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万年馬丁のおっさん、配置換えで竜厩舎に回されたら王国中の竜が俺にしか懐かなくなった ~騎士様が頭を下げに来るけど、俺はただ世話をしてるだけです~  作者: さくらろ
第2部 名前で呼ばれる

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第12話 眠る人の名前

 夜中に、トトが鳴いた。


 最初は短く、次は少し長く。俺は寝床から身体を起こし、靴を探した。片方が見つからず、布団の下から引き出す。その間にも、小さな声が廊下を伝わってくる。


 今夜の番は俺ではない。


 だが、聞こえてしまえば、横になってはいられない。


 保温室へ行くと、宿直の若者が困った顔で立っている。餌の皿は空で、敷物も替えてある。部屋の温度は決めた範囲内だ。


「食べたのに、また鳴くんです」


 俺はまずトトの動きを見た。前足で布を押し、鼻を上げ、また鳴く。息苦しそうではないが、眠る姿勢が決まらない。


 手を入れる前に、敷物を見た。端が一枚だけ折れ、下へ木枠が覗いている。トトはそこへ腹を寄せようとして、動きを止める。


「布を直す間、トトを見ていてください」


 俺はトトが反対側へ動いたときに布を広げた。余りは外へ折り、爪が引っかかる輪を作らない。幼竜は同じ場所へ戻り、腹を下ろした。


 鳴き声が止まった。


 若者が深く息を吐く。


「そんなことだったんですか」


「今夜はこれが気になったのかもしれません。ただ、別の夜も同じ理由とは限りません」


 言いながら、俺は椅子へ座った。トトが眠るまで、もう少しだけ見ようと思った。


 次に目を開けたとき、机の灯りがずいぶん短くなっていた。若者が俺の肩へ毛布を掛けていた。


「部屋で寝てください」


 俺は慌てて立ち上がり、椅子の脚へ足をぶつけた。


 痛みより先に、トトを起こしたかと巣を見た。幼竜は眠っている。起きていたのは、俺と、俺の代わりに心配している夜番だった。



 翌朝、俺は餌の量を二度数えた。


 量り終えたと思ったのに、もう一度同じ袋へ手を伸ばしていた。ミナが横から秤を指す。


「もうここまで入っています」


「ああ、そうでした。ありがとう」


 俺は手を引いた。危ないところだった。多ければ喜ぶというものではないことを、リーネから聞いている。


 眠気は目の奥だけでなく、手順にも入り込んでいる。


 ミナは何も言わず、使い終えた袋を別の台へ移した。俺が次に同じところへ手を伸ばしても、空いているようにしたのだ。


 シグの掃除では、箒をどこへ置いたか忘れた。ガランが自分の足元から拾い、俺へ差し出しかけた。


「昨夜、何時に寝た」


「寝たのは、いつもどおりの時刻です」


「では、何時に起きた」


 俺は答えられなかった。


 ガランは箒を渡さず、自分の膝へ横に置いた。


「飯のあと、隊長と話そう」


 怒られるのだと思った。仕事中にぼんやりしているのだから仕方がない。俺は頷き、床の藁を手で拾おうとして、ガランにまた止められた。


「そこまでして働かなくていい。今は立ってるだけでも足元が怪しい」


 俺は手を膝へ戻した。自分の身体が、今日の仕事を邪魔している。そのことが恥ずかしい。



 隊長は叱るための紙を持っていなかった。


 代わりに、横へ長く線を引いた紙を机に広げた。


「昨夜、誰がどの時間に起きていたのかを書き出します」


 俺は椅子へ座った。ミナとガラン、宿直の若者もいる。


 若者が自分の番を書き、俺が起きた時刻を言った。俺は夜中だけでなく、前の晩も一度起きている。その前も、鳴き声がしたので戸口まで見に行った。


 紙の上に、俺の名前が何度も出た。


「夜番がいる時間に、ダグさんも起きています」


 隊長が指で辿った。


「心配になって、確認するだけのつもりで起きたんです」


「確認のあと、眠れていませんね」


 俺は頷いた。


 ミナが小さな帳面を出した。洗濯場でもらった、使い残しの頁を綴じたものだという。


「鳴くたびに全部ダグさんを呼ぶのではなく、先に何を確かめればいいか書いておきませんか」


 宿直の若者が顔を上げた。


「温度と餌の時刻、それから敷物ですね。ほかに確かめるものはありますか」


「息の様子は俺が勝手に決めず、リーネ先生に何を見ればよいか確認したいです」


 俺が言うと、隊長が頷いた。今日の診察で聞くことを、紙の端へ書いた。


 夜中に見るものと、すぐ竜医を呼ぶ変化と、自分で直せること。ひとつの欄へまとめず、分けることになった。


 俺は机を見た。夜のたびに起きて全部見るより、今ここで話す方が、先の夜を長く変えられるのかもしれない。


