第19話 撮らないと決めたもの
高瀬さんは録画のボタンへ手を伸ばさなかった。
十月十八日、リーヴェルの相談室で、映像に使う写真と文章を確認していた。水野主任と私が廊下側、新郎新婦が窓側、高瀬さんは画面を動かすため机の端へ座っていた。
まだ、当日に流す完成した映像ではなかった。
使う素材と順番を確かめるため、二人から受け取った写真を一枚ずつ表示する。その途中で、悠真が椅子を引いた。
「じゃあ、今の話も、撮っておいてもらえませんか」
彼は高瀬さんへ言った。
私は顔を上げた。
机の端に、彼の小さなカメラが置いてあった。会場の確認に使い、戻していた物だった。
きっかけは、写真に付けた説明だった。
二人が出かけた場所の順番を直しているうちに、美緒が、私はそういうふうに聞いていなかった、と言った。
私たちは画面を止めた。
彼女が尋ねたのは、費用の話だった。
「お母さんに、いつ話したのかを聞いてるの。今週中に話すって、言ってたよね」
悠真は一度、画面の方へ目を向けた。
「今、それを話す必要ある?」
「だって、まだ、ちゃんと返事をもらってないなら、何をどこまで頼めるか、私も分からないじゃない」
主任が、費用の確認は、日程を調整している合同の場で行うと伝えた。
今日の映像の確認で決まらない追加は、勝手に正式な依頼へ変えない。それは、会社からも記録で送っていた。
美緒は頷いたが、悠真の方を見続けた。
「でも、私には、心配しなくていいって」
「心配しなくていいと思ったから、そう言ったんだよ」
彼の声が速くなった。
私は自分のメモへ目を落とした。写真の順番と、二人の説明の食い違いが、同じ紙に並びかけていた。
映像の確認から外れた話として、記録する場所を変えた。
そこで、悠真がカメラを見たのだった。
「言った、言わないに、なるんで。ちゃんと、残してもらえば」
彼は続けた。
美緒が高瀬さんを見た。
「私も、何を話したかは、残ってた方がいいです」
高瀬さんはカメラを手に取らなかった。
「今日、お引き受けしているのは、式の映像に使う素材の確認です。この話合いの録画は、お受けしません」
悠真の表情が変わった。
「別料金なら、ってことですか」
「料金を足していただけば、何でも撮るということではありません」
彼は落ち着いて答えた。
私は机の端を見た。
撮れば、二人は自分の言ったことを、後で変えにくくなるかもしれない。私が聞いた文を、誤解だと返されることも、減るかもしれない。
その方が、楽だと思った。
高瀬さんが、こちらに有利な記録を作ってくれる人だったら。
そう考えた自分に気づき、私は顔を上げた。
「業務の確認は、会社で記録し、皆様へ確認をお願いします」
主任が話を引き取った。
「今日、この場で費用の結論を出すことはしません。映像の話へ戻れるよう、一度、時間を置きましょう」
美緒は分かりましたと答えた。
悠真はただ、正確に残したかっただけです、と言った。
高瀬さんはその文を否定せず、カメラを鞄へ戻した。
休憩のあと、確認する項目を減らした。
今日、二人の答えが一致している素材だけを進め、まだ確認できない箇所は保留にする。
高瀬さんが画面を戻し、私は次に聞くところを示した。
今度は、二人が一緒に選んだ写真だった。
「こちらは、この順番でよろしいですか」
私が尋ねると、美緒ははい、と答えた。悠真も頷いた。
高瀬さんは次の画面へ移り、入れる文章の長さを確かめた。
原稿の最後に、何もしない休日も作りたい、とあった。私はその文を読み上げた。美緒が頷き、悠真も、そこは残してくださいと答えた。
さっき言い合った人たちにも、自分たちで残したい言葉があった。私はそれを、余計だと外さず、確認済みの欄へ印を付けた。
終わる時刻が近づき、主任が残る作業を整理した。
最終の見積は、出欠の返答を反映し、希望する追加と、今ある範囲を分けて提示する。
悠真の母親を含めた合同打合せへ、本人たちがその資料を持って来る。会社からも、参加する方へ、確認する内容を伝える。
美緒が、分かりました、と答えた。
悠真は何か言いかけ、やめた。
私は次の時刻を記録した。
彼が何を言いかけたかを想像する時間には、しなかった。
二人が帰ったあと、高瀬さんは機材を片付けた。
主任は今日の記録を確認するため、事務室へ戻った。私も資料をそろえ、画面に出ていた写真を閉じた。
「録ってほしいと、少し思いました」
私は言った。
高瀬さんが顔を上げた。
「あとで、何と言ったか、確かめられるので。私が、勝手に受け取ったことにされなくて済むと」
彼は頷いた。
私は言葉を続けた。
「でも、高瀬さんの仕事を、そちらへ使いたくなっていました」
「そういう記録を必要とする場は、あると思います」
彼は答えた。
「ただ、私が、今ここで引き受ける仕事にはしませんでした。何のために撮り、どう扱うかを曖昧にして始めたくなかったので」
私ははい、と返した。
私が同じように仕事の範囲を決めた時も、彼には、その返事を待ってほしい。
今夜、その続きを言おうか迷った。
でも、彼が機材をしまう手を見て、今は、この選択を受け取っておきたくなった。
「断ってくれて、よかったと思っています」
私は伝えた。
高瀬さんは少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとうございます」
彼は答えた。
事務室へ戻り、私は主任と今日の記録を読み直した。
途中で映像の確認を止めたこと、費用の話は合同の場へ戻したこと。次に提出する物と、その日。
新郎新婦の私的な言い合いを、細かく再現する文にはしなかった。
会社が確認すべき項目は、残っていた。
「親御さんも参加されると、話が進みますか」
私が尋ねると、主任は進めるための場にはします、と答えた。
「でも、お母様が来れば、お金の問題が消えるとは考えません。引き受けていないと分かるかもしれませんから」
私は頷いた。
相手を逃げられなくする席にしたいと思った時も、あった。
今ここで準備しているのは、誰も引き受けていない物を、そのままにしないための席だった。
帰る前、高瀬さんが事務室の入口へ顔を出した。
次回、こちらから出す資料は、予定どおりです、と主任へ伝えた。それから私にも、今日はお疲れさまでした、と言った。
私はこちらこそ、と答えた。
その声は、前の週より、少しだけ自然に出た。
廊下の窓へ目を向けると、外はもう暗かった。
今日、彼が撮らなかった時間を、私は覚えていくだろう。
その人と、次も仕事ができる。
それを、今は、安心して予定へ書けた。




