第20話 本当の見積書
最終の希望を入れた見積は、二百九十万円だった。
十月二十一日、私は水野主任と、事務室で内訳を照合していた。出欠の返答を反映し、出席者は四十五名になっていた。
最初の想定は六十名だったが、遠方の親族や、予定の合わない友人から欠席の連絡があった。
料理や人数に関わる分を改めると、基本の案は二百十万円になった。
そこへ、二人の希望する追加を入れる。
八十万円分あった。
「ここは、全部、まだ候補ですね」
私は追加の欄を示した。
主任が頷いた。
「正式に頼むかどうかを、最終の場で決めてもらいます。今ある契約の範囲と、重ねて二度計上していないかも、見てください」
私は項目を上から読み直した。
花の背景を大きく変える案は、十八万円の追加だった。
映像と写真の追加の制作は、合わせて二十万円。別に希望する演出が十二万円。衣装に合わせた追加の手配が二十万円。席札や贈り物の包装を変える案が、十万円だった。
私はそれぞれの見積元と、確認した日を照合した。
どれも、美緒が一人で望んだ物としては並べなかった。悠真が希望した演出も、写真を増やしたいと言った部分もあった。
二人が、これがあればうれしいと答えた物だった。
基本の案に入っている花の写真を、横へ置いた。
小野さんが、背景を増やさなくても、明るさの印象を残せるよう考えた物だった。大きな案をやめたら、花が何もなくなるわけではない。
高瀬さんからは、追加の制作を入れない場合に、どこまで残せるかの説明が来ていた。
私はその範囲を、短い一文で示した。
「削ると、全部なくなるように見せたくないです」
私が言うと、主任は紙をこちらへ寄せた。
「そのために、元の範囲を書きましょう。ただ、残せない物まで、できるように見せないこと」
「はい」
私は説明を直した。
会社や協力店が、費用の違いを、自分たちの無理で埋める案にはしなかった。
次の紙は、支払いの確認だった。
総額には、既に支払われた申込金二十万円を含む。希望を全部入れた場合、残りは二百七十万円になる。
いくら支払われ、いくらがまだなのかを、分けて表示した。
「お二人から、資金について、新しい返事は来ていますか」
私が尋ねると、主任は確認の記録を開いた。
悠真からは、家族にも相談するという返事。美緒からは、親が出す分を含めて考えているという返事だった。
その親本人が了承した額は、まだ確認できていなかった。
「合同の場で、同じ数字を見ながら確かめます」
主任が言った。
私は頷いた。
三百万円で見てほしい、と悠真は送ってきた。その上限に収まる見積を作れたからといって、払う人まで、決まったことにはならなかった。
私は二人が今、どれくらいのお金を持っているかを、想像するのをやめた。
以前の悠真の給料も、貯金の話も、一部は知っていた。今の用意を、それで分かったことにする必要はなかった。
本人が確認する数字を、待つことにした。
午後、主任が二人と短く連絡を取った。
私は隣で、見積の説明に必要な箇所だけを示した。会社の窓口を通じた通話だった。
二人はそれぞれの場所から、同じ資料を開いた。
「人数が減っても、そのくらいになるんですね」
美緒が言った。
主任は基本の案の変更と、追加候補を分けて説明した。
「人数に関わる部分は、反映しています。追加されたい内容を全て入れた場合が、二百九十万円です」
「最初、二百四十万円って」
「六十名を想定した基本の案です。今回は、四十五名で基本の範囲を組み直すと、二百十万円になります。追加候補が八十万円です」
私は聞きながら、同じ数字を紙へ指した。
読めば分かるはずだと、思わないようにしたかった。二人が、どの金額を自分たちの式の値段として覚えていたかは、違うかもしれない。
「全部、追加だったの?」
美緒の声が少し小さくなった。
「これまで、候補としてご説明した物です。元の範囲でもできる案を、一緒に載せています」
私が答えると、彼女は見ます、と言った。
悠真は三百万円より下なら、と話し始めた。
主任が、その金額をご負担される方を、次回、確かめたいと伝えた。
「母も来ます。それでいいですよね」
彼は答えた。
私は出席することと、費用を引き受けたことを、また混ぜないよう、記録の欄を分けた。
通話を終えたあと、主任が、母親への確認を進めた。
悠真から、本人が参加を了承したと連絡があり、会社で用件を伝える連絡先も受け取っていた。
私が以前知っていた番号を、使うことにはならなかった。
主任は参加する時刻を確かめ、当日は、新郎新婦と、支払いの予定について同じ資料を確認すると伝えた。
私は自分の作業へ戻った。
通話の途中で、主任が一度、こちらを見た。
「はい。そのご認識も、当日、同じ席で確認させてください」
彼女はそう答えた。
私は手を止めたが、会話へ割って入らなかった。
終わると、主任は必要な内容を記録した。
朝倉恵子さん。夫と一緒に出席可能。費用は、息子たちが自分で用意すると聞いている。
私は最後の一行を読んだ。
親が出す分もあると、美緒は言った。
息子たちが出すと、母親は聞いていた。
同じ式に、また違う説明があった。
「まだ、どちらが何を了承したかは、ここで決めません」
主任が言った。
「はい。同じ席で、確認します」
私は答えた。
これで、彼は困るだろう。そう思う気持ちはあった。
でも、彼の母親が、知らない費用をその場で引き受けさせられないようにすることも、必要だった。
私は合同打合せで使う資料を、もう一度整えた。
希望を全て入れた総額。追加を選び直す場合の基本の範囲。申込金を含む支払済みの分と、残額。
どなたがいくらご負担されますか、という問いを、一枚目へ置いた。
各項目の横には、二人へ案を渡した日も記した。何を含んだ金額か、前の紙とどこが変わったかを、その場で一緒に戻って確認できるようにした。
主任へ見てもらう前に、私は手帳を開いた。
二人が困るところを見たい、と書いたページは、少し後ろにあった。
今日は開かず、打合せの時刻と、会社側の担当を書いた。
私が進行を握って、二人の言葉を追い詰める席にはしない。主任が話を進め、私は確認と記録を受け持つ。
その役割を、もう一度確かめた。
夕方、悠真から個人宛の連絡は、来なかった。
来たらどう返すかを、ずっと用意していなくてもよかった。
私は仕事の画面を閉じ、帰る支度をした。
二百九十万円という数字だけなら、資料へきれいに収まる。
そのうち誰が何を引き受けたのかを、次の席で確かめる。




