↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/30

第3話 お祝いの言葉は、まだ言えない

 相談室へ入る前に、二人の名字をもう一度読んだ。

 九月七日。初回打合せの資料を持ち、私は廊下の窓で足を止めた。朝倉様、相沢様。仕事の間は、そう呼ぶ。

 そう決めれば簡単になると思ったが、口にしないうちから、少し不自然だった。


 水野主任が扉を開け、私を見た。


「準備できた?」


「はい」


 私たちは廊下側へ並んで座り、二人を待った。

 机には、白紙の希望欄と、契約時の概算を置いた。私が昔聞いた好みを書き込んだ物は、一枚もなかった。



 美緒は窓を背にする席へ座った。

 悠真がその隣で鞄を置き、私を見る。


「本当に、仕事の顔だね」


「今日は、ご希望を伺います」


 私は資料を二人へ渡した。

 どう返せばよいか考えると、挨拶の先へ進めなかった。だから、今日することから始めた。

 美緒は紙をめくり、表紙にある自分の名前へ指を置いた。悠真の名前と並んだ、その文字を見て、小さく笑った。

 私は水を一口飲んだ。


「先に、当日、どんな時間があればうれしいかを、聞かせてください」


「写真は、たくさん残したい」


 美緒はすぐに答えた。


「海が見えるところで、みんなが集まって。花も、写真にした時に、寂しくならないようにしたいです」


 途中で、私以外もいる席の言い方になった。

 私は希望欄へ書いた。


「写真は、飾った場所の写真と、ご招待の方と写る写真では、どちらを多く残したいですか」


「両方。でも、みんなと写る方は、来た人が撮ってくれるかな」


「ご自身で撮る方もいらっしゃいます。ただ、どなたと写りたいか、先に決めておくと、ご案内しやすくなります」


 美緒はそうですねと言って、手元の紙を見た。

 悠真が、その横から、写真ばかりになると、みんな疲れないかな、と言った。

 彼女が顔を向けた。


「ずっと撮るわけじゃないよ」


「分かってる。食事の時間も、あるから」


 私は悠真の方へ紙を少し向けた。


「朝倉様は、食事の時間を、ゆっくり取りたいというご希望ですか」


 初めて客として名字を呼ぶと、彼は少し笑った。


「そうですね。来た人が、堅苦しくならない感じで。あまり決まり事を増やさずに、楽しく」


「ご挨拶や、ご友人の出番を少なくすることもできます。お二人が、必ずお願いしたい方はいらっしゃいますか」


 悠真は会社の人には一言、と答えた。

 ほかにも、学生時代の友人と、親戚の話が出た。私はその人に依頼済みなのか、これから相談するのかを分けて書いた。

 堅苦しくしない、と言っただけでは、挨拶は減らない。

 そのことを、責めるように言わずに済ませたかった。



 美緒が携帯の写真を見せた。

 大きな花の飾りを、二人の席の後ろへ置いた会場だった。天井から下がる布と、幾つもの灯りも写っていた。


「こんな感じ。ここでも、できる?」


 私は携帯を預からず、彼女が持つ画面を見た。


「そのまま同じ物を置けるかは、会場と担当者へ確認します。どの部分が、一番お好きですか」


「後ろに、高さがあるところ。座ってても、顔の周りが明るいから」


 私は写真の印象を、言葉にして確かめた。

 花の量だけを増やせばよいと思っていたわけではなかった。美緒は何を見せたいかを考えるのが上手だった。以前、私が仕事の写真を選ぶ時にも、明るさの違いを教えてくれた。

 その時に助けてもらったことまで、なかったことにはできなかった。

 私は顔の周りと背景の高さ、と書いた。


「同じ量を置く以外にも、見せ方は考えられると思います。具体的な案は、花店と相談して、お出しします」


「よかった。紗季なら、分かってくれると思った」


 美緒は携帯を机へ戻した。

 私は紙へ視線を落とし、金額はまだ含めていません、と続けた。

