09:ロジカルズの台頭
「――なんだと? 通行止め?」
新宿ダンジョンの地上メインゲート。普段なら早朝から多くの探索者たちが出入りし、活気に満ちているはずの広場が、今朝は異様な空気に包まれていた。
ゲートの前に何重にもバリケードが築かれ、その前に黒いタクティカルスーツを着た屈強な男たちが等間隔で立ち並んでいる。彼らの胸には共通して『L』の文字を意匠化したエンブレムが輝いていた。
「どういうことだ! 俺たちは今日、第五階層の『竜の巣』でロマン溢れるドラゴン退治をする予定だったんだぞ!」
「海斗、声が大きい。それにドラゴン退治なんて予定にないわよ」
抗議しようと身を乗り出す海斗の襟首を、玲が後ろから引っ張って止める。周囲には、海斗たちと同じように足止めを食らったフリーの探索者たちが集まっていて、不満げにヒソヒソと囁き合っている。
「……あれ、『ロジカルズ』の連中じゃねえか」
「マジかよ。遂に新宿にも本格進出してきたのか」
「国営ギルドの連中もグルらしいぜ。下層エリアのルートを完全に封鎖してるんだと」
探索者たちの会話を拾い聞きし、玲はARレンズを起動してネットワーク上の情報収集を始めた。
『ロジカルズ 』。それは日本の探索者業界において、現在トップに君臨する大手企業ギルドの名称だ。
徹底したマニュアル化、最新の魔法工学兵器の導入、そして情報と人員の分業制。彼らはダンジョン探索を『冒険』ではなく『工場ライン』へと変え、莫大な利益を上げている集団である。
「……なるほど、そういうことね」
数秒でネットの海から必要な情報を引き上げ、玲は溜め息をつく。そのまま手元のタブレットでネット上のニュースページにアクセスし、海斗に見せた。
「今日の朝刊ニュースのトップよ。ロジカルズの親会社である巨大エネルギー企業が、新宿ダンジョンの下層エリアに本格的な『採掘拠点の構築』を宣言したわ」
「採掘拠点? ダンジョンの中に工場でも作るつもりか?」
「ええ。最近の研究で、第五階層以降に出現する高純度の魔石が、次世代のクリーンエネルギーとして地上で実用化できるメドが立ったらしいの。これまでは一部のハイテク兵器にしか使えなかったけど、これが発電所レベルで運用できれば、莫大な利権になる」
玲の説明に、海斗は腕を組みながら険しい顔をする。
理解はできた。しかし納得はできていない。
「だからって、俺たちフリーの人間を締め出す理由にはならないだろう。ダンジョンは誰のものでもない、未知なる冒険の舞台だぞ」
「甘いわよ、海斗。これが『資本主義』のやり方なの」
玲は冷淡な声でタブレットをスクロールさせた。
「ロジカルズは、ダンジョンを管理する国営ギルドに巨額の協賛金を積んだのよ。名目は『下層エリアの安全確保と、無秩序な乱獲の防止』。危険な下層をプロフェッショナルであるロジカルズが一括管理することで、一般探索者の死亡事故を減らす……っていう、国にとっても都合のいい大義名分ね。これで、実質的な独占よ」
「大義名分だと? ふざけるな!」
海斗の怒気が跳ね上がる。同時に上げた彼の声に、周囲の探索者たちがビクッと肩を揺らした。ただでさえ目立つ海斗が、さらに注目を集める。
「安全確保? 乱獲防止? 違うだろう! 奴らはただ、自分たちの利益のために、俺たちから『未知へ挑む権利』を奪い取ろうとしているだけだ!」
周囲の目を気にすることなく憤りを見せる海斗。その騒々しさに、ロジカルズの警備員たちも鋭い視線を向けてくる。
「やめなさい、海斗。目をつけられるわよ」
「権力だの利権だので、冒険の扉を閉ざされてたまるか! 冒険者の魂は、誰にも縛られるべきじゃないんだ!」
玲の注意も聞こうとせず、海斗はバリケードへ向かって一歩踏み出そうとした。
だが、警備員の一人が前に出て、彼を止める。
海斗は、自分の冒険を邪魔する理不尽に表情をしかめてしまう。
「ダンジョンで何をするつもりかは知らん。俺にそれを止める権利はない。ダンジョンは俺のモノというわけじゃないからな」
でも、と。
タクティカルスーツに身を包む無表情の警備員を、睨みつける。
「俺がダンジョンでなにをするかを、制限する権利もないはずだ。ダンジョンは、お前たちのモノでもない」
