↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/20

第17話 私たちは部品でした。それで?

地下十三階へ戻るまで、鞄の中でハンコさんが一度も動かなかった。


 私も、話しかけなかった。


 声。


 鎖。


 扉。


 三つが自律したら、互いに壊させる。


 国家にとって私たちは、仲間ではない。


 故障したとき、隣の部品で止められる安全装置だった。


     ◇


 エレベーターの扉が開く。


「ただいま戻りました」


 山本さんが、時計を見せた。


 出発から二時間十三分。


 次に、ホワイトボード。


『単独面談』


 その下。


『連絡なし』


 さらに下。


『公印無断持出』


「最後は私じゃなくて本人の意思です」


 鞄から出たハンコさんが、私の額へ「共犯」と押した。


「裏切りが早い!」


 山本さんは一時間三十語の発話枠を確認し、静かに言った。


「契約違反です」


「契約、してました?」


「今、します。単独行動禁止」


 残り二十五語。


「事後法で処罰しないでください」


 いつもなら、そこで少し笑えた。


 成海さんは笑わなかった。


「久世さんは、何を」


 私は三冊の選定記録を机へ置いた。


 久世の二択。


 七十二時間。


 父の窓口へ協力者が置かれていたこと。


 未決裁文書が候補を選び、国家が進路を誘導したこと。


 そして、相互破壊指示。


 一つずつ話した。


 話すたび、部屋の空気が冷えた。


     ◇


 山本さんは、自分の頁を読んだ。


 幼少契約への誘導可能性。


 契約を重く見る性向。


 自己拘束の強さ。


 声帯損耗後も文書能力を維持。


 彼女の指が、紙の端で止まる。


『私が約束を守ろうとするのも、仕様ですか』


 水文字は、いつもより薄かった。


「違います」


『根拠は』


「山本さんが、自分で契約を破ったから」


『それも想定済みかもしれない』


「全部を想定した人がいるなら、今ごろ国はこんなに困ってません」


 山本さんの目が上がる。


「私たちが言うことを全部読めたなら、七十二時間の審査なんてさせず、初日に机ごと捨てています」


 言いながら、自分へ言い聞かせていた。


 父を待った職員も、私が行政を志したことも、仕組まれていたかもしれない。


 それでも、仕組みを知った今の私は、何を選ぶのか。


 答えはまだ出なかった。


 成海さんが、選定記録の最後を閉じる。


「私が停止申立を撤回します」


「またそれですか」


「今回は、感情ではなく合理です」


「合理の顔をした自己犠牲です」


「四十七封土が崩れれば、あなたのお父様も巻き込まれる可能性があります」


「だから、あなたを戻していい理由になるんですか」


「一人と多数を比べるなら」


「自分を一人に数えてないでしょう!」


 声が跳ねた。


 成海さんの表情が固まる。


「私は、中核です」


「人です」


「登録上は設備です」


「その登録を変える話をしてるんです!」


「変わるまで、被害は待ちません」


「だから一緒に代案を――」


「私が戻れば、済みます」


 その一言で、何かが切れた。


「それなら勝手に戻ればいいでしょう!」


 言った瞬間、取り消したかった。


 山本さんが机を叩く。


 成海さんは、驚かなかった。


 最初から、その言葉を待っていたように白手袋をはめた。


「承知しました」


     ◇


 成海さんが扉へ向かう。


 山本さんも別の扉へ向かう。


「山本さんまで、どこへ」


『契約解除方法を一人で探します』


「一人で、って」


『あなたは一人で久世へ会った』


 正しかった。


 私は仲間だから相談しろと言いながら、自分は結果を持ち帰ればいいと思っていた。


 受理官という役目を、単独行動の免許にした。


 三人の距離が、国家の図面どおりに開いていく。


 声は鎖を責める。


 鎖は扉を止める。


 扉は二人から帰属を切る。


 相互破壊は、能力を使わなくても始められる。


 成海さんがドアノブへ触れた。


 開かなかった。


 足元を見る。


 ハンコさんが、扉と床の隙間へ身体を差し込んでいた。


「危ないですよ」


 ぽん。


 成海さんの靴へ「保留」。


 山本さんが反対側の非常口へ行く。


 ハンコさんは転がって先回りし、取っ手へしがみつく。


 ぽん。


「保留」。


 私がエレベーターへ向く。


 ハンコさんは机を蹴り、私の額へ飛んだ。


 ぽん。


「逃亡不可」。


「そんな印、いつ作ったの」


 ハンコさんは三つの机へ一つずつ「保留」を押し、部屋の中央へ寝転んだ。


 小さな四角い身体で、全退路を塞いだつもりらしい。


「物理的には全然塞げてませんけど」


 ぴくりとも動かない。


 誰かが帰ろうとするたび、死ぬほど傷つく顔だけはしてみせた。


「公印が感情で業務を妨害しています」


 成海さんが言う。


