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万年馬丁のおっさん、配置換えで竜厩舎に回されたら王国中の竜が俺にしか懐かなくなった ~騎士様が頭を下げに来るけど、俺はただ世話をしてるだけです~  作者: さくらろ
第3部 戻らなくていい

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第26話 まだ見ぬ青い竜のために

 運搬業者の男は、帽子を両手で潰しながら話した。


「箱から出すときに、少し手間がかかるかもしれません」


 隊長はすぐ返事をせず、机の上の送り状を見た。俺とガランも呼ばれていた。次に北へ来るのは、青い雌の成竜だという。


 名はルリ。


 紙には、扱いに注意、とだけ書かれている。


「どのような手間がかかるのでしょうか」


 隊長が聞いた。


 男は帽子を握り直した。前の移送では箱の戸を開けても出ず、後ろから人が近づくと激しく動いた。今回は途中の宿駅で様子を見たが、餌もあまり減っていなかったらしい。


「噛もうとするんですか」


 俺が聞くと、男は首を傾げた。


「歯は見せます。ただ、人に向けていたのか、縄が嫌だったのかは分かりません」


 分からないことを、分からないまま話してくれた。それは助かった。


 俺は紙の端へ、歯を見せた、縄が近く、と分けて書いた。凶暴、と一言にしてしまえば、その後に見るものまで変わりそうだ。


「どんな箱ですか。戸はどちらへ開きますか」


 ガランが尋ねた。


 男は形を描いた。両側の板を外せるが、普段は後ろの戸から出す。床は厚い板で、下ろすための斜面をつける。中で向きを変える余裕はない。


 俺は箱の中の竜を想像しかけ、やめた。見ていない身体の様子まで、分かったつもりにはなれない。


「これまで、どんなときに落ち着きましたか」


 男は少し考えた。


「道中、布を掛けて人の姿が見えなくなったら動きが減りました。音を気にしていたかどうかは分かりません」


 俺はそれも書いた。


 まだ会っていない竜のために、最初にできるのは、分かっていることを少しずつ増やすことだ。


 俺は紙の一番上へ、ルリ、と大きく書いた。扱いに注意という文字より先に、名前が見えるように。男はその字を見て、自分も道中ではそう呼んでいたと言った。俺たちのところへ来る前から、その名で呼ばれている生き物なのだと、改めて思った。


◇


 ルリを迎える囲いは、シグから一つ離れた場所になった。


 隣同士にすれば世話は楽だが、初めて会う成竜同士を、いきなり鼻先の届くところへ置かない。隊長とリーネがその位置を決めた。


 俺たちは床を洗い、乾いたところへ藁を敷いた。厚すぎると足を取られ、薄すぎると滑る。ガランが板の端を確かめ、浮いていた釘を打ち直した。


 ミナは布の仕切りを運んだ。


「全部隠しますか」


「隠れられる場所だけでなく、外を見て確かめられる場所も残したいです」


 俺はそう答え、隊長に確認した。シグにしたことをそのまま全部当てはめるのではなく、ルリが選べる余地を作りたかった。


 水桶は一つに決めず、置ける場所を二つ空けた。最初は輸送箱に近い側。飲まなければ、邪魔にならない範囲で位置を変えられる。


 俺は桶を持って、箱を下ろす場所から囲いまで歩いた。


 途中に、門の柱が一本張り出す。


 人なら身体を横へすれば通れる。だが大きな竜が怖がって向きを変えようとしたら、肩をぶつけるかもしれない。


「箱をもう少しこちらへ向けられませんか」


 ガランは地面へ線を引き直した。斜面の先がまっすぐ囲いへ向く。人が立つ場所は狭くなったが、人の方は柵の外へ回れた。


「人が見やすい置き方だったな」


 彼が言った。


「出てくる竜からどう見えるかは、考えていませんでした」


 俺は頷いた。


 箱が来る前なら、線は何度でも引き直せる。


◇


 午後、ラウルが隊長のところへ来た。


 俺は桶を洗っていて、声だけを先に聞いた。先日の見学とは違い、正式な書類を持っているらしい。


「今度来る竜の騎手候補に志願し、こちらで訓練を受けるよう言われて来ました」


 隊長は書類を読み、俺も小部屋へ呼んだ。


 ラウルは俺を見ると、わずかに顎を上げた。前のことを謝る言葉はなかった。


 俺も、彼の態度を今すぐ変えようとはしなかった。目の前には、明日来る竜の図がある。


「まずは竜を受け入れる準備から始めます」


 隊長が言った。


「騎手に決まったわけではありません。身体の状態と、竜が人に慣れるまでの様子を見ます」


「承知しています。乗れるようにしてみせます」


 ラウルの返事は早い。


 隊長は紙を机へ置いた。


「明日の仕事は、乗ることではありません」


 少し間ができた。


 ラウルは頷き直したが、目は装具棚へ向いている。新しい竜に最初に乗れば、手柄になると思っているのかもしれない。俺にはその考えまでは分からない。ただ、質問が鞍と飛行に寄っていることは分かる。


