅裂で適当な言動が目立つが、その実力は本物。


・宇宙人

 地球の言語では表現不能な名前らしい侵略者。『自由(リベルテ)』と呼ぶ未知の物質の使い方を探して、文明を滅ぼして回っている。


・青枝桧希(あおえだ ひのき)

 衒いのない、感じの良い青年。その正体は、休暇中の殺し屋。その狙いは秀一のようだ。


・ボリス

 桧希の連れ。シャーマンみたいな服を着た女。モニと呼ぶ存在と話しているようだ。


・澪川冥加(みおかわ みょうが)

 冥加学園の学園長。年齢は不詳だが、若見えする方である。この世界がフィクションなら、確実に悪役だと訝しまれすぎて、最近は言葉遣いを寄せているらしい。


 

 管制室の天井が大口を開け、青空を覆(おお)い隠す船底が影を落とした。


「まったく………ため息をついている場合じゃないか。面倒だが、ここで止めるという選択肢もない」


「ひゅう、切り替えが早くて頼もしいぜ、ブラザー」


 あくまで、世界のためだ。これがゲームなら、きっかり二時間は、コントローラーを投げ出していただろう。誰かが言っていた通り、現実と言うやつはクソゲーらしい。だがその忌々(いまいま)しさは、今だけはあの巨大船よりはましだ。


 どこか入れそうな場所はないかと、目を凝(こ)らして船底を見上げていると、不意に、仮面の中にノイズ音が響く。ラジオを付けた覚えはない。何者かに通信をジャックされているのだ。まさか、先ほどの宇宙人は四天王の一人、中でも最弱で、次なる刺客が案内を始めるとでも言うのだろうか。


「あ、あ~、これで聞こえてるよな。言語変換のパッチも当たってるはずだが………おい、聞こえてるなら返事を頼む。できれば、カメラの許可も頼む。クソッ、これだから公共のシステムを抜くのは嫌なんだ」


 通信越しに聞こえてきたのは、間違いなく人間の声で、僕は聞こえないように静かに息を吐いた。学校で、聞いてこそいないが同じ出身であることを確信した時のような安心感である。広義で言えば、僕たち人間は皆、青い地球の家族なのだ。


「聞こえている。声を聞く限り、人間だと思いたいが、お前は何者だ」


 僕は、猫のように擦り寄って僕の肩に顔を寄せたイガを無視して、カメラの使用を許可した。通信技術は高水準なのに、変なところで庶民感がある。オンライン通話アプリさながら、僕の目の前に次々と淡い水色の仮想モニターが現れる。幸いにも、僕はミュートになっていない。呼びかけは通じたはずだ。


「あら、若い子の声がするわね。正直、ちょっとやる気無くなってたけど、もう少し頑張れそうな気がしてきたわ」


「そういうキミも、まだ若く聞こえるよ、婦人。それにしても、世界を救うと聞いてどんな強者が集っているのかと思えば、子供と女性とは、とんだ茶番だと思わないか、オレノン?」


 三十代くらいに聞こえる女の声に、しわがれた老人の声が返す。カメラの映像は未だ砂嵐だ。オレノンと呼ばれたのは、最初に通信をしてきた男のことだろうか。


「………その声、中央教会のローズか。こちとら影の影で仕事をしてるってのに、簡単に名前がバレてちゃ笑えないね」


「『ヴェネツィアの葉脈』に匿(かくま)われてからは、光合成もままならない日々のようだ。まぁ、その方が、キミのような意気地なしには、似合っているかな。とはいえ、衛星の侵入経路にはもう少し気を付けたほうがいい。一つ見つけただけで、四つも芋づる式だ」


「クソ野郎が。道理で二つしか反応しねぇわけだ!——ちっ、それはもういい。クソッたれでも、世界の危機なら頼もしくはある」


 知り合いなのだろう、煽り合う二人に心当たりがあるかとイガを横目で見たが、その仮面には、ムキムキの猫のGIF画像が映されているだけだった。気にしないことにして、脱線しそうな話題を戻すために、声を上げる。


