07:冒険者とは 探索者とは
「あ、ありがとうございます……! 本当に、死ぬかと思いました……っ」
水晶の洞窟の広場で、初心者パーティーのリーダー格の少年が、涙と泥にまみれた顔で海斗の手を握りしめていた。その後ろでは、他の二人のメンバーも安堵のあまりへたり込んでいる。
「気にするな。英雄がピンチの者を助けるのは、息をするのと同じくらい当然のことだ」
海斗は爽やかな笑顔で少年の手を握り返し、ポンポンと肩を叩いた。
「それにしても、君たちのような若き冒険者がなぜこんなところに? ここは第四階層だぞ。装備を見る限り、まだ第一階層でスライムを狩るべきレベルだと思うが」
「そ、それは……」
少年は気まずそうに目を伏せる。自分たちがヘマをした、という自覚はあるようだ。
「僕たち、先輩の探索者たちから『上の階層でちまちまやるより、第二階層の端の方でコソコソ魔石を拾った方がタイパがいい』って教えられて……。それでちょっと無理をして奥に進んだら、転送トラップを踏んじゃって。気がついたらここに……」
少年の言葉に、玲が大きなため息をついた。
「……出たわね。最近流行りの『初心者向けタイパ術』。自分の実力以上の階層に潜って、強いモンスターのおこぼれを拾うハイリスクなやり方。先輩たちは『自己責任』なんて耳障りのいい言葉でそそのかすけど、結局は君たちみたいな初心者が死ぬことで、モンスターのヘイト (敵視) が分散して自分たちが安全になるからやってるだけよ」
「えっ……!?」
「それに、君たちも君たちよ。効率と生存を優先するなら、そもそも実力に見合わない階層に来るべきじゃないわ。君たちの生存確率は、そのトラップを踏んだ時点でほぼゼロだったんだから」
玲の容赦ない正論に、少年たちはうなだれた。
彼らとて、ダンジョンに挑む前は『冒険』への憧れや高揚感を持っていた。しかし、ギルドの講習や先輩探索者たちの言動に触れるうちに、「効率と生存こそが正義」、「感情で動く奴はすぐ死ぬ」という、現代の『一般論』に染まりかけていた。
だからこそ、彼らは混乱していた。
目の前の大剣使いは、その『一般論』から外れた行動を見せた。計算上は「見捨てるのが正解」であるはずの状況で、打算も何もなく、ただ「助けを求める声が聞こえたから」という理由だけで、モンスターの群れに一人で飛び込んだ。
海斗が体現した圧倒的な強さと、鮮やかな剣技。そして、あの屈託のない笑顔。それらは、少年たちがダンジョンに初めて潜った頃に夢見ていた『本物の冒険者』の姿そのものだったからだ。
「まあまあ玲、無事だったんだからいいじゃないか」
海斗は反論できない少年たちを庇うように、玲の正論を笑顔で止める。
「それに、未知なる領域への好奇心は冒険者の特権だ。トラップで落ちたのは不運だが、こうして生き延びて、俺たちという奇跡に出会えた。これこそが物語の醍醐味ってもんだろ?」
「アンタのその『奇跡』のせいで、私の胃と財布が毎日悲鳴を上げてるんだけどね」
玲は呆れ顔になって、大きく溜め息を吐いた。
こいつはこういうやつだった、と言わんばかりに。
言うべきことは言うが、言っても仕方ないことを言い続けていても実りはない。玲は気を取り直してタブレットを操作し、地上への最短ルートを検索する。
「さあ、帰るわよ。このバカの派手な戦闘のせいで、周囲のモンスターが活性化してるかもしれない。君たち、海斗の背中から離れないようにね」
◇ ◇ ◇
海斗と玲を先頭にして、その後をついて行くように初心者パーティーの3人が歩く。周囲に気を配り、索敵をしながら、一行は地上への帰還ルートを進んでいた。
その道中、海斗は上機嫌で少年たちに語りかけていた。
「いいか君たち。効率や生存率を気にするのは確かに重要だ。だがな、それ『だけ』になってしまったら、俺たちはただの機械と同じだ。ダンジョンは資源の採掘場じゃない。俺たちの魂を燃やし、限界を超え、胸躍るロマンを見つけるための舞台なんだ!」
「はあ……ロマン、ですか」
「そうだ! 例えば巨大なドラゴンと対峙した時、遠くからライフルで撃ち殺すのと、大剣一本で真正面からぶつかり合うの、どっちがカッコいい? 断然後者だろう!?」
「えっと……カッコいいですけど、死んじゃいませんか?」
「死線を越えるからこそ、人生は輝くのだ!」
胸を張る海斗に迷う様子はない。
話を聞く少年たちは戸惑うばかり。
その横で、玲が即座に冷や水を浴びせる。
「君たち、このバカの言うことは絶対に真に受けないでね。ドラゴンに大剣で挑んだら、3秒で消し炭になるわよ。いい? 探索者にとって一番大事なのは『生きて家に帰ること』。そのためには事前の情報収集、徹底したリスク管理、そしてヤバいと思ったら即座に逃げる『損切り』の判断よ。ロマンなんて、腹の足しにもならないし、死んだら終わりなんだから」
