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どうやら僕の運命は、まだ終わらずに続いていくらしい  作者: 錆井
第二話『宇宙戦艦というやつは、思っている数倍は巨大』
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2-1 ニューエイジ

〇これまでの登場人物(今話未登場含む)

・朝尾秀一(あさお しゅういち)

 この物語において、概ね視点人物である少年。

 両親の逝去後、冥加学園理事長である澪河に引き取られる。

 聖剣に選ばれたが、異世界に行く気はなし。恋愛に忌避感を抱いている。

 『新支配者の饗宴』で狙われているらしい。その身には、世界を意のままに操れる力が埋め込まれているというが……?


・遥原叶夢(はるはら かなん)

 秀一の隣家に住む少女。彼の幼馴染として、幼い頃から毎朝起こしにやってくる他、両親のいない秀一にお弁当を作り、夕食を共にしている。


・エトソン・プルルライナ

 異世界から来た少女。聖剣を秀一に託し、現在は流されるまま冥加学園に編入し学生生活を謳歌している。『透明化』の魔法を使うことができるが、使用時に右目が赤く染まる。地形や建物のマップ把握や、相手の強さを解析したりできるらしい。


・九沙吹藍良(くさぶき あいら)

 冥加学園の『孤高のマドンナ』。高い身長と無口で冷たい瞳は、軟弱な生徒を寄せ付けない。剣道部に所属しており、竹刀を携帯している。大体いつも第二図書室にいる。


・上吉小梅(うえよし こうめ)

 入学式後に助けられたことで、秀一を慕う一年生の少女。少し不気味なくらい執着してくる。


・千家梢(せんけ こずえ)

 校内奉仕部に所属するクラスメイト。なんとなく和を思い出させる落ち着いた見た目の少女。


・和泉劫雲(いずみ ごう)

 校内奉仕部の三年生。血気盛んな男子生徒。


・津川鳩冬(つがわ はと)

 生徒会執行部の一年生。臆病で保守的な少年。


・紅那須偲歩(あかなす しのぶ)

 ミス研会長。ホラー好きで、中でも七不思議を愛する眼鏡少女。


・雁野康介(かりの こうすけ)

 ミス研所属の少年。これといって特徴のない、秀一の友人。


・葛御丘妙栄(くずみおか たえ)

 冥加学園の生徒会長の少女。含みのある細目は、知慮に富んでいる。


・百合原恵夢(ゆりはら めぐむ)

 クラスメイトの少年。百合好きの明るいお調子者。なんだかんだ生徒会執行部の一人。


・青枝桧希(あおえだ ひのき)

 衒いのない、感じの良い青年。


・ボリス

 桧希の連れ。シャーマンみたいな服を着た女。モニと呼ぶ存在と話しているようだ。


・ダイアンサス

 中央教会の守護者。炎を出しているように見えたが……?


・アマリリス

 中央教会の司祭。日本語英語イタリア語を操る少女。杖を回して何かの力を行使していたが……?


・朝尾理亜(あさお りあ)

 現在、冥加学園初等科に通っている、秀一の妹。特進組として、海外学習プログラムに参加しており、家を空けている。


・澪川冥加(みおかわ みょうが)

 冥加学園の学園長。年齢は不詳だが、若見えする方である。この世界がフィクションなら、確実に悪役だと訝しまれすぎて、最近は言葉遣いを寄せているらしい。


・相田春子(あいだ はるこ)

朝尾家のハウスキーパー。6:00~17:00くらいが勤務時間


・フラテルニテ

自称、秀一の「第六感」。叶夢には見えていないらしい……。


・影勇王(えいゆうおう)アーサー

エトソンの世界で魔王に寝返り、世界の半分を受け取ったという、マクルワリオンの前任者。

 

 カーテンを開くと、女は眩しそうに目を細める。冥加市内の2LDKの一室は、橙と緑の糸目で複雑に編まれた布切れと、とうに火の消えたキャンドルが散乱し、足の踏み場がほとんどない。最初こそ、普通のアパートを借り拠点とすることに反対だった彼女も、一か月も経たないうちに部屋を自分のものにしてしまったらしい。薄い笑みが張り付いた青年は、首元のすっきりした長袖をまくって、雑然とした部屋に片膝をついた。


「……出かけるの?」


「いや、今日は家から出ないつもりだよ。だから、掃除でもしようかと思ってさ」


「日本の暦なんて、私たちには関係ないのに」


 女の言葉を気にする様子も無く、タオル地だったり、肌着だったりする布切れを青年は畳んで分類していく。几帳面な性格の青年は、手にした端切れが果たして上着なのかターバンなのか判断できず、何度も裏返しては首をかしげる。


