第7話 花の値段と、友達の値段
写真の中の花は、十一月には別の顔になると、小野さんは言った。
九月十六日、私は花店の作業台を挟んで、彼女が用意した写真を見ていた。リーヴェルから歩いて来たので、鞄の背中に触れるところだけ、少し暑かった。
水の入った容器が台の奥に並び、床には、切り終えた茎を入れる箱があった。私は荷物を置く前に、場所を尋ねた。
「そちらの椅子へ、どうぞ。そこには、今日使う物を置いてないので」
千春さんは手元の束をまとめてから、私へ写真を返した。
「この時の花を全部そろえるより、何が好きかを聞いて、組み直す方がいいと思います」
「顔の周りが明るく見えて、後ろに高さがあるところ、だそうです」
私は美緒の希望を書いた紙を渡した。
千春さんはでは、ここですね、と写真の上の方を指した。
量をそのまま増やすのではなく、空いた部分の見せ方も考えられるという。彼女は別の写真を二枚出し、花が密に並ぶ案と、枝の間から光が通る案を見せた。
「どちらが正解ということではなくて。こちらで、違いを伝えたいです」
「お願いします。勝手に、本人はきっとこちらが好きだと、決めないようにします」
千春さんが笑った。
「私はつい、こちらを使ってほしくなりますけどね」
自分の好きな方を、隠さず指した。
私はそれを見て、少し気が楽になった。
会場の図を広げると、千春さんは窓側の台を見た。
前の週、高瀬さんと確認した、人の通る場所の印も入っていた。写真を撮った人は、同じ道を戻らず、横から席へ戻る案だった。
「この台を小さくするなら、下の方は、もう少し余白を残せますね」
「映像の方も、そちらへ立つ可能性があります。花の案を見てから、位置を相談すると言っていました」
「高瀬さん?」
「はい」
「それなら、一緒に見てもらえると助かります。前に、撮ったあとで、ここが映るとは思わなかったと言われたことがあって」
千春さんは写真の端を押さえた。
完成した物を置く場所だけでなく、どちらから見るかまで、先に知りたいという。
私は三人で確認できる候補日を、手帳へ書いた。
高瀬さんへ伝える用件が増えたことを、仕事が増えたとだけは感じなかった。
「今日は、ほかに確認すること、ありましたよね」
千春さんに言われ、私は別の紙を出した。
美緒が希望する、店の紹介のことだった。
「新婦から、ご自身の投稿で、お店を紹介したいという話がありました」
私は言った。
千春さんはそうですか、と答えた。喜んだとも、嫌がったとも分からない声だった。
「どんな内容ですか」
「式の装花の写真と、店名などを載せる案です。どの写真を、どこへ、どれくらい載せるかは、これから具体的に確認します」
「こちらが使っていいと思った写真なら、紹介してもらうのは、相談できます」
彼女は答えた。
私はその返事のあとに、もう一つ付け加えた。
「その紹介の代わりに、費用を抑えられないかというご希望もあります。会社から、掲載と費用は分けて相談すると伝えています」
千春さんの手が止まった。
彼女は写真を重ね、端をそろえた。
「宣伝になるから、ということですか」
「はい」
「それは、今回はお受けしません」
返事は、すぐだった。
私は頷き、紙へ書いた。
「掲載のお話は、別にご希望を聞きます。けれど写真を載せてもらったら、花を仕入れるお金がなくなるわけではないので」
千春さんは台の奥へ目を向けた。
花を選び、準備し、会場へ運ぶ。終わったあとの作業もある。見える物が増えるほど、店で働く人の時間も増える。
「無料で、と言われた分は、うちが払うことになるんですよね」
私はペンを止めた。
紙の費用の欄が空いていたら、どこにも支払う必要のない仕事ができたように見える。
「そのように、お伝えします」
私が言うと、千春さんはお願いします、と答えた。
「新婦さんが、悪いつもりで言っているかどうかは、私には分かりません。でも、こちらが受けられるかは、別なので」
私は頷いた。
美緒は紹介が役に立つと考えているのだろう。仕事でも、見せ方や発信を考えていた人だった。
だからといって、相手の仕事の値段まで、自分が決めてよいわけではなかった。
店を出る前、私は次の確認に必要な物を尋ねた。
千春さんは写真の許可を取る範囲と、飾りを置く位置を確かめたいと答えた。会社の担当と一緒に、内容をまとめて返すことにした。
「見本の組合せ、私が取りに来れば、その分、手間を減らせますか」
私が言うと、彼女は少し眉を上げた。
「確認のために来てもらうのは助かります。でも、運ぶ作業まで、篠原さんが空いた時間に全部やる、ということではないですよね」
私は答えかけて、止まった。
今の自分の予定なら、店の閉まる前に来られる日がある。運んで、会場へ置いて、写真を撮って共有すれば、打合せを一回減らせるかもしれない。
その作業の時間を、誰にも相談せず、入れようとしていた。
「どこまで私がするか、会社と確認します」
「そうしてください。うちの値引きを止めて、その代わりに、篠原さんの時間を無料にしてもらうのも、困るので」
私は少し笑った。
うまい返事が出なかった時の笑いだった。
「私が動けば、早いと思ってしまいました」
「早い日も、あると思います。でも、次もそうする前提になったら、篠原さんが来られない日に、この企画が止まります」
彼女は手元へ戻り、束ねた花を容器へ移した。
会場へ戻り、私は会社の記録へ、紹介による無償提供は受けないという店の返事を入れた。
主任は読み、費用の条件として、会社からお伝えします、と答えた。
私はそれならこちらで少し抑えます、と続けないようにした。
代わりに、自分の確認の作業が増える範囲を相談した。主任と、打合せで決めた役割へ戻して整理する。
来られる日の数ではなく、必要な仕事の数で考え直した。
美緒からの返事は、夕方に来た。
紹介する人もいるのに、普通と同じなんだね。
私はその文を読み、一度、深く息を吸った。
自分も、昔の友達だからと、少し違う返事をしてもらえるつもりでいたことはある。店を予約する時、満席でも一度聞いてみようと思った夜もあった。
だから分かる、と答える必要はなかった。
私は主任へ返事を相談した。
掲載の具体的な条件を聞くことはできるが、今回の装花の対価をなくす案としては進めない。通常の制作範囲の中でも、希望に近づける案を出す。
そこまでを、会社から伝えた。
帰り道、高瀬さんから会社の窓口へ、下見の確認事項が届いた。
映像に残す範囲と、花店の案を見る時期についてだった。
私は立ち止まらず、会場を出る前に返せばよかったと思いかけた。それから、今日は急いで返さなければ止まる用件ではない、と確かめた。
明日の仕事の欄へ入れた。
花の水が入った容器を、千春さんが両手で持った姿を思い出した。
大きな飾りになってしまえば、その途中の重さは、客には見えない。
鞄の中の手帳には、明日の予定があった。
今夜は、その手前へ仕事を書き足さずに帰った。




