↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/30

第2話 引き受けるための条件

 引き受けなかった時の予定を、先に見せてもらった。

 九月五日、リーヴェルの事務室で、水野主任が私へ一枚の紙を渡した。別のプランナーへ引き継ぐ場合の連絡と、協力店との打合せを組み直す案だった。

 昨日の顔合わせでは、担当を決めなかった。

 悠真の言葉のあと、主任が、今日はお返事をする日ではありません、と話を引き取った。私は二人の希望を聞く席へ座り、企画が気に入った理由だけを確かめた。

 美緒は港の景色と、持ち帰れるお菓子がよいと言った。

 悠真は融通が利きそうだから、と答えた。

 その言葉も、帰ってから覚えていた。


「この場合、私の企画は、ほかの方が実施するんですね」


「会社の枠ですから。ただ、提案した人と協力店の仕事が分からなくならないよう、資料は残します」


 主任は私の名前が入った企画書を示した。


「篠原さんが、自分で最後までやらなければ、取られてしまうという話ではないです」


 私は頷いた。

 昨日の帰り、何度も、これを手放したら何もなくなると思った。仕事はほかにもある。そのことを忘れる程度には、あの二人の名前は大きかった。


「今日は、どちらにするか、決められそう?」


「条件を、聞かせてください。受ける場合の」


 主任は別の紙を出した。

 どちらも用意してあった。



 紙には、私の受け持つ仕事が書かれていた。

 希望の聞き取りと企画の調整。協力店との制作内容の確認。進行案の作成。当日の制作チームへの引渡し。

 新郎新婦との契約は、運営会社が扱う。請求や支払確認も、会社の担当から行う。追加を受けられるかは、金額と期限を含めて承認を取る。


「あなたが、その場でいいですよと答えても、それだけで追加は決まりません」


 主任が言った。


「私が、いいですよと、答えない方がいいですね」


「そうですね。確認して返事をする、と答えてください」


 私は自分の手帳へ書いた。

 珍しい決まりではなかった。ほかの客にも、同じように伝える。けれど知っている人の前では、後で自分が何とかすればよいと思いがちだった。

 それが、昨日の融通という言葉に、収まっていた。


「打合せは、私が同席します。私が出られない回は、事前に別の責任者を決めます。業務の連絡は、会社で共有する窓口へ」


「昔の連絡先へ、来た場合は」


「業務の依頼は、そちらへ送り直してもらってください。私的な用件は、仕事の記録へ入れる前に相談を。何でも転送すればよいということでもありません」


 私は頷いた。

 悠真の連絡先は、消していなかった。個人的な精算について、相談した専門家を通して文面を確かめることが残っていた。

 見れば嫌な気分になるからと、全部を消せる状態ではなかった。


「私的な方は、別の窓口で進めます」


「それでお願いします。式の仕事を受けたら、こちらの話を取り下げる、という約束にはしないでください」


「はい」


 主任は次の行を指した。

 報酬と、作業の範囲。それから、途中で範囲が変わった時の相談について。

 私が客から個人的にもらう謝礼ではなかった。会社と私の仕事の条件だった。

 私は最後まで読み、直してほしい箇所を一つ伝えた。協力店へ確認する内容が増えた場合、既存の準備だけで収まると決めず、作業の予定も見直したい。

 主任は頷き、紙へ印を付けた。


「そこの相談は、必要です」


 言い返されなかったことに、ほっとしていた。

 仕事の条件を尋ねたのに、わがままを許してもらったような顔をしてしまったらしい。主任が、普通に聞いていいことです、と付け足した。



 昼前、私は花店の小野千春(おのちはる)さんへ電話をした。

 作業の手を止めていないかを確かめてから、式場の担当変更について、まだ相談中だと伝えた。


「篠原さんになる可能性もあるんですか」


「はい。ただ、決まる前に、そちらの準備の状況を確かめたくて」


 千春さんは今は日程と大まかな季節の案までです、と答えた。

 花の種類も、置く数も決めていない。写真を見て希望を聞くための案と、実際に手配する物は、まだ別だった。


「私が外れても、企画の趣旨は引き継ぎます」


