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万年馬丁のおっさん、配置換えで竜厩舎に回されたら王国中の竜が俺にしか懐かなくなった ~騎士様が頭を下げに来るけど、俺はただ世話をしてるだけです~  作者: さくらろ
第3部 戻らなくていい

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第27話 箱の外へ続く陰

 箱が門を通る前から、中で爪の音がする。


 木を掻く乾いた音と、重いものが当たる鈍い音。荷車を引く馬が耳を伏せ、御者は早く下ろしたそうに手綱を持ち直した。


 俺は門の前へ出ず、決めた脇の位置で待った。


 箱の側面には古い擦り傷がある。新しい傷もある。板の隙間から、一瞬だけ青い鱗が見えた。


 ルリは、箱の中にいる。


 運搬の男が隊長へ水と休憩の記録を渡した。箱を置いたままにできる条件も、昨夜のうちに確認されていた。急いで空にしなければならない理由は、少なくとも一つ減っている。


 荷車が止まると、中の音が止んだ。


 静かになったことが、安心したという意味なのかは分からない。俺は箱の穴へ顔を近づけず、少し離れて呼吸の音を聞いた。


 短い息が、何度も続く。


 リーネが板の隙間から身体の一部を見た。無理に手を入れず、運搬の男へ姿勢を尋ねる。ルリは頭を低くし、奥へ身体を寄せているらしい。


「まず箱を安定させましょう。動かすときは声をかけてください」


 隊長が指示した。


 荷を下ろす者たちが、決めてあった位置へ入った。ガランが支えを確かめ、斜面をつける。馬は先に離れた場所へ移された。


 大きな箱が地面へ落ち着くと、ルリの爪がまた板を掻いた。


 俺は水桶を持ち、出口の正面から外れたところへ置いた。まだ見えない竜が、首を逃がせる位置だ。


 戸を開けると、暗い中に目が見えた。


 青い顔は思ったより低いところにあり、鼻先が床へ近い。両側の翼を強く畳み、身体を小さくしようとしているように見える。


 俺は一歩下がった。


 出口は開いた。けれど、ルリは出ない。


 光が箱の床へ四角く落ちる。そこまで首を伸ばしかけ、すぐ引く。喉から低い音が漏れた。


「ほら、外へ出ればいい」


 ラウルが少し前へ出た。


 隊長が手を上げた。彼は止まったが、視線は竜の顔を真っすぐ捉えたままだ。


 ルリが歯を見せた。


 白い歯列の向こうに、暗い喉がある。俺の腹が縮んだ。怖いと感じることをやめる必要はない。そのまま、足を動かさないようにした。


 ラウルは顔を硬くした。


「怖がらなくていい。出てこい」


 声が大きくなった。


 ルリの身体が箱の奥へぶつかった。板が鳴り、出口へ土が散る。ラウルが反射的に横へ回り、後ろの側板を叩こうと手を上げた。


「止めてください」


 俺と隊長の声が重なった。


 手は板へ当たらなかった。だが人が横へ回ったことに、ルリは気づいていた。尾が床を打ち、箱全体が一度揺れた。


 ガランが支えの前から退いた。皆が決めてあった位置へ下がる。


 隊長はラウルへ、外側の柵まで戻るよう命じた。


「今は指示があるまで動かないでください」


 ラウルの顔が赤くなった。言い返しかけたが、箱の揺れを見て口を閉じた。


 俺は出口の前を見た。


 ルリの前には、明るい地面と、人の脚と、遠くの開いた空がある。箱から出れば自由になると、俺たちには分かる。ルリには、そこへ出た先で何が起きるか分からない。


 俺はミナを呼んだ。


「出口から囲いまで陰が続くように、布をあの柱まで伸ばせますか」


 隊長にも同じ位置を示した。全部を塞ぐのではない。人の姿が並ぶ側だけを隠し、開いている先を静かな方へ向ける。


 ミナはガランと相談し、風で大きく揺れないよう下を留めた。布を動かす前に、一度止まって箱の様子を見る。ルリが首を引くと、そこで待った。


 少しずつ、白い壁の代わりに柔らかな陰ができた。


 俺は斜面の端へしゃがんだ。板に金属の縁があり、光を反射している。濡れてはいないが、爪が当たると乾いた音がする。


 滑らないよう敷くための粗い敷物を、ガランが持ってきた。運搬の男に確かめてもらい、足を取られないよう固定した。


「これで見える景色と足元を、どちらも少し変えられました」


 俺は隊長へ言った。


「分かりました。私たちはもっと離れましょう」


 隊長が合図した。


 俺も離れた。ここで俺だけが鼻先へ残れば、出口の前に人がいることは変わらない。


 水桶はそのまま。餌を鼻へ押しつけることもしなかった。食べたくないときに口元へ何かを寄せれば、怖いものが増えるだけかもしれない。


 ルリが首を伸ばす。


 今度は光の境目を越え、鼻先が敷物へ触れた。匂いを嗅ぎ、また引く。


 俺は膝へ手を置いた。立ち上がりたくなるのを堪え、視線を少し横へ外した。


 箱の中で、足が置き直される音がする。


◇


 長い時間が過ぎた。


 昼の鐘が遠く鳴り、ミナが水を持ってきた。俺たちが飲む水だ。俺は杯を受け取り、口を湿らせた。


 風が変わり、仕切り布の端が一度膨らんだ。ルリの顔が奥へ引かれる。ミナがすぐ押さえに行こうとして、隊長の手を見て止まった。急に走れば、布より大きなものが視界へ入る。