 女もまた、男のお節介を気にするわけでもなく、静かに水晶玉を覗いている。朝のまだ白い光を浴びながら、曲げた腿の上でかすかに光る水晶玉を撫でた。


「何か見えるかい?」


「もうすぐ、水瓶座の時代がやってくる。大いなる目がすでに一つ、こちらを見ている。でも、その運命は、まだ私たちとは交わらない、とモニは言っている」


「それなら、今日はやっぱり、家でゆっくりしよう。前に言っていた映画でも見ようか」


 すっかり畳が見えるようになった部屋の隅に、青年は整頓した布切れをまとめて置く。畳の隙間に挟まった蝋の欠片を拾うと、隣室のごみ袋に投げ入れた。


「ボリスは、この生活が嫌い?」


 ソファに深く座った青年は、ふすまの向こうの女に話しかけた。布の擦れる音が、朝の静寂で満ちた部屋ではよく聞こえる。ぺたぺたと足音が数歩近づき、水晶を抱えたまま、ボリスと呼ばれた女はふすまに肩を預けた。


「ヒノキと過ごすのは、村にいた時よりは楽しい、と思う。ご飯は、ヒノキの方がおいしい。でも、三食は多すぎる、とモニも言っている」


「おっと、ごめん。おいしそうに食べるから、忘れていたよ。ボリスも断食とかするんだっけ」


「私は信仰のためにも、悟りのためにも、断食をしたことはない。ただ少し、最近、太(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)、から」


 彼女の体を覆う伝統的な意匠の長布は、身体のシルエットを悟らせない。ヒノキと呼ばれた青年は、目を丸くして固まった後、軽く笑いながらテレビをつけた。朝の情報番組では、平和なニュースが流れている。殺し屋の生活する冥加市内は、今日も穏やかな時間が流れていた。


「ボリスも少しは運動したらいいのに。リストバンド貸そうか?」


「私は運動向いてないから、いい。この体も、所詮は器でしかない、とモニも言っている」


「器がきれいな方が気分上がると思うけどね、僕は」


 ヒノキは無造作に、右の袖からカッターナイフのような幅広の暗器を抜き出して、広げた手の上で愛でる。その表面は彼の顔が反射するほどに磨かれている。腕をくるりと反対に向けると、ショートスピアの穂先が顔を出す。新品のように光沢を放つ湾曲部は鋭い戦端をより凶悪に見せた。再び手を返して、ヒノキは指の間に挟んだ三枚の黒いカードで、頬を軽く触った。彼が膝の上に手を戻した時には、健康的な青年の拳は優しく握られ、平和そのものだ。


 二人掛けのソファに収まるように、ボリスは座る。寄せた腿の上に水晶玉を乗せた手を置き、何気ない話題のように呟いた。


「ヒノキは、先天的な才能ってあると思う?」


「そりゃあもちろん。才能がなければ、教会を裏切って、君とここまで来ることもできていないだろうし」


 少し離れた駐車場で、誰かが車のカギを開けた音が響いた。ドアが閉められ、排気音が遠ざかっていく。テレビの天気予報は、しばらく続く曇天を知らせていた。


「それは、ヒノキが選び取ったもので、天賦(てんぷ)的な物とは違う、と思う。ヒノキが強いのはそれだけ訓練してきたからでしょう?」


「訓練なんて大層な物じゃないさ。ただの地獄みたいな日常だよ。でも確かに、別に自分に殺しの才能があるとは思わないかも。少し器用な方だとは思うけどさ」


 番組がCMに変わり、男は興味なさげにリモコンを操作した。鳥の忙しない鳴き声が、静寂を際立たせる。


「ボリスの占いは、先天的なものとは言えないの? 元々、ボリスは他の人より占いが得意だったんだろう」


「私は、占いが得意というわけではない。ただ、モニが教えてくれるだけ。むしろ、モニに教えてもらっているのに、こんなに未来が見えないのは、私に才能がないから、だと私は思う」


「そう卑下することは無いと思うけどね。きっと君に才能があるから、モニだって……ああ、なるほど。ボリスが言いたいこと、なんとなく分かった気がするよ」


 ヒノキはソファから立ち上がると、くるりと回転してボリスの方を向きながら、どこから取り出したのか、トランプをアコーディオンのように手の間で行き来させた。無作為な一枚を抜き取り、残りを反対の手の上に重ねる。顔の横で示したその一枚は、派手な服を着たピエロ、ジョーカーのカードだ。


「先天的な才能があるとすれば、それは運(・)命(・)だ。あるいは、可能性と言い換えてもいい。僕が殺し屋になったのは、才能のせいじゃない。そんな運命を選ぶ権利があって、この手でそれを掴んだからだ。教会風に言えば、神に愛されているってやつかな」


「私の才能は、モニに選ばれたという、その運命だけ。それ以外のことは、すべて後天的な能力に過ぎない、とモニも言っている。誰だって、運命が同じなら、私と変わらない役割を果たすことができる」


 ヒノキは、押しつぶすようにトランプの山を両手で挟んだ。ばねのように凝縮されていった塊は、ついに揉むように合わされた手の間に消える。種も仕掛けも無いというように、ヒノキは手を開いて見せた。


「でも、僕が選んだのは君で、他の誰でもない。それが運命だという話ではないのかな」


「私も、ヒノキを選んだ。でも、もし他の誰かが私を選んでいたとしたら、ヒノキはあの時、私を助けなかった?」


 水晶玉を撫でながら、伏し目がちな瞳で見上げる女を、男は不思議そうな顔で見つめ返した。悩むように伸びをして、男は口を尖らせた。


「そいつ次第、かな。正直なところ、あの村のことは、君のためだけというわけではなかったからね。気に入らないから殺した、それだけのことさ。だから、他の誰かが君を助けようとしていたとして、そいつが気に食わなければ殺す。そいつに絆(ほだ)された君に魅力を感じなかったら、君も殺すかもしれない」