「それなら、大丈夫です。窓口が変わる時だけ、教えてもらえれば」


 彼女は明るく答えた。

 私でなければ困ると言われると思っていたわけではない。それでもその返事を聞くと、少し寂しかった。

 電話の向こうでは、紙を引き出す音がした。


「お二人はどんな感じをご希望ですか」


 私はまだ具体的な聞き取りはこれからだと答えた。

 こちらが知っている美緒の好みを、今の注文として話すのはやめた。前は白い花が好きだった。だから今も、とは言えない。


「決まったら、ご本人たちの希望を、改めてお送りします」


「お願いします。あと、写真の花を全部そのまま使う案には、まだしないでくださいね。十一月にどう用意できるか、こちらで見ますから」


「はい。先に約束しません」


 電話を切り、私は手帳を見た。

 自分が一人で受けなければ壊れる企画ではなかった。店も主任も、それぞれ、今できることを考えている。

 その中に、自分も入りたいと思っていた。



 昼食のあと、私は空いた会場へ入った。

 港を望む窓の手前に、折り畳まれた机が寄せてあった。次の催しの準備前で、花も食器もなかった。

 三月、ここへ置く焼菓子の包みを、千春さんたちと並べたことがあった。

 紙の色を変えるだけで、花の見え方が変わる。私は写真を撮り、次の相談へ持っていった。その時に楽しかったのは、悠真が褒めてくれるかどうかではなかった。

 帰ってから彼に話したことも、覚えていた。

 いいじゃん、紗季らしくて。

 そう言われて、うれしかった。

 そのうれしさを、今になって全部捨てる必要はなかった。私が仕事をしたことまで、彼の言葉から始まったわけではない。


 窓へ近づき、外を見た。

 船が一つ、ゆっくり動いていた。何も飾っていない場所でも、ここで客を迎えたいと思えた。

 あの二人でなければ、もっとよかった。

 そう思う自分を、そのままにしておいた。



 事務室へ戻り、私は主任へ、受けたいですと伝えた。

 主任は椅子をこちらへ向けた。


「決めた理由を、聞いてもいいですか」


「自分が考えた企画を、実際にやってみたいです。協力店の方と、ここまで相談してきました。ほかの人に任せても続くとは分かりました。でも、私が、続けたいです」


 主任は黙って聞いた。

 私は自分の答えがきれいにまとまりすぎた気がして、少し止まった。


「それと、二人に、私の企画だけ都合よく使われるのが、嫌です」


「はい」


「うまくできなかったところを見て、やっぱり私が必要だったと思ってほしい気持ちも、あります」


 声が小さくなった。

 主任はそうでしょうね、と答えた。

 それで受けられませんと言われるかと思ったのに、彼女は書類を引き寄せた。


「その気持ちがあることと、仕事で何をするかは、別に確かめましょう。困らせたくなったら、手を動かす前に相談してください」


「はい」


「耐えられたかどうかを、あなたの成績にはしません。続けられないと思ったら、その時も言ってください」


 私は頷いた。

 引き受けると決めたあとにも、変えられることがある。その説明を聞いて、ようやく自分で選んだ感じがした。


 会社と確認した仕事の条件へ、私は名前を書いた。


 主任が受け取り、初回打合せの候補日を開いた。



 帰り支度をする頃、担当を受けると会社から二人へ連絡した旨の共有があった。

 打合せには主任が同席すること、変更や追加は会社で確認することも、一緒に伝えてあった。

 私はその連絡を読み、自分の予定へ次の仕事を入れた。


 悠真が喜んだか、美緒がどんな顔をしたかは、分からなかった。

 それを想像して、先に胸のすく場面を作りかけた自分もいた。

 私は画面を閉じた。

 まだ二人は何も選んでいない。何に幾ら使い、誰へ何を頼むかを、これから確かめる。


 企画書を鞄へ入れる前に、最後のページを開いた。

 私の名前があった。

 その上に、協力店の名前が並んでいた。


 明後日、最初に聞くことを手帳へ一つ書いた。

 どんな一日を、望んでいますか。

 私はそれを読んでから、自分の分のページを、まだ一枚残しておいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。