「悪いが、質問の返事がまだだ。お前は、お前たちは何者だ? 目的はどうやら、あの船を墜とすことで一致しているらしいが」


 土砂降りのようだったノイズが、清流のように消えていき、ようやくそれぞれの仮想モニター越しに顔を見合わせる。顔を仮面で隠しているのは僕たちだけで、残りの三人は声で想像した通りの年頃のしかめっ面だ。青い瞳の西欧顔が、面倒そうにため息を吐いて自己紹介を始める。


「名乗るつもりはなかったが、クソ神父のせいで意味も無いか。俺は、オレノン。職業は殺し屋だ。『ヴェネツィアの葉脈』って言えば、聞いたことくらいあるだろ。こうして顔を見せてるのも、記憶が消えるって話だからに過ぎない」


「ふぅん、もしかしてと思ってたけど、それを聞いて確信した。あなたも、あの懸賞金目当ての殺し屋なのね」


 長いブロンズの髪をなびかせて、女は笑った。日本人には見えない顔立ちだが、おそらくオレノンがぶつぶつと言っていた言語変換どうたらで、翻訳は勝手になされているのだろう。


「アタシは、バードフェイス。気軽に、ミス・バードフェイスって呼んでちょうだい。職業はバードブリーダー、兼殺し屋。ちょっと用があってこの町に来たら、いきなりこんな目に遭って困っちゃうわよね」


 モニターの向こうに一瞬大きな影が映りこみ、甲高い鷲(わし)のような鳴き声が聞こえてくる。おそらく、彼女が『自由(リベルテ)』で想像した鳥なのだろう。鳥飼い兼殺し屋とは、なんとも物騒な話だが、海の向こうでは当たり前なのだろうか。


「アロドロの鳥女か。噂は聞いているよ。まったく、私の仕事も、早く済みそうで困ったものだ。もう少し、日本観光を楽しみたかったのだがね」


 神父のような司祭服に身を包んだ壮年の男は、手元のメモ帳に視線を落とした。落ち着いた渋い声とたたずまいに反して、口調はどうも好戦的だ。


「自己紹介だったか。私は、中央教会から派遣されてきた。ローズ、と人は呼ぶ。彼は神父と言ったが、遺憾なことに今は大司教でね。事務仕事も祭儀もないだろうに、大層な名前を使いたがるろくでもない組織に押し込められた、ただの苦労人だよ」


「殺し屋殺しの『葬る足跡(エンジェル・ラダー)』が、ごちゃごちゃと言いやがる。それで、後はお前らか」


 オレノンが画面越しにこちらを見た。正確には正面を向いただけだが、モニターに正面を向いた顔が並べば、沈黙を破らねばならない。


「僕はアーサー。職業は………」


 気を抜いて自己紹介をしようとしたが、僕は十七歳、学生だ。殺し屋でもなければ、敬虔(けいけん)な信徒でもない。とはいえ、殺し屋の後に学生なんて名乗るのも、肝が太すぎる気がする。


「あら、殺し屋が名乗っているのに、自分は職業を話せないだなんて、よっぽどすごい人なのかしら。そう、例えば————新律者(ニューオーダー)とか」


「ニューオーダー? なんだ、それは」


 言い淀んでいるうちに話を遮(さえぎ)られ、つい聞き返してしまう。また知らない横文字だ。どうせ殺し屋界隈の話題なのだろう。いかにも、現実で幅を利かせてフィクションのような倫理観を通す世界らしい名前だ。


「ここまで生きているくらいだ。どうせ同業だろうと踏んでいたが、知らないのか? 新律者(ニューオーダー)は、この町で育成されていると噂の超人って話だ。なんでも、ガキのくせに一国の軍レベルの軍事的影響力を持つなんて言われてる。だから————おっと、少し話し過ぎたか」


「だから、『新支配者の饗宴(ティタノマキア)』で狙うことにした、というわけかな。全く、与太話もいいところだが。俄然(がぜん)、そんな存在がいるなら戦ってみたいものだね」


 腹の奥から震えるようなローズの笑い声で、僕は唐突に自分を指さされた気がして、背筋が冷たくなる。何だ何だ、そのティタノマキアとか言うやつの標的(ターゲット)が僕という話じゃなかったのか!? 僕はそんな新律者(ニューオーダー)なんていう、中二病臭い役職は持っていないぞ。選挙権もまだなのに、軍事的影響力なんてあるわけもない。


