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あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


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19/30

第19話 撮らないと決めたもの

 高瀬さんは録画のボタンへ手を伸ばさなかった。

 十月十八日、リーヴェルの相談室で、映像に使う写真と文章を確認していた。水野主任と私が廊下側、新郎新婦が窓側、高瀬さんは画面を動かすため机の端へ座っていた。

 まだ、当日に流す完成した映像ではなかった。

 使う素材と順番を確かめるため、二人から受け取った写真を一枚ずつ表示する。その途中で、悠真が椅子を引いた。


「じゃあ、今の話も、撮っておいてもらえませんか」


 彼は高瀬さんへ言った。

 私は顔を上げた。

 机の端に、彼の小さなカメラが置いてあった。会場の確認に使い、戻していた物だった。



 きっかけは、写真に付けた説明だった。

 二人が出かけた場所の順番を直しているうちに、美緒が、私はそういうふうに聞いていなかった、と言った。

 私たちは画面を止めた。

 彼女が尋ねたのは、費用の話だった。


「お母さんに、いつ話したのかを聞いてるの。今週中に話すって、言ってたよね」


 悠真は一度、画面の方へ目を向けた。


「今、それを話す必要ある?」


「だって、まだ、ちゃんと返事をもらってないなら、何をどこまで頼めるか、私も分からないじゃない」


 主任が、費用の確認は、日程を調整している合同の場で行うと伝えた。

 今日の映像の確認で決まらない追加は、勝手に正式な依頼へ変えない。それは、会社からも記録で送っていた。

 美緒は頷いたが、悠真の方を見続けた。


「でも、私には、心配しなくていいって」


「心配しなくていいと思ったから、そう言ったんだよ」


 彼の声が速くなった。

 私は自分のメモへ目を落とした。写真の順番と、二人の説明の食い違いが、同じ紙に並びかけていた。

 映像の確認から外れた話として、記録する場所を変えた。

 そこで、悠真がカメラを見たのだった。



「言った、言わないに、なるんで。ちゃんと、残してもらえば」


 彼は続けた。

 美緒が高瀬さんを見た。


「私も、何を話したかは、残ってた方がいいです」


 高瀬さんはカメラを手に取らなかった。


「今日、お引き受けしているのは、式の映像に使う素材の確認です。この話合いの録画は、お受けしません」


 悠真の表情が変わった。


「別料金なら、ってことですか」


「料金を足していただけば、何でも撮るということではありません」


 彼は落ち着いて答えた。

 私は机の端を見た。

 撮れば、二人は自分の言ったことを、後で変えにくくなるかもしれない。私が聞いた文を、誤解だと返されることも、減るかもしれない。

 その方が、楽だと思った。

 高瀬さんが、こちらに有利な記録を作ってくれる人だったら。

 そう考えた自分に気づき、私は顔を上げた。


「業務の確認は、会社で記録し、皆様へ確認をお願いします」


 主任が話を引き取った。


「今日、この場で費用の結論を出すことはしません。映像の話へ戻れるよう、一度、時間を置きましょう」


 美緒は分かりましたと答えた。

 悠真はただ、正確に残したかっただけです、と言った。

 高瀬さんはその文を否定せず、カメラを鞄へ戻した。



 休憩のあと、確認する項目を減らした。

 今日、二人の答えが一致している素材だけを進め、まだ確認できない箇所は保留にする。

 高瀬さんが画面を戻し、私は次に聞くところを示した。

 今度は、二人が一緒に選んだ写真だった。


「こちらは、この順番でよろしいですか」


 私が尋ねると、美緒ははい、と答えた。悠真も頷いた。

 高瀬さんは次の画面へ移り、入れる文章の長さを確かめた。


 原稿の最後に、何もしない休日も作りたい、とあった。私はその文を読み上げた。美緒が頷き、悠真も、そこは残してくださいと答えた。

 さっき言い合った人たちにも、自分たちで残したい言葉があった。私はそれを、余計だと外さず、確認済みの欄へ印を付けた。


 終わる時刻が近づき、主任が残る作業を整理した。

 最終の見積は、出欠の返答を反映し、希望する追加と、今ある範囲を分けて提示する。

 悠真の母親を含めた合同打合せへ、本人たちがその資料を持って来る。会社からも、参加する方へ、確認する内容を伝える。

 美緒が、分かりました、と答えた。

 悠真は何か言いかけ、やめた。

 私は次の時刻を記録した。

 彼が何を言いかけたかを想像する時間には、しなかった。



 二人が帰ったあと、高瀬さんは機材を片付けた。

 主任は今日の記録を確認するため、事務室へ戻った。私も資料をそろえ、画面に出ていた写真を閉じた。


「録ってほしいと、少し思いました」


 私は言った。

 高瀬さんが顔を上げた。


「あとで、何と言ったか、確かめられるので。私が、勝手に受け取ったことにされなくて済むと」


 彼は頷いた。

 私は言葉を続けた。


「でも、高瀬さんの仕事を、そちらへ使いたくなっていました」


「そういう記録を必要とする場は、あると思います」


 彼は答えた。


「ただ、私が、今ここで引き受ける仕事にはしませんでした。何のために撮り、どう扱うかを曖昧にして始めたくなかったので」


 私ははい、と返した。


 私が同じように仕事の範囲を決めた時も、彼には、その返事を待ってほしい。

 今夜、その続きを言おうか迷った。

 でも、彼が機材をしまう手を見て、今は、この選択を受け取っておきたくなった。


「断ってくれて、よかったと思っています」


 私は伝えた。

 高瀬さんは少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとうございます」


 彼は答えた。



 事務室へ戻り、私は主任と今日の記録を読み直した。

 途中で映像の確認を止めたこと、費用の話は合同の場へ戻したこと。次に提出する物と、その日。

 新郎新婦の私的な言い合いを、細かく再現する文にはしなかった。

 会社が確認すべき項目は、残っていた。


「親御さんも参加されると、話が進みますか」


 私が尋ねると、主任は進めるための場にはします、と答えた。


「でも、お母様が来れば、お金の問題が消えるとは考えません。引き受けていないと分かるかもしれませんから」


 私は頷いた。

 相手を逃げられなくする席にしたいと思った時も、あった。

 今ここで準備しているのは、誰も引き受けていない物を、そのままにしないための席だった。


 帰る前、高瀬さんが事務室の入口へ顔を出した。

 次回、こちらから出す資料は、予定どおりです、と主任へ伝えた。それから私にも、今日はお疲れさまでした、と言った。

 私はこちらこそ、と答えた。

 その声は、前の週より、少しだけ自然に出た。


 廊下の窓へ目を向けると、外はもう暗かった。

 今日、彼が撮らなかった時間を、私は覚えていくだろう。


 その人と、次も仕事ができる。

 それを、今は、安心して予定へ書けた。

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