 朝の光で、部屋には淡い影が落ちている。太陽に雲がかかって、世界が少し暗くなった。


「そんなもしものこと、ボリスが気にする必要は無いと思うよ」


「違う。もしもの話ではなくて、そんな運命の話。ヒノキにも、その誰かにも、私を助ける運命があったとして、二人の運命は必ずぶつかり合うことになる。それは二人に限った話ではない。一人の人間に与えられた運命が、一つとは限らない」


「そりゃあ、当然のことじゃないかい? 僕だって、殺し屋なんかにならなければ、ピアニストになりたかったんだ。でも、その運命は、その可能性はもう消えてしまっただろうね」


「———もし、消えていないとしたら?」


 ヒノキは、ボリスの言葉の意味を掴みかねて、彼女の隣に腰かけた。背もたれに体重を預け、脱力して同居人の言葉が紡がれるのを待つ。


「ヒノキを殺し屋にしたのと同じくらい強い運命が、もう一つあったとしたら、次に潰されるのはヒノキの方かもしれない」


「その時は、潔く殺し屋を辞めるさ。とはいえ、そう簡単には……。ああ、つまり、強い運命っていうのは、そういうことか」


 ヒノキは、ようやく相手の言いたいことを理解して、背もたれから体を起こす。


「運命という天秤に乗せられた重り。ヒノキがピアニストになれば、誰かを笑顔にできるかもしれない。でも、ヒノキは殺し屋を選んだから、その人は笑顔にならない」


「僕が殺し屋を選んだから、僕はまだ生きていられるし、ボリスを助けることができた。だがもし、僕がピアニストにならなければ、世界が滅ぶとしたら? 僕は君を守りながら、ピアニストにならざるを得ない。でも、殺し屋はそんなに甘いものじゃないかな」


 ヒノキは人目を気にするように、部屋のカーテンを閉めた。カーテンの端から薄明りが漏れている。


「でもそれは、僕が君に固執した場合の話だ。知っての通り、僕は勝手に生きているだけの風来坊でさ。旗色が悪くなったら、すぐにボリスから離れるつもりだよ」


「うん。その方がいい、とモニは言っている」


 ボリスは水晶玉に目を落とす。儚い空のような球面は、中心の暗黒をぼかすように渦巻いている。


「なんて、僕に殺し屋以外の運命があるとは思えないけどね。もしかして、ターゲットに感化されたのかい? 言っただろ、情報収集もまだする気はないってさ」


「知っている。ヒノキが彼に近づくのは、まだ危険すぎる。直接話すだけで、こちらが飲み込まれそうな混沌(カオス)に守られていた。たとえヒノキでも、逃げられない運命は存在している」



「よく分かっているつもりさ。自分の身のほどはね。どうやら、ローズ大司教まで出張ってくるらしい。しばらくは、日常生活も慎重にならないとだ」


 ヒノキは、再びカーテンを開けると、テレビをつける。朝のローカル局では、冥加市のおすすめデートスポットが紹介されている。ゴールデンウィークはどこも混雑しているらしい。時折テレビの方を振り向きながら、ヒノキはダイニングキッチンに置かれた冷蔵庫から、ペットボトルのコーヒーを取って、ソファに戻った。


「今度行ってみるかい?」



「外出は、あまり好きじゃない」


 ソファに並んだ二人の間に、穏やかな静寂が流れている。市内の遊園地は、開園時間前だというのに、カメラに収まらないほどの大行列だ。リポーターが画面をスタジオに返し、冥加市出身の俳優が特別キーワードを発表すると、番組はCMに入る。ボリスはソファの座面に挟まっていたメモ帳を取り出して、キーワードを書き留めた。


「ヒノキ、このパフェというもの、食べに行きたい」


「はいはい」


**********


 ゴールデンウィークの初日。まだ朝の早い、と言っても、もう十時なのだが、休日なら早朝と言っても過言ではない時間に、僕たちは散歩に出かけた。別に、商業施設やら遊技場に行こうというのではない。連休にそんな場所に行こうものなら、押しつぶされてカルパスみたいになってしまう。


「アーサー、あれは魔王の手下が潜む砦(とりで)ではっ」


「ただのテレビ局だ。近くまで行ってみるか」


 なんだかんだ、休日は課題に追われて、ショッピングモールのフードコートくらいしか、エトソンを連れて行ってはいなかった。連休だからと押し切られ、渋々叶夢と三人で、僕はエトソンに町を案内しつつ散歩することになった。ランニングコースの途上なら、迷わずに帰ってこられるが、それ以上行くと僕も迷ってしまいそうで心配だ。


「エトソンちゃん、楽しそうで良かった」


「何よりだ、散歩なら金もかからん」


 学費こそ免除になっているが、叶夢の家に世話になっている分以外の食事は、僕の奨学金から引かれている。理事長から不足ない金額を支援されているものの、彼女も年頃の女の子だ、美容なんかに凝られたら僕は破産してしまう。そうでなくてもフードコートは高いのだ。


