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コスパ最悪な大剣バカ、「効率こそ正義」な現代ダンジョンでロマンを貫く  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第一章 冷めた世界と熱いバカ

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08:赤字精算と星空の誓い

 新宿ダンジョンの喧騒から離れた、下町の住宅街。空には夕闇が迫り、薄暗くなり始めた路地に、スーパーのビニール袋がガサガサと鳴る音が響く。


「ふはははは! 見ろ、この戦利品を! タイムセール半額シールの国産豚バラ肉を、あの百戦錬磨の主婦たちの包囲網から見事勝ち取ったぞ!」

「はいはい、すごいすごい。その見事な脚力を、ダンジョンでの無駄な動きを減らす方に使ってほしいものね」


 自転車を押しながら歩く玲の横で、天城海斗はパンパンに膨らんだビニール袋を掲げてホクホク顔だ。

 彼の頭の中はすでに、この豚バラ肉ともやしをどうやって最高の中華炒めに昇華させるか、というレシピの構築でいっぱいになっていた。


「今日は特別に卵も落としてやろう。俺の特製『黄金・豚玉もやし炒め』だ! 豚の脂の旨味と、卵のまろやかさが織りなす絶妙なハーモニー……くぅっ、想像しただけで腹が鳴るぜ!」

「アンタのその無駄に壮大なネーミングセンス、料理にも発揮されるのね……」


 上機嫌な海斗とは対照的に、玲の足取りは重かった。彼女の視線の先には、ARレンズ越しに空中に展開された『本日の収支報告』のホログラムが浮かんでいる。


【本日の収入:魔石売却益 +12,000円】

【本日の支出:解毒・回復ポーション使用(計4本) -80,000円】

【武器・防具のオーバーホール代(見積もり) -50,000円】

【ドローン・スタングレネード等消耗品 -15,000円】

【収支合計:-133,000円(※大赤字)】


(……あーあ。また借金が増えちゃった)


 玲は深く、そして重い溜め息をついた。


 今日の第四階層での初心者救出劇。あの時、玲は海斗のサポートに徹し、惜しげもなく手持ちのアイテムを投入した。結果として全員を無傷で救出できたのだから、作戦としては大成功だ。


 しかし、『探索者』というビジネスの観点から見れば、これは完全なる失敗である。見返りのない人助けのために十万円以上の経費を吹き飛ばすなど、現代のダンジョン社会では『バカの極み』と言っていい。


(でも、落ち込んでても仕方ないわね。どうせこのバカは明日も明後日も無茶をするんだから、私がなんとかやり繰りするしかないじゃない)


 玲はホログラムの画面をスワイプして消すと、隣で楽しそうに夕食の献立を語る海斗を横目で見た。


 効率と生存を最優先する、ダンジョンにまつわる社会。そこでは、彼のやり方は完全に間違っている。それは玲の『絶対演算』が一番よく理解している。


 それでも、玲は彼の『損得を完全に度外視して突っ走る姿』を、どうしても嫌いになれなかった。計算ずくの冷たい世界で、海斗のロマンを求める熱量が、唯一の救いのように思える時があるからだ。


「……ま、今日はあんたの奢りだし、美味しいお肉を食べさせてもらうわ。明日からは経費削減のために、ドローンの使用頻度を減らすから、あんたも無駄な被弾は避けるのよ」

「任せておけ! 痛いのは俺も好きじゃないからな!」


 あっけらかんと笑う海斗。どこまで本気なのか分からない彼の言い様に、玲は苦笑してしまう。


 夜風が吹き抜け、都会の淀んだ空の向こうに、チラチラと一番星が瞬き始めている。海斗は不意に立ち止まり、その星空を見上げた。


「……なあ、玲。俺は、世間の連中が俺をバカにするのも、お前が俺に『効率を考えろ』って怒るのも、間違ってるとは思ってないんだ」

「え?」


 突然の真面目なトーンに、玲は自転車のブレーキを握ってしまう。


「命が懸かってるんだ。効率よく、安全に稼ぎたいと思うのは当然だ。あのベテラン連中が新人を切り捨てたのも、あいつらなりの生存戦略なんだろう」


 海斗は星空を見つめたまま、静かに語る。


「でもさ。俺たち人類は、ダンジョンっていう『ファンタジー』を手に入れたんだぜ? 神話の怪物と戦い、未知の領域を踏破する。そんな途方もない舞台が目の前にあるのに、全員が全員、スマホの相場とにらめっこして、安全圏から銃を撃つだけの『作業』で終わっちまうのは……あまりにも勿体ないじゃないか」


 海斗はくるりと振り返り、玲に向けていつもの屈託のない笑顔を向けた。


「世の中に百人の探索者がいたら、九十九人は効率を求める『作業員』でいい。でも、たった一人くらい……損得なんか全部忘れて、胸躍るロマンのためだけに大剣を振るう『冒険者』がいてもいいだろ?」


 探索者ではなく、冒険者。この社会ではとうの昔に死語となったその言葉を、海斗は誇りを持って口にした。

 彼がダンジョンに求めているのは、金でも資源でもない。

 ただ純粋な『物語』なのだ。


「……あんたって、本当に救いようのないロマンチストね」


 玲は呆れたように肩をすくめる。

 たが、その口元には自然と柔らかな笑みが浮かんでいた。


 計算も理屈も通じない。だけど、彼の語る『ロマン』には、不思議と人を惹きつける引力がある。今日助けたあの少年たちの瞳が、その何よりの証拠だ。


「いつか必ず、誰もが息を呑むような『最高の冒険』をしてやるさ。世間の連中全員が、思わず電卓を放り出して熱狂するような、でっかい英雄譚をな!」


 海斗は夜空に向かって、大げさなポーズで宣言する。


「だから明日も、未知なるロマンを求めてダンジョンへ赴くぞ!」


 気勢を上げる海斗。

 その姿は、まるでヒーローショーを観て主人公になりたがる子供のように無邪気で。そして、力強かった。


「はいはい。最高の冒険の前に、まずは明日の家賃の心配をしてよね。それと、早く帰らないと豚肉が傷むわよ、冒険者さん」

「おおっと、いかんいかん! 急ぐぞ玲! 今日は俺の最高の中華を食わせてやる!」


 海斗はビニール袋を抱え直し、再びズンズンと歩き出した。

 玲は小さく笑みをこぼしながら、自転車を押してその後を追う。


 懐事情は大赤字。

 同業のほとんどから冷たい嘲笑を向けられる。

 それでも、彼らの足取りはどこまでも軽い。

 この冷めきった世界の中で、二人の歩む道は確かな熱を帯びていた。


 明日もまた、コスパ最悪の冒険が始まる。

 玲は心の中で小さく溜め息を吐き。

 そして、ほんの少しだけ明日の探索を楽しみにしている自分に苦笑した。



 -つづく-

次回、第9話。「ロジカルズの台頭」。

『自社利益』と『社会貢献』こそ、企業の理念である。


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また、この作品以外にもいろいろと小説を投稿しています。

よろしければそちらもご覧ください。

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