第2章 剣を持つ者の覚醒
夜の風は、さっきまでより冷たく感じた。
走ったあとの体は熱を持っているのに、胸の奥だけが妙に静かだった。
(……なんだったんだ、今の)
昴は、一人で帰り道を歩きながら、何度も同じ場面を思い返していた。
男の手。
鈴の表情。
自分の声。
「離せよ」
――あんな言い方、自分がするなんて思っていなかった。
(僕……)
足を止める。
街灯の下、影が伸びる。
(怖くなかったわけじゃない)
むしろ、怖かった。
心臓はうるさかったし、逃げたいとも思った。
それでも。
(体が……勝手に動いた)
頭で考えるより先に、体が前に出ていた。
あの感覚。
どこかで、知っている。
(……ああ)
思い出す。
幼い頃。
野原で、犬に向かって棒を振り回したあの日。
怖くて、泣きそうで。
でも、振り回すしかなかった。
(あのときと同じだ)
理由なんてなかった。
ただ、「やらなきゃ」と思っただけ。
そして、やった。
結果、犬は逃げた。
(今回も……そうだ)
考えていたら、動けなかったはずだ。
でも、動いた。
(なんでだ)
答えは、すぐには出ない。
ただ一つ、はっきりしているのは――
(あいつの顔だ)
鈴の表情。
強がっていた。
平気なふりをしていた。
でも、あの一瞬。
確かに、怖がっていた。
(あんな顔……)
胸の奥が、じわりと熱くなる。
(見たくなかった)
その感情に、名前をつけるなら。
怒り、だった。
自分に対してでもなく、あの男に対してでもなく。
(ああいう状況にさせてる“何か”に対して)
うまく言葉にできない。
でも、確かにあった。
家に着く。
玄関のドアを開ける。
「遅い!」
母の声が飛んでくる。
「何やってたのよ!」
姉もいる。
いつもの光景。
「……ごめん」
反射的に謝る。
いつもの自分。
さっきまでの自分とは、まるで別人みたいだった。
(なんだよ……)
靴を脱ぐ。
リビングに入る。
テーブルの上には、夕飯の準備。
「それ、あんたが作るのよ」
母が言う。
「冷凍肉、解凍してあるから」
(……ああ、はいはい)
いつもの流れ。
体が自然に動く。
キッチンに立つ。
包丁を持つ。
(……あれ)
手に持った瞬間。
さっきの感覚が、少しだけ蘇る。
(似てる)
棒を握ったとき。
竹刀を持ったとき。
そして今。
(手に何か持つと……)
心が、ぶれない。
逆に。
(何も持ってないと……)
思い出す。
さっき、鈴に言われた言葉。
「じゃあ、どうすればいいの?」
答えられなかった。
何も持っていなかったから。
言葉も、覚悟も。
(……ダサいな)
苦笑する。
フライパンに火をつける。
油が弾ける音。
現実の音。
でも、頭の中では別のことを考えている。
(守りたい、って思った)
それは本当だ。
でも。
(どうやって?)
そこが空っぽだ。
ただの気持ちだけじゃ、何もできない。
さっきだって、たまたまだ。
(たまたま、うまくいっただけ)
もし、あの男がもっと強かったら?
もし、周りに誰もいなかったら?
(……終わってた)
ぞっとする。
手が止まる。
油の音が強くなる。
「ちょっと! 焦げてる!」
母の声で我に返る。
「あっ……」
慌てて火を弱める。
(……何やってんだ、僕)
いつもの自分に戻る。
怒られて、謝って。
流されるままに動く自分。
でも。
(さっきは違った)
確かに、違った。
「はい、できた」
皿に盛る。
食卓に出す。
「遅いのよ」
「手際悪いんだから」
いつもの言葉。
いつもの空気。
(……でも)
箸を持つ手が、少しだけ止まる。
(僕、やれたよな)
誰にも言わない。
言えない。
でも、心の中で、確かに思う。
(あのとき、逃げなかった)
それだけで、少しだけ違う気がした。
夜。
部屋に戻る。
布団に横になる。
天井を見上げる。
(……守るって)
簡単な言葉だ。
でも、その中身は重い。
(あいつは……)
鈴の顔が浮かぶ。
「慣れてるから」
あの言葉。
(慣れるなよ)
思わず言った。
でも。
(慣れなきゃ、やっていけないんだろ)
あいつは。
自分とは違う場所で、生きている。
(……だからって)
拳を握る。
(放っておく理由にはならない)
理由なんて、いらないのかもしれない。
ただ――
(見たくないんだよ)
あんな顔を。
もう一度。
そのとき。
ふと、思う。
(剣……)
剣道。
竹刀を握ったときの自分。
迷いが消える。
怖さが、前に進む力に変わる。
(あれを……)
日常でも、持てたら。
いや、持つべきなのかもしれない。
(スイッチ……)
頭の中で言葉になる。
普段の自分と、もう一人の自分。
切り替える。
逃げる自分と、立つ自分。
(選べるのか?)
分からない。
でも。
(選ばなきゃ、だめだ)
鈴の言葉が、背中を押す。
「どうすればいいの?」
その答えは、まだ出ない。
でも。
(考えるだけじゃ、だめだ)
ゆっくりと、目を閉じる。
(次は……)
もし、また同じ場面が来たら。
そのときは――
(ちゃんと、守れるように)
その願いは、まだ形になっていない。
でも、確かに芽生えていた。
弱いままでもいい。
格好悪くてもいい。
それでも。
(逃げない)
それだけは、決めた。
その夜。
昴は初めて、自分の中にある“強さの種”を自覚した。
それはまだ、小さくて不安定で。
でも確かに――
消えないものだった。
草稿を入力してAIが書きました。




