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あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


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第5話 無料には、なりません

 無料、という文字は、依頼の文にはなかった。

 九月十一日の午前、美緒から会社の窓口へ届いたメッセージを、私は読み直していた。席札の裏に、来てくれる人への言葉を、一人ずつ入れたい。紙も、写真に添えたような形にしたい。

 最後に、これくらいなら今の範囲でお願いできるよね、とあった。

 添付された写真では、紙の端が波のように切られ、名前の部分だけ色が違っていた。

 私は手元の仕様の紙を開いた。

 決まっているのは、定型の席札だった。


「水野さん。この希望は、制作店へ確認して、追加の案を出す進め方でよいですか」


 主任は共有の画面を読み、頷いた。


「全体の予算は、まだお二人から確認が戻っていないので、参考の案です。作り始める依頼はしません」


「はい」


 私はその区別を付けて、制作店へ相談した。

 返事は昼前に来た。どんな紙を使えるか、形を変える場合の作業、個別の文章を入れる場合の原稿の締切。写真を見た印象だけでは、同じ形で作れるとは言えないという。

 私は新しい紙へ書き写した。

 写真の紙を、一人で切っている自分を想像していたことに、その時気づいた。



 午後の打合せには、美緒が先に来た。

 悠真は仕事の都合で少し遅れると、会社へ連絡していた。主任が同席し、全体に関わる決定は二人がそろってから確認すると伝えた。

 美緒は分かりましたと答え、席札の写真を開いた。


「言葉があると、捨てにくいと思って」


 彼女が言った。


「もらった人が、取っておきたくなるような物にしたいです」


 私はその希望を書いた。



「一人ずつの文章は、お二人でご用意されますか」


「うん。基本は。ただ、悠真の方は、紗季も知っている人が多いでしょ」


 私はペンを置いた。


「お二人からの言葉として、お二人で書いていただきます。文字の量や、読みづらくないかの確認はできます」


「全部、書いてほしいとは言ってないよ。困ったところを、ちょっと」


 彼女は笑った。

 昔、出先で店を決められない時も、こんなふうに笑った。私が二つ候補を出すと、助かると言った。好きでしていたこともあった。

 全部が嫌だったわけではないからこそ、どこから嫌なのかを、言わないままにしていた。


「下書きをいただいてから、仕事として確認する範囲を、ご案内します」


 私は答えた。

 美緒は少しだけ背もたれへ体を戻した。



 制作店からの案を、二人がそろってから机へ出した。

 悠真は謝りながら座り、私が差し出した紙を受け取った。美緒が写真を彼へ見せると、いいじゃん、とすぐに言った。


「これ、もらったら、うれしいと思う」


「制作内容を変える場合の参考案です。こちらに、追加の作業と費用があります」


 私は金額の欄を示した。

 悠真の指が、その手前で止まった。


「席札は、もう入ってるよね」


「はい。定型の物は、今の概算に入っています。紙の形を変え、一人ずつ違う文章を入れる場合は、こちらの案になります」


 私は元の席札の見本を横へ置いた。

 美緒は新しい写真と見本を見比べ、口元を少し寄せた。


「でも、それだと普通すぎない?」


「今の範囲で作れる物と、追加して作る物です。どちらを選ぶかは、お二人でご検討ください」


「紗季の企画って、小さいお店が、みんなで作るっていう感じだと思ってた」


 私は彼女を見た。

 主任が隣にいた。先に答えが出てこなければ、彼女へ渡すこともできた。

 でも、この部分は自分から話したかった。


「それぞれの店に、作る仕事をお願いする企画です。費用がなくなる企画ではありません」


 美緒は黙った。

 私は見本の紙から手を離した。

 言い方が短くなったのは、自分でも分かった。



 悠真が、紙を自分の方へ引いた。


「じゃあ、形はそのままで、裏に言葉だけなら?」


「その案も、こちらへ載せています。何人分の違う原稿を入れるかで、作業が変わるためです」


「手で書いたら、いいんじゃない」


 彼は美緒を見た。

 彼女は自分の指へ視線を落とした。


「六十人分を? 私も、準備があるし」


 私は六十人という数字を、紙の端へ書いた。

 私も準備がある、と言いたかった。

 今、自分の式ではないのに、同じ数の人の顔を思い浮かべている。その手間を、私が昔から知っているという理由で小さく扱わないでほしかった。


「お二人が手書きをされる場合は、必要な紙の数や、受け渡しの時期を確認します。私が代わりに全員分を書く、という対応はできません」


 先に言うと、悠真が少し驚いた顔をした。


「そこまで、頼んでないよ」


「はい。ですので、対応できる範囲を、先にお伝えしています」


 彼は返事をせず、資料を読んだ。

 美緒が、じゃあ文章だけ私たちで考えて、形はもう少し簡単に、と言った。私はその希望を、新しい仮案として記した。

 どこまで入れるかは、全体の予算と一緒に確認する。主任がその順番を伝え、制作店への正式な追加依頼は、まだ出さないことを確かめた。



 打合せの終わり、美緒が鞄から携帯を取った。


「作った物の写真、私も載せるつもりなの。お店の紹介にもなるし、それなら少し何かできないかな」


 私は主任を見た。

 掲載の希望は、まだ、どの店にも確認していない物だった。


「紹介をされる場合は、先に各店の希望と、使ってよい写真を確認します。費用のこととは、分けてご相談します」


「それは、ちゃんと書くよ。店名も、リンクも」


「何を載せるかも含めて、お店が選ぶことになります。今この場で、その代わりに無料にするとは、お約束できません」


 主任が、会社から条件を整理します、と続けた。

 美緒は唇を閉じ、それから、分かりましたと答えた。

 悠真は予算を見てからだな、と紙をそろえた。

 私はその言葉を今日の確認として記録した。

 彼がその場を終わらせるために言ったのか、考えるつもりで言ったのかは、まだ分からなかった。


 見送りの時、悠真が主任の少し後ろで足を止めた。


「そんなに、きっちりやらなくても、とは思うけど」


 彼は私だけに聞こえるくらいの声で言った。


「二人とも、初めてだから。分からないことが、多いんだよ」


 私は彼の顔を見た。

 私も、初めて結婚するはずだった。

 その時、分からないところを調べて伝えると、紗季に任せた方が早いと、彼は言った。


「分からないところは、打合せで伺います。ですが、無料でできるという意味にはなりません」


 私は答えた。

 彼は一度だけ眉を寄せた。それから主任へ挨拶をし、美緒の後を追った。



 事務室へ戻ると、私は椅子へ座る前に水を飲んだ。

 主任が隣の机へ資料を置いた。


「先ほどの追加の話は、会社からも記録で確認します」


「お願いします。私、途中、言い方が強くなりました」


「どこが気になった?」


 私はそれぞれの店の仕事です、と言った部分を伝えた。

 主任は少し考えた。


「必要な説明です。ただ、あなたが腹を立てていないふりまで、うまくできたとは、今日は思わなくていいでしょう」


 私ははい、と答えた。



 会社から出す確認の文を、私は下書きした。

 手書きにする場合も、制作店へ頼む場合も、選べる案と必要な準備を並べた。

 主任へ確認を頼み、画面を閉じた。

 言われた通りに引き受けるより、断る方が、今日は疲れた。

 それでも六十人分の紙を、自分の夜へ持って帰ることにはならなかった。

 私は空の手で鞄を閉じ、その重さを、少しだけうれしく思った。

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