 大体、一人の人間が、集団である軍隊に敵うわけがあるまい。彼らだってきちんと鍛えて国防を担っているのだ。あまり舐めた口を利くものではない。


 そう心では思いつつも、いったいどこの軍隊が、この巨大船の侵攻を止められるというのだろうと、冷静に考えてしまう。それ以上に、『自由(リベルテ)』なんていう、簡単に大量破壊兵器ですらも作れてしまう代物を前に、国なんて小さな単位でしかない。今でこそ、僕たちは知らない同士でアベンジャーズを組み、世界のために戦おうとしているが、一人でも離反すれば、今度はそいつが世界の脅威になり得るのだ。


「おいおい、今は自己紹介の時間だろ? 仕事の話はナシだぜ! 早くオレサマにも挨拶させてくれよな! オレサマは、イガだ。雇われの殺し屋をやってるが、普段はバラ色の学生生活を送ってるぜ。現場以外であったときは、奢ってくれよな。これでも未成年なんだ」


「アーサー、だったか。ずいぶんと陽気な友達がいるみたいで羨ましいよ。もしかして、そいつを『自由(リベルテ)』で創ったのか?」


「好きで一緒にいるわけじゃない。たまたま船内で出会っただけだ。今すぐお前のいる冥加山(みょうがやま)まで送り届けてやろうか?」


 自己紹介の裏で進めていた通信の探知がようやく終わり、他の三人の位置が分かる。既に上空の他の船にいるのだろう二人より下、地上にいるのがオレノンに違いない。


 位置情報を共有すると、オレノンは顔をしかめた。技術力は手抜きだが、プライドはピカイチらしい。


「俺はここでナビをするから、虚言癖野郎(ミソマニア)はクーリングオフしとけ。こんなおちゃらけた奴が同業なんて思いたくねえ」


「あら、楽しくっていいじゃない。それより、さっさと乗り込みましょう? アタシ、早く帰ってシャワーを浴びたいの」


「なら、死ぬ前に引き返すことだ。君のような弱者は、足手まといだよ」


「行き遅れのジジイには言われたくないわね」


「ローズ、今ぐらいは、殺し屋殺しは勘弁してくれ。それに、今は殺し屋の方が多い。お前だって、多勢に無勢だろ」


 ローズの剣呑(けんのん)とした口調に、オレノンがすかさず仲裁(ちゅうさい)に入る。空気の読めない僕の相棒は、馴れ馴れしく肩に手を回してくると、ピースサインを作ってモニターに向けた。


「おっと、オレサマは教会に雇われてるから、ダイシキョー様側ってことは言っておくぜ」


「………僕は、ただの一般人だ。殺し屋の痴話げんかは、市外でやってくれ」


 かき乱すだけのイガの横やりに、僕は目を逸らす。モニターを見なくても、オレノンがため息をつくのが分かった。


「分かっているとも。私はただ、善意で忠告したまで。こう見えても多忙でね、『新支配者の饗宴(ティタノマキア)』の案件が終われば、この町での休暇も終わってしまう。だから、君たちがあんまりにも早く死んでは、私も困ってしまうというわけさ」


「嫌っみたらしいったらないわね。忠告されなくても、殺されたりなんかしないわよ」


「ともかく、気を付けて行けよ。どうやら、お前たちのいる船から、おそらく戦闘のデータが、上に見えてる母艦に送られてる。あいつら、その場で学習して第二ステージを作ってるらしい」


 僕は改めて、頭上に見える船底を観察した。母艦と言われて見てみれば、確かにハッチのような装甲の継ぎ目が確認できる。あの場所は多少装甲も薄いだろう。それにしても、即席の迎撃体制とは、先遣隊という割には念入りに策を練っているものだ。


「それじゃあ、上で会おう!」


 通信を切り、上空の巨大船めがけて飛び立つ。僕がジェットパックで飛ぶ横を、イガが都度平たい足場を生成しては踏み落としていく。不法投棄も甚だしいが、そのうち消えるのだから良いだろう。


