第27話 最高に幸せな一日
十一時、挙式室の扉の内側で、私は次の合図を待っていた。
ロビーには、畳まれた傘が並んでいた。受付の担当が来た人を案内し、会場の責任者が、挙式の担当と時刻を合わせていた。
私は一人ずつの名前を確認し、自分が受け持つ案内を終えていた。
目の前の扉は、まだ開いていなかった。
美緒が、ドレスの裾を見下ろした。
別の衣装へ替える追加は選ばず、この一着で過ごすことになっていた。衣装の担当が手元を整え、私は邪魔にならない位置へよけた。
悠真は彼女の横で背筋を伸ばしていた。
二人が何を話したかは、聞こえなかった。
私は目をそらさず、でも、その言葉を知ろうとはしなかった。
今、この人たちが出ていく場所を、仕事として確かめていた。
合図が出て、扉が開いた。
私は一歩引いた。二人が進み、その後ろを担当の人が確かめた。
客席の方から、衣服の動く音と、小さな声がした。
私が知っている顔もあった。
以前、私へ手を振った人が、今日は美緒を見ていた。
そのことを、わざわざ自分へ突きつけなくても、胸は少し痛んだ。
でも、自分がどこへ立つかは、もう決まっていた。
私は通路を空け、次の案内に必要な紙を開いた。
挙式が進む間、会場の担当から、窓側の準備が整ったという連絡を受けた。
私は受付の担当へ、庭へ出ない案内をもう一度共有した。
客が動き始める時点は、責任者から撮影側へ伝える。
扉の向こうで拍手が起きた。
私は顔を上げた。
二人が戻ってきた。
美緒は入る前より、少しゆっくり息をしていた。悠真は客席へ一度振り返り、それから、こちらの案内を聞いた。
私は次に進む場所を示した。
窓側へ集まる時、小さな遅れが出た。
親族の一人が、まだロビーから戻っていなかった。先に一組を撮り、次にこちらの家族、という順番だったが、そのまま呼んでも、全員がそろわない。
私は親族の案内をしている担当へ、戻る見通しを確かめた。
確認している間、窓の前で待つ人を増やさないよう、会場の責任者へ伝えた。
「先に撮れる組合せを、撮影側と合わせます」
責任者が答えた。
司会の担当も、食事の始まる時刻と、次に案内する順番を確認した。
私は二人へ今の進め方を伝えた。
「お祖母様が戻られてから、ご一緒の写真をご案内します。その前に、ご友人の組合せを進めます」
悠真は分かりました、と答えた。
美緒も頷き、今、呼んでほしい友人を、私へ伝えた。
私は名簿で確認し、案内の担当へ渡した。
高瀬さんは写真の担当の位置を確かめてから、少し横へ回った。
通る道が空き、最初の客がそこから戻ってきた。
九月の図に引いた線が、初めて、人の動きになっていた。
祖母が戻ると、悠真が一歩前へ出た。
私は案内の担当と目を合わせ、次の組合せを撮影側へ伝えた。
彼は急いで並んでもらうのではなく、祖母が落ち着くまで、少し待っていた。
美緒も隣で、スカートを整えた。
写真が済むと、客は窓側から席へ戻った。
途中で戻る道を間違えかけた人へ、担当が声を掛けた。私は一人を案内し、また、自分の位置へ戻った。
遅れた分のすべてを、料理が冷めるまで同じ場所で待たせて埋めることにはしなかった。
会場の責任者と司会が順番を合わせ、食事を始める案内が出た。
厨房へ伝える役は、別にいた。
私は決まった進行を受け取り、持っている紙へ、変更した順番を記した。
私は息を吐き、机の端へ資料を置いた。
自分の手が空いている短い間があることを、怖いとは思わなかった。
披露宴では、二人が席を回る時間を取っていた。
長い演出と衣装の追加をやめ、本人たちが残したいと答えた物だった。
美緒は最初、立つ時刻を私へ目で確かめた。
私は担当の合図を示し、歩く道を空けた。
彼女が、近くの席の女性へ笑いかけた。
何を話したかは、聞こえなかった。相手も笑い、持っていた携帯を、一度机へ置いた。
写真を撮る前に、二人で話していた。
悠真は友人の肩へ手を置き、何か言って、笑った。
場を明るくするのは、上手な人だった。
私は次の席へ進む時刻を、担当へ確認した。
大きな照明の演出は、なかった。
追加の映像も、流れなかった。
代わりに、基本の範囲で確かめてきた写真と、二人が書き直した言葉が、使われた。
出かける日と、何もしない日も作りたい。
私はその文を聞き、手元の紙へ視線を落とした。
川沿いの朝の文章は、そこにはなかった。
私の言葉を借りなくても、二人が何を言うかは、残っていた。
食事の合間、小野さんが入口近くで花の様子を確かめた。
私は客の移動が落ち着くのを待ち、短く、今のところ問題ありません、と伝えた。
彼女は頷き、片付けの確認は終わってから、と自分の予定を見た。
私はその仕事を私的な感謝の長話で止めなかった。
きれいです、という一言だけを添えた。
「ありがとうございます。あの向きで、よかったですね」
千春さんは答えた。
私は窓の方を見た。
枝の隙間から明るさが通り、客の顔が見えた。密に並べた背景では、残らなかった空きがあった。
二人が選んだ範囲で、店の人が作った物が、今、使われていた。
高瀬さんと、一度だけ目が合った。
私は小さく頷き、彼も頷いた。
彼がどこを見ているかを、今は知っていた。
私が見ている客の戻る道は、彼の位置からは見えなかった。
だから、それぞれが、そこへ立っていた。
二時に近づき、最後の挨拶が始まった。
私は入口の担当へ、持ち帰る品を渡す準備を確かめた。個数と名簿を合わせ、欠席の人の分を、勝手に誰かへ足さないよう確認する。
紙の掛けられた菓子が、箱に並んでいた。
三月、小さな見本を机へ置いた時の写真を思い出した。
今日は、来た人が、持って帰る物になっていた。
客を見送る時、二人は入口へ立った。
美緒が品を渡し、悠真が礼を言う。その順番が少し入れ替わり、二人とも笑った。
ひとりの客が、帰ってから食べるのが楽しみです、と言った。
私は少し離れたところで聞いた。
企画書に書いていた楽しみが、こちらから説明しない声で返ってきた。
その一言が、今日、いちばんうれしかった。
美緒は何度も、ありがとうございますと答えた。
誰にでも羨まれる式になったかどうかを、私は確かめなかった。
彼女がこの先、その写真をどう見せるかも、今、知る必要はなかった。
最後の客が帰ったあと、二人が私と主任へ頭を下げた。
悠真が、ありがとうございました、と言った。
美緒も同じ言葉を返し、花の方を一度見た。
「写真も、撮れました」
彼女は言った。
私ははい、と答えた。
仕事の確認を終えてから、もう一度二人へ頭を下げた。
「おめでとうございます」
初めて、その言葉を口にした。
主任が残りの案内を引き取り、私は会場へ戻った。
片付けは、もう始まっていた。
自分の確認を終え、引渡しをする。私は次の紙を開いた。
誰かの幸せを作る仕事を、私はまだ続けたいと思っていた。
あの二人がどれだけ後悔したかを、先に確かめなくても、その希望は、残っていた。




