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あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


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22/30

第22話 その約束は聞いていない

 今度の相談室には、四人分の資料だけを置いた。

 十月二十五日。前日の記録を確認したあと、水野主任は悠真と美緒をもう一度迎えた。

 両親は来ていなかった。

 二人が用意できる額と、親が費用を引き受ける合意はないという内容は、昨日、全員で確かめていた。

 私はその記録を、机の端へ置いた。


「今日は、実施する内容と、判断の日について、ご説明します」


 主任が話すと、美緒ははい、と答えた。

 悠真は資料を開かず、鞄を横へ寄せた。

 いつもの笑いで始めようとはしなかった。



 会社が示した判断の日は、十一月三日だった。

 それまでに、実施する内容を二人で確認し、変更の書面と支払いの確認を終える。

 追加の候補を全て入れるなら、確認できている二百二十万円との差額についても、用意の見通しを本人たちが示す。今ある範囲を選び直す案も、作れる。

 実施を取りやめる場合は、その時点までの準備と契約の内容に沿って、会社の担当が説明する。



「今、残っている日数で、できる案をお出しします。新たに何でも一から頼める期間ではありません」


 主任が伝えた。

 美緒は見積を読み直した。


「じゃあ、今まで希望を言っていたのは、何だったんでしょうか」


 私は顔を上げた。


「できると思って、考えていたんです。後から、全部追加だったって」


「追加候補としてご提示した物と、今の範囲でできる物は、それぞれお伝えしています」


 主任は返した。

 私は各案を渡した日を示した。

 ただ、送りましたという記録だけを、二人へ突きつけるのではなかった。どの時点のどの紙か、一緒に確かめられるよう、手元の版をそろえた。


「美緒様が気に入ってくださった明るさの案は、追加の大きな背景を入れなくても、残せる部分があります」


 私が言うと、彼女は写真を見た。

 悠真が、そういう方へ変えればいいだろう、と言った。

 美緒は隣を向いた。


「先に、何を頼めるか、分かってたら、そう考えたよ」


 悠真は返事をせず、資料へ視線を落とした。



「お母さんが出してくれるから、って言ったよね」


 美緒の声は、強くはなかった。


「それを聞いて、私も、自分のお金だけで全部選ぶつもりでは、考えてなかった」


「出してくれると、思ってたんだって」


 悠真は答えた。


「じゃあ、違ったって分かった時、どうして先に言ってくれなかったの」


 彼はしばらく黙った。

 私はペンを机へ置いた。

 その問いに、会社が代わりに答えることはできなかった。


「ちゃんと、話せてなかったから」


「お母さんとは、話せてなかった。でも、私には、出してくれるって話したんだね」


 美緒は自分の紙を押さえた。

 悠真は何か言おうとし、少し止まった。


「最初、俺は二百六十万くらいって言っただろ」


「私は三百五十万くらいって言ったよ。だから、何を入れられるか、もう一度話すことになったんじゃない」


 私は最初の確認の記録を見た。

 そこには二つの数字があった。会社から、上限と負担者を二人で確認するよう求めたあと、悠真はひとまず三百万円で、と返していた。

 ひとまず、という言葉が、いつの間にか、払える額のように使われていた。



「お二人のご認識に違いがあったことは、確認できました」


 主任が話した。


「ここからは、今、確認された二百二十万円を基にした案を作るか、別の用意を確認するか、選んでいただきます。まだ、どなたも引き受けていない差額を、会社や協力店がなくす案にはできません」


 悠真は頷き、美緒は黙っていた。

 私は今の二人へ、全部やめたらどうですかと言いたくなった。

 何のために結婚するのか、本人たちが答えられないのなら。

 その問いを、仕事の紙へ書くことはしなかった。



「私はこういう式ができると思って、ここを選んだんです」


 美緒が写真の一枚を指した。

 背景の高い、華やかな会場だった。


「これがなくなったら、何が残るんでしょうか」


 私は紙をこちらへ引かず、彼女の前に置いたまま答えた。


「何を残したいかを、一緒に整理することはできます。ただ、私が、こちらを残せばお二人は幸せだと、決めることはできません」


 美緒は顔を上げた。

 私は言った自分の声を聞いた。

 高瀬さんへ、自分の代わりに決めないでと伝えた日のことを、思い出した。

 二人へも、同じ返事を待つ必要があった。



 主任が、小さな紙を二人へ一枚ずつ渡した。

 残したい物を、それぞれ三つ挙げるための物だった。


「最初から同じ答えにしなくて構いません。何を大事にしているかを、それぞれ書き、次の打合せへお持ちください」


 悠真は紙を受け取り、料理と、口にしかけた。

 主任は相手の答えを聞く前に、ご自身で考えてみてくださいと伝えた。

 彼はペンを戻し、その紙を鞄へ入れた。

 美緒は自分の分を、しばらく見ていた。


「全部、みんなには、もう、話しているのに」


 彼女は言った。


「この会場で、ああいう写真が撮れるって。お店の物も、すごくいい物を、いろいろ作ってもらうって」


 私はその場へいなかった友人たちの顔を、勝手に想像しないようにした。

 何を言われるかを恐れる気持ちは、分かった。自分も、婚約がなくなったと伝える時、誰にどこまで話すかを何度も考えた。

 だから私が代わりに立派な理由を作ってやる、という返事にはしなかった。


「変更された内容は、お二人から、必要な方へ説明いただきます。会場側が、違う理由を作ってお伝えすることはできません」


 主任が答えた。

 美緒は小さく、はい、と言った。



 次の打合せは、十月二十八日になった。

 二人が三つずつの希望を持って来る。会社は、基本の案の範囲でどう残せるかを、協力店と確かめておく。

 追加する場合も、選ばなかった場合も、元の範囲が分かるようにする。

 私は次の仕事を、手帳へ書いた。


「こちらで、どちらを選ぶかは、今日決まっていません」


 最後に、主任が確認した。


「結婚式を実施するかどうかも含め、お二人で考える時間としてお持ちください」


 悠真が、分かりました、と答えた。

 美緒も頷いた。

 二人は資料をまとめ、席を立った。彼女は手元の白紙を、一番上へ載せた。



 見送りのあと、私は主任と、次に確認する範囲を整理した。

 最初から、小さい方を正解として押し付ける案にはしない。本人たちが残したい物を聞き、そのために何を変えるかを示す。

 花店へは、基本の範囲で、美緒の好きな明るさをどこまで残せるかを尋ねる。

 映像の追加制作をやめても、本人たちが書いた文章と、選んだ写真を、基本の範囲でどのように使えるかを、高瀬さんへ確かめる。



「二人が何を答えるか、まだ分からないですね」


 私が言うと、主任はそのために、今日は決めませんでした、と答えた。

 私は頷いた。

 言い合っている二人を見れば、もう無理だろうと思うことはあった。

 でも、二人の生活の先まで、私が決めて終える話ではなかった。


 事務室へ戻り、残したい物を三つ、と自分の手帳にも書いてみた。

 最初の一つは、企画を続けることだった。

 次に、休日の時間と書き、少し迷った。

 誰と過ごしたいかを考えると、同じ人の顔が浮かんだ。

 私はその名前を、仕事の予定の欄には書かなかった。


 そう思って、三つ目の行は、今夜は空けておいた。

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