 船底を挟んだ向こう側で、こちらまで聞こえてくるほどの爆音がしたかと思うと、レールガンのように、何かが一直線に船の側面に激突した。巨大船がわずかに傾ぐほどの衝撃の軌跡に雲も裂けて、地上を隠すもう一つの船を露わにした。おそらく、方向的にもローズがいた場所だろう。ということは、今の轟音はあの男の仕業か、と大雑把さにため息が出る。もう少し風情というか、ロマンが必要じゃあないのか。


 対空砲が沈黙しているのを確認して、バードフェイスの方向に視線を向けてみると、巨大な鳥の影が雲に映っていた。脚につかまっている細身の影がバードフェイスなのだろう。放物線の軌道を見るに、一飛びにデッキまで行くつもりのようだ。


 別に構わないが、少しくらいは中にいる宇宙人を減らす気はないのか………と、僕が格納庫と思われる左舷船底にある継ぎ目に強襲を仕掛けようとした瞬間、船体が爆風と共にはじけ飛び、リフトのように船底が落下していく。爆破テロなんて仕掛ける余裕は、僕たちには無いはずだし、殺し屋はいても爆弾魔(ボマー)顔の人間はいなかったはずだ。


 呆気に取られている間に、爆発は連鎖的に上部へ登っていき、竜巻のように船を取り巻く。


「イガ、僕たちもデッキまで上がるぞ」


「あいあい、了解だぜ!」


 まだ火の手の上がっていない甲板に降りると、先についていたバードフェイスが、暑そうに手で顔をあおぎながら、不服そうな笑みで近づいてきた。モニター越しでは分からなかったが、彼女は僕よりも身長が高く、グラマラスな体型を惜しげもなく見せる服装は、その心の余裕を表すようだ。


「まったく、これだからむさ苦しい男は嫌なのよ。せっかく世界を救う機会なんだし、もっと華麗に美しく戦うべきだと思わない?」


「その意見は分かるが、彼を説得するには遅すぎたな」


「早く着いてたら、轢き殺されてたんじゃねえか? 一体、あのオヤジは何を作ったんだか。モニターで見た感じ、完全武装って感じには見えなかったよな」


 とうとう火の手は甲板に迫り、階下から飛び出してきたローズが、数珠つなぎに押し寄せてくる巨大な怪物——人型のものから、鳥のような姿のものが入り混じっている——を引っ張り上げてきた。


「お気に入りのサンドバックが、空港で検問に引っかかってね。良い代わりになりそうだよ」


「言ってる場合か————!」


 ローズは何食わぬ顔で僕たちの隣に立つと、軽く拳のほこりを払った。その外見には、特段違和感を放つ装飾も武具もない。強いて言えば、その太い指に、さらに太いメリケンサックが嵌められているというくらいだ。もっと言うならば、押し寄せてきた怪物たちの体は、大砲でも受けたかのように、体の一部が弾け飛んでいる。


 合流して一息つく間もなく、大都会のスクランブルのごとく宇宙人に囲まれ、僕は聖剣を抜いた。各々がばらばらの臨戦態勢に入る。三人とも身長が高いせいで、まるで僕がちんちくりんみたいだ。


「敵の数は二千といったところだ。メインディッシュは、私に譲ってくれよ」


「全員、副菜にしか見えないね————!」


 バトルハイとでも言うのだろうか。濁流のような怪物の波に、むしろ心が躍り始める。ここでは、普通である必要がない。イガが「宇宙人は殺し放題」と笑っていた気持ちが、ようやく理解できた。まるで主人公にでもなったような快感。この船の上では、化け物みたいな聖職者とも対等に笑い合っていいのだ。それを、誰も嘲ったりしないのだ。この英雄的高揚感は、誰にも迷惑をかけないのだ。


 肩をすくめたイガを置いて、僕は競い合うようにローズとともに、怪物の壁へと突っ込んだ。結局、何も生成しないまま、ローズは溜めも振りかぶりもしない拳で、怪物たちの列に穴を空ける。空気砲のように、拳の衝撃波が粘ついた怪物の体を穿(うが)ち、肉塊へと変えていく。


 負けじと僕も聖剣を振るい、左に展開した宇宙人の群れを薙ぐ。さすがに船のヘリまでは届かないが、上半身を剣気で吹き飛ばしたおかげで、ずいぶんと視界は良くなった。モースもきっと、こんな風に気分がよくなっていたことだろう。