「玲! お前はいつもそうやって現実ばかり見て……たまには夢を見ろ!」
「現実を見ないと、明日のもやしすら買えないのよ!」
海斗と玲は道中、そんな噛み合わない言い争いを繰り返していた。
それを聞きながら、少年たちは何度となく笑ってしまいそうになる。
少年たちは思う。
先輩たちから教わった『効率と生存の一般論』は、確かに正しかった。しかし、数字と理屈だけで動く先輩たちの背中は、どこか冷たくて息苦しかったことも事実。
それに比べて、この無茶苦茶で非効率な大剣使いと、彼に文句を言いながらも完璧にサポートする女性の背中は……とても温かかった。
海斗が口にする『ロマン』という言葉が、少年たちの中で心地よい響きを持ち始めていた。
◇ ◇ ◇
それなりの時間を掛け、一行は第四階層から無事に地上へと出ることが出来た。新宿ダンジョンの地上ゲートを抜けて、彼らは夕闇に染まる新宿の空気を深く吸い込む。
「ありがとうございました! お二人のおかげで、助かりました!」
ゲート前の広場で、少年たち三人は海斗と玲に向かって深く頭を下げた。素直な感謝の言葉を受けて、海斗は満足げにうなずく。
「気にするな。これに懲りたら、次からは自分の足で歩ける階層から地道に冒険することだな。君たちの英雄譚は、まだ始まったばかりだぞ!」
「はいっ! 僕たち、もっと鍛え直して、いつか天城さんみたいな『本物の冒険者』になります!」
少年たちが目を輝かせてそう宣言する。
その時だった。
「――ぷっ、あはははは! おい聞いたかよ、『本物の冒険者』だってよ!」
「マジかよ、あの痛い大剣バカをリスペクトとか、あいつら頭イカれてんじゃねえの?」
地上ゲート近くの喫煙スペースにたむろしていたベテラン探索者たちが、腹を抱えて嗤い声を上げた。彼らは、第四階層で海斗たちとすれ違い、「割に合わないから」と少年たちを見捨てた五人組のパーティだった。
「おいおい新人クン。あんな時代錯誤のバカに憧れるのはやめとけよ。今回はたまたま運良く助かったかもしれないけどな、あんな無茶苦茶な戦い方、そのうち絶対死ぬぜ?」
「そうそう。俺たちみたいに、しっかりリスク計算して、危ない時は自分優先を徹底する。それがこの世界で長生きする秘訣、大人の探索者ってやつさ」
ニヤニヤと笑いながら吐き出される冷たい言葉。
少年たちはビクッと肩を震わせ、下を向いた。
先輩探索者である彼らの言うことは、現代のダンジョン社会における『正論』だ。自分たちを見捨てた判断も、効率と生存を考えれば間違ってはいない。
(でも……)
少年たちは、下を向いたまま、ぎゅっと拳を握りしめた。
(でも、本当にそれでいいのか? 効率よく生き延びるためなら、誰かを見捨ててもいいのか? そんな冷たい世界のどこに、僕たちが憧れた『冒険』があるっていうんだ……?)
彼らの心の中で、ギルドで教え込まれた『効率の正義』と、今日海斗が体現して見せた『ロマンの美学』が激しくぶつかり合っていた。
「おい、無視かよ新人――」
「行くぞ、玲。今日の夕飯の買い出しが待っている」
男がさらに嫌味を言おうとした瞬間。空気を読まないように、いやある意味では空気を読んでか、海斗が言葉を挟んだ。ベテランたちの方を一瞥もせず、まるで道端の石ころを気に留めず通り過ぎるかのように背を向ける。
「え? あ、うん。そうね」
「タイムセールまであと二十分だ! 俺の脚力なら間に合う! 走るぞ!」
「ちょっと! 私は自転車なんだから置いてかないでよ!」
海斗はベテランたちの嗤い声などまったく気にした様子もなく、大剣を揺らしながら夕焼けの街へとダッシュしていった。玲も慌ててその背中を追いかける。
その背中は、誰に嗤われようとも決してブレない、絶対的な自信と誇りに満ちていた。少年たちは、ベテラン探索者の嫌味を聞こえないふりをして、海斗と玲の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見つめ続けていた。
どちらが正しいのか、今の彼らにはまだ分からない。
だが、あの背中こそが、自分たちが『本当に見たかったもの』だったのではないか。そんな想いが、少年たちの心に深く刻み込まれていた。
-つづく-
次回、第8話。「赤字精算と星空の誓い」。
ロマンとリアルの境で、現実をいかに生きるか。
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