第24話 私への謝罪は、別の話です
謝罪の言葉は、変更後の見積の上に置かれた。
十月三十日、リーヴェルの相談室で、私は悠真の返事を待っていた。水野主任が隣にいて、机には、二人へ確認してもらう書類があった。
今日は、美緒は来ていなかった。会社から説明した内容について、悠真が確認したいと申し込んだ時間だった。
「紗季には、悪かったと思ってる」
彼は紙へ向いたまま言った。
私は彼の顔を見た。
主任が話す前に、悠真は続けた。
「仕事のせいにしたのも、よくなかった。忙しかったからって、ああいうふうに言うことは、なかったと思う」
私は返事をしなかった。
聞きたかった内容だった。
だからこそ、今、その言葉がどの用件へ続くのかを、聞かずに受け取るのが怖かった。
「今日、そのお話をされるのは、どの確認のためでしょうか」
主任が尋ねた。
悠真は顔を上げた。
「このまま、ぎくしゃくしてると、式の準備も、やりにくいと思うので」
私は膝の上で、両手を重ねた。
彼は前より、言葉を選んでいた。けれど謝れば、私がまた仕事をしやすくしてくれるという順番は、残っていた。
「私への謝罪は、式の確認とは、別のお話です」
私は答えた。
「こちらで必要な準備は、契約と、確認された内容に沿って進めます。私が、個人的な話を許したかどうかで、変える仕事ではありません」
悠真は許すって、というように小さく首を振った。
「そこまで、大きな話にしたいわけじゃなくて。普通に、前みたいに話せればと思って」
「私は前の関係へ戻すつもりはありません」
私は伝えた。
彼は黙った。
あの広場で言ったことを、もう一度仕事の机でも言うことになった。
「私的な精算については、相談している窓口から、文面をお送りしています」
私は続けた。
「そちらへの返事は、そちらへお願いします。式の追加を引き受けることや、費用の案を変えることと、交換するつもりはありません」
「その話も、今は、式のことで出ていく分があるから、少し考えてほしいんだよ」
彼は言った。
主任が、その内容は会社の業務ではお受けできません、と答えた。
私は彼を見た。
「今、式で何を選ぶかは、美緒さんと確認してください。私との話に使っている窓口へ、式の仕事の条件を持ってこないでください」
声が少し強くなった。
私はそれ以上、言葉を重ねないよう、息を吐いた。
彼の支払いが大変になることを喜ぶために、精算を続けるのではなかった。私が失った物について、別に返事をする必要がある。
それは、今の式を円滑に進めるための謝礼でも、誰かに勝った証拠でもなかった。
悠真は分かった、と答えた。
それから、目の前の紙を見直した。
「じゃあ、こっちの式は、本当に、この金額でいいんだね」
私は主任へ目を向けた。
業務の返事へ戻る時だった。
主任が、変更後の案を説明した。
四十五名で、基本の内容と、選んだ紙や包装の追加を含む総額二百二十万円。申込金二十万円は支払済みで、残額は二百万円になる。
選ばなかった追加は、正式な手配へ進めない。
新郎新婦が二人で内容を確認し、会社へ承認と支払いの確認を返す。
期限は、十一月三日だった。
「これから、もう少しだけ花を増やしたいとか言われても、難しいんだよね」
悠真が言った。
主任は内容によって確認が必要ですが、今の総額のまま増やせるとはお約束できません、と答えた。
「美緒が、また言い出すかもしれないから」
「その時は、お二人の希望として、期限の前にご連絡ください。こちらが美緒様を説得して、朝倉様の代わりに決めることはできません」
主任の声は、変わらなかった。
私は手元の記録へ、今回確認した内容を入れた。
「分かりました。二人で、返します」
悠真は答えた。
私はこちらでお待ちします、と返した。
その文なら、仕事の相手へ、自然に言えた。
彼が帰ったあと、私はすぐには椅子から立てなかった。
主任は紙をまとめながら、少し休みますかと尋ねた。
私は頷いた。
「謝ってほしかったんです」
口へ出すと、思っていたより、弱い声だった。
「今日、仕事のせいにしたのは間違いだったと、言いました。それは、聞きたかった言葉でした。でも、続きに、前みたいにと言われると」
私は目を伏せた。
謝罪を受け取れば、そのまま手を差し出さなければいけない気がした。やっぱり紗季は分かってくれると、彼が笑うところまで、戻されるようだった。
「言葉を聞いたことと、頼みを受けることは、同じではありません」
主任が答えた。
私は頷いた。
「聞きたかったから、何でも受けるところへ戻るのは、嫌でした」
「今日は、その返事をされました」
主任はそこまでを確かめた。
私的な窓口へは、帰宅してから連絡した。
式の業務の席で、精算にも関わる話を持ち出されたが、別に返答を求めたことを伝える。
会社の資料を添えて、相手の懐具合を説明することはしなかった。自分が相談している内容に必要な範囲を、確かめて送った。
そこで使う書類と、式の見積は、別の場所へ置いた。
私の携帯の中では、どちらの連絡も同じ画面に出る。
だからこそ、自分が返事をする時に、混ぜない必要があった。
送ったあと、私は夕食の支度をした。
米を炊く間に、野菜を切った。包丁を持っていると、さっき言われた文が、短く戻ってきた。
普通に、前みたいに。
あの頃、私が思っていた普通と、彼が求めていた普通は、同じではなかったのだろう。
今、それを全て確かめ直すために、また二人で暮らしたいとは思わなかった。
食事を終える頃、会社の窓口に、高瀬さんから確認が来たという共有が入った。
私はすぐに返信を作るのではなく、明朝、会社で返す用件かを確かめた。
変更後の範囲の正式な連絡を、待っているという内容だった。未承認の物を、先に作り始めているわけではない。
朝に返す予定へ入れ、画面を閉じた。
高瀬さんと話すなら、今日は何を言いたいだろう。
私は自分へ聞いた。
悠真に何と言い返したかを、順に聞いてもらいたいのか。もっとはっきり言ってよかったと、味方をしてもらいたいのか。
少しは、あった。
でも、それだけではなかった。
仕事で見た彼の手元や、今日、何を食べたのかも知りたかった。本人が話したいことを、私も聞きたかった。
高瀬さんを、自分の悔しさを置くためだけの席にしたくはなかった。
次に話せる日に、こちらから、何が食べたいですかと聞いてみようと思った。
いつも聞かれる方だった。その返事を、私が先に待つこともできる。
私は携帯を机へ置き、食器を洗った。
乾いた皿を棚へ戻し、自分の予定を開いた。
十一月十六日までは、まだ仕事がある。その後にも、片付けと報告がある。
全部がなくなる日を待ってから、誰かと話す予定を考えるのは、やめたい。
私はその月の休日に、一つ、短い印を付けた。
誰かへ渡す返事とは別に、今の私が空けたい時間だった。