「アーサー、と言ったか。先ほどの言葉は、撤回しよう。縁があれば、手合わせ願いたいものだ」


 不気味な笑みを残して、また突撃していったローズに、ふと我に返ってイガたちを顧みると、後方でも押し寄せる宇宙人と乱戦になっているようだった。バードフェイスは少し押されているようにも見えるが、まぁ大丈夫だろう。僕も自分の方に殺意を向ける宇宙人たちの方へ体を戻した。


 まったく、宇宙人と言うやつは、戦闘能力のインフレーションが、プレイヤーにどれだけの不満感を募(つの)らせるか知らないらしく、先ほど苦戦しかけた人型の個体が、都会を行きかう人々のごとく大挙している。おそらく、バードフェイスのデータと思われる、鳥型の宇宙人は、身軽に空を羽ばたきながら、こちらに突進する好機を窺(うかが)っているようだ。乱戦になる前に、鳥の豆知識の一つでも教わっておけば、少しは楽になっただろうか。


 奇妙なことに、宇宙人たちの分布はそれだけで、ローズとかいう狂人の痕跡に見える個体は見当たらない。一体、どうやって艦載機の宇宙人を倒したというのだろうか。おおむね予想もつくが、あまり恐ろしいことは考えたくないものだ。


「音楽でも流すか」


 僕は、脚部装甲からローラーが突き出す浮遊感を制御しながら、耳元を触って適当な音楽を再生する。映画ならクライマックスで主題歌が流れたりするが、この戦闘は果たして最後になってくれるだろうか。まぁ、ならなければ駄作の2作目に続くだけだろう。


 脳に芯が通るように、重厚なベースが音を支配し、続いてドラムが世界にリズムを作る。深く息を吐く。命のやり取りは、いつも直感の競り合いだ。僕は意識を俯瞰させ、第六感に身を任せる。あるいはそれは、単に音楽に身を委ねているだけなのかもしれない。


 体から、ドローン撮影のように意識が離れると、世界が広く見えてくる。ヴォーカルが激しい均衡を破ると、もうそこは自由な世界だ。


 迎撃の姿勢を取るヒトガタの正中線、一瞬の隙を聖剣が切り裂く。ローラースケートで滑走する勢いは、一体では当然止まらない。背後、左右の敵を叩き切り、アクセルジャンプの要領で跳び上がる。トリプルとはいかないが、二回転の間に、空中に生成した聖剣状のビットを蹴りつけ、油断した鳥型を射落とした。


 落下中の回転で貯めたエネルギーを込めた一閃が、着地を狙う宇宙人たちを薙ぐ。間髪を入れずに踏み込み、ミステリーサークルのように倒れこんだ宇宙人の奥に追撃を仕掛ける。低空でもジェットパックがあれば姿勢制御は容易いことだ。床に聖剣を突き立てると、噴き出した衝撃波で円状の周囲にいた宇宙人が爆発四散した。


 衝撃波で敵を倒せるのは、体験としては気持ちがよいが、現象としては納得がいかない。『自由(リベルテ)』で何かを生成したつもりもないし、もしかすると、僕は知らず知らずのうちに、聖剣で魔法を使っているのかもしれない。


 相変わらず美しい輝きを保っている聖剣に視線を送っても、戦い足りなそうな反射が返ってくるばかりだ。羽の生えたヒトガタと、楽しそうに空中戦を繰り広げるローズがこちらに来る前に、もう少し数を減らしておくことにしよう。


 ………いや、なんで空を飛んでいるんだ?


