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あなたの結婚式、私が最高に幸せにしてあげる  作者: 雨宮 弦


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13/30

第13話 仕事の帰りという言い訳

 仕事が終わる時刻を、二度確かめてしまった。

 十月二日、高瀬さんと映像の確認を終えたあと、私は資料をそろえながら壁の時計を見た。七時を少し過ぎていた。

 差し替えた原稿は、新郎新婦が確認し、制作へ渡してあった。今日は使う範囲と、次に確認する素材を合わせたところだった。

 私が返す仕事は、明日で間に合った。


「このあと、どちらへ帰られますか」


 高瀬さんが尋ねた。

 私は駅の方と答え、それから、もう帰るだけです、と付け足した。

 彼は鞄を持つ手を替えた。


「よければ、何か食べてから帰りませんか。私、夕食がまだで」


「私も、まだです」


 すぐに返してしまい、少し恥ずかしくなった。

 彼はでは、と小さく笑った。

 私は水野主任へ退室する旨を伝え、資料を所定の場所へ戻した。

 持ち帰れば、食事の席でも、一枚くらいは確認できる。

 そう考えたのに、今日は置いていった。



 入ったのは、駅へ行く道の途中にある、小さな食堂だった。

 窓の横の席はふさがっていて、奥の二人席へ案内された。高瀬さんが鞄を足元へ置き、私は上着を隣の椅子へ掛けた。

 机の上には、メニューと水のコップだけがあった。


「今日は、乾く前に食べられますね」


 私が言うと、彼は笑った。


「熱すぎないといいんですが」


 私はメニューを開き、きのこのクリームコロッケを見つけた。

 いつもなら、出てくるのが早そうな定食を選ぶ。高瀬さんが何を頼むかを聞くより先に、私は写真の端へ指を置いた。


「私、これにします」


「はい。私は焼き魚に」


 彼は答えた。


 私は水を飲み、前にパンの店で笑ったことを思い出した。


「自分で選ぶ練習をしているみたいです」


 言うと、彼は首を傾げた。


「今も、ですか」


「はい。食べたい物より、面倒の少ない方から考えてしまうので」


「この店なら、どれを頼んでも、同じくらいご面倒を掛けるのかもしれません」


 私は笑った。

 彼も口元を緩め、でも、作る人には違いがあるでしょうね、と言った。

 どちらが正しいか、そこまで話す必要はなかった。私は自分が頼んだ料理を、待つことにした。



 青い鳥の話をすると、高瀬さんは覚えていた。

 私は晴れた日に見たことを伝えた。影になって、青というより濃い灰色に見えた。


「雨の日の方が、色が分かりましたか」


「私には。その話を、仕事の連絡に書きかけました」


 言ってから、彼を見た。

 高瀬さんは少しだけ目を開き、それから、読んでみたかったです、と答えた。


「用件がなかったので、消しました」


「鳥の色の話をする、という用件では」


 私はそういうことにしてもよかったんですね、と笑った。

 彼も少し笑い、仕事の返事をしたつもりにならなければ、と付け足した。

 私は頷いた。



「高瀬さんは撮っていない時も、よく周りを見るんですね」


「見ない時も、多いです。仕事が終わると、もう何も考えたくない日もあります」


「その時は、何をされるんですか」


「家へ帰って、同じ映像をまた見たりします」


 私は彼を見た。

 彼も自分の答えのおかしさに気づいたように、笑った。


「何も考えていないつもりで、やっています」


「私が、休むつもりで予定表を整理するのと、似ていますね」


「はい。それは、休めますか」


「時々、予定が増えます」


 今度は二人で笑った。



 料理が来ると、私はクリームコロッケを半分に割った。

 湯気が上がったので、少し待つ。高瀬さんは魚の端へ箸を入れ、骨をよけた。

 食べながら、私たちは帰宅が遅くなる日の話をした。

 高瀬さんは前に付き合っていた人と、帰る時刻のことで何度も話したという。


「忙しいと、説明を短くするんです。今週は難しいとか、また今度とか」


 私は箸を置かずに聞いた。


「相手が分かったと言ってくれると、話が済んだような気がして。でも、いつ会うかは、決めていませんでした」


「今度が、増えるんですね」


「はい。予定表には、載らないまま」


 私は分かる気がします、と答えた。

 聞かれたことへの返事だけして、自分が何を望むかを言わずに、仕事へ戻ることはあった。

 彼は自分がどう悪かったかを長く説明せず、今は別れた相手だと、そこまで話した。

 私は誰かが待っている人を、今ここへ引き止めているわけではないと知った。


「私も、仕事を理由にしたことはあります」


 私が言うと、高瀬さんは箸を少し止めた。


「ただ、それを言えば、ほかのことを全部、私が引き受けたことになるのも、嫌で」


 彼は黙って、私を見た。

 私は自分から、次の言葉を選んだ。


「今の式の新郎と、婚約していました。五月に、解消しました。新婦は、その時まで、友人でした」


 口へ出すと、会場の主任へ伝えた時より、ずっと個人の話になった。

 高瀬さんは少し間を置き、そうだったんですね、と答えた。

 知っていましたとも、知らなかったとも言わなかった。


「全部、詳しく聞いていただきたいわけではないんです。ただ、去年の相談が進まなかったことを、何も言わずにいるのも、少し」


「はい。話してくれて、ありがとうございます」


 彼は答えた。

 私は水を飲んだ。

 今ここでひどい人ですねと言ってもらえたら、安心するかもしれない。でも、高瀬さんに、誰かを嫌うところから私へ近づいてほしくはなかった。


「今の仕事を続けるかどうかは、主任と確認しています。交代も、できるように」


「そうですか」


 彼は頷いた。

 その返事に、少しだけ考える間があった。

 私は待ったが、彼はそれ以上、今は聞かなかった。



 食事へ戻ると、コロッケは、ようやく食べやすい温度になっていた。

 私は一口食べ、思っていたよりきのこが多かったと言った。

 高瀬さんはそちらにしてよかったですか、と尋ねた。


「はい。今日は、これが食べたかったです」


「それなら、よかったです」


 彼は自分の皿へ戻った。



 会計の前、私は今日はご一緒できてよかったですと伝えた。

 高瀬さんはこちらこそ、と答え、店の入口で鞄を持ち直した。

 仕事が終わったあとで会っただけなら、次も仕事のあとに会えばよい。

 そう考えてから、私はそれを待っているだけなのは惜しいと思った。


「次の確認の日、何時までいらっしゃいますか」


 口へ出た問いは、予定の確認だった。

 彼は思い出すように少し目を動かし、五時までです、と答えた。


「そのあと、別の仕事があって」


「そうなんですね」


 私は頷き、駅の方へ歩いた。

 彼は次の角で、反対側の道へ行く。別れる前に、またよろしくお願いしますと言った。

 私はこちらこそと返した。

 仕事で会わない日を、尋ねればよかった。

 その問いを思いついたことだけを、今夜は持って帰った。

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