「箱の戸を開けるのは、誰ですか」


 俺は運搬の図を示した。


 ラウルがこちらを見る。


「俺が開けてもいい」


「竜の進む所へ立たないよう、戸を開けた後にどこへ下がるかを先に決めます」


「怖がらせなければいいんだろう」


「何を怖がるのかはまだ分かりません」


 俺は紙へ指を置いた。


「だから、驚いたときにも逃げられるように道を空けておくんです」


 ラウルは図を見た。俺ではなく、線を見て考えてくれるなら、それでもいい。


◇


 受け入れの役割を確かめるため、空の荷車を使った。


 運搬の男が戸の位置を示し、隊長が指示を出す。ガランは斜面の固定を見る。俺は竜が出た後の通路と水。ラウルは外側の柵を閉じる役になった。


「竜が通り終わる前に柵を閉めないでください」


 俺が言うと、彼は不満そうだった。


「それくらい分かる」


 俺は頷き、実際に歩いてみた。箱から出る者のつもりで、ゆっくり進む。ラウルは俺が通ったところで柵を閉めようとした。


 ガランが杖を上げた。


「尾がまだ後ろにあるぞ」


 ラウルの手が止まった。


 俺の身体を竜に見立てても、長さは同じではない。ミナが長い縄を持ち、俺の後ろへ伸ばした。尾まで出たと考える位置が分かるようになった。


 もう一度やる。


 今度は、ラウルが最後の縄を見届けてから柵を閉めた。勢いよく当てず、静かに留め具を落とす。


「そのタイミングです」


 隊長が言った。


 ラウルは返事をし、手を離した。目立つ仕事ではないが、通るものを見て待つ必要がある仕事だ。


 俺は彼が閉めた柵を確かめた。問題はない。


「これなら竜が通った後で、きちんと柵を閉められます」


 俺が言うと、ラウルは少しだけこちらを見た。礼を言われたと思ったのか、ただの確認だと思ったのかは分からない。


 俺は次の斜面を見に行った。


 運搬の男が帰る前に、俺は箱をいつ引き上げる予定か聞いた。


「箱を下ろしたら次の荷を積みます。空箱は使いませんが、車は必要なんです」


 俺は隊長を見た。竜が出るまで待つと言っても、運ぶ人には次の仕事がある。そこを知らずに待ってくれと頼めば、明日になって急がせる理由ができてしまう。


「箱を一晩、置く場合の費用を教えてください」


 隊長が言った。


 男は驚いた顔をした。追加の手間を黙って飲み込ませる話ではないと分かると、車だけ先に戻し、箱は後で回収する方法も話してくれた。下ろすための人数は必要だが、竜を慌てて追い出すよりはよい。


 隊長はその条件を紙へ書き、運搬所へ確認してもらうことにした。今日中に返事を届けると男は言った。


「こちらも、無理に出して怪我をさせたくはないんです」


 帽子を被る手が、来たときより落ち着いている。


 俺は門まで送り、道中で休んだ場所と、水を替えた時刻を聞いた。男は指折り思い出し、分からないところは同行の者へ確かめると答えた。運ぶ人の仕事にも、俺たちがまだ聞けていないことがある。


◇


 夕方、囲いの床は乾いている。


 ミナが運んだ布は片側を隠し、もう片側からは外の光が入る。水桶は空のまま、明日の朝に新しい水を入れることになっていた。


 俺は戸口へ立ち、少し腰を落とした。竜の目の高さとは違うが、人が通路へ立つとどう見えるかだけでも確かめたかった。


 白い壁に、道具の影が大きく映っている。


 俺は吊っていた長い鉤を棚の内側へ移した。影が消え、壁が広くなった。これが役に立つかどうかは、明日ルリを見なければ分からない。


 ガランが水場から戻ってきた。


「気になるか」


「どんな竜なのかまだ分からないので、気になります」


「ただ分からんと待つより、何が分からんのか確かめて迎える方がいい」


 彼は床へ残った線を一つ消した。使わなくなった古い置き場所の線だった。明日、迷わないために。


 俺は手帳を閉じた。準備の欄は増えたが、ルリの好みはまだ一つも書けていない。


 シグの前を通ると、黒竜が鼻を寄せた。俺は短く撫で、明日もおまえの世話をすると声をかけた。新しい竜が来るからと、今いる竜の一日を空けるわけにはいかない。


 明日の水桶は、ひとつ増える。


 俺はその重さを思い浮かべ、当番表の名前をもう一度確かめた。


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