 流してしまいそうになったが、振り返って見てもやはり、空中戦を楽しんでいるローズが目に入り、僕は思考を放棄して視線を戻した。よく考えたら整合性が付かないことなんて、現実でもままあることだ。我が家のハウスキーパーの相田さんだって、忘れ物を取りに帰ったときに、パンの上に納豆を乗せて食べていたことがあった。多分、それと同じで目の錯覚かなにかだろう。


「おっと————」


 風切り音に合わせて空中に身を翻すと、ミサイルのように飛来した槍が、僕の立っていた場所を通り過ぎ、宇宙人を穿った。信用してくれているのはいいが、当たる場所に撃つのはどうかと思う。聖剣を鞘にしまいながら、世界が一周する間に呼吸を整える。


「兄弟、スイッチだ!」


 逆さになった視界を、イガが笑いながら走り抜けていく。思わず手を差し出してハイタッチしてしまったが、シフトしたところで、敵の顔ぶれが変わるわけでもないだろうに。


 視線をイガが来た方に軽く向けると、わざわざヘイトを買ってきたのか、パン屑に群がる鳩のように、有象無象の宇宙人が、イガを追って押し寄せていた。


「だから、それはスイッチではなく押し付けだ————!!」


 鞘を軽く手で押さえて安定させ、落下の回転に合わせて薙ぎ払う。範囲攻撃というのは、この瞬間が一番気持ちいいのだ。ゲームなら赤文字に変わったに違いない好感触に足を止めず、続けざまに体をもう一ひねりして、さらに奥へ追撃する。紫電が遅れて剣の軌跡を走り、残った怪物たちを怯ませる。


 満員電車から降りるときのように、ぎゅうぎゅうの怪物たちの壁に一瞬の好機を見出す。加速したコースターで滑走しながら、踊るように宇宙人を斬り落としていく。ケバブ屋の才能に目覚めてしまいそうだが、その前にヒトガタの腕はすべて落ち切った。


「マクル————」


 怪物の波を抜けて、少し大回りに旋回して振り返る。まだこの先にはイガがいるだろうが、少しくらいやり返してやっても文句は言うまい。


 脈打つように光を帯びる聖剣を上段に構え、まっすぐに振り下ろす。都市上空なら、どれだけ叫んでも構わない。この一言のためにボイストレーニングでもしたいくらいだ。


「ワリオンッ————!!!」


 三カメラくらい欲しい光芒が奔出し、宇宙人を光子へと還す。エクスカリバーと言えなくても、これだけの出力を見せてくれるなら、多少気味の悪い気質の聖剣の名を呼ぶのも悪くはないだろう。


 すっかりきれいになった甲板には一人だけが立っている。やかましいその影は、くねくねとした動きでこちらに走り寄ってきた。


「って、おバカっ!! まだイガちゃんがいるでしょーがっ!」


「悪い悪い。でも、防げただろ?」


 わざわざ、もじゃもじゃアフロの画像をモニターに出してツッコんでくるイガに、形ばかりの詫びを入れる。鼻を鳴らして腕を組んだイガは、「当然だろ、兄弟」とでも言いたげだ。


「終わったかね?」


 低いわりによく通る声がして、僕は少し遠い中空に視線を送る。やっぱり、空中に浮いているローズは、まだ怪物と殴り合っているようだった。戦闘というよりは、スパーリングに近い、ローズの軽いいなし方にもはや呆れてしまう。どうしてこうも、世界の危機に遊んでいる奴ばかりなのだ。


 受け止めていた手がグーに変わり、ローズと大型の怪物の拳が交わると、怪物の腕が蠢動(しゅんどう)し、中から食い破られるように破裂した。針で風船を割るように簡単に、ローズの一撃一撃で宇宙人の体は霧のように潰れていく。状況を理解する間もなく、体を無くしてゆっくりと重力に従い始めた頭部を、拳が弾け飛ばす。まったく、この戦闘狂が人類の敵でなくて良かった。


「使い捨ての玩具も、案外悪くないものだ。忘れてしまうのが惜しいくらいにね」


 ノーコメントでローズの方に近づくと、早々に戦闘から離脱してマストに座っていたバードフェイスも、怪物の体液で汚れた甲板に降りてきた。


「はぁ………ほんっとに化け物ばっかりで嫌になるわね。やっぱり、こんな仕事うんざりよ」


「残念なことに、中央教会は投降(リタイヤ)した殺し屋を、指名手配中であっても、保護することになっている。鳥たちに菜食主義を勧めたくなったら、礼拝に来ればいいだろう」


「ええ、その時はあなたの司祭服を、スプレーで赤く塗ってあげるわ」


「ともかく、倒したが何も起きないぞ」


 痴話げんかは放っておいて、殺気の消えた甲板には何の動きも見られない。艦載機での1stステージを踏襲しているなら、どこかにある管制室に向かわなければいけないのだろうか。