「いいや。厳密に言えば、今現在のダンジョンは我々のモノだよ」
冷徹な、しかしよく通る声だった。
警備員たちの間を縫って、一人の男が現れた。仕立ての良いグレーのスーツの上に、最新式の防弾コートを羽織った細身の男。
「私はロジカルズ新宿支部、下層開発部門の小隊長を務める霧島だ」
彼はそう名乗り、海斗に目を向ける。騒ぎのもとを観察しているかのように、銀縁の眼鏡の奥の瞳は感情の欠片もない。
「君の言いたいことは理解できるが、我々は正当な手続きを経て、このエリアの『独占管理権』を取得している。未認可の者が立ち入ることは、法的にも禁止されている」
「法だと? ダンジョンにそんな理屈が通じるか!」
「通じるさ。ダンジョンは既に『現代社会の一部』なのだからね」
霧島は眼鏡を押し上げながら、冷笑を浮かべた。
「君たちのようなフリーの探索者が、無計画に下層へ潜り、死体を増やし、モンスターを無駄に活性化させる。それがどれほど社会の『非効率』を生んでいるか、理解していないようだな。我々ロジカルズは、完全なマニュアルと統制により、誰一人死なせることなく、最大の資源を回収する。これこそが、人類にとっての『正解』だ」
「それは冒険じゃない。ただの収奪だ」
「冒険? ハッ……時代錯誤も甚だしいな」
霧島の目が、海斗の背負う大剣を捉え、侮蔑の色を濃くした。
「そんな無用の長物を背負って、英雄ごっこでもしているつもりか? 君のような非効率な存在は、これからのダンジョン社会には必要ない。大人しく、上層でスライムでも狩っているんだな」
痛烈な侮辱。周囲の探索者たちは「あーあ、ロジカルズの幹部に目ぇつけられちまったよ」、「だから大剣バカには関わりたくないんだ」と、完全に海斗を見放す態度を取っていた。
玲もまた、霧島の言葉が『論理的』には一切間違っていないことを理解していた。彼女の『絶対演算』は、ロジカルズのやり方が最も効率的で、最も安全に利益を生み出すシステムであることを肯定している。
いくら騒いでも、フリーの弱小パーティーである自分たちに勝ち目はない。
「……行くわよ、海斗。今日は撤収。別ルートの情報を探るわ」
玲は海斗の腕を強く引き、半ば強引に彼をその場から引き離そうとした。
海斗はそれに抵抗せず、引っ張られるままに動き出す。
しかし霧島から目を逸らすことなく、低い声で言った。
「……覚えておけ、ロジカルズ。効率や計算だけで世界が回ると思ったら大間違いだ。お前たちのその冷たいマニュアルは、いつか必ず『予想外のロマン』に打ち砕かれる時が来る」
「負け犬の遠吠えだな。せいぜい、長生きすることだね」
霧島は鼻で笑い、踵を返した。
海斗も、霧島から目を離し、歩き出す。
価値観が真逆な二人の、初めての邂逅だった。
◇ ◇ ◇
ゲートから離れ、新宿の雑踏へ戻る道すがら。
海斗は不機嫌そうに黙り込んでいた。背中に抱えている大剣が、いつになく重く感じている。
巨大な資本と権力。それが、ダンジョンという未知の領域すらも『退屈な作業場』へと作り変えようとしている。その現実に苛立ちを覚えていた。
「……玲」
「なに?」
「俺は、絶対に認めない。あいつらのやり方には、血湧き肉躍るロマンの欠片もない。ダンジョンは、計算機で弾き出された数字の中には収まらないんだ」
その声には、いつもの芝居がかった軽薄さはなく。静かな、しかし確かな怒りが込められていた。
玲は小さく溜め息を吐く。彼は相変わらず直情的で、子供っぽくて、ロマンチストだ。そんな海斗の言葉に、なぜか少しだけ安堵している自分に気づいた。
「……そうね。あいつらの計算通りに世界が回るなんて、私もちょっと癪だわ」
新宿ダンジョンを飲み込もうとする、効率と資本の巨大な波。
その波に真っ向から逆らおうとする『時代遅れのバカ』の冒険が、ここから始まることになる。
-つづく-
次回、第10話。「排除される弱者たち」。
組織に求められるのは、相応の能力と、上意下達に従う分別。
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