第12話 招待状に載らない名前
招待客の名前の中に、私へ年賀状をくれた人がいた。
九月二十九日、リーヴェルの相談室で、私は名簿の読み方を確かめていた。新郎側の親族の欄だった。
その人が、どんな字を書くかも知っていた。細いペンで、また遊びに来てくださいと、葉書の端に添えてくれた。
今、その人の名前を、別の二人の式の名簿で確かめる。
私は次の行へ目を動かした。
「こちらの読み方は、これでよろしいですか」
悠真へ確かめると、彼は合ってる、と答えた。
水野主任が隣で、回答の済んだ箇所へ印を付けていた。美緒は自分の側の名簿を見直していた。
招待状は、前の担当者がいた時から準備を進め、九月中旬に発送していた。今日は、会場で使う名簿の読み方と、届き始めた出欠の返事を確認する日だった。
追加したい席札などは、全体の費用の確認が残り、正式には頼んでいない。親の援助について、悠真からは、まだ相談中という返事だった。
主任が未確定の項目を先に確認し、そのあと、今日必要な名簿の話へ移った。
呼び方を一人ずつ確かめる間、悠真は前に会ったよね、と何度か言った。
私は読み方を教えてください、と返した。
私の記憶より、本人が確認した返事を使う。その方が間違いが少ない。
そう説明すれば済むことだった。
でも、名前が増えるほど、以前の食卓の声も増えた。
紗季さんは、仕事でこんなことをしているのね。
式の相談をしていた頃、彼の親族へ、そう聞かれた。悠真が代わりに、全部任せておけばいいから、と答えたこともあった。
私はその時は笑っていた。
「この叔母には、まだ、ちゃんと話してないんだよね」
悠真が一人の名前を指した。
私はペンを止めた。
「何についてでしょうか」
「前のこと。別れたっていうのは、母親から聞いてるかもしれないけど。こっちからは、詳しく言ってない」
美緒が顔を上げた。
悠真は名簿を見たまま続けた。
「紗季のこと、覚えてるし。式の担当になったって聞いたら、いろいろ聞かれるかもしれないから」
私は自分の手元の名簿を少し離した。
来てほしい人へ説明をする話と、印刷する名前を確認する話が、急に重なった。
「ご親族へのご説明は、朝倉様から、お願いします」
私が言うと、彼はうん、と答えた。
「もちろん。ただ、何か聞かれたら、うまく言ってもらえたらと思って」
「どのようなことを、でしょうか」
「仕事が忙しくて、すれ違ったとか。お互い、別の道を選んで、今はそれぞれ、って感じで」
彼は私を見た。
私はその言い方で別れたつもりはなかった。
美緒が自分の紙を伏せた。
指には、細い指輪があった。光が当たったところだけ、白く見えた。
私はそちらを見ないようにして、悠真へ返した。
「その説明を、私からすることはできません」
彼の表情が少し変わった。
「大ごとにしろって、言ってるわけじゃないよ」
「はい。私も、こちらから、お話しするつもりはありません。ただ、今おっしゃった説明を頼まれても、お引き受けできません」
悠真は口を閉じた。
主任が机の名簿を示した。
「招待の方へ何を伝えるかは、お二人の側で確認をお願いします。式場からは、当日のご案内など、業務に必要な連絡をします」
「でも、当日、聞かれたら困るでしょ」
「そのために、先にご説明いただきたいのです」
主任は答えた。
私は自分が何を言われるか、分からないことが怖かった。当日、知っている親族から、よく引き受けたねと尋ねられたら、どんな顔をするだろう。
でも、その怖さをなくすために、こちらから誰かへ事情を話すのも、仕事とは違った。
「私が、ご説明を済ませたことには、しないでください」
私は悠真へ言った。
声は、自分でも驚くほど短かった。
彼は分かった、と答えた。
美緒が、私にはどこまで話してあると伝えればいいの、と彼へ尋ねた。
私は二人の答えを待った。
「担当のことは、まだ、誰にも詳しく言ってない」
悠真が答えた。
「じゃあ、それも、ちゃんと話しておいて。私、結婚式で、知らない話を急に聞かれるのは嫌だから」
彼女は私ではなく彼を見ていた。
私は自分の紙へ視線を落とした。
主任が、まだ説明していない方には、当日までに本人から連絡するよう伝えた。
私は式場側が確認する名前と住所の項目へ戻った。誰が何を知っているかという私的な一覧を、仕事の名簿へ書き足すことはしなかった。
悠真が確認して返すことだけを、次回までの項目へ入れた。
残りの名前を読み終えると、美緒が自分の側の人数を数え直した。
呼びたい人が増えたのではなく、記した名前が一人重なっていたらしい。
私は指を差す前に、彼女が自分で見つけるのを待った。
今は、そのくらいの間が、自分にも必要だった。
二人を見送ったあと、主任と会場の担当へ、当日の案内を確認した。
もし紗季への私的な質問が出た場合は、業務を続けるために、その場から離れて責任者へつなぐ。私が一人で返し続ける必要はない。
「それで、式の進行が止まらないようにします」
主任が言った。
「ありがとうございます」
私は答えた。
「ただ、私自身、何も言わずにいると、あの人の説明を認めたことになる気がしていました」
主任は頷いた。
「あなたが別の説明をする場所まで、ここへまとめる必要はありません」
私は手帳を閉じた。
言えないことを全部飲み込んだら、よい担当者になれる。それも違った。自分の相談をする場所は、仕事の相談室のほかにもある。
帰ってから、私的な精算を相談している窓口へ、確認したいことを整理しようと思った。
式の請求と交換しない。その約束は、まだ残っていた。
事務室へ戻ると、美緒から原稿の差し替えが届いていた。
二人で確認したと、本文の上に書いてあった。私は主任と開き、初めから読んだ。
川沿いの朝は、なくなっていた。
花火を見た日と、これから、出かける日と何もしない日を作りたいという話があった。
文は少し長く、一つの段落に、同じ言葉が二度出てきた。
私はその箇所だけに印を付け、意味を変えず、短くする案を作った。
二人が何を望んでいるかは、読めた。
主任が確認し、二人へ最終の文を見てもらってから、映像の担当へ送ることにした。
私は自分の昔の原稿を、比較のために開かなかった。
帰る前、高瀬さんから次の確認日の連絡が来た。
私は原稿が差し替わり、本人確認を待っていることを会社の窓口で伝えた。
そのあと、短く、先日の青い鳥は、晴れていても青かったです、と付け加えかけた。
仕事の連絡へ混ぜるには、用件のない一行だった。
私はそこを消し、返事を送った。
外へ出ると、駅とは違う方へ少しだけ歩いた。
あの窓の鳥を、もう一度見上げた。晴れた空の前では、影になって、濃い色に見えた。
高瀬さんなら、何と呼ぶ色だろう。
その話を聞くための時間を、次の仕事の予定に、こっそり含めたくなった。
私は窓から目を離し、駅の方へ向き直った。