 ハンコさんは、自分の胸へ「職権」と押した。


「強引な正当化!」


 それでも、三人とも扉から離れた。


     ◇


 電話が鳴った。


 父だった。


 画面を見たまま、出られなかった。


 今まで、あの日のことを人生の原点として何度も思い出した。


 それが誰かの誘導だったと、父へどう話せばいいのか分からない。


 呼出音が切れる寸前、通話を取った。


「お父さん」


『あ……お……い』


「うん」


『き……いた』


 何を、と急かしそうになり、口を閉じる。


 父の呼吸。


 時計の音。


 山本さんも成海さんも、動かない。


 十秒。


 二十秒。


 父は言葉を一つずつ、遠い岸から運んだ。


『あの、ひと……だれの、しじ、でも』


「知ってたの?」


『あとで……きいた』


 胸が詰まる。


『でも……まった』


「え?」


『おれが……えを、さすまで……まった』


 父の声が震えた。


『しじ、は……まて、まで』


 待てという指示があったとしても、待つ時間をどう扱うかは、その人のものだった。


 同じ沈黙でも、使い方は選べる。


『おまえが……やくしょ、いくのも……だれか、はじめた』


 長い息。


『だれが、はじめても……おまえが、つづけた』


 涙が落ちた。


「うん」


『きけ』


「うん」


『じぶん、も』


 通話が切れた。


     ◇


「私は、自分の声を聞いてませんでした」


 二人へ頭を下げた。


「一人で行って、結果だけ持ち帰ればいいと思った。成海さんには一人で決めるなと言ったのに、自分は受理官だからいいと思っていました。ごめんなさい」


 山本さんは、しばらく黙っていた。


「私も」


 二語。


 残り二十三。


「契約を守る自分まで、奪われたと思いました」


 残り十五。


「でも、破る契約を選んだのも私です」


 残り七。


 それでも七語は残っていた。残す言葉を自分で選べるなら、それはもう奪われた声ではない。


 山本さんは大切に残した七語で言った。


「三人の契約を、更新します」


 青い水が、床へ細い円を作る。


 彼女は声を使い切り、紙へ続きを書いた。


『配属理由を、本人の価値としない』


『単独で供出しない』


『相手の選択を、聞く前に止めない』


『異議は、関係終了ではなく協議開始とする』


「最後、友達の契約にしては硬すぎません?」


 山本さんが書き足す。


『解除条項は必要』


「友情へ中途解約を入れないでください」


 成海さんが、真剣に尋ねた。


「友達は、人事上どの区分ですか」


「人事に登録しません!」


「資産台帳にも?」


「絶対に載せません!」


 成海さんは、わずかに笑った。


「では、今の私が選べる区分ですね」


 白手袋を外す。


 受理印の残る手を、円の中へ置いた。


「次の私ではなく、今の私が、お二人と一緒に行きたいです」


 私も手を重ねた。


 山本さんも重ねる。


 ハンコさんが三人の手の上へ飛び乗った。


 ぽん。


「更新」。


「君が締結権者だったんだ」


     ◇


 七十二時間で代案を作るには、怪異が国土を壊すだけの存在ではなく、守ってきた当事者だと証明する必要がある。


「最初の証人は、ミツハさんです」


 赤目貯水池の水位を守り、町の記憶を保ち、人間側の契約違反にも三十三分を与えた。


 国家の義務と、怪異の履行を両方知っている。


 管理所へ電話した。


 誰も出ない。


 監視映像を開く。


 ダム湖が、空だった。


 水面も、魚も、ミツハの姿もない。


 画面へ、御厨真昼からの通知が届く。


『零号共同申立に係る証拠散逸を防ぐため、御水守ミツハを回収しました』


 添付映像を開く。


 濃紺の防水服を着た職員たちが、湖の中央へ巨大な透明管を下ろしている。


 ミツハが、水の腕で町名板を抱いたまま抵抗していた。


『我は証拠ではない』


 声が画面を震わせる。


『我は相手方だ』


 吸引装置が動く。


 巨大な水の女神が、細い透明タンクへ引き上げられていく。


 地図でできた顔が崩れ、赤い目だけが最後までこちらを見た。


「御厨さん!」


 電話をかける。


『命令に従っています』


「誰の命令です」


『国土基盤契約網による自動保全命令。審査開始一時間前に、証拠価値を固定するため人格情報を削除します』


「人格を消したら、証言できないでしょう!」


『それが目的です』


 御厨さんの声は、初めて怒っていた。


『命令書を送ります。止めるなら、私より上の根拠を持ってきてください』


 届いた命令書を開く。


 起案者、特殊事案証拠保全班。


 審査者、国土基盤保全監室。


 久世真臣の欄は空白だった。


 その上に、見たことのない承認欄がある。


 押印者名ではない。


 個人名でも、部署名でもない。


 承認者。


 日本国。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。