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万年馬丁のおっさん、配置換えで竜厩舎に回されたら王国中の竜が俺にしか懐かなくなった ~騎士様が頭を下げに来るけど、俺はただ世話をしてるだけです~  作者: さくらろ
第3部 戻らなくていい

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第25話 待っている方へ

 第三馬厩への二度目の応援は、夕方の手順を見るためだ。


 朝の仕事は二人で回り始めていたが、訓練から戻る馬が重なると、洗い場が詰まるという。俺は北の当番を代わってもらい、決めた半日だけ向こうへ行った。


 若い馬丁たちは、止まった場所を紙へ残してある。


 馬を待たせる場所。濡れた馬具を置く台。水桶を洗う順番。


 俺が着くと、質問が三つ出た。困っていることが分かる言葉になっていたので、以前より話が早い。


 洗い場の横へ空いた場所を作り、戻った馬の順番を騎士にも伝えた。一度に三頭を入れず、一頭ずつ。待つ間に確認できることは外で済ませる。


 最初の馬が洗い場から出たとき、二頭目の騎士がそのまま入ろうとした。若い馬丁が手を上げた。


「床の水を流すので、少しだけお待ちください」


 声は前に会った日より大きい。騎士は馬の手綱を持ち直し、その場で待った。もう一人の馬丁が長い板で水を溝へ押し、泥の塊を取り除く。


 俺は空いた桶を運ぼうとして、手を止めた。二人はそこも分けていた。水を流した者が桶を替え、待たせている馬を見る者は、その間も顔を向けたままにする。馬の注意を手放す時間が短くなった。


 二頭目が入る。さっきまでは戸口で首を振っていた馬が、空いた場所を見て静かに進んだ。


「ここに濡れた鞍を置くと通れなくなるんですね」


 若い馬丁が自分で言い、別の台へ運んだ。俺が朝から全部教えたことではなかった。動いてみて、自分たちで見つけた箇所だった。


 俺は紙にその変更を書いてもらった。次に困ったとき、最初の手順を守れなかったと考えるのではなく、何を変えたか分かるように。二人は頷き、濡れた指を拭いてから筆を持った。


