06:非効率な美学
新宿ダンジョン第四階層、迷宮エリアの奥深く。
東雲玲が先行させた小型ドローンのカメラが、彼女のタブレットに絶望的な状況を映し出していた。
『海斗、止まりなさい! 状況が最悪よ!』
走り続ける海斗のインカムに、玲の切羽詰まった声が飛ぶ。
『前方三十メートル、崩れた遺跡の広場! 初心者パーティー三人に対して、ホブゴブリンの群れが十五体……いや、増援が来て二十体よ!』
敵の数、武装、包囲の陣形。そして、対象となる初心者パーティの消耗度。玲の固有スキル『絶対演算 (システム・アナライズ) 』が、ARレンズ越しに冷酷な数字を弾き出す。
『初心者の前衛はすでに武器を落としてる。後衛の魔力も底をついたわ。あの状態から彼らを無傷で救出する確率は……3%未満! 私たちの経費 (ポーションや弾薬) の消費予測額は四十万円超えよ!』
「それがどうした!」
『見返りゼロの大赤字なのよ!? それに、あの数のホブゴブリンに囲まれれば、アンタだってタダじゃ済まない! 合理的に考えて、ここは見捨てるのが――』
「玲!!」
海斗の怒声が、玲の計算を切り裂いた。
「『合理的に見捨てる』だと? そんな薄汚い言葉、俺の前で二度と口にするな! 英雄 (ヒーロー) の計算式に、見返り (コスパ) なんて項目はないッ!」
海斗はスピードを緩めるどころか、さらに加速し、遺跡の広場へと続く角を一気に曲がった。
玲は舌打ちをしながらも、ドローンのカメラを海斗のバックアップへと切り替える。彼女の理性は「逃げるべき」と叫んでいたが、彼女の指は迷うことなく、彼を死なせないためのサポート体制を構築していた。
広場に出た海斗の目に飛び込んできたのは、壁際に追い詰められ、身を寄せ合って震える三人の若い探索者たちの姿だった。
彼らの前には、錆びた剣や棍棒を構えた二十体ものホブゴブリン。下卑た笑い声を上げながらジリジリと包囲の輪を縮めている。
初心者たちのリーダーらしき少年が、恐怖で涙を流しながら「来るな……!」と絶叫した。
その時だ。
「――そこまでだ!!」
広場全体を震わせるほどの、腹の底から響く大音声。ホブゴブリンたちも、怯えていた初心者たちも、一斉に声のした方角を振り向いた。
遺跡の高台に、巨大な大剣を背負い、赤いマントを翻した海斗が立っていた。彼は右手を高く掲げ、指を鳴らす。
「見よ! 邪悪なる緑の群れよ! 弱きをくじくその卑劣な刃、この俺が許さん!」
海斗は高台から飛び降り、ズドォォン! と大地を揺らして初心者パーティーの前に着地した。
ゆっくりと立ち上がり、背中の大剣を抜き放つ。ホブゴブリンの大群に向かって、その切っ先を真っ先に向けた。
「我こそは絶望を打ち払う希望の剣! 天城海斗、推して参る!!」
その堂々たる名乗り。普通なら「隙だらけのバカ」と呆れられる行動だ。
しかし、玲のタブレットの画面上では、信じられない現象が起きていた。
『――出たわね、アンタのそのイカれた仕様 (バグ) が』
玲の『絶対演算』モニターに表示された海斗のステータス数値が、赤い光を放ちながら急速に跳ね上がっていく。
筋力:+40%上昇。
敏捷:+35%上昇。
防御力:+50%上昇。
これが、天城海斗の持つ固有スキル『叙事詩的浪漫 (エピック・ロマン
) 』の真骨頂である。
このスキルは、「他人のために命を懸ける (弱きを助ける) 」、「敵に正々堂々と名乗りを上げる」、「退路を絶って強敵に挑む」といった、現代のダンジョン社会では絶対にやってはいけないとされる『非効率な行動』を条件に発動する。
これを『ロマン・プロトコル』と呼ぶ。自らに課した枷 (ハンデ) が重ければ重いほど、そしてその行動が『物語の英雄』として美しいほど、システムは彼に爆発的なステータス補正 (バフ) を与えるのだ。