 彼女は一瞬だけ表情を止めたが、すぐに、もちろん、と答えた。



 料理の話になると、悠真が急に具体的になった。

 遠くから来る人に、地元の物を食べてもらいたい。祖母には、あまり硬い物は出したくない。美緒の職場の人には、見た目の楽しい物も喜ばれそうだという。

 私はそれぞれ確認が必要な点を記した。

 祖母への気遣いは、初めて聞いた物ではなかった。自分の式の話をしていた頃も、彼は同じ人の食事を心配した。

 同じ人が来るのだと思った。

 私が挨拶するはずだった人へ、今度は客席の準備をする。


「篠原さん」


 主任が私の名前を呼んだ。

 私は顔を上げた。悠真が何かを尋ねたところだった。


「すみません。もう一度お願いします」


「お菓子、持って帰ってもらうなら、何種類か選べるのかなって」


 私は該当の紙を出した。

 今決められるのは、どんな物を渡したいかまでだった。種類と数を確認し、実際に用意できる案を店からもらう。

 返事をしながら、ペンを持つ手を一度緩めた。



 美緒は焼菓子の写真を見て、ここへ名前を印刷した紙も入れたいと言った。

 私はその希望を、別の欄へ書いた。



 時計を確かめ、私はここまでの希望を読んだ。

 写真に残したい背景、客と話す時間、地元の料理と持ち帰る品。

 美緒は頷き、悠真も、いいと思うと答えた。


「この中で、予算と時間の都合が重なった時、先に残したい物はありますか」


「全部、そこまで大きなことじゃないですよね」


 悠真が言った。

 私は今のご希望をそれぞれ形にすると、組み合わせで変わります、と答えた。


「例えば、皆様との撮影を増やす場合、お食事中にお席を回る時間と、どう分けるかを考えることになります。どちらも、同じ時間にはできませんので」


 彼は資料を見た。

 美緒が、撮影は減らしたくないな、と言った。


「まず、撮りたい方の組合せを出してみましょう。そこから、どれくらい時間が必要かを確認します」


 私は二人へ同じ紙を渡した。

 悠真の友人の名前を、私が代わりに書き始めることはしなかった。以前なら、知っているからと、自分の方で埋めただろう。

 今日は、本人が書くのを待った。



 最後に、契約時の概算へ戻った。

 六十名で二百四十万円。既に支払われた申込金二十万円も含まれている。今日挙がった希望のうち、何が含まれ、何が別に確認する物かを、主任が説明した。

 私は資料を開き直し、追加候補の欄を示した。


「まだ、全てを入れた金額ではありません。これから案を作るにあたり、お二人の上限を、改めて確認させてください」


 悠真が口を開きかけ、美緒が先に答えた。


「三百五十万円くらいまでで、考えてます」


 私はペンを止めず、金額を書いた。

 その横で、悠真が椅子へ座り直した。


「そこまでは、言ってないよ」


 美緒が彼を見た。


「でも、やりたいことを入れたら、少し増えるって」


「少しだよ。俺は、二百六十万円くらいのつもりだった」


 私は二人を見た。

 どちらが正しいかを、こちらへ尋ねるような顔だった。

 私は美緒の数字の横へ、悠真の数字も書いた。二つの間に、線は引かなかった。


「ご予算については、お二人で、もう一度確認をお願いします」


「間を取ったら、だいたい三百万でしょ」


 悠真が笑いかけた。

 その場を楽にしようとする時の声だった。私は笑わなかった。


「その金額を、どなたが、どうご負担されるかも含めての確認です。平均を出して決めることはできません」


 主任が頷き、今は追加を確定させないことを伝えた。

 美緒は自分の書いた紙を見た。悠真は概算の一番下を指で押さえたままだった。

 おめでとうございますとは、今日も言えなかった。


 私は次回までの確認事項へ、上限額と負担者、と書いた。

 二人で決めたはずの結婚式に、まだ、二つの予算があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。