「通信室らしき部屋は、ちょうどこの下にあったがね。向かおうか」


「イガ、このクソジジイが機械を壊す前にエレベーターを作ってくれ」


「おいおい、兄弟。翻訳機能で言語の壁が無く(バリアフリーに)なったからって、それは厳しいな! 悪いが一方通行で頼むぜ」


 僕たちの周りに、弧を描くように円形の物体が作られていく。トカゲの舌のように、一瞬のうちに伸びた円錐状の創造物は、僕たちの立つ床をミシンのようにくり抜いた。


「ちょっと、そういうことはちゃんと言いなさいよっ!」


 垂直に落下していく床に、慌てたバードフェイスは中型の鳥に掴まり、ゆっくりと滞空を始めた。僕たちは適度なタイミングで階下に飛び降り、周囲の状況を探る。


 少し広いが、構造は艦載機とあまり違いはなかった。ローズが中で暴れまわっていたようだが、機器系統は問題なく稼働しているらしい。異星人の未知の技術に感謝だ。


「あ、あ~、お前ら、良いニュースと悪いニュースがあるんだが、どっちから聞きたい」


 不明な言語の飛び交うユーザーインターフェースを適当に眺めながら、うっすらとした嫌な予感を察していると、オレノンから通信が入る。声に少し遅れて、管制室の一番巨大なモニターにオレノンの姿が映る。


「良いニュースというものがあるなら、ぜひとも教えてほしいところだ。そこの戦い足りないジジイ以外にも嬉しい内容か?」


「ああ、もちろんだ。良いニュースは、敵さんの全容が分かった。これ以上増援がサプライズしてくることはない」


「あら、それは良かった。そろそろ、シャワーを浴びたくなってきたところだもの」


 僕は、言語や文明が違っても、視覚的に状況を理解できる図を見つけ、悪いニュースを先取りしてしまう。口にするのも嫌になり、オレノンを急かす気すら起きない。


「それで、悪いニュースというのは何なのかね。まさか、今上にいる一隻が最後ではないだろうね」


 オレノンの苦笑が静かな艦内に響き、僕はぽっかりと空いた天井の穴を見上げた。丸い空は未だ曇りのままだ。この向こうに、まだ敵がいると思うと、聖剣を振るのも疲れてくるというものだ。鞘にしまった聖剣の重みは、外して手に持った手錠のような、不思議と澄み切った自由を感じさせる。


「————むしろ、その逆だ。お前らのいる船から抜き取ったデータによれば、その一隻は輸送艦らしい。お前らに苦戦しているお仲間へ、物資でも補給するつもりだったんだろう」


「ほう、つまり、まだ他の船がいるというわけかね。二キロ圏内に殺気は感じ取れないが、どこかに隠れているとでも?」


「感じ取れないのも当然だ。何しろ、残りの船団はまだ宇(・)宙(・)にいる」


 僕は、人間でも座りやすそうな小型の椅子に腰かけ、ため息を吐いた。もし、最初から分かっていれば、こんな面倒なことを請け負わなかっただろうか。いや、むしろ燃え上がっていたかもしれない。たった今、夢見た景色の再現性を確かめるために、知識の世界をひっくり返して脳がフル稼働しているように。


