第2部 現実という刃 第1章 女神の素顔
「……ねえ、まだ何かあるの?」
放課後の廊下。
鈴のその一言は、思っていたよりもずっと冷たく聞こえた。
昴は、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
(なんで……)
頭の中では、何度も同じ疑問が繰り返される。
電車で見たあの笑顔。
夕暮れの光の中で、ふわりと浮かび上がるような柔らかさ。
(あれは……なんだったんだ……)
目の前にいる鈴は、まるで別人のようだった。
鋭い目。
突き放すような口調。
近づけば、切り裂かれそうな空気。
「用がないなら、行くけど」
淡々とした声。
「あ……」
引き止めようとして、言葉が出てこない。
何を言えばいいのか分からない。
何を聞きたかったのかすら、もう曖昧になっている。
(俺は……)
ただ、確かめたかっただけだ。
あのとき感じたものが、間違いじゃなかったのか。
「……あんたさ」
鈴が、少しだけ苛立ったように息をつく。
「何を期待してるの?」
その言葉が、胸に刺さる。
「期待……?」
自分でも分からなかった。
ただ――
(違ってほしかった)
今の目の前の鈴が、“本当”じゃないと。
「はっきり言うけど」
鈴の視線が、まっすぐ昴を射抜く。
「そういうの、うざい」
一瞬、空気が止まる。
昴の思考も、止まった。
「……え」
間の抜けた声が漏れる。
「可愛いとか、清楚とか、勝手にイメージ作って」
鈴は続ける。
「それに当てはまらなかったら、勝手にがっかりして」
その言葉は、責めているというより――
呆れているように聞こえた。
「楽だよね。そういうの」
昴の胸が、じわじわと痛む。
(違う……)
否定したい。
でも、できない。
どこかで分かっているからだ。
「……僕は、別に」
絞り出した言葉は、自分でも驚くほど弱かった。
鈴は小さく鼻で笑う。
「じゃあ何? あの電車のときの私が本当だとでも思ってるの?」
心臓が、強く打つ。
(……思ってた)
言葉にはしない。
できるはずがない。
「人ってね」
鈴の声が、少しだけ低くなる。
「そんな単純じゃないの」
その言い方は、どこか突き放しているのに、妙に現実的だった。
「優しいときもあれば、冷たいときもあるし」
「いい顔もするし、汚いこともする」
一つ一つの言葉が、重い。
「それをさ、都合よく切り取って、“この人はこういう人”って決めるの」
鈴は、わずかに目を細めた。
「それ、ただの自己満足でしょ」
昴は何も言えない。
完全に否定できない。
(僕は……)
楽な方を選んでいた。
分かりやすい形で、人を見ようとしていた。
「私はね」
鈴が、少しだけ視線を逸らす。
「そんな綺麗なもんじゃない」
その言葉に、ほんの一瞬だけ、何かが滲んだ気がした。
「……普通に、ずるいし」
「利用できるものは利用するし」
「楽に生きられるなら、そうする」
淡々とした口調。
まるで、当たり前のことを言うように。
だがその内容は、昴の中の“理想”を確実に壊していく。
(そんなの……)
受け入れられない。
でも。
(否定もできない……)
現実として、あり得ることだと分かるから。
「……軽蔑した?」
鈴が、ふとそんなことを言った。
その問いは、どこか試すようでもあり――
ほんの少しだけ、怯えているようにも聞こえた。
昴は息を呑む。
(軽蔑……)
その言葉を、自分の中で探す。
「……分からない」
正直にそう答えるしかなかった。
鈴は一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を逸らした。
「正直だね」
それが皮肉なのか、本音なのか分からない。
「でも、それが普通だよ」
小さく呟く。
「そういう反応されるの、慣れてるし」
その一言が、昴の胸を締めつける。
(慣れてる……?)
それはつまり――
そういう目で、ずっと見られてきたということだ。
鈴はもう、昴を見ていなかった。
話は終わり、とでも言うように。
(……なんだよ、それ……)
胸の奥に、もやもやしたものが広がる。
理解できない。
でも、放っておけない。
(この人……)
さっきまでの“冷たいだけの人”という印象が、少しだけ揺らぐ。
強い言葉の奥に、何か別のものがある気がした。
(……本当に、それだけなのか?)
昴はその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
鈴は何も言わず、廊下の向こうへ歩いていく。
その背中は、どこか小さく見えた。
(……分からない)
でも――
(分かりたい)
その感情だけが、はっきりと残っていた。
幻想は壊れた。
それでも、完全には終わらなかった。
むしろ――
ここからが、本当の始まりなのかもしれないと、昴はぼんやりと思っていた。
草稿を入力してAIが書きました。




