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あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


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9/30

第9話 私の話だったはずなのに

 その川沿いを、美緒と歩いたことはなかったはずだった。

 九月二十一日、映像用に届いたプロフィールの原稿を読み、私は二段落目で手を止めた。

 朝、近くの川まで歩いて、帰りに小さなパンを二つ買う。彼はいつも、私の分までコーヒーを淹れて待っていてくれます。

 小さなパンを二つ、という言い方まで同じだった。

 私は画面を閉じずに、椅子を少し引いた。


 共有の窓口に届いた原稿は、美緒の名前で送られていた。

 二人で確認しました、と文の最後にある。映像に使う文章の候補として、私と主任が内容を確認し、制作する側へ渡す物だった。

 高瀬さんへ、まだ送っていなかった。


「水野さん。原稿について、ご相談があります」


 私が声を掛けると、主任は自分の画面を閉じた。

 私はファイルを見せ、先に説明した。


「以前、自分の結婚式のために書いた文章と、重なるところがあります」


 主任はすぐには返事をせず、該当の段落を読んだ。


「同じ話題、という範囲ですか」


「言葉も、ほぼ同じです。自分の控えで、確かめてよいですか」


 主任は頷いた。

 私は今の業務用の場所へ昔の資料を全部移すのではなく、自分の控えを別に開いた。必要な箇所だけを照合する。

 それなのに、開くまでに、思っていたより時間が掛かった。



 前年十二月の日付が付いた原稿だった。

 まだ、式の日も、何をどこまで頼むかも決めていなかった。いつか二人の紹介に使うかもしれないと、私が書いた文章だった。

 悠真へ送った時、彼はこういうの得意だよね、と返した。

 言いすぎかな、と聞くと、本当のことでしょ、と笑った。


 休日の朝、一緒に歩いた。

 パンを二つ買い、どちらを先に食べるかを相談した。彼がコーヒーを淹れてくれたことも、あった。

 私はその朝を、いつものことのように書いた。

 愛されていると、自分で確かめたい気持ちも、少し入っていたのだろう。

 今、そこだけを、別の人の声で読むことになった。


 届いた原稿では、私の名前は美緒へ変わっていた。

 ほかに、好きな食べ物が一つ、変えてあった。川の朝と、パンとコーヒーは、そのままだった。

 私は二つの文を横へ並べた。

 読み間違いで済む違いは、なかった。


「確認しました。少なくとも、この三文は、私が書いた物と同じです」


 主任へ伝えると、彼女はどちらへ渡した文章かを尋ねた。


「悠真へ、私から送りました。会社へ出した企画書とは、別です。協力店との婚礼企画の文章でもありません」


 私はそこを確かめた。



「今は、映像の担当へ渡すのを止めます」


 主任が言った。


「原稿の由来を確認し、お二人の言葉へ差し替えてもらいましょう」


 私は頷いた。

 それだけの、必要な仕事だった。

 けれどすぐには手が動かなかった。


「どうしました」


 尋ねられ、私は画面を見た。


「美緒はこれを、自分たちの朝として読んだのかなと」


 主任は黙っていた。

 美緒が、そこへ一度も行っていないとは、私には言えなかった。悠真が同じ道へ連れていったかもしれない。同じ店でパンを買い、同じコーヒーを淹れたかもしれない。

 そう考えると、奪われたと言うだけでは済まない嫌な感じがした。

 あの朝の記憶まで、自分だけの物ではなくなったようだった。


「その確認を、仕事の質問としては、しません」


 私は先に言った。

 主任は頷いた。


「必要なのは、使う文章を誰が作り、誰が確認したかです。あなたが覚えている朝が、本当にあったことを、お二人に認めてもらう作業ではありません」


 私は息を吐いた。

 認めてもらいたかったのだと思う。

 全部、私が仕事を優先したせいだったと、片付けられた。あの人は、楽しかった時も、親切だった時も、自分からなかったことにしてしまえるのだろうか。

 原稿を見せれば、できないはずだった。

 そのために、この仕事の確認を使いたくなっていた。


「分かりました。使う原稿の話として、確認します」


 私は答えた。

 納得できたから、ではなかった。その範囲なら、今、仕事としてできた。



 主任と作った確認の文は、短かった。

 受領した原稿には、別の目的で作成された文章と重なる箇所がある。作成した人と、流用した資料の有無を確認してほしい。現時点では、映像制作へ進めず、本人たちの内容を確かめてから差し替える。

 私が元婚約者へ送った文章の全文を、添付することはしなかった。

 照合した箇所と、確認に必要な情報だけを、会社の記録として整理した。

 主任が文面を確かめ、二人へ送った。


 私はそのあと、会場で使う別の資料へ移った。

 印刷する紙の枚数を数え、受付で渡す順にそろえる。手元の作業へ戻っても、パンの文字だけが、ときどき見えた。

 昼食の時間を過ぎる前に、一度手を止めた。

 今日は、温かい物を食べたいと思った。

 誰かに聞かれる前に、そう思えたことだけを、覚えておいた。



 午後、高瀬さんから、原稿の受取り予定について確認が来た。

 私は主任と、どこまで説明するかを確かめた。

 制作前に由来と内容を確認しており、差し替えを依頼するため、受渡しの日を再調整したい。仕事に必要なのは、その情報だった。


「こちらは、確認済みの原稿を待ちます」


 高瀬さんは電話で、そう答えた。


「いつまでなら、今の予定で進められますか」


 私が尋ねると、彼は自分の作業を確認し、原稿だけでなく、映像全体の確認をする時間も必要だと話した。

 待てる日を伝えてもらい、私は紙へ記した。


「無理な場合は、使う部分を減らす相談になります。届いた物を、確かめる時間もなく使う形にはしたくないので」


「はい。こちらも、その前提でお伝えします」


 彼は事情を聞き出そうとしなかった。

 私はそれを少し寂しくも、ありがたくも感じた。心配されていますかと聞けば、別の声を引き出せるかもしれない。

 でも、今、彼へ渡したいのは、困っている私の全部ではなかった。


「待っていただき、ありがとうございます」


 そう伝えると、高瀬さんはこちらも、決まっていない物で作り始めずに済みますから、と答えた。



 夕方、悠真から連絡が来た。

 以前の文章を、形の参考にした。思い出の紹介なんて、似た内容になると思った。必要なら、少し直します。

 私は二度読んだ。

 参考、という言葉が、画面に残っていた。

 川沿いの朝が、何も感じず使える、よくある形になっていた。


 主任へ見せる前に、私は自分の旧原稿を閉じた。

 消しはしなかった。



「少し直すのではなく、新しく書いていただきたいです」


 私は主任へ言った。


「誰がどの朝を過ごしたかを、ここで争うのではなく。今のお二人が、何を伝えたいかを、ご本人たちで考える原稿にしたいです」


 主任は頷き、次の打合せで説明すると答えた。

 私はそのための紙を一枚、用意した。

 質問は、初めて一緒に出かけた日、楽しかったこと、これからどんな暮らしをしたいか。答えの例は、付けなかった。

 私が代わりに書けば、また、読める文章になるだろう。

 今回は、その空欄を、二人へ返すことにした。

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