「グルルァァァァッ!!」
海斗が名乗りを上げる隙を突き、三体のホブゴブリンが同時に跳躍する。襲い掛かる先はもちろん、隙をさらす海斗だ。
『海斗、上空から三体! 右後方から二体が回り込んでるわ!』
「承知!!」
だが、ステータスが跳ね上がった海斗の動きはもはや人間のそれではない。彼は重い大剣を片手で軽々と振り回し、上空から迫る三体をまとめて横薙ぎに吹き飛ばす。
そのまま剣の遠心力を利用し、身体を独楽のように回転させる。流れるようなその動きで、右後方から迫っていた二体の胴体を真っ二つに切断した。
「ギ、ギャアァァァッ!?」
ホブゴブリンたちは仲間が瞬殺されてたじろぐ。現代の探索者なら、ここで追撃の手を緩めず、アサルトライフルで一掃するだろう。
だが、海斗は違う。
彼はあえて剣を構え直し、敵に『挑発』の笑みを向けた。
「どうした! お前たちの力はそんなものか! 俺の魂を震わせてみせろ!」
これもまた『ロマン・プロトコル』の一部。『強敵への敬意と挑発』だ。この言動によって、海斗の攻撃力にさらに+10%のバフが上乗せされる。
激怒した残りの十五体が、一斉に海斗に殺到する。
前後左右、逃げ場のない完全包囲。
初心者の少年が「危ない!」と叫ぶ。
だが、ロマンを追及する海斗の背後には、現実を見据える冷静なパートナーのサポートがある。
『ドローン全機、閃光弾 (スタングレネード) 投下! 海斗、左斜め前の三体、装甲が薄いわ。そこから突破口を開きなさい!』
玲の共に、ドローンから特殊な閃光弾が投下される。強烈な光と音に、ホブゴブリンたちの動きが完全に停止した。
「いくぞ玲! これが俺たちの『最高の物語』だッ!」
海斗が地を蹴る。ステータス補正によって超人化した彼の踏み込みは、強固なダンジョンの床を粉砕した。
彼は玲の指示通り、左斜め前方の敵陣に突っ込み。巨大な大剣を竜巻のように振り回す。
「必殺! 烈風 (れっぷう) ! 円月殺 (えんげつさつ) ゥゥゥッ!!」
もちろんそんな技名はない。ただの、全力の回転斬りである。
しかし、能力で底上げされたその攻撃力は底知れない。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
爆風のような衝撃波が広場を駆け抜け、十五体のホブゴブリンが一瞬にして空高く舞い上がった。そして、モンスターたちは地面に落ちる前に光の粒子となって四散し、後には大量の魔石だけがバラバラと降り注ぐ。
静寂が戻った広場。海斗はゆっくりと大剣を振り下ろし、残心の構えをとる。目の前の敵が姿を消しても、まだ油断するわけにはいかない。
ホブゴブリンが新たなに現れることもなく、完全に消滅したことを確認する。そこでようやく、彼は剣を背中の鞘にカチャリと納めた。赤いマントをバサリと翻して、呆然としている初心者パーティの方を振り向く。
そして、まるで太陽のように屈託のない、満面の笑みを浮かべた。
「怪我はないか? ……間に合って、本当によかった」
その言葉には、打算も、見返りを求める下心も、一切なかった。
ただ純粋に、彼らの命を救えたことへの喜びだけが満ちている。
初心者の少年は、へたり込んだまま、海斗のその輝くような笑顔と、圧倒的な強さから目が離せなかった。現代のダンジョン社会がとうの昔に捨て去った、『本物の冒険者』の姿が、そこにはあったのだから。
-つづく-
次回、第7話。「冒険者とは 探索者とは」。
どの背中を追うかで、未来は別れる。
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