「———叶夢、何か聞こえないか?」


 遠くから耳鳴りのような音が聞こえた気がして、僕は何気なく呟いた。聴覚が反応したというよりも、もっと直感的な、第六感とでも言うべきものが知らせを運ぶ。


「何かって何よ。秀一のお腹の音じゃない?」


「馬鹿言え。もっとこう、モスキート音というか、耳が詰まる感じというか」


 思わず、悪寒に立ち止まった僕は、その違和感が上にあると当たりを付けた。空を見上げてみても、曇天は白々しく動かない。雷でも来るのだろうか。


「考え過ぎか。雨が降る予報じゃあないし……あれ、エトソン! あんまり先に行くと迷うぞっ。なぁ、叶夢。エトソンがどっちに曲がったか見て、いた、か?」


 僕が叶夢の方を振り返ると、さっきまで遠い耳鳴りのようだった違和感が、急激に全身に警鐘(けいしょう)を鳴らす。隣を歩いていたはずの叶夢は、僕の少し後ろで、歩行動作の不自然な一瞬を切り取られたように硬直している。その目は僕が正面から覗いても、虚ろに前方に焦点を合わせたままだった。


 早まる心臓の鼓動に、慌てて周囲を見ると、電線に乗ったカラスも、窓から洗濯物を干す人も、交差点を行きかう車も、すべてが動きを止めている。急いで歩道の突き当りで左右を確認すると、パン屋の前で目を輝かせるエトソンを見つけることができた。時が止まっていても、フィギュアのように整った美少女だ、なんて言っている場合では無い。一体、何が起こっているんだ。


 大きく目を開いたままのエトソンをぐるりと見て、彼女が魔法を使ったまま静止していることを確認する。左腿に、聖剣の姿はない。


「出てこい、マクルワリオンっ!」


 どうせ時が止まっているなら誰にも聞こえないだろう、と声を張り上げて呼んでみると、空間が剥がれ落ちるように、透明な膜が足元に消え、黄金の聖剣が姿を現す。警察も止まっているなら、銃刀法違反も問われまい。呼び声に興奮したような熱さの聖剣を握ると、「本当は僕に魔法は効かないんだ。エトソン嬢の魔法は、受けてあげているだけでね」としゃべり出しそうな気がしてくる。


 時が止まったような世界は、恐ろしいほどに静かだ。自分の足音がいやに大きく聞こえて、僕は精神を研ぎ澄ませながら、立ち止まって聞き耳を立てる。


 わずかに空気が動いた気配を感じて、目を開ける。叶夢を置いてきた方向だ。エトソンを狙った相手かと思ったが、見当が外れたようだ。


「叶夢っ!」


 僕が街路に戻ると、先ほどの不格好な静止状態から解放された叶夢が、準備運動のように両手の指を曲げては伸ばしている。叶夢は僕に気が付くと、動作制御の悪いロボットのようにふらふらと歩み寄ってきた。


「止まれっ、お前、叶夢をどうした!」


 寄生の類か、あるいは模倣(コピー)? どちらにしても、叶夢が無事であることは祈るほかにない。僕は聖剣を構えたまま、不器用にうろたえる叶夢のような姿のナニカを見据える。手を意味不明に回した後、目前のソレは虚ろな視線で停止する。


「———?」


「あ、ああ、お、うん。よし、発声器官は外部機構とも連携しているのか。これでコミュニケーションもとれる。ねぇ、そこのキミ。これで世界を救ってよ」


 叶夢の顔で、叶夢の声で発せられた言葉は、シャツが張り裂けそうなほどの鳥肌を立たせた。現実の、日常の、平穏は今まさに瓦解しようとしている。叶夢の皮をかぶった化け物は、ぎこちなく右手を前に出すと、白く発光したキューブ上の何かを差し出している。


 僕が聖剣を構えたまま警戒していると、化け物は首を傾げる。あの白い物体は、攻撃手段というわけではないのか。あるいは、見るだけでいけないものという可能性もある。


「おかしいな、言語は間違っていないはずなのに、敵意を向けられている。ああ、もしかして、この星の生物にはパーソナリティがあるのかな。それとも、音声言語による交流はすでに行なっていないのか。ねえ、どっちかな。聞こえてはいるんでしょ?」


「お前は何者だ。答えろ」


 叶夢の姿を借りた化け物は、興味深そうに自身の体を眺めながら、他人事のように呟いた。この星、ということは、異星人? あるいは、エトソンと同じように異世界から来たナニカなのか。人間を見ても驚かないどころか、学習しようとしている? 文明レベルがあるとすれば、現人類より上だろう。そのうえ、下手くそな体の動かし方を見るに人型ではない。こちらの情報を不用意に与えるべきではないか。


「おっ、返答どうも。反応を見るに、僕の疑問は前者だったようだね。ごめんごめん。僕は※%$シ&#ヴォ%%*というんだ。君たちの知識においては、宇宙人というのが近いかな。どうぞよろしく」


 宇宙人と名乗った目前の敵性体は、エラーを修復していくように、叶夢の体で、人間として違和のない動きに適応する。自分たちの名前を言う瞬間、どの言語でもない舌と発声で言葉がぶれた。おそらく、日本語を理解しているわけではなく、彼らの言葉を、無理矢理に翻訳しているのだろう。彼らを呼称する言葉は、現行人類には、まだないということだ。