 俺が帰る時刻になっても、作業はまだ残っている。


「ここからは二人でやってみます」


 若い馬丁が言った。


 俺は頷いた。手を出せば早い箇所はいくつも見える。それでも、彼らが自分たちで続ける時間を取らずに帰れば、俺はまた全部をして帰るだけになる。


 オーデンには、配置の返事はまだ待ってほしいと伝えた。彼は短く息を吐いたが、俺の持ち帰る袋へ手を伸ばすことはなかった。


 裏戸を閉め、北へ向かった。


 空には夕方の薄い雲があり、道の石はまだ昼の熱を持っている。新しい長靴で歩くと、往復の疲れはあっても、踵の痛みは少ない。


 俺は懐の鍵を確かめた。


◇


 北の門が見えたところで、重い声が聞こえた。


 シグだ。


 普段、顔の近くで聞く鼻息とは違う。厩舎の奥から門まで届く、低く長い呼び声。俺は足を速めかけ、途中で戻した。駆け込むほどの騒ぎではない。門番も慌ててはいない。


「お帰りなさい。今日はよく門の方を見ています」


 門番が言った。


「何か気になる音でもしたんでしょうか」


「いつもの荷車くらいです」


 俺は通路へ入った。シグは柵の近くに立ち、顔をこちらへ向ける。水桶には水があり、寝床も乾いている。ミナとガランが世話をしてくれた跡が見える。


 俺を見つけると、黒い首が伸びた。


「ただいま」


 俺は道具袋を下ろした。


 シグは俺の上着を嗅いだ。馬の匂いがついているのだろう。鼻先が胸から袖へ動き、少し強く息を吐く。


「向こうの馬を見てきたんだ」


 言葉が分かるわけではない。それでも説明したくなった。


 俺は青い刷毛を鉤から取った。シグが額を下げる。待っていたものを見つけたような動きだ。


 掌へ頭の重さが来た。


 俺は足を踏み直し、逃げ道を塞がない位置で受け止めた。大きな竜を胸で抱えるような真似はできない。ただ片手を添え、もう片方で短く払う。


 シグはいつもより長く、そこにいた。


 俺がいない間、餌を食べなかったわけでも、水を拒んだわけでもない。それを聞いて安心したあとに、俺が帰るのを待っていたらしいことが、じわじわ胸へ入ってきた。


 世話ができる人は、ほかにもいる。


 その上で、俺を待ってくれる生き物がいる。


◇


 トトの部屋へ行くと、ミナが記録を揃えていた。


 幼竜は敷物の端へ顎を載せ、俺を見ると一度鳴いた。前足が動き、皿の来る方を見たので、俺は笑った。


「俺が来ると、餌だと思うのか」


「さっき食べました。追加はありません」


 ミナがすぐ言った。


「はい。分かりました」


 俺が真面目に返事をすると、彼女も笑った。


 記録には、今日の餌と水、眠った時刻が並ぶ。途中で敷物を一枚多く替えた理由も書いてある。俺がいなくても、見た人の言葉が残っている。


「何か困ったことはありましたか」


「水皿を前足で押したので、台の端から少し戻しました。それから、ガランさんが囲いの掛け金を調整しました」


 俺は掛け金を動かした。引っかかりがない。いつもより軽く閉まる。


 ガランが部屋の外から顔を出した。


「戻ったか。おまえの当番が始まるまで、まだ少し時間があるぞ」


「手伝います」


「荷物を置いて、手を洗ってからだ。向こうの藁が袖についてる」


 俺は自分の袖を見た。栗毛の短い毛が一本ついている。


 払って、手を洗う。ここへ戻った身体に、ここの仕事を始める順番がある。


 ミナは帳面を俺へ渡し、今日の自分の欄を指した。


「ここまでは終わっています」


「助かりました。落ち着いて向こうを見られました」


 彼女はその言葉を聞いて、少し肩を伸ばした。留守番の仕事が、俺の仕事も助けていたと分かったのかもしれない。


◇


 夕食のあと、隊長が小部屋で待っていた。


 第三馬厩の状況を聞くためだった。俺は二人の馬丁が自分で質問をまとめたこと、洗い場の順番を変えたことを話した。


「二人で続けられそうですから、次は少し間を空けて様子を聞けると思います」


 俺が言うと、隊長は頷いた。


「応援は、役に立ちましたね」


「はい」


 言い切れたことに、自分で少し驚いた。全部直ったわけではない。それでも何をしたかと、その後誰が続けるかは分かる。


 隊長は机の上の紙を揃えた。


「どちらで働きたいか、考えられましたか」


 俺は両手を膝へ置いた。


「まだ決められず、返事を待ってもらっています」


「分かりました」


 彼女は急がせなかった。紙を閉じ、窓の外を一度見た。シグの囲いの灯りが、廊下の壁へ薄く映る。


「その前に、私の希望も伝えさせてください」


 俺は顔を上げた。


「ダグさんには、ここにいてほしいです」


 胸の中が静かになった。


 隊長は続けた。


「シグが懐いているからだけではありません。分からないことはそう言って相談し、変だと思えば止めてくれる。ミナやガランが気づいたことも世話に取り入れてくれる。そういうダグさんに、ここで働いてほしいんです」


 俺は返事を探した。


 必要だから戻れという言葉は、何度も聞いた。ここにいてほしいと、何をしている俺なのかまで言われたことは、ほとんどなかった。


「もし俺が他へ行くと言ったら、どうしますか」


 自分でも意外な問いだった。


 隊長は少し考えた。


「困ります。でも、私が困るからといって、あなたの選ぶ自由を奪うつもりはありません。そのときは引き継ぎを相談します」


 俺は息を吐いた。


 いてほしいという言葉が、扉を閉める鍵ではない。俺が持っている鍵と同じで、入るかどうかを自分で決めるためのものだ。


「ありがとうございます」


 俺は言った。


「ちゃんと考えて返事をします」


 隊長が頷いた。その顔を見て、返事を急がずに待ってもらえることにも、重みがあると思った。


 席を立つとき、彼女は明日の飛行予定を渡した。配置の返事がまだでも、俺が朝に確かめることは変わらない。返事をするまで仕事を外されることも、試すように特別な仕事を増やされることもなかった。俺は予定を受け取り、明日の自分の欄へ目を通した。


◇


 部屋へ戻る前に、シグをもう一度見た。


 黒竜は横になっていた。俺が戸口へ立つと片目を開き、鼻から短く息を出す。


「今日は、よく働いたな」


 俺は竜へ言った。それから、飛んでいない日なのにと思い直した。


 シグはただ、食べて、休み、俺の帰りを待っていた。その一日が、俺にはずいぶん大きかった。


 近づいて撫でることはせず、眠りへ戻るのを見た。鼻先が藁の上へ下り、目が閉じる。


 俺は廊下の灯りを一つ落とした。


 懐には鍵がある。明日の当番は、表に書かれている。ここにいてほしいと言った人は、返事を待っている。


 第三馬厩の馬たちも、忘れたわけではない。


 ただ、心配する相手が別の場所にいることと、自分が毎晩どこへ帰るかは、同じでなくてもよいのだろう。


◇


 俺は自室の戸を開けた。


 窓辺に置いた杯へ水を注ぐ。誰かへ先に届けるための水ではない。乾いた喉へ飲み込み、椅子へ座ると、今日歩いた道の長さが脚に戻ってきた。その疲れを、ここで休めていいと思えた。


 机に置いた紙の上へ、自分の名前を書く場所を空けたまま、今夜は灯りを消した。


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