第14話 間違っていない、だけでは
返事を待つ間、美緒の笑顔が少しずつ消えていった。
十月五日、私は相談室で、協力店の写真をどこへ載せるかについて確認していた。水野主任が隣にいて、向かいには美緒と悠真がいた。
机へ出したのは、美緒が作った紹介の案だった。
花店や焼菓子店の名前に、自分たちの式の写真を合わせ、後日、投稿する。見せ方は分かりやすかった。何を伝えたいかも、すぐに読めた。
その中に、各店へ確認していない言葉があった。
「こちらの、特別に協力いただきました、という表現についてです」
私が示すと、美緒はそこですか、と答えた。
「皆さんで作ってくれる式だから。間違っては、いないよね」
「制作をお願いしている店です。費用の負担や、掲載への協力について、別に了承いただいた範囲があるように読めるため、どういう意味かを確認しています」
美緒は原稿を見た。
悠真が、細かいところだなと笑ったが、彼女は笑わなかった。
「じゃあ、作っていただきました、なら」
「実際に決まった内容に合わせて、各店へ文と写真を確認してもらいます」
私は答え、次の箇所へ指を動かした。
写真を自由に使えるように、という一文があった。
「こちらは、どなたが、どの写真を使う想定でしょうか」
「店にも使ってもらえる、っていうこと。私たちの写真でよければ」
「お二人以外の方が写る場合や、撮影した方の確認もあります。今、全ての写真を自由に使えるという前提にはできません」
主任が、掲載する物と範囲を分けて確かめることを説明した。
美緒は分かってます、と返した。
少し速い声だった。
「私も、普段、そういう仕事をしてるから」
美緒は言った。
「何でも勝手に載せようとは思ってないよ。先に、どういう感じか見せてって言われたから、作っただけで」
私は頷いた。
「はい。事前にお見せいただいたので、今、確認しています」
彼女の仕事を知らないわけではない。だから分かるでしょう、と返されても、確認する内容は変わらなかった。
私は原稿の次の箇所を見た。
「掲載による反響を、お店へお約束されたことはありますか」
美緒の口元が止まった。
次に何を言うかを、考えていた。
その顔を見た時、私は少しだけ気が晴れた。
分からない時には黙るのだと思った。
私へ、気にしすぎと言った人が、今、簡単には返せないでいる。
その一瞬が、うれしかった。
「まだ、お店へは、直接話してないです」
彼女は答えた。
私はそうですか、と言った。
もう一つ、聞きたくなった。
では、どうして無料にできると思ったのですか。
紙の上には、答えが出ていた。以前、費用を抑えられないかという希望があり、店が受けないと返した。それで条件は確認されている。
今の問いは、もう一度彼女が困るところを見るために、続けたくなっていた。
私はペンを紙へ置いた。
「未確認の範囲は、こちらに分けて記録します」
そこだけを、答えた。
主任が次の確認を引き取り、私は手元の資料へ目を戻した。
打合せは、予定の時刻に終わった。
紹介の案を整え、各店と撮影側の確認を受ける。店が使いたくない写真は、店の紹介として使わない。新郎新婦が了承することと、ほかの人も了承することを、別にする。
主任がまとめ、美緒は分かりましたと答えた。
彼女が作った案を、全部捨てることにはならなかった。
使えるところは、残した。
悠真が、じゃあ、あとは紗季が直してくれるんだねと言った。
私は修正する担当と、本人たちに確認してもらう箇所を、もう一度伝えた。
彼は頷いたが、目は時計へ向いていた。
私は最後まで聞いてくださいと言いたくなった。
主任が彼へ確認の予定を尋ね、私はその返事を書いた。
自分の声を増やさずに、打合せを閉じた。
二人を見送ったあと、私は水野主任へ、少し時間をくださいと伝えた。
資料を片付ける前の相談室で、彼女は向かいへ座り直した。
「今日、確認を続けたかったところが、ありました」
私が話すと、主任は頷いた。
「掲載の反響の話?」
「はい。答えを聞いたあと、前に費用のことを頼んだ理由まで、もう一度説明させたくなりました」
「必要な確認は、残っていましたか」
私は首を振った。
「店からの返事は、既に伝えています。今日、先へ進むために必要な問いでは、ありませんでした」
主任は少し黙って、机の原稿を見た。
私は自分の手を見た。ペンを置いたところに、指の跡が薄く残っていた。
「美緒が、すぐに答えられなくなって。うれしいと思いました」
言うと、目の奥が熱くなった。
泣きたいようなことを話しているつもりはなかった。自分が、嫌な人間になったのだと、誰かに決めてもらいたいわけでもなかった。
でも、きちんと仕事をした一日の顔で、そのまま帰るのが嫌だった。
「正しい確認をしている間にも、困ればいいと思うんですね」
私は言った。
主任はありますね、と答えた。
「相手を傷つけたい気持ちがあるから、全部の質問が不要だったということにはしません。今日の確認は、必要でした。ただ、それで、あなたが何も気にしなくてよいということにもならない」
私は頷いた。
「続けない方が、いいですか」
「今、決める前に、今日、何をしたかを確かめましょう」
主任は記録をこちらへ向けた。
聞いたことと、答え。次へ進むために残ったこと。
私が言いたくなり、言わなかった問いは、そこへはなかった。
私たちは今日のやり取りを順に見直した。
掲載の範囲、誰が了承するか、店へ何を約束したか。確認する項目は必要だった。美緒の仕事の能力や、私を裏切った理由を尋ねるものにはしなかった。
その一方で、次の打合せでは、先に会社側の確認事項を絞ることにした。返事が来たら、同じ内容を言い方だけ変えて繰り返さない。
追加で聞きたくなった物は、一度、主任へ渡す。
「全部、隣で止めてもらうのでは、仕事になりませんよね」
私が言うと、主任は止めるだけの役ではありません、と返した。
「監督する体制で受けました。今日、相談があったので、次の進め方を変えます。あなたも、自分の判断を点検してください」
「はい」
「それでも続けられないと思ったら、交代を相談します。引き受けたことを、守り抜くのが目的ではないです」
私は返事をした。
困った顔を見てうれしかった気持ちは、消えなかった。
それをなかったことにするため、さらに親切な案を作って埋め合わせようとするのも、違うと思った。
事務室へ戻ると、高瀬さんから映像の確認が来ていた。
私は今日の相談のことを、書き足さなかった。相手が悪いと一緒に言ってもらうための連絡にしたくなかった。
仕事の返事を終え、画面を閉じた。
隣の机では、別の組の担当者が、明日の準備をしていた。誰かが小さく笑い、受付の方から、宅配の荷物が届いた声がした。
式場は、私の悔しさとは関係なく動いていた。
その中で、私は次の確認の紙を作り直した。
最後に、担当を続けたい理由を、自分の手帳へ書こうとした。
自分の企画を実施したい。協力店と仕事をしたい。報酬も、必要だった。
その下へ、二人が困るところを見たい、と書いた。
見ると嫌な文だった。
消さず、手帳を閉じた。
次の自分が、それをきれいな理由の後ろへ、隠してしまわないように。