「叶夢の体を乗っ取って、何をするつもりだ」


「ごめんごめん。気に入らなかったなら、すぐに返すよ。ただし、君が僕の目的を果たせたら、の話だけどね。まぁ、上を見てみなよ。話はそれからだ」


 ブラフか、と警戒しつつも、僕は殺気を向けたまま、視線を空に向けた。


「な、なんだあれ————」


 僕が見上げたそこには、雲を裂いて浮遊する、銀色の巨大船が鎮座していた。果てしなく続くはずの空の半分が、陰った船底に覆われている。船体からは巨大なファンのようなスラスターが、ざっと見ても八個ほど突き出し、上空で浮遊しているようだ。さっき見上げた時には、すでに雲の上にいたということか!?


「分かってくれたかな。僕たちは今、君たちの星を侵略しようと思っているんだ。だけど、事前調査の結果、君たちには価値があると分かった」


「価値、だと?」


「うん、君たちの文明レベルなら、この『自由(リベルテ)』を使えるはずだ。君には、これを使って、僕たち先遣隊を撃退してほしいんだ」


 宇宙人は、改めて、手のひらに乗せた白い立方体を掲げた。淡く光るソレは、地球上のどの物体にも似ていない。強いて言えば豆腐、よりは硬そうだし、ともかく、3Dモデリングの基本単位みたいな、形容しがたい普遍性である。

 目の前の宇宙人が言う『自由(リベルテ)』とは、この箱のような何かなのか、それともその中に何か入っているのか? たとえ、超小型爆弾だとしても、あんな船を落とせる気はしない。


「そんなことをして、お前に何の得がある」


「君に得があればそれでいいじゃないか。ああ、つまり、君は交換条件の方が安心できるということか。

 それなら……そうだね。僕は先遣隊を壊滅させるために遣わされた、言わば、意図的に切り離された、本体の反乱分子なんだ。この地表の生物から、僕たちに抗いうる存在を探して、本体を痛い目に合わせるのが夢さ。そのために降りてきたんだから、得も何もそれが僕の全てだ。

 本体の得る利益としては、君たちが強くなれば、僕たちの総体が得る知識が増えるということが一つあるね。僕たちも、『自由(リベルテ)』の使い方はまだ模索中だ。データが欲しいんだよ」


 回答を聞いても、心から納得したとは言えない。要は、獲物を太らせてから食おうということだろうが、それにしてもわざわざ先遣隊を落とせるほどに強くさせるなんて、悪趣味だとしか言えない。それほどに他の生命体を下に見ているということか。


「僕は君を選んだから、せいぜい頑張ってよ。もし、君が負けても、あるいは戦わなくても、僕たち先遣隊がこの星を滅ぼしたっていいんだから。そうなれば、君たちは僕たちの記録にも残らないで宇宙の塵になるんだよ」


「勝ったところで、何の記録に残ると言うんだ」


「簡単な話さ。今、時間が止まっているのは分かるだろう? 今、僕たちはこの星の第五次元に着陸した。君たちの感覚でいえば、まっすぐ横に進む時間が、今は直角に寄り道をしているようなものだと思ったらいい。この次元での出来事は、君たちにとってはほんの一秒にも満たない記憶となって忘れられる。先遣隊を倒せば、僕たちはデータとしてこの時間を学習するけれど、そうでなければ、この時間は捨象され、この星は価値がない他の星と同様に処理される。どうせ滅ぼされるなら、僕たちの顕彰廟(けんしょうびょう)に飾られる方がいいだろう?」


 その意見にはまったく賛成できないが、ともかく、現状はある程度理解できた。


 目の前にいる宇宙人は、地球を侵略するためにやってきた。自国の武器? 資源? と思われる『自由(リベルテ)』の使い方を学ぶために、別文明の知性体と認識した僕たちに、反抗を促している。


 反抗しなければ、頭上の先遣隊が地球を滅ぼす。撃退すれば本軍がやってくるが、それまでの時間稼ぎにはなる、と考えるべきか。『自由(リベルテ)』というのがどういったものかによるが、技術力の違いをむざむざと頭上に見せつけられ、絶望的な状況ではある。


「それで、やる気になってくれた?」


 正直、やりたくないという気持ちもある。きっと、別の誰かでも先遣隊を打ち倒してくれる気がするし、SF映画の主人公なんて、ロクな結末を迎えない。宇宙人ならなおさらだ。


 とはいえ、目の前で地球が滅ぶかもしれないのに、権利を放棄するわけにもいかなかった。遺憾ではあるが、僕は選ばれたのだ。


「……分かった。その『自由(リベルテ)』とか言うものを、受け取ろう」


 僕は、一時警戒を解いて、叶夢の姿をした宇宙人から、謎の立方体をもらった。手のひらに乗った瞬間、沼に落ちていくように、『自由(リベルテ)』は沈み消えていった。体に染み渡るというよりは、全身に膜が張られたような不思議な気分になる。試しに手を軽く握ってみるが、何かが起こるわけでもなかった。