 ガランが長い棒を渡し、柵の外から下の端を押さえた。揺れが収まるまで待ち、ミナがゆっくり固定を増やす。二人の動きは、竜の目から見えにくい側で行われた。


 俺は何も持たずにいた。手を空けていると、役に立っていない気持ちになりかける。だが、顔の向きが変わるのを見て伝える者も必要だ。ルリがまた鼻を出したとき、俺は指を動かし、隊長へ知らせた。


 彼女が小さく頷く。誰か一人の勇気で近づくより、今は皆の足が止まっていることが役に立っている。


 ラウルは柵の外に立っていた。最初は腕を組んでいたが、今は両手を脇へ下ろしている。何かをしたくて、けれど何をしてよいか分からない顔だ。


 俺は彼へ小さく手を振り、足元の空桶を指した。使わないものを通路から退けてもらう。


 彼は頷き、音を立てず持ち上げた。


 そのとき、ルリの前足が出た。


 青い鱗の下から、黒い爪が敷物へ載る。板が少し沈んだ。ルリは止まり、重さを戻し、もう一度足を置いた。


 斜面は動かない。


 二本目の足が出る。


 俺は息を吐いた。止めていたと気づいたからだ。隊長も動かない。リーネは竜の肩と呼吸を見ている。


 青い身体が、少しずつ箱から現れる。


 首、肩、強く畳まれた翼。見たことのない擦れた鱗があり、泥のついた脇腹がある。今すぐ拭いてやりたい場所ばかりだ。それでも触れる順番は後だ。


 ルリは斜面を下り、土へ前足を置いた。


 そこから急に速くなった。


 身体が箱を抜け、陰のある囲いへまっすぐ進む。尾が斜面を擦り、最後に外へ出た。


 俺はラウルを見た。


 彼は縄で練習した長さを思い出すように、尾の先を見ていた。完全に抜けてから、外側の柵を閉める。


 留め具の音は、小さい。


 ルリは囲いの奥で振り向いた。出口はもう人の群れではなく、布の陰になっている。大きな胸が上下し、鼻から長い息が出た。


 俺は立ち上がらず、その息を聞いた。


 最初の水は、俺たちがさらに下がってから飲んだ。


 ルリは桶へ近づき、鼻先を入れ、すぐ辺りを見た。誰も動かない。もう一度水を飲む。少しずつ、喉の動きが続くようになった。


 リーネは診察の時刻を急がなかった。今すぐ対処が要る呼吸や出血は見られないが、身体の確認は必要だという。まず落ち着く時間を取る。


 俺は頷き、見えた擦れの場所だけ紙へ記した。


 ラウルが近くへ来た。


「戸を開ければ、すぐ外へ歩いて出ると思っていた」


 俺は青い竜を見たまま答えた。


「俺たちには、出た先の道が分かっていましたからね」


 彼は黙った。


 謝罪の言葉はなかった。今ここで求めるつもりもなかった。ただ、後ろへ回らないこと、先に決めた位置で待つことを、もう一度隊長と確かめた。


 運搬の男が帽子を脱ぎ、額を拭いた。


「急がず待てるようにしておいて、よかったです」


 俺は頷いた。彼は箱を回収する時刻を確認し、今日は大きな音の出る片づけを離れた側からすることにした。竜が出たからと、すぐ周りで板を叩き始めるわけにはいかない。


 空になった水桶をもう一つ用意し、夜番へ渡した。ルリが飲んだ位置を変えずに済むよう、同じ形のものを選ぶ。夜になって何かが気になれば、位置を変える前に様子を記してもらう。まだ好みは分からない。今夜を過ごして初めて、明日のために分かることがある。


 空になった箱には、爪の跡が何本も残っている。俺は中へ入らず、外から床を見た。奥へ奥へと擦られた跡だった。


 ルリの方へ目を戻す。


 青い竜は囲いの陰で、ようやく首を下ろしていた。俺へ顔を寄せることはない。触らせることもない。


 それでいい。


 今夜は、あの箱の中へ戻らずに眠れる。まずは、その一晩を作れた。


 俺は水の残りを見て、夜番の立つ場所を指した。近づかなくても桶の縁が見える。ルリからも人を見返せるが、鼻先を塞がれない。夜の暗さの中でも、同じ距離を保てるよう、足元へ小さな印を残した。


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