↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/30

第23話 残したいものを三つ

 美緒の紙には、三つ目だけ、二度、消した跡があった。

 十月二十八日、私は相談室で、二人が持ってきた希望を受け取った。水野主任が隣に座り、最初に、それぞれの言葉で読んでもらった。

 悠真は料理、友人との時間、持ち帰るお菓子、と答えた。

 美緒は少し遅れて紙を持った。


「来てくれた人と、ちゃんと話すこと。地元のお店の物を、持って帰ってもらうこと」


 そこで一度、止まった。

 私はペンを動かさずに待った。


「それと、二人で写る写真は、一枚でも、ちゃんと残したいです」


 彼女は最後まで読み、紙を机へ置いた。

 花の高さも、衣装の追加も、そこにはなかった。

 私はなくなった希望として線を引く前に、今の三つを、そのまま書いた。



「こちらは、追加の撮影を入れなくても、残せることがあります」


 私が基本の案を示すと、美緒は顔を上げた。


「何が違うんでしょうか。全部、少なくなるだけですか」


「撮る組合せや、使う時間、仕上げる物の数などが変わります。基本の範囲を、撮影の担当から、こちらに出してもらっています」


 私は紙を渡した。

 高瀬さんの映像の範囲と、写真の担当の範囲は、分けてあった。二人で確認した原稿や写真を、勝手に全部なくす案ではなかった。

 希望する追加の制作をやめた時、何が残るかを示した。

 美緒は上から順に読み、一つずつ尋ねた。

 私はその場で分かるところを答え、担当へもう一度確認する箇所には印を付けた。


「すごく、華やかな写真には、ならないんですね」


 彼女が言った。


「追加の背景や衣装を入れた案と、同じ写真になるとは、お約束できません」


 私が答えると、美緒は少し黙った。

 残せます、と言うだけなら、もっと楽だった。でも、同じ物が少ない金額でできるような顔をして進めれば、当日、別の不満になる。

 私は彼女の返事を待った。


「私は華やかな方が好きです」


 美緒は言った。

 私ははい、と答えた。



 花の案は、小野さんが基本の範囲で組み直してくれていた。

 増やす予定だった背景の台を減らし、枝の間に余白を残す。顔の周りの明るさは、置く向きと、既にある会場の光を確かめて考える。

 量が増えた案と同じ密度にはならない。

 その違いが分かる写真を、二枚並べた。


「こちらなら、通るところは広く残せます」


 私は会場の図を示した。

 客が二人の席へ近づく道と、戻る道。写真の時に立つ場所。それぞれを、指でたどった。

 美緒が図を少し回した。


「座っているだけじゃなくて、私たちから動いても、いいんですか」


「はい。進行と、ほかの方の出番を合わせて、考えられます」


「それなら、来てくれた人に、近くで話せる」


 彼女は自分の紙へ目を落とした。

 悠真が、友達の挨拶を、少し短くしようかと言った。


「誰に頼むか、もう一度確認する。話すことを増やしてもらうんじゃなくて」


 彼は続けた。

 美緒は頷き、食べる時間も、ちゃんとほしい、と答えた。

 私はその二つを進行案へ入れた。



「持ち帰る物は、残したいです」


 美緒は言った。


「家へ帰ってから、食べてもらえるから。その時に、今日のことも、少し思い出してもらえたら」


 私は紙の端を指で押さえた。

 三月、私がこの企画を考えた時にも、似たことを思った。

 その言葉を美緒が言ったからと、私の仕事を取られたことにはしたくなかった。


「お菓子そのものは、基本の案にもあります。紙と包装の追加を残す場合は、こちらです」


 私は十万円の欄を示した。

 写真のように縁を加工した席札ではなく、定型の席札に二人が書いた言葉を添え、贈り物の包装と紙の色をそろえる案だった。

 確認済みの見積の範囲で、どこまで作るかを明記していた。

 新たに、同じ料金で全部違う物を作るとは、しなかった。


「それを、残したいです」


 美緒が言った。

 悠真は自分の紙を見てから、俺も、と答えた。


「今、同じところに、書いてあるから」


 彼は持ち帰るお菓子という行を指した。

 私は二人の返事を聞き、選択した案の欄へ移した。



 主任が費用を読み上げた。

 基本の案は二百十万円。紙と包装の追加を十万円分残す。合計二百二十万円。

 花の背景を大きくする十八万円、映像と写真の追加二十万円、演出十二万円、衣装の追加手配二十万円は、今回は選ばない。

 合計で、七十万円分だった。

 私は削る四つの欄と、残す一つの欄を、別々に示した。


「この変更が、二人の用意できる二百二十万円の範囲です。実施するかどうかは、最終の期限までに、お二人でご判断いただきます」


 主任が伝えた。


 変更した内容を二人が確認し、会社の手続を経て、正式に進める。

 各担当へは、その範囲が決まってから、変更後の依頼を出す。


「減らしたことは、みんなに分かりますよね」


 美緒が尋ねた。

 私は答えを急がなかった。


「前の希望を聞いていた方には、違いが分かることもあると思います」


「そうですよね」


 彼女は小さく笑った。

 笑ってみせたようにも、見えた。


「でも、食べる物があって、話せて、二人の写真も、一枚はある」


「写真は一枚だけという内容ではありません。残したい組合せは、基本の範囲で、担当と確認しましょう」


 私が言うと、美緒は少しだけ口元を緩めた。


「そこまで、減らしたつもりになってました」


 私は案を見てから決めてください、と答えた。



 打合せの終わりに、主任が二人だけで確認してほしい箇所を示した。

 実施する意思。変更した内容と金額。本人たちの負担と、支払いの期限。

 二人が書面を読み、同じ内容を確認してから、会社へ返す。

 私の個人的な話は、その中にはなかった。

 悠真は資料を重ね、明日には一度話します、と答えた。

 美緒は残したい物の紙を、その上へ置いた。


 見送りの前、彼女が私へ、ありがとう、と言った。

 私は確認の案は、会社からお送りします、と返した。

 礼を言ってくれたから、昔のように呼び合えるとは、思わなかった。

 彼女も、それ以上、私へ近づこうとはしなかった。



 事務室で、私は協力店へ伝える内容をまとめた。

 大きな装飾を減らすことは、花店の仕事の価値が小さくなることではなかった。小野さんが考えた案は、基本の範囲で残る。

 追加の映像制作を選ばなくても、高瀬さんが引き受けた仕事はある。必要な確認を省き、安く済ませることを求める案にはしなかった。

 それぞれへ、実施する範囲が決まったら、会社から正式に連絡する。

 私はその予定を、手帳へ入れた。


 机の横に、二人が書いた希望の控えがあった。

 来てくれた人と、ちゃんと話すこと。

 その文を読んで、私は最初からそう言えばよかったのに、と思った。

 すぐに、最初から分かる希望ばかりではない、とも思った。

 美緒が言えるようになったことを、私が褒めてあげる必要はない。

 ただ、本人が言った物として、進行へ残すことはできた。


 帰る前、自分の手帳の三つ目の行を開いた。

 仕事ではない日に、会う約束をしたい。

 私はそう書いた。

 誰の返事をもらえるかは、まだ分からなかった。

 でも、その希望を、二人の式が終わってから初めて考えることにしなくてもよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。