「それで、この『自由(リベルテ)』というものは、いったいどんな力を持っているんだ?何も分からないというわけではないだろう」


「その名の通りだよ。『自由(リベルテ)』は※%%&2388%33から作られた、超可塑性可変物質だ。君が望めば、どんなものにでも変化する」


「そんなもの、どうして使い方のデータが必要なんだ? 好きなように使えるなら、そうすればいいだろう」


「残念ながら、僕たちは、他の生命体を滅ぼすということ以外の欲望を持っていないんだ。でも、君たちみたいにひ弱な外生命を滅ぼすのは簡単すぎて、もっと強くなりたいけれど、出力装置の想像ができない。だから、『自由(リベルテ)』も、身体修復くらいにしか使えないのさ。未だに、データは集まっていないけど、僕たちを撃退できるくらいものを作り出せるなら、それは僕たちも渇望するところだ」


 要は、ありのままで強すぎるから、自分に合う武器が、というより、使うメリットのある武器がない、ということだろうか。言葉の端から傲慢さが見え隠れしているが、データがまだ無いというのは、つまり、先遣隊が撃退されたことが無いということでもある。いよいよ、とんでもないモノに目を付けられたらしい。


「とりあえず、僕の見立てが間違っていないことを証明したい。みんなは馬鹿にするけど、僕の見る目は確かなんだ。さぁ、そこに僕のバディがいるから、倒してみてくれ」


 叶夢の体に慣れ始めたのか、違和感なく歩き出した宇宙人についていくと、住宅街の途中にある公園で、三足の気味の悪い怪物が周囲を見回していた。腕も三本、対して目は一つ、巨大な赤い器官が体の上部についている。子供が粘土で作ったような歪な体に見えて、公園を歩き回る動きはバランスがとれており、駆け出せば車よりも速そうだ。


 人間一人に太刀打ちできるか分からない見た目だが、それよりも気になることがあった。


「お前、あいつを倒したら、前払いってことにして、叶夢の体から出てくれよ」


「倒せたら、ね。そう言う個体ほど口ほどにもないのを、何度も見てきたんだ。それくらいの要求は聞いてあげよう」


 ムカつく態度の宇宙人だ。だが実際、用心するに越したことはない。他の星がどうかなんて、知る由もないが、眼前の異星生物が侵略者であることに違いはない。


 考えるべきは、『自由(リベルテ)』とやらの使い方だろう。人は、何(・)で(・)も(・)、と言われると困ってしまう生き物である。だが、状況を限定すれば話は別だ。取り急ぎ気にするべき点として、宇宙人に侵略され、それに抗う人間が、こんなダボっとした黒ズボンとプリントTシャツなわけはない。


「戦闘行動を開始する。換装———!」


 つい、幼年校の頃ハマっていた口癖を思い出してしまう。別に、掛け声なんかで強くなるわけではないのに、つい口にしてしまっていた。久しぶりに声にしてみると、地球が双肩に乗っているからか、良い心地に感じられる。頭の中でサイバーパンクな戦闘服をイメージしてみると、全身が白い光に包まれる。ヒーロー物で無敵時間が発生しているときの演出みたいだ。この変身に慣れるにつれて、この時間は無くなっていくだろう。


 直立姿勢でじっとすると、ヒーローというよりは、むしろ魔法少女のように、白い光が泡のように弾ける。脚の方から順に、黒地に赤い蛍光色のアクセントが入った、光沢のある外装がお披露目となる。昔から宇宙戦争の妄想をしていてよかった。思わぬところで役に立つものだ。


 全身の光が弾けてから、大蛇に飲まれるように顔が影に包まれ、黒いマスクが装着される。僕からは見えないが、スマートでカッコいいデザインのはずだ。視界は少し狭まったが、代わりに光学センサーが周囲の状況を教えてくれる。レンズに補助された視覚は、風の動きすら見える。昔はロボットアニメに憧れて、ガジェットや機械工学に没頭したものだ。視界に入る表示も、映画ではよく分からないほうがロマンだが、自分の想像の産物であるために、手に取るように意味が分かる。


 怪物はこちらに気が付いたように体を向ける。ナキゴエとは、まるで格が違う威圧感だ。叶夢の姿の宇宙人の方をちらりと見ると、意図を察したのか、咆哮を上げながら、ゆっくりと僕の方に近づいてきた。


「行くぞ、マクルワリオン———!」


 僕が新しい武器を作るのではないかと、戦々恐々としていたであろう聖剣を抜刀する。やっぱり、剣は鞘から抜く方がいい。研ぎ澄まされた金属音が、心地よく空気に広がっていく。僕は怪物の動きを窺いながら、少しずつ距離を縮めた。


 怪物は、僕を試すように腹部を差し出している。やってみろとでも言うつもりか。傲慢にもほどがある。警戒しながら斬りつけてみると、柔らかいというほどではないが、聖剣は怪物の腹を浅く裂いた。体の両断は難しいだろうが、やり方次第といったところか。


 姿勢を元に戻すころには、切断面がモザイクのように白い光に包まれ、たちまちに元の肉に戻る。『自由(リベルテ)』による修復だろう。説明を聞く限り、想像を止める状態、要は命を奪うまでは同じように修復されるはずだ。