「残りの敵の船は、およそ三(・)千(・)。今も地球の衛星軌道上だ」


「はぁ!? 三千って、宇宙ゴミかなにかと、間違えてるんじゃないの!?」


「なるほど、この船もまた、先遣隊とやらの尖兵に過ぎないというわけか。しかし、艦隊戦となれば、私は貢献できそうにない。こう見えても、機械には疎くてね」


 どう見たって機械に弱そうだが、珍しく乗り気でないローズに、オレノンは一枚の画像を共有した。ご丁寧に翻訳された宇宙人の艦隊編成図は、大きい文字で壮年にも優しい。


「どうやら波状に艦隊を展開して、地上に降下してくるつもりらしい。大気圏を超えた船なら、あんたの獲物だろうよ。とはいえ、一々迎撃するんじゃジリ貧だ」


「——僕に考えがある。オレノン、この船の構造図があれば、翻訳して共有してくれないか。面倒なら、翻訳装置のデータでもいい」


「何考えているか知らねえが、どっちも持っていけ。なら、アーサーは単独行動で見るぞ」


「構わない。地上のことは任せた」


 僕は、手元のモニターに共有されたいくつかのファイルに視線を落とした。オレノンは、宇宙人たちの侵攻計画と思われる簡易な図に、巨大モニターの画像を切り替える。


「これからこの空間における一時間後に、次の降下が始まる。イガ、ローズの補助を頼めるか?」


「ああ、ダイシキョー様が良いってんならな」


「ふむ、まぁ邪魔にならないなら良いだろう。そこの鳥女と比べれば、戦力にもなる」


 ローズの言葉に、ちらりと視線を向けると、バードフェイスはモニターを見上げたまま、小刻みに震えていた。怒りとも絶望とも取れる焦った表情は、犬猿の仲であるローズに弱音を吐けないプライドのせいで、感情の行き先を見失っているようだった。


「————な、そんなの、あなたたちが異常なんでしょ!? 宇宙人が攻めてきて、三千隻の宇宙船? そんなの、どうしろって言うのよ! 余裕そうな顔して、バカじゃないの!? こんな五人ぽっちで、どうにもならないわよっ!!」


 ヒステリックな慟哭(どうこく)が管制室に響いて、枷(かせ)が決壊したようにバードフェイスはうずくまった。彼女の周りを飛んでいた鳥たちの羽音が、次第に消えていく。飼い主の不安は、親しい鳥たちほど、よく伝播する。寄り添うように微かなさえずりが、冷たい沈黙を際立たせた。


「僕たちは、やれることをやるだけだ。自らの弱さを認めて、自らの強さを惜しまない。誰だって主人公になれるわけじゃないが、自分を信じることはできる。僕たち人間には、そうして夢を見る権利がある。勝てないかもしれなくとも、好き勝手に未来を描く。それを馬鹿だと思うのは自由だが————」


「前に進まなきゃあ、未来は掴めないぜ?」


 せっかく詩的な思考整理が上手く行っていたのに、肝心なところでイガに言葉を奪われる。イガは悪びれるようにもなく、うずくまったバードフェイスに手を差し伸べた。


「ちょうど、鳥のことを知りたかったところなんだ。教えてくれよ、専門家?」


「………うぅ、ホントにバカばっかりじゃない————!」


 甲高い声で鷹が鳴き、乾いた音と共にバードフェイスは立ち上がる。いささか凸凹なチームだが、即席にしてはまともな方かもしれない。もっとも、だから勝利できるかと言われれば、そんな確証はないのだが。


 だが、どうして悲観的になる必要があるのだろう。『自由(リベルテ)』なんて都合のいい素材があって、異星人なんて都合のいい敵がいて、何もかも無かったことになる都合のいい世界で、どこにも出し惜しみなんてする必要がない。明晰夢(めいせきむ)で好き勝手するように、僕は思いのまま進むだけだ。


 それはもしかすると、世界のためですらなく、ただ、いつかの自分を肯定したいというだけの自己満足かもしれない。けれど、そんな夢を見る力が、この地球を埋め尽くす文明を作ったのだと、その強欲の前にお前たちは敗れるのだと、傲慢な宇宙人の鼻を明かしてやりたくなるのが人間だ。


 オレノンから送られてきた資料は、すでに知識となり格納された。手を伸ばした空は、いつもよりもずっと近い。躍動する心が、仮面の中の表情筋を緩ませる。ああ、自由な世界というのは、こんなにも心地がいいのか。



 拝啓、星系外の侵略者様。本体とやらがいるなら伝えるといい。お前たちの敗因は、たった一つ。たった一つの、単純な答えだ。



 ————お前は、僕を滾(たぎ)らせた。


次回2-4『この宇宙では花火が咲く』

殺し屋たちと協力し、最後の決戦に挑む秀一。

戦場(フィールド)は宇宙、ならば巨大な敵を討てよ、討てよ、討てよ————。


「いいか!僕の宇宙では!!花火だって咲くんだよ————!!!」

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