 ミナはトトの絵を描いた。眠っているときの前足、鼻を上げているときの顔。俺の説明だけでは曖昧だった布の折れ方も、絵にすると分かりやすい。


「この端は、内側へ入れない方がいいですね」


 若者が言った。


「そうです。爪が入ると布を引っ張ってしまいますから」


 俺は椅子から身を乗り出した。まだ眠いが、さっきより頭は動く。


「昨日、俺が布を直したやり方を、ここでやって見せてもらえますか」


 若者に言うと、彼は戸惑い、それから頷いた。


 教えたつもりでも、見ていた人にどう伝わったかは分からない。巣を使わず、空の箱に布を敷いて見せてもらった。折り返す場所が少し違っていたので、その場で直せた。


 ミナが横へ絵を一つ足した。



 昼、リーネが来た。


 俺の顔を見るなり、夜番表を見せてと言った。先に隊長から聞いていたらしい。


「仔竜は夜にも起きる。だから世話をする人間は交代するの。誰か一人が起き続けるのは、世話の方法に入っていません」


 俺は椅子へ深く座り直した。


「寝ている間に何かあったらと思うと、落ち着かないんです」


「起きているのに気づけなくなる方も、困るでしょう」


 朝の秤が頭に浮かんだ。


「はい」


 リーネはミナの帳面へ注意を書き足した。鳴き方だけで空腹と決めないこと。餌の量は決めた範囲で、足りないと思ったら相談すること。息や動きにいつもと違うものがあれば、時刻に関係なく連絡すること。


 俺だけが判断する表にはしなかった。


 夜番は前半と後半へ分け、昼に働く人間の休む時間も一緒に決めた。ミナは夜通しの番ではなく、夕方の記録整理を受け持つ。ガランは朝の引き継ぎを確認する。


 俺の名前の横に、空白ができた。


 隊長がそこへ、睡眠、と書いた。


 紙の上で仕事をしていない俺が、初めて予定になった。


「この欄は、仕事を入れてよい空き時間ではありません」


 隊長は言った。


「必要なときはこちらから呼びます。それ以外は休んでいてください」


 俺は空白だと思った欄を見た。文字が入れば、守るものだと分かる。ずいぶん単純な頭だと自分で思ったが、今はその単純さに助けられている。



 休む前に、俺は部屋を少し片づけた。靴は左右を揃え、上着は戸の横へ掛けた。呼ばれたときに早く出るためでもあったが、起きなくてよい晩に物音を立てずに済むためでもあった。


 机のない部屋なので、夜番表を置く場所がない。ガランに相談すると、使っていない棚板を一枚外し、寝床の横へ低く付け直してくれた。


「釘を打つほどのことでも」


 俺が言いかけると、彼は紙を床へ置いた。


「これでは踏むだろう。踏まない高さへ上げるだけだ」


 棚には紙と杯が載った。俺の部屋で、俺が使いやすいように何かが動いた。それだけのことで、寝床へ入る気持ちが少し変わった。



 夕食のあと、ミナが帳面の写しを持ってきた。字の読みにくいところを確かめるためだという。俺は眠る欄の文字を指した。


「ここの字だけずいぶん大きいですね」


「見落とさないように大きく書きました」


 彼女は真面目に答えた。俺は苦笑し、見落とさないと約束した。



 その夜も、トトは鳴いた。


 俺は寝床の中で目を開けた。足が布団を押し、起きるために膝が曲がった。


 枕元に、夜番表の写しがある。


 今は、若者の名前。次は隊長。俺は朝の餌から。


 廊下に足音がした。慌てて走る音ではない。戸が開き、低い声が聞こえ、しばらくして鳴き声が小さくなった。


 俺は膝を戻した。


 すぐには眠れなかった。天井の木目を見ながら、もし次に鳴いたら、と何度も考えた。そのたび、朝の秤を思い出した。眠るのもトトのためだと言われれば、少し横になっていられた。


 目を閉じる。



 次に聞こえたのは、朝の鐘だった。


 保温室へ行くと、トトは目を開け、餌の皿が来る方へ鼻を向けた。昨夜の記録には、敷物ではなく、水皿の縁へ足が当たっていたと書いてある。


 いつも同じ理由ではなかった。


 若者は皿の位置を少し直し、様子を見て、時刻を書いていた。


「朝まで眠れましたか」


 彼が俺に尋ねた。


 俺は頷いた。まだ眠れる気がするほど、身体が重い。今までの疲れが、やっと重さとして分かるようになったのかもしれない。


「ありがとう。よく眠れました」


 トトの方へ言うのではなく、若者の顔を見て言った。


 彼は照れたように帳面を閉じた。俺はその帳面を受け取り、朝の欄へ自分の名前を書いた。


 秤へ餌を載せる。量り終えた袋は、昨日ミナがしたように別の台へ移した。眠れたからといって、間違えない仕組みを元へ戻す理由はない。トトは待ちきれず鼻を鳴らし、俺は落ち着いて皿を置けた。


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