「##%%**———!!」


 怪物は、痛みなのか喜びなのか、奇怪な咆哮を上げる。武道の型のように、礼を重んじた交流はここまでだ。怪物の体温が上昇し、筋組織の脈動が外からでもわかる。


「———っ!!」


 刹那、気を逸らしていたような素振りから、怪物の触手が僕に迫る。不意打ちと呼ぶにもお粗末だが、聖剣で受け止めた一撃はかなり重い。力を込めても刃を食い込ませそうにはなく、右から飛んでくる触手を避けるために弾き返す。


 背の下に風を感じながら、触手を回避し、さらなる一撃を怪物の体に飛びつくことでかわす。左触腕の付け根に聖剣を突き立てると、怪物は痛みにもがきながら、反対側の腕を暴れさせた。聖剣を支えに、体を腕の向こうに投げ出し、傷口から裂け目を広げて刃で肉を捉える。聖剣が傾き地面と平行になった瞬間に、ぶら下がった体を跳ね起こし、ステーキをナイフとフォークで切るように、触腕を下から蹴りつけることで断面を固定して聖剣を引き落とした。


「※※%%$#%%&!!!」


 身をよじって着地し、バックステップで素早く離れると、怪物は二本の触手でのたうち回っていた。どうやら、腕ごと落ちるのはコイツの想像の範囲外らしい。濁った青い血液を噴き出しながら、奇声が警笛のように鳴る。斬り落とした腕は、しばらく跳ねた後、動かなくなった。


「マクルワリオン、もう少し長くなれないか?」


 怪物を注視しながら呟くと、『自由(リベルテ)』には負けていられないというように、下段に構えた聖剣がわずかに重くなる。指の一本一本を握り直し、外部装甲で握力を補助する。聖剣の堅さが安心感を与えてくれる。


「死体の処理は、後で考えるか」


 公園に宇宙人の死体があっても、学園ならうまく処理してくれるだろう。思ったよりも支配的な性格ではなさそうな宇宙人の暴れる姿に、むしろ程よく脱力する。


 体を静かに踏み込みの姿勢に傾ける。公園はみんなの場所だ。あまり深い足跡を作るのは、迷惑になってしまう。怪物までの距離を三歩と目算する。抉れた場所は後で砂でもかけておこう。


 一歩。踏み出せば風が起こる。怪物は巨大な眼球をこちらに向け、振り回していた触腕を振り上げる。その先端は鈍く銀色に光っているように見える。硬化でもしているのか? 尖った先端が僕に照準を定める。


 二歩。着地点を狙った一撃を数センチ先で回避し、触腕の真横で踏み込む。膝から屈みこみ、聖剣を振りかぶることで、上体を狙ったもう一本の攻撃は肩の上を通り過ぎる。でこぼこした怪物の表皮も、突然飛び出してくるようなことはなかった。


 三歩。剣を薙ぎながら、振り上げる瞬間に右足を踏み込み、攻撃姿勢に戻ろうとする触腕を一気に斬り落とす。勢いと体重の乗った回転エネルギーは、太い腕も容易く断つ。飛沫が落ちるよりも早く、聖剣を上段に構え、怪物の巨躯と正面から向かい合う。


 両足をしっかりと地面に固定する。『自由(リベルテ)』のおかげで、足指の力だけでなく脚部装甲からスパイクを差し込んで、体を安定させられる。


 これは夢じゃない。まぎれもない現実であるがゆえに、力には反動が伴う。何かを斬れば、その感触は手のひらに確かに感じられる。人間を斬る感覚は吐き気がするようなおぞましさだが、どうにも、宇宙人と言うやつを斬るのは爽快らしい。


「人間を、甘く見るな———」


 聖剣を振り下ろすと、刀身はますます伸びていくように感じられる。それはマクルワリオンから放出されるエネルギーのせいか、実際に怪物の体躯に合わせて伸縮しているのかは定かでないが、ハンマーを振り下ろすように、重さは振り下ろす威力に換算される。


 聖剣を振り切る。閃光は醜悪(しゅうあく)な肉塊を裁断した。怪物の巨躯がゆっくりとずれ落ちる。活け造りのようにぴくぴくと微動する異星生命体は、もう咆哮を発する力もないようだ。聖剣を右手に振り払えば、粘ついた体液も発散する。


