第23話 残したいものを三つ
美緒の紙には、三つ目だけ、二度、消した跡があった。
十月二十八日、私は相談室で、二人が持ってきた希望を受け取った。水野主任が隣に座り、最初に、それぞれの言葉で読んでもらった。
悠真は料理、友人との時間、持ち帰るお菓子、と答えた。
美緒は少し遅れて紙を持った。
「来てくれた人と、ちゃんと話すこと。地元のお店の物を、持って帰ってもらうこと」
そこで一度、止まった。
私はペンを動かさずに待った。
「それと、二人で写る写真は、一枚でも、ちゃんと残したいです」
彼女は最後まで読み、紙を机へ置いた。
花の高さも、衣装の追加も、そこにはなかった。
私はなくなった希望として線を引く前に、今の三つを、そのまま書いた。
「こちらは、追加の撮影を入れなくても、残せることがあります」
私が基本の案を示すと、美緒は顔を上げた。
「何が違うんでしょうか。全部、少なくなるだけですか」
「撮る組合せや、使う時間、仕上げる物の数などが変わります。基本の範囲を、撮影の担当から、こちらに出してもらっています」
私は紙を渡した。
高瀬さんの映像の範囲と、写真の担当の範囲は、分けてあった。二人で確認した原稿や写真を、勝手に全部なくす案ではなかった。
希望する追加の制作をやめた時、何が残るかを示した。
美緒は上から順に読み、一つずつ尋ねた。
私はその場で分かるところを答え、担当へもう一度確認する箇所には印を付けた。
「すごく、華やかな写真には、ならないんですね」
彼女が言った。
「追加の背景や衣装を入れた案と、同じ写真になるとは、お約束できません」
私が答えると、美緒は少し黙った。
残せます、と言うだけなら、もっと楽だった。でも、同じ物が少ない金額でできるような顔をして進めれば、当日、別の不満になる。
私は彼女の返事を待った。
「私は華やかな方が好きです」
美緒は言った。
私ははい、と答えた。
花の案は、小野さんが基本の範囲で組み直してくれていた。
増やす予定だった背景の台を減らし、枝の間に余白を残す。顔の周りの明るさは、置く向きと、既にある会場の光を確かめて考える。
量が増えた案と同じ密度にはならない。
その違いが分かる写真を、二枚並べた。
「こちらなら、通るところは広く残せます」
私は会場の図を示した。
客が二人の席へ近づく道と、戻る道。写真の時に立つ場所。それぞれを、指でたどった。
美緒が図を少し回した。
「座っているだけじゃなくて、私たちから動いても、いいんですか」
「はい。進行と、ほかの方の出番を合わせて、考えられます」
「それなら、来てくれた人に、近くで話せる」
彼女は自分の紙へ目を落とした。
悠真が、友達の挨拶を、少し短くしようかと言った。
「誰に頼むか、もう一度確認する。話すことを増やしてもらうんじゃなくて」
彼は続けた。
美緒は頷き、食べる時間も、ちゃんとほしい、と答えた。
私はその二つを進行案へ入れた。
「持ち帰る物は、残したいです」
美緒は言った。
「家へ帰ってから、食べてもらえるから。その時に、今日のことも、少し思い出してもらえたら」
私は紙の端を指で押さえた。
三月、私がこの企画を考えた時にも、似たことを思った。
その言葉を美緒が言ったからと、私の仕事を取られたことにはしたくなかった。
「お菓子そのものは、基本の案にもあります。紙と包装の追加を残す場合は、こちらです」
私は十万円の欄を示した。
写真のように縁を加工した席札ではなく、定型の席札に二人が書いた言葉を添え、贈り物の包装と紙の色をそろえる案だった。
確認済みの見積の範囲で、どこまで作るかを明記していた。
新たに、同じ料金で全部違う物を作るとは、しなかった。
「それを、残したいです」
美緒が言った。
悠真は自分の紙を見てから、俺も、と答えた。
「今、同じところに、書いてあるから」
彼は持ち帰るお菓子という行を指した。
私は二人の返事を聞き、選択した案の欄へ移した。
主任が費用を読み上げた。
基本の案は二百十万円。紙と包装の追加を十万円分残す。合計二百二十万円。
花の背景を大きくする十八万円、映像と写真の追加二十万円、演出十二万円、衣装の追加手配二十万円は、今回は選ばない。
合計で、七十万円分だった。
私は削る四つの欄と、残す一つの欄を、別々に示した。
「この変更が、二人の用意できる二百二十万円の範囲です。実施するかどうかは、最終の期限までに、お二人でご判断いただきます」
主任が伝えた。
変更した内容を二人が確認し、会社の手続を経て、正式に進める。
各担当へは、その範囲が決まってから、変更後の依頼を出す。
「減らしたことは、みんなに分かりますよね」
美緒が尋ねた。
私は答えを急がなかった。
「前の希望を聞いていた方には、違いが分かることもあると思います」
「そうですよね」
彼女は小さく笑った。
笑ってみせたようにも、見えた。
「でも、食べる物があって、話せて、二人の写真も、一枚はある」
「写真は一枚だけという内容ではありません。残したい組合せは、基本の範囲で、担当と確認しましょう」
私が言うと、美緒は少しだけ口元を緩めた。
「そこまで、減らしたつもりになってました」
私は案を見てから決めてください、と答えた。
打合せの終わりに、主任が二人だけで確認してほしい箇所を示した。
実施する意思。変更した内容と金額。本人たちの負担と、支払いの期限。
二人が書面を読み、同じ内容を確認してから、会社へ返す。
私の個人的な話は、その中にはなかった。
悠真は資料を重ね、明日には一度話します、と答えた。
美緒は残したい物の紙を、その上へ置いた。
見送りの前、彼女が私へ、ありがとう、と言った。
私は確認の案は、会社からお送りします、と返した。
礼を言ってくれたから、昔のように呼び合えるとは、思わなかった。
彼女も、それ以上、私へ近づこうとはしなかった。
事務室で、私は協力店へ伝える内容をまとめた。
大きな装飾を減らすことは、花店の仕事の価値が小さくなることではなかった。小野さんが考えた案は、基本の範囲で残る。
追加の映像制作を選ばなくても、高瀬さんが引き受けた仕事はある。必要な確認を省き、安く済ませることを求める案にはしなかった。
それぞれへ、実施する範囲が決まったら、会社から正式に連絡する。
私はその予定を、手帳へ入れた。
机の横に、二人が書いた希望の控えがあった。
来てくれた人と、ちゃんと話すこと。
その文を読んで、私は最初からそう言えばよかったのに、と思った。
すぐに、最初から分かる希望ばかりではない、とも思った。
美緒が言えるようになったことを、私が褒めてあげる必要はない。
ただ、本人が言った物として、進行へ残すことはできた。
帰る前、自分の手帳の三つ目の行を開いた。
仕事ではない日に、会う約束をしたい。
私はそう書いた。
誰の返事をもらえるかは、まだ分からなかった。
でも、その希望を、二人の式が終わってから初めて考えることにしなくてもよかった。




