第28話 おめでとう、のあと
十一月十七日、会場には、昨日の二人の席がなかった。
私は事務室で、仕事の終了に必要な記録を確かめていた。使った版、当日の順番の変更、各担当へ引き渡した物。水野主任が一つずつ読み、私が受け持つ報告の範囲を閉じていった。
終わるための仕事にも、時間が要った。
「篠原さんの担当分は、こちらで確認しました」
主任が言った。
私は頷き、借りていた資料を返した。
自分の作業と報酬についても、会社との記録へ合わせた。
私はその確認を終えてから、手帳を閉じた。
新郎新婦は、午後、会社との最終の確認に来た。
残った品の受渡しや、写真と映像が届くまでの連絡先は、会社で説明した。
今後の制作や納品を、私が私物の連絡先で受け続ける形にはしなかった。
私も必要な箇所を確認し、主任へ渡した。
帰る前に、悠真が私へ話しかけた。
「ちゃんと終わって、よかった。ありがとう」
私は頭を下げた。
「こちらで担当した内容は、引渡しを終えています。今後のご確認は、会社の窓口へお願いします」
「うん。あと、母も気にしてるから。もう大丈夫だって、紗季から、一言あれば」
私は彼を見た。
昨日、おめでとうございますと言った。その言葉で、彼は別の確認まで済んだと思いたかったのかもしれない。
「私から、気にしていないとお伝えすることは、ありません」
私は答えた。
「仕事を終えたことと、私的なことは、別です。お母様へ何を説明するかは、悠真さんが考えてください」
彼は少し黙った。
私はそれ以上の返事を待たなかった。
責めるための追加の文も、用意しなかった。
主任が、今後の連絡先をもう一度示し、彼は分かりました、と答えた。
美緒はロビーで私へ声を掛けた。
主任は近くの受付で書類を確認していた。
「少しだけ話してもいい?」
彼女が尋ねた。
私は何について、と返した。
「式のことじゃなくて。私から、言いたいことがある」
私は時刻を見て、少しなら、と答えた。
ロビーの端の椅子へ、間を空けて座った。悠真は会社の担当と別の確認をしていた。
「昨日、ありがとう」
美緒は言った。
「みんなと話せた。写真も、あの花のところで撮れた。私、もっと、何か足りない気持ちになると思ってた」
私ははい、と聞いた。
「でも、友達が、帰りのお菓子、楽しみって言ってたから。それは、よかった」
彼女は鞄を膝へ置いた。
私は店の方にも、お伝えします、と答えた。
そこで一度、話が切れた。
礼を聞いたので席を立つなら、立てた。
でも、美緒がまだ、別の文を言おうとしているのは分かった。
私はその分だけ、待った。
「紗季に、担当してほしかったのは、分かってくれると思ったからだけじゃない」
彼女は言った。
私は彼女を見た。
「私、ずっと、紗季に頼む方だったから。こうしたらいいよって、先に考えてもらう方で。悠真くんが私を選んだら、今度は私が、違う方に立てると思った」
声が小さくなった。
私は彼女が一緒に笑った頃の顔を、思い出した。
仕事の写真を見てもらい、ここはこっちの方がいいと教えてくれた人だった。私が一方的に何でもしてあげていた友人ではない。
その時間まで、彼女の説明に合わせて、全部上下へ並べ直したくはなかった。
「結婚式も、紗季に見てほしかった。私の方が、幸せだって、分かるように」
彼女は目を伏せた。
「ごめんなさい」
私はすぐには答えなかった。
その謝罪が欲しいと思った日があった。
言えば、もっと簡単に、気持ちが動くと思っていた。怒るか、泣くか、少しだけ許せるか。
今は、彼女の膝の上の鞄を見ていた。
何度も一緒に買物をした人が、自分で選んだ鞄を、両手で押さえていた。
「聞きました」
私は答えた。
「そう思っていたことも、謝ったことも」
美緒が顔を上げた。
私は待たれている先へ、急いで進まなかった。
「でも、友達には、戻りません」
口にすると、自分の胸も少し痛んだ。
何も惜しくない相手ではなかった。その頃がよかったと覚えているから、同じ呼び方で何事もなく続けることは、できなかった。
美緒は唇を閉じ、頷いた。
「また、いつかとかも、言えない?」
「今、そういう約束はしません」
私は返した。
何年か待てば、私が許すという見通しを、彼女へ渡したくなかった。
自分も、その日が来るかを測りながら、彼女の暮らしを見るつもりはなかった。
「式の仕事は、確認した通りに終えました。今後の納品のことは、会社へ聞いてください」
私は続けた。
「私へ、昔みたいに相談する連絡は、しないでください」
美緒は小さく、分かった、と答えた。
私は頷いた。
その返事を聞けば、今日、ここで確かめることは終わりだった。
席を立つ前に、彼女がもう一度ありがとうと言った。
私は仕事としてお受けしたことは、こちらで終了です、と答えた。
冷たい文になったと思った。
でも、次の私へ、返すつもりのない約束を残さない方がよかった。
二人が帰ってから、主任へ、私的な話があったことを伝えた。
業務の条件は変えず、個人的な連絡は今後受けないと答えたことを、必要な範囲で共有した。
主任は今後の担当を確かめ、私へ、ここまでありがとうございました、と言った。
「こちらこそ。相談の時間も、ありがとうございました」
私は答えた。
仕事の確認が終わった机には、もう二人の資料を広げていなかった。
隣には、次の催しの紙が置かれていた。
私的な精算については、式の前の週に、別の窓口で合意ができていた。
整理する内容と金額、支払いの期日。相談している相手と文面を確認し、双方が了承したことを、記録で受け取っていた。
式を引き受けたから取り下げることにも、謝ったから返答がいらなくなることにも、しなかった。
私は帰宅してから、その書類を別の保管場所で確かめた。
約束された期日ごとの確認は、定めた窓口を通して続ける。相手の顔を見に行き、その暮らしの中で返事を待ち続ける必要はなかった。
書類を閉じ、私は椅子へ深く座り直した。
二人はこれからも夫婦として暮らすのかもしれない。うまくいかなくなるのかもしれない。
どちらかを知って、初めて自分の選択が正しかったと決まるわけではない。
私は自分の部屋を見た。
洗った皿と、まだ畳んでいない服があった。二人の式を考えなくても、することは残っていた。
最初に、洗濯物を一つ畳んだ。
それから、次の休みの予定を開いた。
会社の打ち上げの案内が、届いていた。準備をした人たちで、短く食事をするという。
私は参加できると返した。
高瀬さんも来るかを、先に確かめはしなかった。
自分がそこへ行き、あの仕事を一緒にした人と話したかった。
もし彼も来たら、話したいことはあった。
携帯を置き、私は残りの服を畳んだ。
あの二人が後悔しているところを、今日、全部見られたわけではなかった。
それでも次の予定を、自分のために開いていた。