 聖剣を鞘に納めた僕の方に、叶夢に寄生したままの宇宙人が近づいてくる。カモフラージュのつもりなのか、くねくねと内股なのが気持ち悪い。叶夢はそんな走り方はしない。


「いやぁ、すごいすごい。本当に倒しちゃうなんてさ。端末とはいえ、悔しがっているだろうねぇ。うん、やっぱり僕の目は確かだった」


「十分だろ。叶夢の体を返してもらう」


「ああ、そういう話だったね。でも、いくら君が強くても、僕の支援がなくてこの先大丈夫かい?」


 叶夢の顔で気味の悪い口調をされるのが嫌で、背を向けたまま、仮面の顎についた突起を指さす。癪ではあるが、僕の体を貸すわけにもいかない。


「電脳体なら生物の脳でなくても、宿主にできるはずだろ。趣味の悪い真似はやめて、インカムにでも入っていろ」


「……あんまり察しがいいのも困るなぁ。まぁ、こんなことも初めてだし、楽しむとするよ」


 叶夢の口がゆっくりと動きを止めるにつれ、声が電子音に変わっていく。無事に叶夢の体を解放してくれたらしい。実際、どうなっているのかはよく分からないが。


「それじゃあ、さっそくあの船に向かおうか。言っておくけど、あの中はこんな端末の比ではないからね」


「待った、この化け物は置いて行くのか? カラスが腐肉をつまんでバイオテロになったら敵わん」


「大丈夫さ。さっきも言っただろ、ここは第五次元なんだ。現実では一瞬にも満たない時間。君たちにわかりやすい言い方をするとしたら、予感の世界とでも言おうかな。

 物が落ちて壊れる予感、咄嗟に手を伸ばせばその未来は訪れないけれど、確かにそれを見た気がする。第五次元の記憶をデータとして保持できるのは、僕らだけだ。君たちにとっても、この世界にとっても、それは無かったことになる。あ、『自由(リベルテ)』は別だけどね。すでに君の本体と結びついてしまっているから、世界の修正力が効かないんだ」


「難しい話はいい。とにかく、あの船を目指せばいいんだな」


 見上げる空には、相変わらず巨大な船底が影を作っていた。遠目でも対空砲が忙しなく動いているのが分かる。潜入にも骨が折れそうだ。幸いにも、適当に飛行してもバードストライクしそうな鳥の影はない。


「この星は重力が強いみたいだけど、いけそうかい?」


「当たり前だ」


 羽でも生やそうかと思ったが、このスーツにはジェットパックの方が合うだろう。異星には質量保存の法則が存在しないのか、背中にジェットエンジンが搭載される重みを感じる。燃料は当然満タンだ。


「行くぞっ———!」


 背部機構が稼働し、空気が圧縮されていく。高温の爆発が起きる出力音に、僕は跳躍準備を始める。目標は上空の超大型船だ。両足で跳び上がった瞬間、タービンが高速回転を始め、僕は揚力に乗った。


 日常を過ごす町並みは、あっという間に足から離れていく。顔を打ち付ける突風も、硬い仮面に守られ、冷たさは感じない。スーツの防寒性は、宇宙まで出られそうに思える。実際、僕がそう望めば宇宙にも行けるのだろうか。


「———っ!」


 予想通り、船底から突き出した対空砲が、砲撃を始める。僕とは無関係の方にも煙の軌跡が見える。僕以外にも乗り込もうとしている誰かがいるのかもしれない。どちらにしても、集中が分散してくれるのは助かる。


 バレルロールを華麗に決め、マシンガンのような砲撃を回避する。さすがに目視で弾丸は見えないが、爆発する大きさには思えない。捨象がどうとかいう話が本当なら、街の被害も後で無かったことになるはずだ。


 本当なら、ここで空中戦と行きたいところだが、重装甲というわけでもないこのスーツに銃撃機構は考えていなかった。とはいえ、手持ちで対空砲と渡り合える火力の銃の想像もつかない。


「ええい、ままよっ!」


 三方向からの対空射撃を、スピードを上げて振り切り、船体に突っ込んだ。マクルワリオンを投げ飛ばし、船腹に突き立てる。ジェットエンジンを逆噴射させ、目印の聖剣めがけて急突撃する。勢い任せに聖剣の柄を蹴りつけ、船の壁を破壊する。そのまま体を丸め、床に滑り入る。幸運にも壁に当たったのは足の裏だ。床の方向を確認しつつ、導かれるように聖剣に手を伸ばして回収する。


「あははっ、この船の対空砲は要修正だね」


「乗り込みはしたが、どこに向かえばいいんだ?」


「そうだね、乗り込まれた時のマニュアルから言えば、君のところに船員がやってくるから、広い部屋で迎え撃つ方がいいだろうね。この先に使っていない格納庫があるから、そこに行くといい。その後は、管制室かな」


「要は全員倒せってことか———」


 怪物の息遣いが、壁の向こうから荒々しく聞こえてくる。僕は、細い通路で挟み撃ちにならないよう、怪物向けの大きな扉を蹴破ってさらに中へと侵入した。船内の壁は遮光性が高いらしく、船の中というよりも研究所の中のような薄暗い不気味さが満ちている。


 教えられた格納庫というのは、この部屋のことだろう。だだっ広い空間の端に、いくつかのコンテナが見えるが、あまりにも空間の無駄遣いだ。だが、今は戦いやすい場所としてありがたい限りだ。


 通路の向こうから、怪物たちの足音が近づいてくるのが分かる。僕は聖剣を握り直し、異星人たちの襲来に備えた——。




次回2-2 『現実にパリィなんてない』

 異星人の侵略を食い止めるため、巨大戦艦に乗り込んだ秀一。ジャスガとパリィを駆使し、目指すはノーダメクリアと行きたいところだが、現実にそんな都合のいいハメ技は存在しない。

 戦闘だけでいいのにやたらと豊富な謎解きに辟易とする秀一の前に現れたのは————。


「見せてもらおうか、君たちの『自由』ってヤツを————!」


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