第3章 昴の日常と女難
天笠昴の一日は、だいたいろくでもない形で始まる。
「昴ー! ご飯まだ!?」
朝一番に飛んでくるのは、姉の怒鳴り声だった。
(目覚ましより先かよ……)
まだ半分眠ったままの頭で、昴はのそりと起き上がる。
時計を見ると、予定より十五分も早い。
――早起きしたわけではない。起こされたのだ。
台所に立つと、すでに冷蔵庫は開け放たれている。
中身は見事に減っていた。
(……俺の分、あるよな?)
そんな淡い期待は、数秒で打ち砕かれる。
「ほら、早く! 遅れるでしょ!」
母の声。
その横で、姉は当然のように椅子に座っている。
(……俺が作るの、前提なんだな)
ため息をひとつ。
それでも手は動く。動かさなければ、さらに面倒なことになるからだ。
フライパンに油を引き、卵を割る。
ジュッ、という音だけが、妙に虚しく響く。
(俺、何やってんだろ……)
ふと、そんな考えがよぎる。
だが、その思考はすぐに遮られる。
「味噌汁まだ?」
「今やってるって……」
「遅い!」
(いや無理だろ、同時進行三つは……)
口に出せば面倒になるので、心の中でだけ反論する。
――これが、昴の朝だった。
◇
「いってきまーす……」
元気のない声で家を出る。
空は晴れている。
だが昴の気分は、常に曇天だ。
(今日は……何も起きませんように……)
ささやかな願い。
だが、その願いが叶った試しはない。
「――あっ」
駅前の人混みの中で、軽い衝撃があった。
気づいたときには、もう遅い。
「……ない」
ポケットに手を突っ込む。
財布がない。
(やられた……!)
振り返るが、すでに人の波に飲まれている。
(なんで俺ばっかり……!)
叫びたい衝動を押し殺しながら、昴はその場に立ち尽くした。
◇
「で? 財布スられたの?」
帰宅後。
姉は面白そうに笑っていた。
「うん……」
「バカじゃないの?」
(ストレートすぎるだろ……)
「まあいいわ。今日の晩ご飯、カツ丼ね」
「……え?」
嫌な予感しかしない。
「冷凍肉、二枚あるから」
「それ……」
「私とお母さんの分」
(やっぱりか……)
「俺のは?」
「あるでしょ」
姉はさらりと言った。
「ねこまんま」
――空腹のまま、カツ丼を作らされる。
これは拷問だと、昴は本気で思った。
目の前で湯気を立てるカツ丼。
甘辛い匂いが、これでもかと食欲を刺激する。
(食べたい……)
だが、それは許されない。
自分の前にあるのは、白米に醤油をかけただけの質素な茶碗。
(なんで俺が作って、俺がこれなんだよ……)
涙が出そうになる。
「美味しいー!」
姉の声が追い打ちをかける。
(もうやめてくれ……)
◇
翌日。
「ねえ昴、これ買ってきて」
部活の先輩が、当然のように袋を押し付けてきた。
(またか……)
断れない。断ったら面倒になる。
「はい……」
その一言で、自分の立場が決まる。
パシリ。
それが昴のポジションだった。
◇
帰り道、ふらりと立ち寄ったアニメショップ。
(ちょっと見るだけ……)
そう思ったのが運の尽きだった。
「あれ? 昴じゃん」
背後から声。
(終わった……)
振り返ると、例の先輩が立っていた。
視線は、昴の手元へ。
――キャラクターのラミネートカード。
「へぇ……こういうの好きなんだ?」
ニヤリ、と笑う。
(やばい……)
「……秘密、ね?」
その言葉は、お願いではなかった。
「……はい」
弱みを握られる音が、確かにした気がした。
◇
さらにその翌日。
「天笠くん」
美人教師に呼び止められる。
(うわ……)
内心、緊張が走る。
「授業中、寝てましたよね?」
「……すみません」
「ちゃんと起きてください」
冷たい視線。
(はい、終わり……)
淡い憧れは、一瞬で砕け散った。
◇
ある日。
迷子の子どもが、泣きそうな顔で立っていた。
(……困ってるよな)
勇気を出して声をかける。
「どうしたの?」
その瞬間――
「うわぁぁぁん!!」
(えっ!?)
大号泣。
「ち、違う! 僕は――」
そこへ母親が駆け寄ってくる。
「ちょっと! 何してるんですか!?」
(いや、何もしてないんですけど!?)
完全に不審者扱いだった。
◇
そして極めつけ。
満員電車。
ドン、と後ろから押される。
バランスを崩したその手が――
「きゃっ!」
(やばい)
触れてしまった。
「ちょっと! 何してるの!?」
(違う! 今のは――!)
弁解する間もなく、周囲の視線が突き刺さる。
(もう無理……)
昴は次の駅で逃げるように車両を移った。
◇
空いている席に座る。
深く息を吐く。
(なんでこうなるんだよ……)
頭を抱えたくなる。
何をしても、うまくいかない。
善意すら、裏目に出る。
(俺って……そんなにダメか……?)
ふと、自分が嫌になる。
そのとき。
ふと、あの少女の顔が浮かんだ。
――鈴。
「私は女神じゃない。ただの人間よ」
あの言葉。
鋭くて、痛くて、でもどこか引っかかる。
(……分かってるよ)
そんなこと。
でも。
(それでも……)
思ってしまう。
(あのときの笑顔は……嘘じゃない気がするんだよな……)
自分でも、どうしてそう思うのか分からない。
ただ――
あの一瞬だけは、確かに“何か”があった。
昴は小さく息を吐く。
(……明日も、頑張るか)
何も変わらないかもしれない。
それでも。
ほんの少しだけ、前より踏み出せる気がしていた。
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